第1話 姫勇者のプロポーズ 1
「私はこの方と結婚いたします。」
それは16年の人生で初めてのプロポーズだった。
ヨシトはこれまで告白をした事もされたこともない。それを飛び越え始めて会った金髪の美女に、大勢の前でプロポーズされてしまったのだ。この状況だけでも混乱するが、この子や周りの人の服装を見る限りおそらく…。ヨシトは現実逃避がてら少し前の記憶を思い返していた。
マ、マズい—————
橘義人は数十分後自分の身に起きることへの恐怖に対し焦っていた。登校時刻の超過、即ち遅刻である。中学時代一度盛大に遅刻して以降、起きる時間にはかなり気を使っていた。毎夜目覚まし用のアラームをセットし、寝る前に二度はチェックしている。しかし、今日はアラームの設定時刻より1時間も後に起きてしまった。
起きてから10分で支度を済ませ家を飛び出した。自転車のギアが外れかかる程ペダルを漕ぐが、ロードバイクでもない普通の自転車ではそんなに速度は上がらない。目の前の信号が赤に変わった。ずれてきていたメガネの位置を直しスマートフォンで時間をチェックする。
後10分しかない。でも、ギリギリ間に合う!—————
学校までは後数十メートル、この信号を渡ればすぐの距離だった。
信号が青に変わる。足に力を入れ漕ぎ出そうとした瞬間、背後で音がした。振り返ると通り沿いの本屋から出てきた人が転んでいた。今、自転車を降りれば確実に遅刻する。1時間目の体育の授業を担当する先生は授業点を特に重視する傾向にある。運動が苦手な自分にとって遅刻はとても大きな痛手だ。数秒葛藤する。
今、行けば間に合う。—————
この歩道は大通りに面してはいるが人通りは多くない。それに車道に出ているわけでもないので危険も少ない。おそらく自分が助けなくても大丈夫だろう。しかし、万が一を考えると義人はペダルを踏む事ができなかった。
「大丈夫ですか?これ拾いますね。」
自転車を降り短調で早口気味に言うと、自分の善人気取りに愛想をつかせながらを転んだ人が落とした荷物を拾う。スマートフォンを見ると時刻は後5分を切ろうとしていた。すぐ自転車に乗ろうと体を反転させようとした時、右腕を掴まれた。
「な、なん…」
身体中に悪寒が走る。
腕を掴まれたからではない。
掴まれた手から温度を感じないのだ。
振り解こうとしても体が動かない。焦っていると腕を掴んでいる人が何かを言っていることに気づく。
「…」
突如、自分の周りの色彩が白黒になり地面に虹色の光が走る。光は模様を描いているが何が描かれているかは知る由もない。その光が消えた直後、車道に止まっていたダンプカーが宙を舞い二人の頭上に落ちてきた。
え—————
その光景に思考停止していると意識が途絶えてしまった。
…
頭の中で意味の分からない言語が反響している。
…
少し体の感覚がはっきりしてきた。
…
目を開けてみても靄がかかったように見えない。
言語変換機能付与、魔力回路接続、魔力吸収機能付与、魔力補給開始、魔力補給完了。
なんだか体が熱い。
魔力感覚試験開始、優、人体機能試験、優。
体がピリピリするがそれほど嫌な気がしない。
検査結果、優、魔力肢体異常なし、お帰りなさいませ、ヨシト様。
名前を呼ばれ意識が急速に回復する。状況を把握しようと脳が活動しだす。一体自分はどうなったのか。ここはどこなのか。疑問は秒単位で湧いて出てくるが、周りを見回そうとしても体が動かない。相変わらず天地もはっきりせず雲の中にいるようだ。
「ようやく起きたか。どうも。私が見えるかな?」
どこからともなく声が聞こえる。女性的な声だ。
「い、たい、ぼく、は、ど、なった、んだ?」
息が上手く吐けない。まるで人形にでもなったかのように体が動いてくれない。動かない口を無理やり動かし言葉を紡ぐ。
「まだ、少し調整が必要みたいだね。初めて降ろしたんだ、こんなものか…。ああ、質問には答えよう。ここはネイリス、君の世界でいうファンタジーの世界だ。」
声は独り言を話しながら応答していた。
「ファ、タジー?」
「神経と魔力感覚器の接続が悪いのか…。そう、君を訳あって呼ばなきゃならなかったのだよ。すまないね。」
声はあまり悪びれる様子なく謝る。
「君たちの世界では詫びるには『印』がいるんだろう?僕はお詫びの『印』なんてもってないからね。代わりと言ってはなんだが君の目は直しておいたよ。あんな目じゃこの先苦労するだろうから。」
本当は印なんかいらないんだがと思いつつ、本当に治っているかは分からないがなんだか目の周りは軽い気がした。
「簡単に言ってしまえば君を別世界に転生させた。転生なのだから気分的なプラス要素は必要だと言われてね。そろそろ動けるのではないか。」
「そんな無茶苦茶な…」
声がすんなり出た。ヨシトは体がやっと自分の物になったように感じた。
「少々強引に魂を抜いてしまったから、少し調整に時間がかかってしまったようだ。すまない。」
そんな機械じゃないんだからと思いながら今までの会話を振り返る。にわかには信じがたい話の数々だ。異世界転生なんて漫画やアニメの題材になっているだけで実際に起こるとは思えない。それに魔法や怪物もいて欲しいと思いつつ、本当にいたら苦労するだろうなとか思っていた。本当にそんな世界があるのか考えていると。
「もう、時間切れか。すまないがここまでのようだ。近くの国までは連れて行こう。」
「え?まだ何も…」
「それじゃあ、この世界を頼む。」
と言い放つと目の前に杖が出てきて僕の頭を小突いた。