第二話 ディアードリィ連合国の星祭り
お待たせしました。
本編未登場の国、ディアードリィ連合国のお話です。
遅くなった分内容は濃いと思います。
それでは、お楽しみ下さい。
一部修正しました。(22.5.16)
「マルタ、マルテ」
「ちがうよ、マルテ。そこはこっち、右だって」
「ちがうわよ、マルタ。そこ右行ったらさっき行き止まりだった」
「じゃあ、マップ見てみろよ! 俺そこもう攻略したんだから、俺の方が合ってるって」
「そんなことないもん。絶対こっち!」
「知らねーぞ。ちゃんと俺忠告したからなっ!!」
「マルター、マルテー」
「ほら、合ってるでしょう。この先に……あー!」
「…だから言ったろ。そっちじゃねーって」
「うそうそうそ」
「はい。ざーんねん」
画面にはGAME OVER の文字が明滅している。
「あーん、もう! じゃ、も一回」
「あっ、マルテ。ずっりー。次、俺の番だろ!」
「だって、マルタがもうちょっときちんと説明してくれたらクリア出来たかも知れないじゃない。あそこの洞窟クリアしたら、交替」
「そんなのルール違反だろ! 貸せよ、コントローラー!」
そのとき、すたすたと近付いて来た人にまったく気づいていなかったわたし達は、
「マルタ! マルテ! 一体何回呼んだら返事するの? 電源切るわよ!」
とお母さんに頭の上からかみなりを落とされた。
「うわっ」
「ひゃっ、ごめんなさいー。すぐ片付けますー」
わたしたちが大あわてでゲームを片付け出すと、お母さんがため息をついて言った。
「早く夕飯を食べてしまわないと、お祭りに間に合わないかもね」
わたしもマルタもそれを聞いてビクッと身体をふるわせると、急いでゲーム機を片付けて部屋を飛び出した。
わたしとマルタは双子の兄妹。ディアードリィという国の中心都市、ディリアードに住んでいる。ディアードリィは『森に守られし国』とも言われていて、東に流れる大河を下ると海があり、西にはどこまで続いているのかわからないくらいに広く大きな森がある。
この森の奥の奥、何日もかかるくらい遠くに精霊樹がある。その大きさは盟主様の住む宮殿がすっぽり収まってしまうくらい大きいらしい。精霊樹は他の木に較べると別格に大きくて高さもあるけれど、普段目にすることは出来ない。
だって、森の奥の奥の奥、精霊樹がある辺り一帯は盟主様のもので、普通の人は立ち入ることが出来ないし、国の規則で精霊樹を越える高さの建物を造ることは認められていないからだ。
街で一番高い建物の展望タワーに登っても、森の奥深くに高くそびえる精霊樹の頭が微かに見えるだけだ。
けれど、年に二回、八月と二月の星祭りの日だけは別。この日、精霊樹はうっすらと光を帯びてその姿を闇の中に浮かび上がらせる。
今夜はその星祭りの日。ハ月のこの日だけ、わたしたち子どもは森の木の上に作られた特別な台に登らせてもらい、精霊樹に祈りを捧げることが出来るの。
星祭りは夏の新月の夜と決められている。木の上から見る精霊樹はうっすらと黄緑色の光をまとい、時折キラキラと金色の光が混じった光が射して、本当に綺麗に見えるのだ。わたしたちは木の上から精霊樹に向けて祈りを捧げる。
『今年一年、元気に病気などせず過ごせますように。大きく成長出来ますように』
この時流れ星を見られると、一年間幸運に恵まれると言われている。
星祭りにはたくさんの人が参加する。しかも車を使ってはいけないから、森まで歩かなければいけない。早めに夕食を食べて出かけないと、ものすごい人ごみに巻き込まれて大変なことになる。
── わたしとマルタには今日、大役が任せられているんだから、ぜったい遅れるわけにはいかない。
虫除けのお香の香りがほんのりとする薄い外套をはおると、私とマルタは家を飛び出した。
「ねえ、マルタ。ヒムカは間に合うかな」
時折小走りになりながら私はマルタに声をかけた。マルタも速度を緩めずに言う。
「大丈夫だ。ヒムカんとこの車は最新式の水素エンジンだから、特別にギリギリ森の近くまでその車で来ていい、って許可が出たって言ってた。頑張れば僕らの方が早く着くさ」
ヒムカはプライマリースクールの同級生で、生まれてくる前に頭の中にケガをしたせいで身体が不自由だ。どうしてそうなったのかはヒムカにもわからないんだって。ヒムカが一人で出来ることはほとんどない。日常の生活全てにヘルパーが必要なの。
