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明かされる真実(1)

 フィアの瞳から涙が一筋頬を伝った。


 そのときだ。不意にどこかから棒のようなものが飛んできて、フィアの首を絞め続ける青年の足元に突き刺さる。


「ん……?」


 青年の注意が眼前のフィアから足元に移った。彼の足元に突き刺さっているのは年代物の木製のステッキだ。


「彼女から手を離せ!」


 この空間に怒気を孕んだ声が響き渡る。未だ青年に首を掴まれたままのフィアは、涙で滲む目を声のした方に向けた。


「神代、さ……」


 視界の端に神代通の姿が映りこむ。彼の表情は、フィアが目にしたことのない険しいものだった。


「……へえ。やっと来たんだ、トール」


 興味が神代に移ったのか、もう用はないとばかりに青年がフィアの首から手を離す。急速に空気が肺に送り込まれ、苦しさからフィアは大きく咳き込んだ。


「フィア殿!」


 神代がフィアに駆け寄ろうとする。だが、機先を制するように青年が彼の前に躍り出た。


「おっと、実際に会うのは久しぶりだってのに、それはないんじゃないの?」

「お前……っ」

「それにしても随分遅いご到着だったね。昔の君なら、すぐに僕の気配を辿れたはずなのに。『この世界』に来てから、君の勘も大分鈍っちゃったのかなあ? それとも、『この世界』に長くい過ぎて、僕の気配なんて忘れちゃった?」

「……そんなはずはないだろう。なぜ自分が『この世界』に来たのか、お前は少しも理解していないのか?」


 これ以上ないほど真摯な口調で神代に告げられ、青年は意味ありげに碧眼を瞬かせる。少しの間そうした後、彼は悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「ふふっ。でも、ちょっと危なかったね。君がここに来るのがもう少し遅かったら、あの子を本当に殺しちゃうところだったよ」


 この場にそぐわない笑みを見せる青年を前にし、神代が奥歯を強く噛む様子を見せる。


「お前はどこまで巫山戯るつもりだ……っ!」

「ふふっ、君のそんなに怒った顔、見るの久々だよ。ゾクゾクする……」

「こんな場所までわざわざ姿を現し、一体何が目的だ!?」

「何って、『この世界』での君のお仲間にちょっとご挨拶しに来たんだよ。あ、でも君まだこの子に何も話してないんだって? 本当のこと」


 ここで神代が言葉に詰まる様子を見せた。


「あれあれ、何で話さないのかなあ? あ、もしかして本当のこと知られるの怖いとか?」


 嘲笑うように青年が続ける。


「でも、いずれ知られちゃうんだから、今知られたって別にいいよね? 見せてあげなよ、君の本当の姿」


 咳き込みながら、神代と青年のやりとりを見ていたフィアが疑問を抱いた。


 ――本当の姿? 何のこと? 


 だが、神代はどこか苦しげに眉根を寄せているばかりだ。その姿を見た青年が大仰に肩を竦める。


「あー、どうせ君のことだから、不可侵の制約のこと気にしてるんだろ。そんなのどうだっていいじゃない。あんなの老害どもが勝手に決めた、くだらない掟だよ。持てる力は存分に活用しなきゃ、つまらないだろ?」


 事も無げに言う青年。一方、神代は不快感を露わにした。


「お前はどこまで……っ」

「君が本気出してくれなきゃ、ゲームもおもしろくならないよ。仕方ないなあ、僕がやる気にさせてあげる」


 青年が右手をスッと前方に差し出す。すると、炎を纏った美しい剣がこの場に顕現した。青年はその剣を握ると、ある方向に切っ先を向ける。向けられた先は未だ地面から生えた蔓に身体を拘束されたフィアだった。


