第1話 姫勇者のプロポーズ 2
ネイリス大陸の中央。レーヴ王国は北に山、南には海があり王城付近は大きな平原となっている。レーヴ王都。その中心部の王城より、南に700m程の場所に闘技場がある。本日、闘技場ではある催しが開かれていた。レーヴ王国王女ファリアはその様子を闘技場北側の特別席から、頬杖をつき不満げに眺めていた。
「はぁ、どうしてこんなことに…」
「朝からどうしたのですか?あなた、毎年御前試合は楽しそうに見ていたではありませんか。去年なんか興奮して飛び出しそうになっているのを、王がお止めになっていた程でしたのに。何が不満なのですか?」
フォリアの母、シャーロット王妃はいつもと違い独り言を定期的につぶやく娘に話しかけた。
「戦いが問題なのではありません。御前試合をあんな事に利用しようなんて。何でお父様はあんなことを言い出したのかしら。」
「あんなことって。フォリア。毎度言っていますが、あれはあなたの思っている以上に重要なことなのですよ。」
「わかっておりますが、いくらなんでも強引すぎです。」
宥められるも、より落ち込んでしまった娘の様子を見てシャーロットはため息をつくと再び試合に目を落とした。催しとは一年に一度行われる騎士御前試合。闘技場にて決められた二人が戦い、勝った方が次に進める。最後に残った一人が優勝者だ。例年の試合では優勝者には特別報酬と昇格が約束されていたが、今回は少し趣が違う。
「まさか、こんな方法で婚約者を決めるなんて…」
「何を言う。これはお前の願いなのだぞ。」
「父上…」
不満を漏らすフォリアを諫めるのは国王ルキウス、フォリアの父親だ。
そう、ルキウスは御前試合直前優勝者を王女の婚約者にすると宣言したのだ。
「お前は前にこの国一番の男となら結婚すると言ったではないか。ならば、御前試合の優勝者を婚約者にするのが一番良いではないか。」
「それは話が違います。父上。私はこの国一番の男と言ったのではありません。私より強い男ならば考えてもいいと言ったのです。」
「馬鹿者!そんな者いるわけなかろう。お前はこの国、いやこの世界で一番強いのだから。」
ルキウスが言った事は嘘や誇張ではない。16年前。聖地巡礼の折にルキウスに預言者が告げた。
『流星の国に再び勇者が誕生する。彼女は世界を今一度救うであろう。』
予言通りフォリアはその才能を開花させ魔術、武芸共に国一番となった。
2年前、魔の夜と呼ばれる魔族の大行進の際はネイリス王国連合軍の最前線で多くの魔物を払った。結果、脅威は去りネイリスには再び平和が訪れた。
しかし、ここで一つ問題が起こった。
フォリアの噂は瞬く間にネイリス大陸全土に広がったのだが、その武勇の大きさのせいか、2mを超える大女だのガチムチの筋肉女だのと噂に尾ひれが付き、王族でありながら婚約者が一人もいないのである。その事を嘆いたルキウスは、何とか婚約者を探そうと国内の貴族たちに話をつけようとするも尽く断られ、今に至るというわけである。
「お前ももう16。婚約者の一人や二人いてもおかしくない。というよりいないとワシが心配でならん。他の王族からは畏怖され、近隣貴族からは断られる始末。こうなれば実力行使しかあるまい。ワシだってこんなむさい男達となど結婚させとうないわ!」
「ですから、何度も言っているでしょう。そんなにプライドや噂に惑うような人は私から願い下げです。それに私に結婚なんてまだ早いです。」
「まだ言うか!そんな事を言っていると行き遅れてしまうぞ!女性はある時期を過ぎてから唐突に話が来なくなると言うではないか。それに、王族に関して言えば結婚は一大行事。それを40過ぎでやることを想像してみろ。想像などしたくもないわ!」
「ですから、早過ぎです…まだ10代ですよ。」
「まあまあ、あなた落ち着いて。そろそろ試合も終わりますよ。」
ルキウスとフォリアの言い争いをシャーロットが制止する。闘技場のアリーナを見ると決勝戦をやっていた。身の丈ほどの大剣を持った男と盾と剣を持った男が戦っている。
大剣を持った男はギルバース。今、国で一番注目されている騎士だ。フォリアと同い年で既に上級騎士となった並外れた実力者だ。
もう一人の男はヴァン。6年前よりフォリアの護衛役を勤めている騎士でこちらも相当な実力者だ。
試合は終盤。ギルバースは勝負を決める為、魔力を解放し雷を全身に纏い突撃した。まさに雷光。一瞬で間を詰め、振り上げた大剣をヴァンに振り下ろした。ヴァンも突撃を躱せないと判断すると、雷の反対属性である土の防御魔法を盾に最大展開、残った魔力を使って全身を強化し衝撃に備えた。
衝突。
落雷のような爆音と闘技場に張ってある六重結界が揺れるほどの衝撃が走る。ヴァンは盾でなんとか受け止めるも威力を全て受けきれず、壁際まで吹き飛んでしまった。片膝をつくもなんとか体勢を立て直そうとしていると、大剣が首元に突き立てられた。ヴァンは膝立ちのまま降参の意思を示すため、剣を地面に置き両手を上げる。
「勝者、ギルバーズ!」
審判席で見ていたギルデロイ騎士団長が高らかに宣言すると闘技場内に大歓声が上がった。勝負がつくとルキウスはやっと許婚ができると安堵し、フォリアはより憂鬱な気分になった。
この時、闘技場にいた誰も、フォリアですら空から飛来してきている何者かに気づいていなかった。