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第五話 エミューリア王国冬の感謝祭

お待たせしました。本編の姫君達の祖国の物語です。


エミューリア王国がどのような国なのか、楽しんでいただけたらと思います。


もちろん本編をご存知ない方でも楽しめる内容となっています。ご心配なく。


それでは、どうぞ。

加筆修正を行いました(22.6.6)

 冬の一月。年の始まりに『風に守られし国』といわれるエミューリア王国では、国をあげての大感謝祭が行われる。


 新たな年の始まりを祝い、一年を無事終えられたことを精霊王に感謝し、また新たな一年の加護を願う。新たに生まれくる命を迎え、逝った人をしのぶ。そして夜には流星を見ながら昨年の厄を祓い、新たな一年の願いを込める祭だ。


 遠く離れた異国で暮らす者も、この時期には祖国で過ごすために帰って来る。そのために長い休暇を取り、国境を越える者が非常に多い。 この時期、どの国の空港も港も国境門も、自国に里帰りするための長い人の列ができる。


 アベルもザラマンデル北部の空港で大きなため息をついていた。 出国検疫はどこも厳重で、荷物検査、手荷物検査、思念石の返却、税関検閲と数々の関所をくぐり抜けなければ出国出来ない。どの国も自国の産業や資源を守るため、出国にも入国にも厳重な監視体制を敷いているからだ。


 飛行機に乗るまでに所要する時間はとても長い。普段でも最低二時間はかかるところに今は出国ラッシュ。アベルは幸か不幸か取れたチケットが午後便であったためまだ時間に余裕があるが、それでも空港に六時間も前に入ったにも関わらず、まだ全ての検閲が済んでいない状態だ。どの検閲所の待ち合いも人で溢れかえっているので、まだまだ時間がかかりそうだ。

 

 ── 腹減ったな。


  空港で昼食を取るつもりで早めに来ているため、朝食はナンとコーヒーで軽めに済ませたのが良くなかった。まだ正午にもなっていないのにお腹が鳴って思わず周りに聞こえていないかと辺りを見回した。


 幸い誰もが雑誌やタブレット画面かテレビを見て時間を潰しているようで、気づいた人はいないようだった。ほっと一息つく。


「ああ、腹減ったな」


 しかし、声に出してしまえばどうしようもない。隣で雑誌を読んでいた紳士がくすりと笑うのが聞こえて思わず頭をかいた。


「この時期の出国は骨が折れますからね」


 紳士が苦笑しながら雑誌から目を上げて答えてくれた。くっきりとした眉の下の細い水色の目が、柔らかくアベルを見ている。おそらく紳士も待ちくたびれていたのだろう。アベルもほっとして紳士との会話にしばし花を咲かせることにした。


「いや、お恥ずかしいものを聞かれてしまいました。早めに来たのですが、こうも待たされるとさすがに待ちくたびれてしまいますね」


 紳士も雑誌を広げたまま会話に加わった。見たところ同国のエミューリア人のようだが、郷に入っては郷に従えというところなのか頭には布を巻いている。ザラマンデルでは良く見慣れた風習なので、アベルも特に気にしなかった。


 紳士はゆったりとした口調で言う。


「時間がかかるとは聞いていましたが、これは想像の上を行っておりますな。そちらはご帰省ですか」


 紳士が「これは改善を要求すべきか」と呟くように言った言葉は空港の喧騒けんそうに遮られ、アベルの耳には届かなかった。


「何か言われましたか?」

「いえ、お気になさらず。それで?」


 紳士がさりげなく促すと、アベルは嬉しさを隠しきれない様子で答える。


「ええ、そうなんです。妻と娘は先に送り出したのですが、私は仕事がありますからどうしてもこの時期の帰省になってしまいました。それに感謝祭が終われば、またとんぼ返りです」

「ほう、そうですか。お仕事は何を」


 紳士は思いのほか聞き上手で、アベルは思わずいろいろなことを話して聞かせることになった。


 自分が風力発電の技士であること。ザラマンデルでの発電の様子、仕事の話、技士の仕事のやりがいにザラマンデルでの生活。いつの間にか妻の話や娘の学校生活についてまで話してしまっていた。


