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御子守という男

「神代さん、何か必要なものはありませんか?」


 入院してから五日目、今日も都庁から新宿区にある病院にフィアが赴いた。神代を天涯孤独の身だと思っている彼女は、何かと神代の世話を焼いてくれる。


「いや……、特に不便はないが」


 意気込むフィアを前に神代は少し気後れしてしまう。そもそも代々木公園でヘルから受けた傷は、とっくに癒えている。だが、特別に休養をもらっているのだ。

 

 フィアもフィアで、七日間は午前中のみの業務を任ぜられている。そんな彼女は、午後一時過ぎにはこの病院を訪れ、面会時間終了まで病室にいてくれた。本当は何ら異状のない身体であることを言うわけにもいかず、神代はフィアの来訪を甘んじて受け入れていた。


「じゃあ、お腹空きません? あ、そうだ、三鶴さんと夜宵ちゃんから果物預かってきたんです。林檎でも剥きますね!」


 フィアは差し入れの果物カゴから林檎を取り出すと、いそいそと皮を剥き始める。そんなフィアを神代は複雑な思いを抱きつつ、見つめていた。そんなとき、この病室のドアがノックされる。


「あ、わたし、出ますね」


 林檎の皮を剥いていたフィアが病室の入り口へと向かっていった。


「はい、どちら様ですか?」


 そう言いながらフィアがドアを開ける。


「おっと」


 ドアの前に現れた人物が、フィアの姿を認めると少し驚いた声を上げた。神代も入り口の方に視線を向けてみる。すると、見覚えのある人物が立っていた。


御子守(みこがみ)殿?」

「おー、久しぶりだな、神代!」


 御子守、と呼ばれた壮年の男が笑顔を浮かべる。彼は白髪混じりの短髪、顎には無精髭、少しくたびれたジャケットにチノパンという姿だ。


「そんで、こちらのお嬢ちゃんは?」


 御子守が今度は眼前のフィアに視線を送る。すると、彼女は慌てて頭を下げた。


「あ、あの、フィアローズ・シーアと申しますっ」

「おお、俺は御子守拓弥(たくや)ってんだ。おい神代、お前もスミに置けねーなあ」

「え?」


 御子守の言わんとすることがわからず、神代は目を瞬かせる。そんな彼に御子守が意味ありげな微笑を浮かべてみせた。


「こんなかわいいお嬢ちゃんを病室に囲うようになったとはなあ。うんうん、随分変わったもんだ!」

「な……っ」


 さも感心したように何度もうなずく御子守を前にし、フィアが顔を紅潮させた。


「ちっ、違いますっ! わたしは神災対策本部付の神伎官で、神代さんとは同僚の間柄です!」

 

 すると、御子守が不意に真面目な表情を浮かべる。


「……神伎官? お嬢ちゃんが?」

「はい、神代さんの補佐を務めさせてもらってます」

「そうか、お嬢ちゃんが……」


 御子守がまじまじとフィアを見つめた。


「あ、あの……?」


 フィアが戸惑いの表情を浮かべるのに気付いたのか、御子守が申し訳なさそうに言う。


「すまんすまん。あんまりお嬢ちゃんがかわいいんで、つい見入っちまった」


 そして、がはは、と豪快に笑った。


「それで御子守殿、何故貴殿がここに?」


 神代が問いかけると、御子守がこちらに顔を向けてくる。


「どうしても何も、久しぶりに神災対策本部に連絡とってみたら、お前が入院なんかしてるって聞いたらよ。そりゃあ、見舞いに来るだろ普通」

 

 そこまで言うと、御子守が神代の耳元に顔を近づけてきた。


「加々倉に聞いたぜ。お前の素性、まだあのお嬢ちゃんには話してねーんだって?」

「あ、ああ……」

「そのためにわざわざ入院中ってわけか。お前も随分、気が回るようになったもんだぜ!」

 

 御子守に背中を強く叩かれ、神代は思わず咳き込む。その様子を目にしたフィアが慌て声を上げた。


「ダ、ダメですよ! 神代さんはケガ人なのに、そんなに強く叩いたりしたら!」


 強い抗議の姿勢のフィアを目にし、御子守は一瞬目を丸くすると、再び呵々大笑する。


「はははっ、見かけによらず威勢のいいお嬢ちゃんだ。こりゃあ、いい相棒になりそうだな、神代?」

 

 それから御子守の見舞いの品である豆大福で、お茶の時間をとることになった。


「んーっ、とってもおいしいです、この豆大福!」


 口の周りに粉をつけながら、フィアが豆大福を頬張っている。


「おっ? お嬢ちゃん、結構ツウだな? これは天皇家にも献上された逸品なんだぜ」


 フィアの淹れたお茶をすすりながら、御子守が豆大福の由来を話した。


「そうなんですか。うーん、ちょっとお塩が効いてて、これがまた……」

 

 神代は笑うまいと堪えていたが、豆大福にご執心のフィアを眺めて思わず吹き出してしまう。


「ふふ……っ」


 笑いを噛み殺している神代を怪訝に思ったのか、フィアがキョトンとした顔を浮かべた。


「え? どうして笑ってるんですか? 神代さん」

「いや……、あまり急いで食べると、この間のようにむせてしまうぞ?」


 そう言って、神代は病室に備え付けのティッシュをフィアに手渡す。ここでようやく、フィアは自身の口元がどういう状態になっているのか気付いたようだ。


「や、やだっ。もっと早く教えてくださいよ、神代さんってば!」


 フィアは顔を紅潮させると、慌てて口元をティッシュで拭う。その様子を目にし、神代はまた笑みをこぼしてしまった。二人のやりとりを黙って見ていた御子守が感心したように言う。


「何だ二人とも、すっかり夫婦(めおと)みたいじゃねーか」

「め……っ!?」

 

 口元を吹き終わったフィアの顔が今度は真っ赤になった。


「め、めおとって何言ってるんですか、御子守さん! わたしたち、まだ出会って間もないんですよ?」

「いやいや、出会って間もなくて、そのツーカーっぷりは驚きだぜ」

「も、もう……っ!」


 フィアは火照りを冷ますように両手で顔をパタパタと扇ぐ。そして、話題を転換するためなのか、御子守に質問をした。


「御子守さんは、わたしの前任の神伎官だったんですよね?」

「おう、そうだぜ」

「じゃあ、御子守さんもプロテクトを持ってるんですよね。どういう経緯でわかったんですか?」

「ああ。俺の場合は、そうだな、神災対策本部に着任してから三ヶ月後ぐらいに判明したんだ」

「え? そんな後にですか?」


 フィアが驚きの声音を上げる。彼女の疑問に答えるため、記憶を反芻するように御子守が無精髭を撫で始めた。


「俺は元々警視庁のSPをやっててな、十年前の神災対策本部発足時にこっちに異動させられたんだ」

 

 ここでフィアが尊敬のまなざしを御子守に向ける。


「SPってテレビとか映画で見たことあります! 国のお偉いさんを警護する人ですよね。すごいなあ……」



 フィアの視線を受け、御子守がまんざらでもない表情を浮かべた。


「要はSPとしての腕っ節を買われて、最初は神災対策本部の用心棒になったんだ。何せ相手は人ならざるもの、だろ? 上層部も少しでも戦力が欲しかったんだろーな。それで、十年前の第二級神災が発生してから都内で二例目の神災が起きたんだ」

 

 それから御子守が東京で二番目に発生した神災について語り始める。




今日からまた投稿再開します。どうぞよろしくお願いします!

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