渋谷スクランブル交差点大量昏睡事件(1)
千代田区における第二級神災――十年前、国会議事堂周辺で発生した第二級神災は、わずか一日で千代田区の人口を激減させてしまった。国会議事堂を中心に謎の黒い霧が発生し、その霧を吸い込んだ人間を死の眠りへと誘ったのだ。
当時は人為的テロかと推察されたが、後の研究により、この案件は神災によるものと特定された。多くの犠牲者を出した神災であるが、現在に至るまでその原因である喪失神を捕捉するに至っていない。
「あ、神代くん、フィアさん。待ってたわよ!」
神災対策本部に戻った神代とフィアを三鶴が出迎えた。
「ついさっき、本部長から入電があったの。渋谷区で黒い霧が発生して、それを吸い込んだ人たちが昏睡状態に陥ったって」
「黒い霧……」
神代が深刻な表情を浮かべる。
「……はいはーい、みんなちょっと聞いて」
自身のデスクにいる夜宵がおもむろに手を挙げた。
「……その黒い霧、人間を昏睡状態にさせる薬品やガスの成分のどれにも該当しないみたいだよ」
「夜宵ちゃん? いつのまにそんなことまで調べたの?」
三鶴が驚愕のまなざしを夜宵に向ける。
「……んー、現場に到着したケーサツの無線、ひょいっと傍受したの」
「それって、違法なんじゃ……」
「……だって、ケーサツがいつも先に現場に到着するから、アタシたちの仕事遅れちゃうし」
少しも悪びれる様子なく言う夜宵を目にし、三鶴は呆れとも感嘆ともつかぬため息を漏らした。
「こういうとき、夜宵ちゃんが同じチームでよかったと思うわ」
それから神代とフィアに再び向き直る。
「本部長の特命よ。十年前の悲劇を繰り返さないため、渋谷区に急行し、黒い霧の発生原因を突き止めよ、とのこと」
神代がフィアに顔を向けてきた。フィアが小さく首肯してみせると、神代は真剣な面持ちを浮かべた。
「承知した。これより現場へ向かう」
それから神代とフィアは、謎の黒い霧が発生した渋谷へ向かうことになる。現場の足は昨日と同じくタクシーを使う。その車内で神代とフィアは情報共有することにした。
「場所は渋谷のスクランブル交差点……ですか。たしか、テレビでたくさん放送されてる場所ですよね」
「うむ。三鶴殿が提供してくれた情報によると、午後十二時半過ぎに交差点にいた多数の人間が急に倒れ、救急搬送されたらしい」
神代は小さく息をつく。
「まったく、昨日の今日で再び神災が起こるとは……」
フィアは不思議に思っていたことを神代に尋ねてみることにした。
「あの神代さん、神災って頻繁に起こるものなんですか?」
「うむ。十年前より神災に携わっているが、発生頻度はそれほど高くはない。年に四、五回起こるのがせいぜいだ」
「そう……なんですか」
フィアは素直に納得しようとする。だが、あることが気にかかった。
――あれ……? 十年前って、神代さんって一体何歳なんだろ。
一見した限り、神代の年齢は二十代前半といったところだ。そんな彼が十年前も神災対策本部で任務に就いていたというのだろうか?
頭上に何本もの疑問符を立てるフィアをよそに、神代は何か思案する素振りを見せている。
「十年前の第二級神災と似通った状況……。つまり、十年前の原因の喪失神が渋谷に現れたのやもしれぬ」
「十年前の神災って、国会議事堂の周辺で大勢の人が眠るようにして亡くなったんですよね? 関係している神様って、どんな神様なんでしょう?」
フィアの質問を受け、神代がこちらに顔を向けた。
「自分が思うに、恐らく死に属する神性を持つ神」
「死に属する……?」
「左様。十年前の第二級神災では、大勢の人々が一瞬にして死へと誘われた。黒い霧というのも、恐らく死の神性を持つ神の力なのだろう」
神代の仮説を聞いたフィアは青ざめる。
「そんな神様が力を振るったら、また大勢の人が死んじゃうんじゃ……」
だが、神代は強い意志を込めたまなざしを浮かべた。
「十年前の再来はさせぬ。今度こそ根源たる喪失神を突き止め、神界に送り還す」
そういったやりとりを経て、神代とフィアの乗ったタクシーが渋谷スクランブル交差点付近へ到着する。二人がタクシーから降りると、混乱した群衆の姿が視界に入ってきた。交差点は通行止め状態になり、パトカーや救急車が何台も停められている。そして、大勢の人が地面に倒れていた。
「ここから先は立ち入り禁止区域になってます、下がって下がって!」
野次馬たちを現場に立ち入らせないため、警察官たちがまるでバリケードをつくるかのように一列に並んでいる。昏睡状態に陥った人間の何人かは既に病院に搬送されたようだが、それでも間に合わないらしく、未だ大勢の人が交差点で倒れていた。そんな彼らに救急隊員が必死で処置を施している。
まさに阿鼻叫喚の現場を目にし、フィアは絶句してしまう。そんな様子に気付いたのか、神代が声をかけてきた。
「大丈夫か? フィア殿」
「あ、はい……!」
フィアは自身を何とか奮い立たせる。決心したのだ、神代とともに任務に尽力すると。
「わたしなら大丈夫です。これからどうしますか?」
意気込んだ表情のフィアを目にし、神代は一瞬目を丸くする。だが、すぐに真剣な面持ちを浮かべた。
「そうさな、フィア殿は警官殿に状況がどうなっているか、尋ねてくれぬか?」
「はい。神代さんは?」
「自分は神気がこの場に残っていないか、辿ってみることにする」
「わかりました!」
神代とフィアは何かあったら互いの携帯に連絡することにし、それぞれの持ち場についた。
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