明かされる真実(2)
「神代さん、神代さんっ、しっかりしてえ!」
フィアが必死に呼びかけている間も神代を貫く刃を鮮血が伝い、地面にポタポタと落ちていく。
「……うるさいなあ、ギャアギャア喚いて」
この状況にはそぐわない冷徹な声が響いた。瞳を涙で滲ませるフィアが声のした方を向くと、その先にはロキの姿があった。
「これぐらいじゃあ死にはしないよ、僕たちは。ねえ? トール」
そう言うと、ロキは神代を貫いた剣を一気に引き抜く。剣を引き抜かれた勢いそのままに、神代の身体が地面へ崩れ落ちた。
「神代さん……っ!」
身体を拘束されたままのフィアにできるのは、ただ神代に声をかけ続けることだけだ。そんな彼女を嘲笑うようにロキが歪に口端を上げる。
「本当にうるさいね、お前。今度こそ、トールの前で細切れにしてあげるよ」
そう言い、ロキが再び炎を纏った剣の切っ先をフィアに向けた。まさに万事休す――フィアは固く目を瞑る。
そのときだった。
『……目標確認、捕縛せよ!』
声がしたかと思うと、次の瞬間、頭上からロキめがけて大きな網が降ってきた。
「ん?」
頑丈な網に身体を拘束されながらも、ロキは焦る気配すら見せない。
「ふーん……。この空間、僕の神力で封鎖したのに、あの大きな人間の道具でムリヤリ突破したのか」
自身に絡まる網をロキは長く細い指で弄び始めた。
『その炎を纏った剣……、神話に記されているとおりだ。貴様がロキだな? すべての元凶の神よ』
フィアが声のした方を見上げると、いつのまにか都民広場上空に一台のヘリコプターがホバリングしていた。声はその機体の中から聞こえてくる。
『私は神災対策本部長、塔屋時子だ。ロキよ、これ以上、貴様の好きにはさせんぞ』
よく聞けば声は女性のものだ。そして、フィアにはこの名前に聞き覚えがあった。
――え? 塔屋時子って、たしか……。
ヘリコプターが地上へ降下し始めるのを目にしたロキが小さく舌打ちした。
「ふん、面倒なことになりそうだな」
そして、手にしていた炎を纏う剣で自身を捕縛する網を分断する。
「こんなもので僕を捕まえることなんて、できやしないよ」
ロキは身体にまとわりつく網の残骸を払いのけつつ、ある方向を向いた。
「トール、今日のゲームはこれでタイムアウトだね。でも消化不良だなあ。じゃあ、別のゲームをしよう。そうだなあ、場所は神界と人界の境目にしようか。あの場所なら、かたくなな君も神力を存分に振るえるだろうし、僕はそこで待ってるよ」
未だ地面に倒れたままの神代に向け次のゲームを予告した後、ロキはこの場から霧のように姿を消してしまう。すると、術者が消えたせいか、フィアを拘束していた蔓も跡形もなく消え去った。
ずっと身体を固定されていたフィアは一瞬よろめくが、慌ててある方向に目を向ける。
「神代さん!」
フィアが呼びかけると、倒れていた神代の指がピクリと動いた。よかった、生きてる――安堵したフィアは彼の元へ急ぐ。
「神代さん、大丈夫ですか!?」
フィアは身を屈めると、倒れたままの神代に再度呼びかけた。すると、彼は顔をこちらに向けてくる。
「……済まぬ、フィア殿。怖い思いをさせてしまった」
フィアは首を何度も横に振った。
「わたしのことなんかより、今は神代さんです! あの人に剣で身体を……」
「いや、自分のことはいい。このような傷はすぐ治る身体だ。それより、貴殿に謝らなければ」
「え?」
フィアはわけがわからず、キョトンとする。
「自分はフィア殿を欺いていた。一番言わなければならないことをずっと伏せていた」
「お話なら後で聞きます! 今はそんなことより……」
「いや、どうか聞いてくれ。自分は人間ではない」
神代が言ったことをフィアは即座に理解できなかった。
「え……?」