でも、周りのことは全部分かってて、面白いときはばか笑いするし、いたずらやふざけたりするとキャーキャー言って盛り上がるにぎやかな子だ。字は一人で書けないけれど、本も読めるし計算も早い。
そして、ヒムカのすごいところは相手の感情を読み取るのが抜群にうまいってことだ。落ち込んでいたら頭を撫でてくれるし、静かにしていたい時は黙って側にいてくれる。面白いことをすれば誰よりも笑ってくれる。ヒムカと一緒に過ごすようになってからもうすぐ一年になるけれど、クラスの誰もがヒムカのことが大好きなんだ。
そんなヒムカにとって、今日の星祭りは特別だ。ヒムカは一人ではほとんど何も出来ない。だからもちろん星祭りにも参加したことがなかった。星祭りに参加するには高い木の上に梯子を使って上がらなければいけない。一人で歩けないヒムカにはどうしても無理だったんだ。
だけど、今年は違う。わたしたちはクラス全員で星祭りに参加したくて計画を立てた。みんなが星祭りの話をしていると、ヒムカはとても悲しそうな表情でいつも見ていたんだ。自分にはどうしたって参加出来そうにないから、みんなの話がすごく羨ましかったみたい。
星祭りが近づくと、ヒムカの表情がどんどん暗くなっていった。ヒムカが笑わなくなると、クラス中がつまらない空間になってしまった。そんな時にマルタが立ち上がったの。マルタは活発だし、すばしっこい。そして、双子のわたしが言うのもなんだけどとても優しい。喧嘩をしても先に謝ってくるのはいつもマルタの方だ。
マルタはクラスのみんなに呼び掛けて、担任のクラウディア先生に直談判した。ヒムカを一緒に星祭りに参加させたいって。みんなで先生にお願いしたら、先生はヒムカの両親と校長先生に相談してくれた。校長先生は街の星祭りを運営している団体のえらい人にも掛け合ってくれた。
何度も大人たちが話し合い、わたしたちも何が出来るか話し合った。話し合いにはもちろんヒムカも参加したよ。ヒムカの表情は日に日に明るくなっていった。
そして、いよいよ今日。わたしたちはヒムカと一緒に星祭りに参加出来ることになったんだ。
誰よりも頑張って、誰よりもこの日を心待ちにしていたのはヒムカだ。生まれて初めて星祭りに参加できるんだから!
「おっせーぞ! マルタ、マルテ!」
わたしたちが登る木の下には、もうクラスの半分くらいの人数が集まっていた。
「ヒムカは?」
わたしは息を切らしながら、声をかけてきた友達のヤムナに聞いた。すると星祭りの警備の人が、
「今車が着いたらしいから、もう少ししたらここに来るよ」
と教えてくれた。マルタもほっとしたように、
「やっべ。間に合って良かったー」
と吹き出た汗を手でぬぐいながら言った。
ふと周りを見渡すと、どの木の周りも人でいっぱいだった。誰が先に登るかで喧嘩している子たちもいて、大人にしかられている。しかられた子たちは順番に手の甲の琥珀色の思念石を、近くに置いてあるランタンに近付けて高ぶった感情を静めていた。
喧嘩したわけでもなく、ランタンに手を近付けている子もいる。きっと待ちきれなくて興奮した気持ちを静めているんだろう。
しばらくすると車椅子に乗ったヒムカが両親と一緒に木の側に到着した。ヒムカの頬が赤く光っている。ヒムカはわたしたちを見ると、にかっと微笑んだ。ヒムカが到着すると同時に、わたしたちは梯子に取りつき次々と木の上に移動を始めた。マルタが、
「ヒムカ、上で待ってるからな!」
と声をかけると、ヒムカが力強くうなずく。
マルタはすばしこく梯子を登っていく。わたしも、
「ヒムカ。一緒に星祭り楽しもうね!」
と声をかけると梯子にとりつく。数段上がったところで、ヒムカの「うん」と力強い返事が遅れて届いた。わたしは背中で手を振ると、ぐんぐん上がっていった。 木の上に取り付けられた見晴らし台の上でみんなが待っていた。いつもなら精霊樹を少しでも近くで見ようと前につめてみんなで並ぶんだけれど、今日はみんな少し後ろに下がって待っている。
見張り当番の大人の人が上から合図を送る。わたしたちの見晴らし台の前には大きな滑車が取り付けられていて、そのスイッチに大人の人の思念石が触れると、滑車がゆっくりと回りだした。わたしたちは息を呑んでその様子を見守った。
