オリハルコン
それから神災対策本部では通常業務が行われる。神災発生時以外の本部の様子は穏やかそのものだ。三鶴は主に事務や経理業務、夜宵は神災に対する科学的アプローチの研究。そして、神代とフィアは発生した神災の記録簿の作成や整理といった具合だ。
業務風景は静かだ。それぞれが各々の作業をこなし、本部室内には主にパソコンのキーボードをカタカタと打つ音が響き渡る。だが、この空間の静謐を不意に破る者が現れた。
「……うっそ。マジですか!?」
彼女にしては珍しく大きな声を夜宵が上げる。そのことを怪訝に思ったのか、彼女の向かいに座る三鶴が声をかけた。
「どうしたの? 夜宵ちゃん」
「……どうしたもこうしたも、オリハルコンが都内で発見されたんだって!」
耳慣れない単語の登場にフィアは小首を傾げる。
「おりはるこん? って何?」
すると、夜宵がやや興奮した面持ちを浮かべた。
「……オリハルコンっていえば、古代アトランティスに存在したっていう幻のアレに決まってるでしょ!」
そうは言われても、フィアには「幻のアレ」が何を意味するのか、まったくわからない。反応が薄いフィアに気付いたのか、夜宵が一つ息をつくと詳しく解説を始める。
「……早い話、オリハルコンは金属だよ。有名なのはアトランティス伝説だけど、その成分は天然の鉱石とか銅とか諸説あるね。でも、一番大切なのはその希少価値。昔からいろいろな文献に登場してるけど、オリハルコンが実際に発見された事例はないの。それが、それがだよ! この都内で発見されたっていうの!」
一気にまくし立てた後、夜宵はふうっと大きく息をついた。フィアは若干引きつつも、夜宵に尋ねる。
「そ、それで、夜宵ちゃんは何をそんなに興奮してるのかな?」
「……ふふっ、聞いて驚かないで。泡沫の神器のアップグレートができるかも」
「泡沫の神器?」
今まで事態を静観していた神代がここで初めて発言した。
「……そうだよ、神っち。オリハルコンを使えば、喪失神も一撃で葬れるかもだよ」
「なるほど、それは確かに驚愕だ」
まったく話についていけないフィアが懇願するように夜宵に尋ねる。
「夜宵ちゃん。どうして、おりはるこんで泡沫の神器が驚愕なのか、わたしにも教えてください……」
未知の単語の登場に、フィアの質問もかなり要領を得ないものだ。だが、夜宵はフィアの内心を察してくれたのか、再び解説を始める。
「……あのね、今使ってる泡沫の神器の原材料は主に銀とか天然の鉱石なの」
「はあ、そうだったんですか……」
二度ほど泡沫の神器を手にしたフィアだったが、その素材が何かなど気にしたことも、考えたこともなかった。夜宵の説明はまだ続く。
「……銀とか鉱石って昔から魔を退けるって言われてるんだよ。だから、喪失神に対抗するためにそれらの材料で神器は創られてるの。それで、こっからが重要。これから先、どんな大物の神が出てくるかわからないでしょ。だから、ここで泡沫の神器もパワーアップしたいと思ってたの。そしたら、知り合いの鉱物学者から、東京湾の海中深くからオリハルコンらしき物質が見つかったって連絡があったんだ」
ここで得心がいったように神代が私見を述べる。
「なるほど。つまりオリハルコンという鉱石を使い、新たな泡沫の神器を創り上げるということだな?」
「……ピンポーン。さすが神っち、冴えてるね」
ようやく自身の思惑を理解する人物が現れ、夜宵はどこか満足げだ。そんな二人のやりとりを目にし、フィアは置いてきぼりを食らった気持ちになってしまう。
――ううっ、どうせわたしはド素人ですよ……。
そんなフィアの内心など知らない夜宵が、おもむろにかけていた椅子から立ち上がった。
「……それで、神っちとフィアちゃんにお願いがあるんだ」
急に指名され、フィアは目を瞬かせる。
「え?」
「……さっきも話した、オリハルコンを発掘した学者グループが今日まで東京湾近くに停留してるんだって。彼らはアタシらの仕事内容よく知ってて、オリハルコンを泡沫の神器作成のために譲ってくれるって話つけたの。それで、神っちとフィアちゃんには東京湾までオリハルコンを取りに行ってほしいんだ」
そう言うと、夜宵はデスクの引き出しから自身の名刺を取り出した。
「……一応これ持ってって。まあ、ゲームで言えば交換パスみたいな感じ?」
夜宵が隣のデスクに座るフィアに名刺を手渡す。
「……あ、オリハルコンが発掘されたって外部公表しないことになってるから、秘密裏に東京湾から本部まで運んでね」
「あら? 私は門外漢だからよくわからないけど、これって世紀の大発見じゃないの? なのに外部には公表しないんだ」
今までこの話題には口出ししなかった三鶴が、不思議そうに夜宵に問いかけた。
「……うん。何しろ希少性の高い鉱物だからね。万が一、悪い人の手に渡ったりしたら大変だもん」
夜宵と三鶴のやりとりを隣で聞いていたフィアは、急速に不安になってくる。
「そ、そんなに大変なものだったんですか、おりはるこん、って。ううっ、何だか緊張してきたあ……」
顔に陰が差したフィアに、三鶴が優しい笑みを向けてきた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫よ。ほら、神代くんも一緒に同行するんだから」
「あ……」
そうだ、何も一人だけで任務に当たるわけではない。今日から神代が復帰し、彼と一緒に仕事ができるようになったのだから。フィアの顔が見る見るうちに明るいものへと変化する。
「そうですよね! ああ、よかったあ……」
先程とは打って変わり、これ以上ないほど安堵した表情を浮かべるフィア。それを目にした三鶴は笑いを堪えられないといった様子だ。それから彼女は隣席の神代を意味ありげに見つめた。
「本当、フィアさんって可愛いわね。ねえ、神代くん?」
「ん……?」
神代はといえば、なぜ自身に話題が振られたのかわからないといった風情だった。
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