第四話 アイサ帝国 地龍祭
予告通り、何とか今年中に投稿することが出来ました。
今回、精霊宮は出て来ません。アイサ帝国の精霊帝は地龍帝です。
加筆修正しました。(22.5.22)
町はいたるところにランタンが飾り付けられ、明るいオレンジ色の光に包まれている。 時折子ども達が棒の先についた大きな輪をころころと転がして遊んでいる姿が見える。輪が転がると色とりどりの光を放つのがとても美しい。
輪は生命の繋がりを表すとされ、回すほどに長生きできるといわれているので、子ども達も熱心に回しているのだ。
浩宇の輪はその中でも特別だった。生まれつき身体の弱い浩宇は他の子ども達と同じように走り回ることができない。定期的に病院に行き、検査を受け、その都度病状に合った治療を受けてはいるが激しい運動は禁じられている。浩宇の体がある程度成長し、体力がついたら手術を受けることになっているが、それはまだ何年も先の話だ。
浩宇にとってそれは途方もなく長い時間の果てに思えた。階段の登り下りですらゆっくりでないとできない自分の体が大嫌いだった。
浩宇の輪は、走って回すことが出来ない孫のために祖父が作らせた一点物だ。地面にぴたりと輪が着いている間だけひとりでにくるくると回り、光を放つ。浩宇はその輪を地面につけたり離したりしては、光の出方の違いを楽しんでいた。
その様子を少し離れたところからじっと見ている子どもがいた。離れに住む芽衣だ。芽衣はまだ小さくて輪を回すことができない。芽衣の兄や姉は先ほどから中庭を走り回り、
「これで俺は十年寿命が延びたぞ」
「いいえ、私はもう十五年伸びているわ」
などと話しながら夢中で輪を追っているのを羨ましそうに見ていた。兄や姉に、
「私にも回させて」
と頼んでも、
「芽衣は小さいからまだ無理だよ」
と断られる。がっかりして、それでも芽衣が輪を目で追っている間に、本家の裏木戸からひょっこりと男の子が出てきたのだ。今まで見たことのないその男の子は、芽衣よりは背が高く、白くて細長い手足をしていた。
本家と離れの間にある中庭は、芽衣達の暮らす離れ一棟分くらいの広さがある。だからその男の子が中庭に出てきたことに、兄も姉も気づいていなかった。
兄や姉の回す輪を見ているのにも飽きていた芽衣は、新しく出てきたその男の子が珍しくて、じっとその様子を見ていた。男の子も兄や姉と同じ棒と輪を持っている。
── いいな。あの子は一人であの輪で遊べるんだ。
芽衣がなおもその男の子を見続けていると、男の子も棒を輪の溝にはめ込み、そっと地面に下ろした。
ところが、男の子が走っていないのにもかかわらず、輪はその場でくるくると回り出した。兄や姉の回している輪と同じように、回りながらくるくると色を変えていく。
男の子は嬉しそうにその輪を見ていた。それから男の子は、その輪を地面につけては離し、つけては離して輪が光るのを楽しんでいる。
── すごい!あの子の輪は、走らなくても光るんだ!
芽衣は兄や姉のことをすっかり忘れて、男の子の輪に夢中になった。 少しずつ、少しずつ、男の子に近付いていきながら輪の光を見続けた。
しばらくすると男の子は、輪を一瞬だけ地面に付けてはシュッと引き上げる動作を繰り返し始めた。そうすると輪は一瞬だけ赤や青の光に彩られる。くるくると色を変えながら回る輪もきれいだったけれど、一瞬だけ色が付くその輪もとてもきれいだった。
いつしか芽衣は男の子のすぐ側にまで来ていた。男の子は光る輪に夢中で、芽衣がそばにいることに全く気づいていない。
「ねえ、どうしてその輪は動かなくてもひかるの?」
小さな声が思いがけず近くから聞こえて、浩宇は驚いて顔を上げた。目の前に小さな女の子が立っていた。女の子は大きな花柄のプリントされたワンピースを着て、不思議そうな顔で浩宇の輪をじっと見ている。
── 使用人の誰かの子どもかな。
浩宇の家は大きな酒屋で、昔ながらの製法で酒を造っている。杜氏の中には住み込みで離れに暮らしているものがいることを浩宇は知っていた。
中庭の反対側で何人かの子ども達が、自分と同じように輪を回しているのが見えていた。そのうちの誰かのきょうだいなのだろうと浩宇は思った。
「ねえ、どうして走っていなくてもこの輪はひかるの?」
再び女の子が聞いた。浩宇は普段この中庭に来ることはない。それに浩宇の家族は、使用人の子と浩宇が親しく話すことをあまりよくは思わないだろう。
── でも、こんな小さい子にそんな大人の事情はわからないだろうな。
と浩宇は思った。
今日は年に一度の地龍祭で、誰もが祭りを楽しむ日だ。そんな日に、
── この小さい子やそのきょうだいたちが、自分のことで叱られるのはあまり見たくないな。
とも思った。
それに浩宇は、この特別製の輪を誰かに自慢したかったのだ。この輪のおかげで自分も祭りに参加できることが嬉しかった。
だから浩宇は、この小さな子に機嫌よく答えてやることにした。