 紳士はにこにこしながら時に相槌を打ち、時に感心してみせ、巧みにアベルから話を引き出した。しばらくそうして話し込んでいるうちに、いつの間にか順番が回ってきたようで先に紳士が立ち上がった。アベルに向かって手を差し出し握手を交わすと、


「いや、実に有意義な時間でした。私の番が来たようです。それでは良き感謝祭を過ごされますよう。あなたとあなたの家族に風の恵みがもたらされますようにお祈り申し上げます」


 そう言うと紳士は優雅に立ち去って行った。

 

 ── 風の恵みがもたらされますように。


 それはエミューリアでは貴族の間で交わされる別れの挨拶だった。アベル達庶民は簡単に『風の恵みあれ』『風の恵みを』と最後に付け足すだけだ。


 ── 気さくに見えた紳士だが、貴族だったのだろうか。だが、貴族ならばこのような混雑した民間の場所ではなく専用の通関があると聞いている。


 ── そうか。貴族と交渉する立場にいる人なのかもしれないな。


 アベルは少し不思議に思ったが、すぐに自分の番号が掲示板に表示されたため、次の関所に向かうべく席を立った。そして忙しく出国手続きをしている間に紳士のことは忘れてしまった。



 エミューリアの王都に最も近いシルフェリア空港で、飛行機から外へ出た途端アべルはひんやりとした空気に包まれた。


 大混雑の空港ではターミナルだけでは間に合わず、離れた場所でタラップを降り、バスでターミナルまで移動することになる。バスに乗るまでのそのわずかな間に触れた外気で吐いた息が白くなり、帰国したことを実感させられた。


 赤道に近いザラマンデルでは一年を通して暑いままだ。対してエミューリアの緯度は高い。四季があり、夏は暑く、冬は雪の降ることもある。


 王都付近では年の終わりは必ず雪に包まれる。一年の穢れを雪と共に降り落とし、まっさらな新年を迎えるためだと言われている。実際、大晦日の深夜王都近辺では外出禁止令が出される。一晩中大嵐が吹き荒れるがその翌日の新年最初の日は一転晴天に恵まれ、不思議なことに石畳すら顔を見せる。


 そこから三日間が感謝祭の期間となる。 貴族達は精霊宮の式典に参加し、風の精霊王に祈りを捧げるらしい。庶民は新年最初の食事を家族で取る時、食前に精霊王に感謝の祈りを捧げる。後は地区の礼拝堂で新年の祈りを捧げるだけだ。


 礼拝は感謝祭の間中礼拝堂で行われ、時間は町ごとに輪番で割り振られている。礼拝堂は目の回る忙しさだろうが、庶民は混雑せず見知った者と参拝し、その場で新年の挨拶も済ませられるのである意味助かる催しでもある。


 感謝祭の楽しみといえば各地区の広場に立つマーケットの店巡りと、新年最初の夜の流星祭だ。エミューリア王国では必ず新年一日目の夜九時に流星が見られる。落ちる方向は月の出方によるようだが、必ず誰もが流星を見ることが出来る方角に流れるし、しかもどの方角に流れるか予報すら出る。


 大人になった今では、なぜそのように決まった時間に星が流れるのか理屈はわかっている。それでも星が命を終える瞬間を目にすると、命は美しく儚いものでもあるのだと思えるから不思議だ。


 エミューリアではその流星を見ると厄落としになると言われており、新たな年を健康に無病息災で迎えられると信じられているのだ。


 冬の日の入りは早く、空港を出る頃には辺りはすっかり暗くなっていた。アベルは時計を確認し、何とか夕食までには実家に着けそうだとほっとした。


 シルフェリア空港はザラマンデルの空港よりも更に混雑していたが、ターミナルに入る前にある、異国からの種子や微生物をなるべく持ち込ませないために必ず通らなければならないエアフィルターや靴洗浄機も数多く設置されており、どこの関門も多くのスタッフが対応しているためかザラマンデルほど待たずに通り抜けることが出来た。