「先程、貴殿も見ただろう、自分の身体が変化するのを。あれが……本来の自分の姿だ。神代通とは、人の形を借りた仮の姿に過ぎぬ」
神代の独白を聞き、フィアは自身の胸が早鐘を打つのを感じた。
「本来なら、自分はこの世界にいるべき存在などではない。だが……、どうしてもこの世界でせねばならぬことがあった」
話が核心へ移ろうとしたときだ。
「トールよ、どうやら一番危惧していた事態になったようだな」
フィアと神代の元にある人物が歩み寄る。フィアが反射的に声のした方を向くと、一人の女性が立っていた。
「あ……」
フィアは目を見張る。なぜなら、テレビや新聞などでよく見知った顔だったからだ。フィアを目にした女性が一つうなずいてみせた。
「初めまして、フィアローズ・シーアくん。挨拶が遅れて済まない。これでも、それなりに忙しい身でね。私が神災対策本部長、塔屋時子だ」
「あなたが本部長さん……」
フィアは思わずまじまじと塔屋時子を見つめてしまう。
塔屋時子――まだ四十歳ほどの彼女は、全身黒のパンツスーツを身に付けている。細長の瞳には強い意志の力が込められ、凜とした女性という印象を見る者に与えた。
恐らく彼女を東京都民で知らない人間はいないだろう。なぜなら、彼女は三十歳という異例の若さで東京都知事に就任し、以来十年間、日本の中心とも言える東京都を動かしてきたからだ。
そんな塔屋時子が、自身の上司である神災対策本部長も兼任しているとはフィアは想像だにしていなかった。だが、今は驚きに浸っている場合ではなかったようだ。
塔屋は厳しい口調で神代に告げる。
「トール、君はたった今この場で神力を振るったな?」
神力を振るったとは一体何のことか? フィアは一瞬首を傾げそうになるが、すぐにあることに思い至った。先程、都民広場に現れた神代は身体を変化させ、この場に雷を呼んだ。塔屋が言っているのはそのことなのだろう。
「加々倉から私の元に連絡が入った。君とフィアローズくんが外に出たまま戻ってこない、何かあったのではないか、とね。神災対策の要の君たちを失うわけにはいかないからな。最優先で部下に都庁近辺を捜索させていたら、この都民広場だけが妙な力で封鎖されていた。だから、ヘリコプターを使い物理的に突破したのだが……。まさかロキが直接都庁に現れるとはな」
塔屋は一つ息をつくと深刻な顔を浮かべる。
「ロキがゲームの場に指定してきたのは神境だろう。神境は唯一、この世界で人も神も同等に力を振るえる場所。ロキが何かしでかす前に、自衛隊を派遣してヤツを徹底的に叩いてやる。だが、その前に処理せねばならん問題があるな」
塔屋が一つ指を鳴らした。すると、彼女の部下である黒服の男たちが神代を取り囲む。
「トール、君の身柄を拘束させてもらう」
「え……?」
塔屋が下した決断にフィアは大きく当惑することになった。
「ど、どういうことですか? どうして神代さんを……」
神代に向けていた視線を塔屋がフィアに移す。
「これはトール、いや、神代通自身が私に申し出たことだ」
「神代さんが?」
「そうだ。万が一、この世界で自身が神力を振るうことがあれば身柄を拘束し、自由を奪ってほしいとな」
話がまったく読めず、フィアの頭は飽和寸前になった。
「すみません、わたし、何もわからなくて……。でも、一つだけ聞かせてください。本部長は神代さんが本当は何者なのか、ご存じなんですか?」
「……ああ」
フィアの問いに塔屋が一つうなずく。
フィアは都民広場での出来事で薄々感じていた、神代の正体が何なのかを。彼は自身を人間ではないと語った。ならば神代は――。
「今さら隠し立てもすまい、君には話しておこう。神代通は人間ではない。神境を越えてこちらの世界に降りてきた北欧神話の一柱、雷神トールだ」
今日からまた更新させていただきます。今週中に一旦完結する予定なので、どうぞよろしくお願いします!