「この子殺したりしたら、さすがに君もキレちゃうかな?」

「…………!」


 神代が目を見開く。そんな彼を嘲笑うように、青年は剣を手にしたままフィアに歩み寄ろうとする。


「ふふっ、この子の肌、とっても白いね。真っ赤な血が映えそうだ」


 炎を纏った剣の切っ先がフィアの首に刺さる。すると、白い首を伝って血が一筋流れ落ちた。


「やめろ、ロキ!」


 神代がこの空間に響き渡る怒声を上げる。そして、次の瞬間――。


「ふうん、やっと本気になった?」


 神代にロキと呼ばれた青年が、フィアの首に突き立てようとしていた剣を下ろす。青年の注意が自分から逸れたことに気付いたフィアは、青年の視線の先に目をやった。


「え……?」


 フィアは目を見張る。なぜなら、数メートル離れた場所にいる神代の姿が大きく変化していたからだ。漆黒の髪、瞳だった彼が、燃えるような赤い髪、瞳へと変化している。赤い瞳は怒りで燃えているようにフィアの目には映った。


「ロキ……、よくも彼女を傷つけたな」


 神代が底冷えのする声音で言うが、ロキ当人は怯む様子を一切見せない。


「へえ、だったら、どうするの? 僕をどうにかしないと、彼女にもっと手を出しちゃうかもよ?」

「させぬ!」


 ロキの言葉を切り捨てるように叫んだ後、神代は右手を天に向けて伸ばした。すると、先程まで晴れ渡っていた空に黒雲がたちこめ始める。


「……天の雷よ、彼の者を射ろ!」


 神代が言葉を紡ぐと、それに呼応するような事象が起こった。立ちこめる黒雲の間から雷が生まれ、地上に向かって降り注ぐ。その雷のどれもが地上のロキに向かって飛んでいった。


「おっと、危ない」


 ロキがおどけたように言うと、手にしていた炎の剣を構える。


「はっ!」


 自身に向けて落ちてくる雷をロキが炎を纏った剣で払った。払われた雷は周辺に落下し、地面にいくつもの穴を穿つ。自身の攻撃がロキに命中しないことを確認すると神代は再び天から雷を呼び、ロキへ射出した。だが、ロキは軽い動作で雷を回避し、まるでハエでも払うかのように攻撃を払う。


 神代の攻撃は激しさ、威力を増し、ロキに回避された雷はこの空間に凄まじい轟音を響かせた。フィアは耳を塞ぎたかったが、ロキに拘束された状態でそれは叶わない。


「はははっ、大した威力だね、トール!」


 間断なく飛んでくる雷をロキは愉快そうに払い続けた。


「だけど、いいの? そんなに雷落としてたら、いつかあの子に当たっちゃうかもしれないよ?」


 怒りで我を忘れた神代がハッとしたように目を見開く。その様子を目にしたロキが少し不快そうに呟いた。


「……ふうん。そんなにあの子が大事? やっぱり君の前であの子を殺しておいた方が、ゲームも面白くなるかな?」


 ロキは神代から顔を背け、再びフィアに向き直る。そして、手にしていた炎の剣をフィアの胸元目がけ、突き立てようとした。


「やめろ、ロキ!」


 神代の怒号がこの空間に響き渡る。


 一方、フィアは眼前まで迫ったロキの剣を前にどうすることもできなかった。このままでは、あの美しい刃に身体を貫かれてしまう。どこかぼんやりと思ったときだ。


「え……?」


 フィアが呆けた声を上げる。なぜなら、神代の背中が眼前にあったからだ。


「く……っ」


 神代が苦鳴の声を上げたのをフィアが怪訝に思う。


「か、神代さん……?」

「何ともないか? フィア殿……」


 そう問われ、フィアは何度もうなずいた。


「そう……か。よかった」


 神代の声が弱々しいことに気付いたフィアは、自身の前に立つ彼の身体の状態を確認しようとする。


「…………!」


 フィアは絶句した。なぜなら、神代の胸が刃で貫かれていたからだ。その刃には見覚えがある。先程、フィアの身体を貫こうとしていたロキの剣だ。ということは、つまり――。


「いやああああっ!」


 フィアは悲痛な声を上げた。


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