 空港からの移動も、バス、列車ともに増便されており、混んではいるもののしばらく待てば乗ることが出来た。


 大晦日の町並みはすっかり雪景色で、やわらかな雪が空からはらはらと舞っている。道路も雪に埋もれ、車が通る度にしゃりしゃりと音を立てている。体の芯から冷える寒さだがアベルにはとても嬉しかった。久しぶりの雪道をトランクを引き摺りながら歩くのは骨が折れたが、そのトランクの重みさえ祖国を実感させるものだった。


 実家の玄関には明かりが灯り、あたたかく出迎えてくれた。窓越しに多くの人の声がかすかに聞こえる。パーティーが始まるか、その用意の最中なのだろう。アベルが呼び出しボタンに思念石で触れると、パタパタと玄関に走り寄る小さな足音がした。カチャリと解錠されたドアから、小さなかたまりがアベルの体めがけて飛び込んでくる。


「パパ、お帰りなさい!!」


 元気なかわいい声に目を細めたアベルが娘を優しく抱きしめると、


「ただいま。ロラ」


 そう言って優しく頬にキスをした。それから、


「さあ、ここは寒いよ。中に入ろう」


 と二人で仲良く家の中に入って行った。


 アベルは両親の歓待を受け、愛しい妻のジャスティンにハグとキスを贈ると感謝祭の祝いの輪に加わっていった。


 その後アべルは家族との夕食の後、ロラが休んでからジャスティンとカウントダウンパーティーに参加し、新年を迎えた。


 新年の初めは少し遅めにブランチをとるのがアベルの家の習わしだ。今年は初日の朝の礼拝に参加することになっていたので、家族揃って礼拝堂に向かった。


 新年の日の出は遅く、まだ町はうす闇の中にあった。途中道々会う人に、


「新年おめでとう。今年も恵みを」


 と声を掛け合う。


 礼拝堂で司祭の語る建国記に耳を傾け、風の精霊王に感謝の祈りを皆で捧げる。思念石から微かに何かが流れ出るように感じる。すると、祭壇に設置された精霊石がうす青く光りをまとい、ほんのりと輝き出す。精霊石に手をかざしていた司祭が手を組み合わせると祈りの言葉を口にした。


「無事あなた方の祈りが精霊王に届けられました。新たなる年ここに集う全ての皆様方に風の恵みが共にあらんことをお祈りいたします」


 礼拝堂を出ると、昨夜とは全く違う景色が目に飛び込んできた。降り積もっていたはずの雪は綺麗に雪溜まりにまとめられ、濡れてはいるが石畳の歩道と舗装された道路がピカピカの素顔をのぞかせている。空は雲一つない透き通るような青一色に染め上げられ、その下で町は輝いていた。


「うわあ。ピカピカだあ」


 ロラが目を丸くして外をきょろきょろ見渡している。歩き出すロラと手を繋いでやると、


「ねえねえ、パパ。帰ったら一緒に雪だるま作ろうね」


 とこちらもぴかぴかの笑顔ではしゃぎながら言った。アベルは優しくロラに、


「ああ、いいとも。雪うさぎの作り方も教えてあげるよ」


 と言うと、


「雪のうさぎさん」


 と嬉しそうに飛び上がったロラがつるりとバランスを崩す。さっとアベルがすくいあげ、


「おちびさん。慌てると滑って怪我をしてしまうよ。そしたら窓から雪を眺めるだけで新年が終わってしまうね」


 と笑いながら言うと、ロラがくちびるをとがらせて、


「わたし、もうおちびさんじゃないもん。ちゃんと歩けるから、見てて」


 と言った。 アベルが笑いながらロラを歩道にそっと降ろしてやると、広場から甘い匂いがしてきた。


「うわあ、いい匂いー」


 ロラがうさぎのように鼻をひくひくさせる。アベルはまた笑いながら、


「さあ、転ばないように歩いて行けたらマーケットで何か買ってあげよう」

 

