杉並区幼児惨殺事件(1)
国会議事堂を中心に千代田区で発生した第二級神災――だが、当時はまだ喪失神によるものと特定されていなかった。新型兵器による人為的テロの可能性を識者が示唆し、都内には厳戒態勢が敷かれていた。都民は極度の緊張状態を強いられ、不要不急の外出をする者はほとんどいなくなった。
そして三ヶ月が経過した頃、その事件は起こる。
東京都杉並区で一晩に七人もの子供が姿を消し、無残な死体となって発見されたのだ。都内は未だ厳戒態勢下にあり、幼い子供がいる家庭は戸締まりを徹底していたにも関わらず、わずかに目を離した隙に子供が家の中から姿を消してしまった。
千代田区の事件がまだ解決していないうちに発生した、またもや謎多き事件に杉並区民は戦慄することになった。
そして、このとき御子守拓弥は、閑職とも言える神災対策本部付神伎官として己を持てあましていたのだ。
「杉並で一晩のうちに七人もの子供が惨殺される、ねえ……」
御子守は本部のデスクの上に乱暴に足を投げ出し、今朝の朝刊を読んでいた。一面の記事は、つい先程自身で口にした無残な事件のものだ。
――世間はブッソウこの上ないってのに、ここはまったくヒマなもんだぜ……。
御子守はちらり、と向かい側のデスクの「同僚」を見やる。アイロンのろくにかかっていないスーツを身に付けた自分とは対照的に、かっちりとしたブリティシュスーツを着こなしている神代通という男。彼が今の御子守の「同僚」だ。
千代田区で謎の大量死事件が発生してから、わずか一週間後に東京都知事直轄の部署として急遽発足した神災対策本部という謎の組織。なぜか御子守はこの部署に異動させられた。
表向きは、警視庁のSPとして名を馳せた御子守の力を借りたい、と東京都のお偉いさんから声をかけられた形だ。だが、配属されてから数ヶ月経つが、御子守を待っていたのは本部待機の毎日だった。
未だ顔合わせもしていない神災対策本部長のお達しによれば、有事の際まで英気を養ってほしいとのこと。
なんじゃそりゃ、って話だよな、と御子守はデスクの上でシャープペンシルを転がしつつ思う。杉並で悲惨な事件が起きた翌日でさえも、御子守は「有事」に備え自身のデスクで待機している。そして、目の前の「同僚」はというと、今日もパソコンで何かを検索しているようだった。
この神代通という、見たところまだ二十代前半といった青年の詳しい素性は詳しく知らされていない。御子守が彼について知っていることといえば、神災に対するエキスパートというものぐらいだ。
――神災、ねえ……。
御子守はデスクに肘をつきつつ思案する。この神災対策本部が発足した理由は、神災という神によってもたらされる災害に備えるためらしい。確かに東京は昔から神が住まう世界に最も近い場所と言われている。
だが、人界と神界には不可侵の制約というものがあり、現在まで神による災害など起きた記録はない。
そんな起きるか、起きないかもわからないもののために、東京都は対策本部などというご大層なものを発足したのだ。何か深い理由があるのかもしれないが、今のところ御子守の仕事といえば、デスクで有事を待つだけの毎日だ。
今日もきっと何事もなく一日が終わるのだろう、そんなことを思っていたときだ。この神災対策本部のドアがノックされる。
「はいはい……っと」
ヒマを持てあましている御子守が来客に対応する。ドアを開けると見覚えのある男性が立っていた。たしか神災対策本部の発起人の一人という、東京都庁の職員だ。もっとも名前までは覚えちゃいないが。
「……あ~、何かご用で?」
すると、男性は真顔で言う。
「あなた方にはこれから杉並区に向かっていただきたい」
「は? 杉並い?」
男性の言わんとすることがわからず、御子守はキョトンとすることになった。
「昨日発生した幼児七人の惨殺事件、この事件が神災と関係があると思われます」
「はあ……」
呆気にとられる御子守。すると、背後からこちらに何者かが歩み寄ってくる気配がした。振り向くと、いつのまにか神代の姿が。
「やはり神の手によるものか。朝から件の事件について調べていたが、そうではないかと思っていた」
男性が神妙な面持ちで言う。
「これ以上被害を拡大させないために、お二人には早急に事件を解決していただきたいのです。これは本部長の特命です」
「おいおい、そもそも俺は本部長様が誰かも知らされてねえんだぞ。なのに……」
今まで散々放置しておきながら偉そうに命令する本部長様に、御子守は大いに反発心を抱いていた。
「そのような些末なことはどうでもよかろう」
神代が平然と言う。
「些末って、お前なあ……」
食い下がろうとする御子守をよそに、神代はさっさとこの神災対策本部を後にしようとする。
「おい、お前、どこに……」
「無論、杉並とやらに向かうに決まっている」
「はあ……?」
「ようやく神災対策本部としての初任務ができたのだぞ。貴殿も自らを持てあましていたのではないか?」
「む……」
神代にズバリと胸間を言い当てられ、御子守はぐうの音も出ない。それに何の罪もない子供が無残に殺されるのは、御子守としても放っておくことはできそうになかった。御子守はがしがしと頭を掻くと、仕方なく神代に同行することにした。