「この輪は特別製なんだ。走り回らなくても回るようになっているんだよ。ほら」
そう言って浩宇は輪を地面につけ、回して光るところを見せてやった。すると、女の子は目をきらきらと輝かせて、
「うわあ。すごいね」
と夢中でその輪の光を目で追う。浩宇はちょっと得意になって、
「そうだろう。すごいだろう、この輪は」
と言うと、女の子のためにしばらく輪を回してやった。
しばらく女の子は、
「すごいねー」
「きれいだねー」
と大喜びでその輪の光を見ていたが、やがて決心したように口をきゅっと結ぶと、浩宇をじっと見て言った。
「おにいちゃん。あたしにも、その輪を回させてくれない」
浩宇は驚いて女の子を見た。
── ああ、そうか。
この子はまだ小さくて一人で輪を回すことができない。兄か姉が回しているのが羨ましかったんだろうと察した。
「じゃあ、一緒にやってみるかい。手をお出し」
浩宇は珍しく優しい気持ちになって、女の子に手を出した。そーっと伸ばしてきた女の子の手を取ると、
「ほら、こうやって思念石を当ててやると、速く回るんだよ」
そう言って女の子と一緒に棒を握ると、左手の緑色の思念石を、輪にはめ込まれた翡翠に当てる。それから思念石を離し、地面に輪を着けると、勢いよく輪が回り出した。
「うわあー」
女の子が目を真ん丸にして輪を見つめている。浩宇も嬉しくなって一緒に回していたその時、誰かがバタバタと走ってくる音がして、パッと女の子を輪から引き剥がした。
「こら! 芽衣! 何勝手なことをしているんだ!」
びっくりした女の子は火がついたように泣き出した。そんな女の子の様子に構わず、引き剥がした男の子が大声を出す。
「ばか野郎! お前のせいで俺や姉ちゃんが怒られるんだぞ」
そして男の子は、芽衣と呼ばれた女の子の頭を無理やり下げさせながら自分も頭を下げて言う。
「坊っちゃん、妹が大変ご迷惑をおかけしました。俺達きょうだいが目を離したせいです。申し訳ありませんでした。何分小さくて意味もわからずに本家に近付いてしまったのだと思います。どうかお許し下さい。本家の方々のお手をわずらわせてしまいました。お叱りは私が受けますので、どうか妹をお許しいただけませんでしょうか」
浩宇はせっかく楽しさに膨らんでいた気持ちが、一気に空気が抜けたようにしぼんでいくのを残念に思った。
まだぐすぐすと泣いている女の子と、頭を下げたまま自分の言葉を待っている男の子を見下ろし、そっとため息をつくと言った。
「僕は気にしていないよ。せっかくの地龍祭に騒ぎを起こしたくなんかないんだ。さあ、家のものに見つかる前にお行き」
男の子は何度も頭を下げながら、妹を引きずるようにして戻って行った。離れに戻る前に女の子は一度立ち止まり、涙をぐいっと腕でぬぐうと、浩宇に向き直って口に手を当てると言った。
「おにいちゃん、ありがとう。地龍様のしゅくふくがありますように」
浩宇は黙ったまま、代わりに大きく手を振ってやった。 同じように手を降り返す女の子は、男の子に離れに押し込められていった。最後に姉だと思われる少し背の高い女の子が、深々と礼をして離れに入って行った。
静かになった中庭で、浩宇はそれ以上輪を回す気にはなれず家の中に戻って行った。
その夜、芽衣は布団に入る前のお祈りで、
「地龍様、あたしのじゅみょうが少しのびました。おにいちゃんのおかげです。あたしもおにいちゃんみたいな輪がもらえますように」
そうお願いして、眠りについた。
浩宇は、眠る前に寝室の窓を開け、少しでも祈りが届きやすいようにしてから祈った。
「地龍様。僕の体を早く健康にしてください。手術に耐えて、元気な体になれますように」
お祈りが終わり目を開けると、ちょうど夜空に一つ、流れ星が尾を引いて西の空に消えていくところだった。
浩宇にはその星が地龍に願いを届けてくれたように思えた。
── 地龍は眠る。地龍の眠りを妨げることなかれ。地龍の怒る時。それは、アイサ帝国が滅亡を迎える時だと言われている。
地龍は眠る。人の祈り、続く限り。
地龍に祈りを。 ──
たくさんの方に読んでいただくことが出来、現在冬童話内で26位にランクインしています。童話部門でも月間59位、週間46位となっています。本当にありがとうございます。
まさかランクイン出来るとは思ってもいませんでした。応援して下さった皆様に感謝いたします。
本作品は後一話で五大陸全て書き終わります。
五大陸目はいよいよ本編でもよく名前だけ登場するエミューリア王国のお話になります。最後まで読んでいただければ、幸いです。
また、本編を読んで見よう、と思われたら、
https://ncode.syosetu.com/n5917gw/
をご覧ください。
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それでは、皆様、良いお年をお迎えください。