囚われの神代(2)
昨日の出来事を回想していたフィアは深く息を吐いた。
今、都下では厳戒態勢が敷かれている。大規模神災が発生する危険性があるので、都民は不要不急の外出を控えてほしいとの通達も出ている。本来、大々的に神災の名を出すのは好ましくはなかったが、実際にロキがこちらの世界に現れたことを鑑みると、やむを得ない状況であった。
神災対策本部の神伎官たちも、本部長である塔屋時子の許可が下りるまで自宅待機となっている。
そう、神代通を除いては――。
フィアは顔を両手で覆った。そして、彼の名を呟く。
「……神代さん」
昨日の都民広場での出来事以降、フィアの頭の中は大きく混乱状態に陥っていた。神代が人間ではなく神界に住まう神だということもフィアを当惑させたが、それ以上にフィアの心を支配していたのは――。
「神代さん、わたしのこと信用してくれてなかったのかなあ……」
独りごち、苦笑する。補佐を務めるフィアに神代は自らの素性を明かしていなかった。塔屋の話では、三鶴、夜宵、そして過去に神伎官だった御子守は神代の正体を知っていたという。つまり、何も知らなかったのはフィアだけだったのだ。
ロキが現れた日、フィアは神代と話をする約束をしていた。だが、あの約束のきっかけをつくったのはフィアだ。きっかけがなければ、神代はずっと自身の素性をフィアに黙ったままではなかったのか、と邪推までしてしまう始末だった。
フィアにとって一番ショックなのは、神代が人間ではなかった、ましてや神であったことではない。神代が自分を信用してくれていなかったかもしれないことが辛いのだ。昨日から、フィアの頭の中は堂々巡りを繰り返していた。
――わたし、これからどうすればいいの?
自然とフィアの瞳に涙が滲む。そんなときだ。テーブルの上に置いていた携帯の着信音が鳴った。フィアは瞳に滲んだ涙を拭いながら、携帯を手に取る。
「……はい」
『あ、もしもし、フィアさん?』
電話の向こうから聞こえてきたのは加々倉三鶴の声だ。
「三鶴さん……」
『その声の調子だと、元気? って聞くのも申し訳なさそうね』
三鶴に気遣わしげに言われ、フィアは慌てる。
「あ、す、すみません、わたし……」
『いいのよ。昨日は大変だったものね』
「……はい」
『あのね、何を今さらって思うだろうけど、あなたに謝らなきゃと思って電話したの』
「え?」
『その……、神代くんのこと黙っててごめんなさい。驚いたでしょう?』
申し訳なさそうな三鶴の声を聞き、フィアの胸が再び痛み出す。そして思わず尋ねてしまう。
「……三鶴さんと夜宵ちゃんは、神代さんのこと知ってたんですね」
『ええ。でも、私も夜宵ちゃんも最初から神代くんの素性、知らされてたわけじゃないの。そうね、二人とも神伎官になって三ヶ月ほどしてからかしら』
三ヶ月――フィアは神代と出会ってから、まだ一ヶ月も経っていないことを思い出す。
『確かに私たちも神代くんの素性を知ったときは驚いた。でも、どこか浮世離れしてる彼を思えば、それも自然と納得できたわ』
「知ってたのは御子守さんもなんですよね?」
『ええ。私は彼と三年、一緒に仕事したけど、その間、御子守さんは神代くんを真っ当にするんだっていつも息巻いてたわ』
「そう……ですか」
フィアの様子がまだいつもどおりではないことに気付いたのか、三鶴が苦笑する。
『やっぱり許せない? 神代くんのことを私たちが黙ってたの』
「い、いえ、違います! そうじゃなくて……」
フィアは慌てた後、素直に自分の心情を吐露した。
「三鶴さん、夜宵ちゃん、御子守さん、それに神代さん自身が本当のことをわたしに話さなかったこと、どうしようもない事情があったんだと思います。でも、頭ではわかってるのに、どうしても胸の中にわだかまりがあって……。神代さん、私なんかには知られたくなかったんじゃないかって思ったりしちゃって」
すると、三鶴が小さく息をつく。
『……そうね。神代くん、あなたには知られたくなかったかもしれないわね』
「…………っ!」
一番言われたくないことを言われ、フィアは言葉に詰まってしまう。
『ああ、違うの。神代くん、あなたに知られるのが怖かったんだと思うのよ』
「怖い……?」
『そう。だって、フィアさんが来てから神代くん変わったもの。私たちとは単なるビジネスライクな関係だったけど、あなたとの間には同僚以上の何かがあったと思うわ』
三鶴の見解を聞き、フィアは信じられない思いを抱く。
「そう……でしょうか」
『そうよ。だって、あなたがびっくりするからって、傷が完治したのにわざわざ入院したりしたのよ? あの空気読まない大王の神代くんが』
思いもよらない話を聞かされ、フィアは驚いて声が出なかった。
『だから思うの。フィアさんは神代くんにとって、何か初めての感情を抱かせたんじゃないかって。フィアさんはどう思うかしら?』
三鶴に問われフィアは少し黙った後、口を開く。
「わたし、約束したんです。神代さん、わたしに自分のことを話してくれるって。でも、まだ約束果たしてもらってない……」
『……そう』
「わたし、神代さんからちゃんと聞きたいです。神代さんが何を話してくれるつもりだったのか。それにまた命をかけて守ってもらったのに、お礼の一つも言えてない……!」
フィアの瞳から今度こそ涙がこぼれ落ちた。神代に話を聞きたい、彼に会いたい――。
だが、今、彼は東京都の管理下に置かれ身柄を拘束されている。フィアが会おうと思っても会える状態ではなかった。そのことを思うと、フィアはますます心がちぎれそうになる。そんなフィアに三鶴が告げた。
『じゃあ、会いに行きましょう。神代くんに』
「……え?」
わけがわからずフィアは瞳を瞬かせる。
「だって、神代さんは今……」
『わかってる。だから、私が王子様に会う魔法を教えてあげるわ』
「三鶴さん……?」
『ふふ、きっとバレたら大目玉ね。でも、上に背いても私はこのまま終わらせたくないわ。フィアさん、あなたは?』
問いかけられ、フィアは一も二もなく返答した。




