第一話 ザラマンデル王国の流星祭
惑星アレト五大国の一つである、ザラマンデル王国の流星祭の話です。
誤字修正しました。(21.12.29)
精霊石→思念石
一部修正しました(22.5.15)
「カリム、そろそろ灯りを落とすわよ」
「はーい」
僕は少し残念に思いながら、しぶしぶテレビの電源を切った。今日はお祭りだからしかたない。
側にいた父さんが飲んでいたコーヒーカップをテーブルに戻し、ゆっくりとした動作で立ち上がると壁際の木製棚からランプを下ろした。テーブルに乗せて左手の甲に付いた紅色の思念石をランプにかざす。すると、ガスに火のつく音がして赤い火がガラスの中でゆらめく。あっという間に部屋の中は薄暗くなり、父さんの灯したランプの灯りだけが部屋の真ん中を温かく照らしていた。
ここは、ザラマンデル王国の都市カブリール。精霊宮のすぐ近くにある街だ。カブリールは精霊宮を一目見ようと、ザラマンデル王国だけでなく世界中から観光客の訪れる有名な街なんだ。精霊宮は三つの四角錐型の巨大な建造物で、ザラマンデル建国当時に建造されたものだといわれている。
三つの精霊宮はどれも真っ白で、近くで見ると一つ一つの石に細かな紋様が彫り込まれている。昼間は太陽の光をうけて眩しいくらいに輝いて見えるけれど、今は街中の灯りが落とされているために形すら見えない。
一番大きな精霊宮は王族しか入れない神聖な場所で、祭りの間は王様が滞在するんだ。流星祭の間、王様は精霊宮で一晩中儀式を行っているらしい。
流星祭は三日間開催される。二日目には王様が精霊宮から姿を表して直接感謝の言葉を民に伝えるセレモニーがある。だから、この祭りの期間のカブリールは一年で一番にぎやかだ。街の人口の二倍以上の人が集まるとも言われていて、窓の外からはざわざわと人の行き交う音が聞こえている。
僕が手持ちぶさたにリビングのソファーに座ったまま足をぶらぶらさせている間に、母さんもキッチンの灯りを落とし、手元だけを照らせる懐中電灯に切り替えて手早く洗い物を済ませていく。
父さんが家中を回って、灯りを消したり窓のシャッターを下ろしたりしている。
「カリム。これを」
僕の目の前に置かれたのも携帯型の懐中電灯だ。
流星祭の日は夜十九時以降に灯りを外に漏らすことが禁じられている。お祭りの期間は街の看板やイルミネーション、街灯すらも灯りを落とす。歩道の脇に埋め込まれた小さな灯りだけが、うっすらと足下を照らし出すらしい。
── 僕は祭りの夜に外を歩いたことがないから見たことがないけど。お祭りの期間、外に出られるのは大人だけ、しかも独身者だけなんだって。
父さんと母さんもこの流星祭の日に出会って交際を始めて、三年後の流星祭の最終日にめでたく結婚したらしい。
流星祭は国中で一斉に行われる。祭の流れも同じで、一日目は葬送祭、二日目は歓迎祭、最終日は婚礼祭で、この日に結婚式を挙げる人が多いんだ。
今日は初日の葬送祭。この日、精霊宮の中では一番小さい葬送宮がうす赤く染まり、闇の中に姿を現す。すると花火が上がって祭の開始を告げる。精霊宮の灯りが消えたら祭の始まりだ。
夜の闇に目が慣れる頃には、空一面に流星群が現れる。運が良ければ、一斉に次々と星が流れる流星雨が見られることもある。ザラマンデルの国中の人々が、この流星を眺めながら祈りを捧げるのがこの祭だ。
葬送祭は、その年に亡くなった人や先祖の霊を悼み、命を繋いでくれたことに感謝の祈りを捧げる祭りだ。そして全ての生きとし生けるものの守護者で、ザラマンデル国の守護精霊でもある火の精霊王に感謝し、これからも守ってもらえるように祈りを捧げる日だ。
僕も大好きな祖母が今年亡くなった。仕事で忙しい両親の代わりに僕の面倒を見てくれていた人だ。ザラマンデルでは亡くなった人の魂は火によって現世での罪を浄化され、天に還ると言われている。そして、流星祭の間だけ星となって現世に還り、残された人々が過ごしている様子を確認すると、また天へと還っていくのだと。
地上に残された人々は『元気に過ごしているから心配しないで安心して天で過ごして下さい。そしてまた地上で新しい生を営めますように』と、祈りを天に届ける。
そのときに見た流れ星の数だけ祈りが届くと言われているので、僕も祖母に『大丈夫。元気だよ。大好きだったよ。大きくなったよ』と、見た星の数だけ祖母に祈りを捧げたいと思っている。
「カリム、そろそろ時間だ」
父さんに言われて僕と母さんも階段を上り、家の屋上へと出た。
「うわぁ」
見渡すばかりの夜空に、こぼれ落ちんばかりの星々が僕たちを出迎えてくれる。父さんが、
「ほら。そろそろ精霊宮に火が灯るぞ」
と指差す方向をしばらく見ていると、いくつもの建物の奥からゆらりとうす赤い大きな炎が浮かび上がり、葬送宮の尖った先の部分が闇の中にうっすらとその姿を映し出した。
その姿をさらに美しく浮かび上がらせるように、精霊宮の後ろ側からいくつもの花火が打ち上がる。その美しさにどよめく声があちらからもこちらからも上がっていた。
花火を黙って見つめていると、そっと母さんに肩を抱かれ、頭を優しくなでられた。気付くと僕は静かに泣いていた。自分でもどうしてなのかわからないけれど、その景色に胸がいっぱいになっていた。
やがて花火が終わり、精霊宮に灯った火の灯りが薄れていく。父さんが優しい声で、
「さあ、祈りの時間だ」
そう言って僕達を寝椅子の場所に誘った。
僕達は寝椅子に横たわり、手の甲にある思念石が胸の上に来るように手を置くと、流れ星が空を渡るのをいくつも見送りながら静かに祈りを捧げた。
天上にある星々が、だまって僕たちを見守っている。
── 全ての生あるもの。全ての旅立った命達へ。祈りを……。
世界観と大まかな設定については、あらすじを参照してください。
次は、ディアードリィ連合国の星祭りです。