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杉並区幼児惨殺事件(2)

 事件が起きた杉並区西荻窪の児童公園に向かうと、警察によって規制線が張られていた。そして、現場では鑑識係が忙しく検証を行っている。


「お、おい……っ!」


  御子守は慌ててしまう。なぜなら、神代がいきなり規制線を越えて現場に踏み入ろうとしたからだ。そんな彼の肩を御子守が掴むと、神代は不思議そうな顔を向けてきた。


「何か?」

「何か? じゃねーよ。部外者が勝手に現場に土足で乗り込むんじゃねえ!」

「部外者? 自分らは神災解決のため、この場に参ったのであろう。ならば入っても構うまい」

「そりゃあそうだが……。あーっ! とにかくこういうのには順序ってモンがあるんだよ。俺が話を聞いてくるから、お前はここで待ってろ!」



 そう言い残し、御子守は規制線を越え、鑑識の一人に声をかけた。その後ろ姿を見つめ、神代が一言。


「中に入ってはいけないのではなかったのか?」


 それから情報収集をした御子守が神代の元に戻る。


「どうやら、この近辺で集中して七軒の家の子供が殺されちまったらしい。どの家も厳重に戸締まりはしてたが、いつのまにかいなくなり、この公園で全員の子供が死体で発見されたそうだ」

「ふむ……」


 話を聞いた神代が思案する素振りを見せた、そのときだ。現場で悲痛な泣き声が響き渡る。御子守と神代が声のした方に視線を向けると、その先では夫に付き添われた若い女性が泣き崩れていた。


「あー……、殺された子供の母親か。かわいそうになあ」


 御子守が心から同情しつつ呟いた言葉を神代が怪訝そうな顔で聞いている。そして、彼は信じられない発言をした。


「あの女人は何故あれほど悲しんでいる? 子供なら、また産めばよかろう」

「な……っ」


 御子守は仰天した後、神代の頭に思いっきり拳骨を振り下ろす。神代はわけがわからないとばかりに抗議の視線を向けてきた。


「おめーには人の心はねえのか! あの母親にとっちゃあ、亡くなった子供はかけがえのない宝物なんだよ。そんな宝物をいきなり奪われて悲しまない人間なんて、この世にはいねーんだよ!」


 一気にまくし立てた後、御子守は肩で大きく息をつく。そんな彼を神代は目を瞬かせて見つめていた。


「……とにかく、そういう無神経なことは人前で言うモンじゃねえ。また言ったりしたら、今度は拳骨じゃすまねえからな!」


 それからポツリと呟く。


「事件解決が少しでも、あの母親の心の慰めになりゃあいいんだが」


 小さな呟きを聞きつけたのか、神代が真顔で言った。


「よくはわからぬが、とにかくこの事態を収拾すればよいのだな?」

「は……?」


 御子守が呆けた声を上げるのを尻目に、神代は周囲に視線を巡らせる。


「幸いこの場には神気が残っている。それを辿れば、事件を引き起こした神に行き着くはずだ」


 そう言うと、神代はこちらに背を向け、歩き出した。


「お、おいっ、どこ行くんだよ!?」


 御子守は反射的に神代の後を追う。


 それから二人は現場の児童公園を離れ、神気とやらを辿り、目的地へと向かっていった。その途中、神代が少し後ろを歩く御子守に声をかけてくる。


「ときに御子守殿」

「あん?」

「貴殿は、この事件に関係するのはどんな神だと思われるか?」

「はあ……?」


 唐突な質問に御子守は一瞬面食らうが、気を取り直して答えることにした。


「子供を無残に殺す神なんて、いるのかよ? もしいたとしても、俺はそいつを許しゃしねえ。子供を殺すなんざ、腐れ外道のやるこった」

「ふむ、何とも人間らしい答えだ。だが、神には人間の思考や理念など通用せぬよ」

「はあ? そりゃあ、どういう……」


 わけがわからないとばかりに御子守が問いかけると、妨げるように神代がこちらを振り向く。


「貴殿ら人間と神の価値観は決して相容れない。貴殿らの常識は神の非常識、もしくは貴殿らの非常識は神の常識といってもよい」

「何だよ、その言い方。まるで……」


 御子守が違和感を抱きつつ、疑問を眼前の男にぶつけようとする。だが――。


「しっ、もうすぐ神気の元に辿り着く。気を引き締められよ」

「何!?」


 神代と御子守の前に現れたのは小さな神社だった。


「何だよ、神社じゃねえか。こんなところに何があるってんだ?」


 御子守が呆れたように言うが、神代は鋭いまなざしを神社の奥に向けている。今まで見せたことのない神代の表情を目にし、御子守は思わず怯んでしまう。


「ここは人界で神を祀る場所か。このような場所に隠れるとは、何とも皮肉なものよ」


 そう呟くと、神代は神社の境内に足を踏み入れる。


「あ、おい、待てよ!」


 御子守も神代の後に続いた。鬱蒼とした木々に囲まれた境内は、昼間だというのに薄暗い。だが、神代はまったく迷うことなく奥の一角へと進んでいった。


 こんな場所に一体何が――。御子守が当惑するのをよそに、神代はある場所の前で足を止めた。そこは境内の奥まった場所に植えられた一本杉だ。御神木でもあるのか、太い木の幹にはしめ縄が巻かれている。


 神代が一本杉に向かって声をかけた。


「そのような場所に隠れても無駄だ。姿を現せ、ハーリーティーよ」

「ハー……、何だってえ?」


 御子守は頭上に何本もの疑問符を立てながら、神代の視線を追う。


「ん……?」


 一本杉の陰で、何者かがこちらに背を向けていた。そのフォルムから察するに女性のようだ。そして、女性はすすり泣きのような声を発している。様子に気付いた御子守が当惑しつつ、神代に声をかけた。


「おい、この女、泣いてるみたいだぜ?」


 だが、神代はピシャリと言い放つ。


「甘い顔をするな。この女人の姿をした者こそ、昨夜一晩で子供七人を殺めた神だ」

「は……?」


 荒唐無稽な神代の発言を聞いた御子神は、思わず呆けた声を上げてしまう。そのときだ。


『……妾の子供をさらったのはお前たちか?』


 御子守が反射的に声のした方に顔を向ける。その先は一本杉の物陰で泣いていた女性だ。


「ひ……っ」


 こちらに向けられた顔を目にした御子守は、年甲斐もなく情けない声を発してしまった。なぜなら、泣いていると思われた女性は鬼の形相をしていたからだ。


 鬼女というのは、まさにこの女のことを言うのだろう。今いる場所から一歩引き下がる御子守とは対照的に、神代が鬼女に毅然と問いかける。


「お前の名はハーリーティーだ。思い出せぬか?」

『妾の名……? そのようなものはどうでもよい。妾が捜しておるのは妾の子供だ』

「……その子供を捜している間に、この世界の子供を殺めたのか?」


 核心に迫る神代の問いかけに鬼女は一瞬押し黙った。だが、彼女は真実を語り出す。


『そうだ。仲睦まじげな親子が妾の目に留まった。故にひどく憎くなったのだ、妾には子供がおらぬというに……』


 一歩引いた場所で、神代と鬼女のやりとりを見ていた御子守は愕然とする。


「だから、殺したってのか? 何の関係もない、何の罪もない子供を!」



 御子守が怒声を上げると、鬼女は不快な笑みをこぼした。


『ふふふ、これであの母親たちは妾と同じになった。子供を奪われた哀れな母親に』


 その発言を耳にした御子守は次の瞬間、その場から飛び出していた。

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