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鉱物学者石塚巧(1)

 東京湾までは、都心から車で三十分ほどで到着する距離だ。神代はフィアを連れ、足にはタクシーを使い、目的地まで赴く。


「わたし、東京湾に行くの初めてです!」


 タクシーの後部座席で神代の隣に座るフィアが言う。フィアの意見に神代も賛同した。


「自分も赴くのは初めてだな」


 そもそも神代は神災に関係する場所以外、自らの意志で赴くことなどない。必要のない場所に行くことは彼にとって無駄と言ってもいいからだ。


「東京湾って、いろんなお魚いるんですかね?」


 フィアがこちらに顔を向けてくる。だが、神代はそれに答えることはできない。


「済まぬ、自分はあまり詳しくないのだ」


 少し困ったように答えると、フィアが慌てて両手を横に振った。


「いえっ、お仕事と関係ないこと聞いたりしてすみません……」


 どこかしおれた風情のフィアに気付き、神代は小首を傾げる。


「いかがされた? フィア殿」

「あ、あの、大切なお仕事に向かうのに、わたしったら呑気過ぎたなって思って……」 


 確かに先程のフィアの質問はこれから向かう任務とは関係ないかもしれないが、ここまで落ち込む必要もないだろう。神代が怪訝な表情を浮かべていることに気付いたフィアが、ますます気後れした風情になった。


「……すみません。わたしったら、久しぶりにこうして神代さんと一緒にお仕事できるから、少し浮かれてたみたい」

「自分と一緒……?」


 おうむ返しに神代が言うと、フィアは恥ずかしげに俯いてしまう。そんな彼女の様子を目にし、神代はようやくフィアが何を考えているのか理解する。彼女は自分とともにこうして任務に就けることを、うれしく思ってくれているのだろう。


 ――自分などと一緒で、フィア殿はうれしいと思ってくれているのか……。


 確かにこうしてフィアとともにいられることは、神代にとって決して居心地の悪いものではない。そういう想いなら、フィアと似通っているのかもしれない。神代は隣に座る少女に告げる。


「フィア殿。自分もこうしてフィア殿とともにいることは、好ましいと思っている」


 なるべく真摯な口調で告げると、俯いていたフィアがこちらに顔を向けてきた。


「……本当ですか?」

「ああ。自分は生まれてこの方、誰かに嘘を告げたことは一度もない。天地神明に誓って本当だ」


 大真面目な神代を目にし、フィアがわずかに顔を紅潮させる。


「……も、もうっ、神代さんったら天然なんですか?」


 そんな車中での出来事を経て、神代とフィアは目的地に到着した。夜宵が紹介してくれた鉱物学者が停留しているのは、東京湾沿いにあるホテルだ。既にアポイントメントも取ってあり、学者とはホテルのロビーラウンジで対面することになっている。


 ロビーラウンジは建物の十六階にあるので、エレベーターを利用する。その中で、フィアが物珍しそうに視線を巡らせつつ、小声で言った。


「東京湾のすぐ近くにホテルがあるんですね。いいなあ、一度でいいからこういうところに泊まってみた……」


 そこまで言ったところで、フィアはハッとしたように自身の口を慌てて塞ぐ。


「す、すみません。わたしったら、また……」


 あたふたするフィアを目にし、神代は思わず笑ってしまった。


「そのように焦らずとも今は自分と二人だけだぞ? それに、かようなことで咎めたりはせぬよ」

「あ、はい……」


 フィアは火照りを冷ますためか、両手で顔をパタパタと扇ぐ。そんな様子を目にし、神代は自然と口元が綻んでしまう。そして、こんな光景に既視感を覚えた。


 たしか今朝ほども、フィアがこうして一人であたふたしている場面に遭遇した。そのとき、三鶴がフィアのことを可愛らしいと評していたのだ。


 なるほど、確かに目まぐるしく変わるフィアの表情や仕草は、可愛らしいと言えるのだろう。三鶴が言ったことも今は素直にうなずけた。


 そうしている間に、神代とフィアが乗ったエレベーターは建物の十六階に到着する。エレベーターを降りると、モダンな調度品が整然と並べられ、窓の外からは東京湾が一望できる空間が広がっていた。


 神代はロビーラウンジ全体に視線を巡らせる。待ち合わせている鉱物学者を捜すためだ。たしか、夜宵の話では――。


「……鉱物学者のおじさんはね、結構派手な髪の毛に、いつも派手なシャツを着てるよ。とにかく目立つから、すぐわかるはず」


 視線をロビーラウンジに巡らせている途中、夜宵の話どおりの人物を見つけた。なぜか緑に染めた短髪に、赤が基調のカッターシャツを身に付けている中年男性がロビーラウンジの隅の席に腰掛けている。フィアも男性に気付いたのか、小声で神代に話しかけてきた。


「あの人が、夜宵ちゃんが紹介してくれた鉱物学者さんですかね?」

「うむ、恐らくそうであろう」


 神代とフィアはうなずき合うと、男性が座る席まで歩み寄る。そして、背後からそっと声をかけた。


「……失礼。貴殿が石塚巧氏であられるか?」


 すると、男性が反射的にこちらを振り向いた。神代とフィアの姿を認めた後、彼は笑みを浮かべて首肯する。


「君たちが夜宵くんの紹介の?」

「左様」


 すると鉱物学者、石塚巧が向かいにあるソファを指さした。


「どうぞ?」


 石塚の勧めに応じ、神代とフィアは彼と向かいあわせに腰を下ろす。


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