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鉱物学者石塚巧(2)

「何か飲む? ここは僕のおごり」


 そう言う石塚の前には、なぜかクリームソーダが並べられていた。神代とフィアは顔を見合わせると、素直に石塚の勧めで飲み物をオーダーすることにした。


 注文してからわずか数分で飲み物が神代たちの前に並べられる。その光景を確認した後、石塚が話を切り出した。


「さて……と、夜宵ちゃんと話はついてるよ。『O』の件だよね?」

「おー?」


 フィアが不思議そうに小首を傾げる。そんな彼女に、石塚が自身の唇の前で人差し指を立ててみせた。


「例の件の物質名称は、ここでは口外しない方がいいと思ってね。とりあえず頭文字をとって『O』とさせてもらうよ」


 神代は得心する。確かに夜宵はオリハルコンについては外部公表しないと語っていた。ならば、石塚の提案は上策と言えるだろう。


「何しろ『O』は存在自体が希少だからね。発見されたことが外部に知れたら、君たちに渡すことは容易にできなくなるかもしれない。だから、今のうちに手を打っておこうと思って、わざわざ君たちにこんな場所まで来てもらったんだよ」

「そうであったか。お気遣い、感謝いたす」


 神代が深々と頭を下げると、石塚は大仰に肩を竦めた。


「本来だったら、日本鉱物学会で『O』を隅から隅まで調べ尽くしたいところだけど、何せ君たちの上層部から重々のお達しが来たからねえ」

「ほう」


 初めて耳にする話を聞き、神代は目を瞬かせる。


「自分らの上層部というと、本部長殿経由かな?」

「そうそう。以前から鉱物学会に話が来てたんだよ。もし未知の鉱物が発掘されたら、最優先で君たちに回してほしいって」

「……ふむ。それはやはり泡沫の神器に関してのことなのだろうな」

「うん。大規模神災に備えて、泡沫の神器もアップグレードしておきたいんだろうね」


 神代と石塚の話をフィアが不思議そうな顔で聞いていた。まだ話し足りないといった風情で石塚が続ける。


「でも、東京湾で発見された『O』の信憑性に関しては僕のお墨付きだよ。何しろ、『O』の紀源とされるペルーのチャビン文化のそれとまったく同じ含有率だからね。それから……」


 だが、ここで石塚の話を遮るようにラウンジ内が騒がしくなった。


「何あれ?」

「見てみろよ、東京湾に何か浮かんでるぞ!」


 不意にざわつく声が聞こえ、石塚が興がそがれたといったように声のした方を睨んだ。


「一体、何? ここからが一番盛り上がるところだってのに……」


 ブツブツ言いつつも、石塚がラウンジ内の人間の多くが目を向けている窓の外に視線を移した。そして、彼は呆けた声を上げることになる。


「あれ……?」

「いかがされた? 石塚殿」


 眼前の男の変化を神代が訝しんだ。


「いかがも何も……。君も窓の外、見てみなよ」


 石塚に言われ、神代も彼に倣い窓の外に目を向ける。次の瞬間、石塚同様、呆気にとられることになった。


「な……っ」


 先程までラウンジの外から一望できた東京湾の風景が一変していた。なぜなら、沖合に巨大な影が浮かんでいたからだ。異変に気付いたのか、フィアも東京湾に視線を向けている。そして呟いた。


「何あれ? まるでヘビみたい……」


 ヘビ――まさしく今、東京湾に浮かんでいるのは巨大なヘビだった。ヘビがいるのは沖合だが、これだけ離れた場所でも目視できるのだから、その大きさは相当なものだろう。


 ――あれは、まさか……!


 神代はある確信を抱くと、かけていたソファから立ち上がり、その場から離れようとする。そんな彼にフィアが慌てて声をかけてきた。


「神代さん、どうしたんですか!?」


 神代はフィアに向き直ると、あることを告げる。


「あの海にいるのは恐らくヨルムンガンド」

「よ、よる……?」

「ヨルムンガンドとは北欧における毒ヘビの怪物。なぜ、今あの海原に現れたのかはわからぬが……」


 そこまで言うと、神代は思案顔を浮かべた。


「なぜ現れたかはわからぬが、放っておけばとんでもないことになるやもしれぬ」

「な、何がとんでもないことなんですか?」


 当惑するフィア。彼女をこれ以上驚かせたくはないが、隠し立てはできない。神代は自らの推論を語る。


「先程も語ったとおり、あれは巨大な毒ヘビの怪物。もしこのまま陸に上がり、その巨大なあぎとから毒を吐こうものなら大勢の人々が犠牲になるだろう」

「た、大変じゃないですか!」

「そう、大変だ。だが、はて困った。こういう事態は想定していなかった故、泡沫の神器は持参しておらぬ」


 そこまで言うと、神代は自らの見通しの甘さを痛感した。だが、このままあの巨大なヘビを放置しておくわけにもいかない。


「ど、どうしましょう……」


 フィアが青ざめた表情を浮かべる。神代とフィアの間に暗い空気が流れ始めたとき、思いもよらない人物が口を挟んでくる。


「もしもーし。君たち、何か大切なことをお忘れでない?」


 神代とフィアは顔を見合わせると、声のした方に同時に顔を向けた。その先にいたのは、つい先程まで同じテーブルについていた石塚巧だ。


「君たち、わざわざここまで何しに来たと思ってるの?」


 そう言われ、フィアは不思議そうな顔を浮かべる。


「何って、とっても珍しい鉱石を受け取りに……」

「そう、そうだよ! 君たちが受け取りに来たのは、希少鉱石『O』! 僕の見立てでは『O』は無限の可能性を秘めている。試してみて損はないはずだ!」


 熱弁を振るう石塚を目にし、ようやく神代は彼が何を言わんとしているか悟る。石塚は傍らに置いていたボストンバッグを神代の前に差し出した。


「この中に『O』が入ってる。まだ原石の状態だけど、十分な効力は持っているはずだ」

「……なるほど。石塚殿、ここはご助言に従わせていただく!」


 石塚に大きく頭を下げると、神代は鉱石『O』、オリハルコンの入ったバッグを受け取る。それから傍らのフィアに向き直った。


「フィア殿、これからヨルムンガンドの元に向かおう」

「は、はい……っ!」

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