やがて、いす形のブランコがゆっくりと姿を現した。ブランコには肩と腰を止めるベルトが付いていて、そのベルトをしっかりと締めたヒムカがちゃんと乗っていた。見張り当番の大人が二人がかりでそのブランコを見晴らし台に、ベルトで固定する。大人がわたしたちの方を向いてうなずく。わたしとマルタは急いでヒムカの隣へ移動した。
わっと他のクラスのみんなも、ヒムカの側に押し寄せる。
「やったー!」
みんなの歓声がヒムカを包んだ。ヒムカは緊張しているのか、初めての高い場所を怖がっているのか、ずっと下を向いている。マルタがわたしと反対側の隣から声をかける。
「ヒムカ、やったな。ここが見晴らし台の上だよ。ほら、あっちに精霊樹がある」
ヒムカはゆっくりと顔を上げた。わたしはヒムカがバランスを崩さないように、しっかりと横で支えた。顔を上げたヒムカの目が大きく見開かれる。
「…ひ、…っ……ろ、……いね」
ヒムカは動かしにくい唇を一生懸命使って、想いを伝えてきた。きれいな緑色。すごく大きいね…。
突然ヒムカが、
「うわあぁぁん」
と大きな声で泣き出した。マルタがあわててヒムカの右腕にある思念石にランタンの思念石を当てる。光り始めていたヒムカの思念石の光が消えていくのと同じように、ヒムカの泣き声も小さくなっていった。
「ヒムカ、大丈夫?」
わたしがそっと声をかけると、ヒムカが何度もうなずいた。
「高いところで、怖くなった?」
ヒムカが首をふる。
「びっくりしたの?」
また首を振る。
「感動したんじゃないか?」
マルタがそう言うと、ヒムカが大きくうなずいた。
そして、
「みんな、あ、り、が、とう」
とゆっくりと大きな声で言った。だれからともなく静かな拍手が起こった。ヒムカの泣き顔は、笑い顔に変わっていた。
やがて空が暗くなると、暗闇にぽっかりと精霊樹の明かりだけが灯る。次々と見晴らし台の上の灯りが消えていくと、森のどこからか太鼓と笛の音が響いてくる。
ヒムカと、ヒムカのサポート役のわたしとマルタ以外の人が見晴らし台で膝立ちになり、胸に思念石のついた手を当てる。マルタが思念石のあるのと反対の手でヒムカの手を胸に当ててやる。わたしとマルタも胸に手を当てた。
森全体から「らー」と音合わせをする声が聞こえてくる。
「「らー、らー、ら、ら、らー。らー、らー、らー、ら、らー。」」
そこに手拍子と歌声が重なる。
「「森を統べる我らの護り手。全ての生きとし生ける物を護り、癒し、育み、愛おしみ、導きたまえ。我らの未来を照らしたまえ。幸あれ、全ての生きとし生けるものに。届け、我らの祈り……」」
どこからともなく、強く大きく、それでいて深い響きのある声がする。
「森の導き手、精霊王に感謝を!」
「「「精霊王に感謝を」」」
みんなの祈りが一つになり、精霊樹に向かって流れていくような気がした。そっと横を見ると、ヒムカの瞳がきらきらと光る精霊樹の光を映している。そのとき、すっとその前を何かが横切ったような気がした。
空を見上げると、いくつもの線が描かれては消えていく。
「流れ星だ」
思わずこぼれた呟きに、みなが一斉に天を仰ぐ。
警備の大人の声がした。
「お前たちは運がいい。今日は流星群が見られる日なんだ。新月で月の明かりもない。最高のショータイムだな」
「良かったな、ヒムカ。俺たちみんな、一年間幸運だぞ」
マルタがそうヒムカに声をかけると、ヒムカが大きく首を振って言った。
「僕、もう、こう、ふ、く、だよ。」
── 全ての生きとし生けるものに、幸福を ──
1話目に比べて長くなりましたが、書ききれたと思います。
こちらの作品を月見里つづり様が、朗読してくださいました。とても素晴らしい朗読で、目の前に精霊樹が浮かび上がり、ヒムカの勘当が胸に迫ります。是非聞いてみて下さい。
https://youtu.be/0MAQHvOlkfE
面白いな、次が気になる!っと思っていただけたら、ブクマ、評価していただけると嬉しいです。
感想もらえたら、(泣)。
前回ブクマ、評価、感想いただきました。本当にありがとうございます!
この物語は外伝です。本編を読んで見よう、と思っていただけたら、以下のアドレスに飛んで下さい。
https://ncode.syosetu.com/n5917gw/
それでは、またお会いしょう。次回は水の国の予定です。こちらも本編未登場の国になります。
なるべく早くアップ出来るようにがんばります!