 と声をかけた。


「ほんと?」


 と嬉しそうに言ったロラは、今度は慎重そうにゆっくりと歩き出した。その様子がまた愛らしく、アべルは微笑みながら後を追った。


 新年を祝うマーケットには様々な国の品物が並ぶ。ザラマンデルのものすごく甘いバクラヴァを売る店の隣では、アイサの色鮮やかな団扇や小さなガラス玉の美しい髪飾りが売られている。レルカラーレのからくり木箱やキルトで縫われたパステルカラーの財布にポシェット。ディアードリィからは様々な常夏のフルーツを使ったジューススタンドやタルトの店と、名も知らぬ南国の小物を売る店など。


 普段店で出しているものとは違い、安価で手頃な小物を多く売っているのがマーケットの特徴だ。エミューリアのホットワインや温かいアップルジュースを片手に見て回るだけでも楽しい。ロラも、もらったお小遣いを握りしめて真剣に何を買おうか悩んでいた。


 アベルはその中の一軒の店先で立ち止まった。その店は紫色に光る小さな石を使った小物を扱う店だった。小さなヘアピンを手に取り眺めていると店主が、


「お客さん、目が高いね。これはレルカラーレの紫水晶(アメジスト)を使っているんだ。あちらの国じゃ新年にこれを飾って(まじな)いにするんだよ」


 と声をかけてきた。


「へえ。どんな効果があるんですか」


 アベルが問うと、


「健康や幸運を願うのさ」


 と教えてくれた。アベルがそのヘアピンを買っていると、そっと後ろから袖を引かれる。そこには上目遣いでアベルを見るジャスティンがいた。アベルは笑いながらジャスティンにも同じ宝石のついたバレッタを買ってあげた。


 その夜、アベル達は再び広場に来ていた。マーケットの店は全てシートが被せられ既に閉店している。ロラはあれから雪遊びでくたくたになるまで遊び、夕方にはぐっすり眠ってしまった。そのロラも眠い目をこすりながらアベルの肩車に乗っている。時刻は午後八時五十分。次第に人の数が増えていく。


「今年は北の方角だったわね」


 ジャスティンの言う通り、広場に集まった人々は一様に北の方角に体を向けている。


  残り五分になったとき、街灯がふっと灯りを落とす。家々の灯りも暗くなり、次第に人々の話し声も小さくなっていった。


「ほら、もうすぐだよ。ロラ、あの辺りを見ていてごらん」


  アベルが指指した方向にロラは一生懸命目を凝らす。


 午後九時。一筋の閃光が空を横切った。ヒューパチパチという音と共に弾け、四方八方に飛び散ったかと思うとあっという間に闇の中に溶け込んでいった。


 しばらくの静寂のあと、口々に新年を祝う言葉が行き交った。


「ノラ、新年おめでとう。ノラに風の恵みを」

「パパ、新年おめでとう。パパに風の恵みを」

「ジャスティン、新年おめでとう。ジャスティンに風の恵みを。」

「アベル、新年おめでとう。アベルに風の恵みを。今年も健康で一年を過ごせますように」

「ジャスティンとノラに幸運を」


 人々の祈りとともに新年の夜は更けていく。


 ── 全ての生きとし生けるものに、風の恵みが共にあらんことを……。

この外伝のメインストーリーはこれで完結となります。

残り一作エピローグで完結します。もうしばらくお付き合いいただけたらと思います。


今回も長くなり、更新に時間がかかりましたことをお詫びいたします。


面白いな、と思っていただけてらブクマと⭐️で応援していただければとても嬉しいです。


現在冬童話ランキング30位にランクインしています。もうちょっと上がると嬉しい!


感想やレビューいただけると作者のやる気がアップします。よろしくお願いいたします。


本編も読んでみよう、と思われた方は、ぜひ

https://ncode.syosetu.com/n5917gw/

を見てください。


それでは、またエピローグでお会いいたしましょう。頑張ります!

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[良い点] 家族で過ごす新年にぴったり回ですね! 星空や雪、青空などの自然の美しい情景に加え、マーケットの華々しい様子に読者も楽しくなります。 空港で出会った紳士は何者だったのだろう、という疑問が残…
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