Anyone can't separate my soul from me except love of God
東欧・ロシア編
プロローグ
梗概:43歳になるロシア帝国陸軍の将官ヴァレリー・エル・ルシードは「とある理由」から皆の前から姿を消していた。その身をサンクトペテルブルクのとあるカフェの女主人、クララ・スヴェトラーナ・スプツニカヤに匿われていたが、彼女はそのルシードの身がここにいることを彼の部下たちに知らせてしまう。
そして、ルシードはロシア帝国女帝イゾルデ1世から下った「キエフ公国侵攻」の勅命を実行するが、「ある判断」がイゾルデの逆鱗に触れてしまう。その後、憲兵から自宅に軟禁されたルシードであったが、そのルシードの軍事的指揮力に期待した女が神聖ローマ帝国からロシア帝国にやって来たのであった・・・。
ゼノビア暦1625年11月25日の夕刻、今にも霰交じりの雨が降りだしそうな曇天の中、鉄鉱石と石炭の産出地であるこのアルザス=ロレーヌ地方の中心都市、ストラスブールの近郊のマルヌ=ライン運河沿いにて、
ある精悍で長身の若者がフランス王国軍兵5000に対し、こう叫んだ。
「良いか、皆の者、今日このストラスブールはこれから霰を含んだ豪雨になるという予報だ。はっきり言えば、この地を守るカトリック軍の将、サイモン・アルトゥール・ヴァン・ハノーバーを葬るに絶好の好機だということだ」
「・・・・・・・・・・・・?」
ここにいるフランス王国軍兵士たちは思わず自らの軍を率いる若い将の掛け声に疑問を持たざるを得なかった。第一にこの地を死守するハノーバーはあの神聖ローマ帝国・カトリック軍最高の将帥と言われるアルブレヒト・ヴェンツェル・オイゼービウス・フォン・ヴァレンシュタインの麾下の将であり、まさかハノーバー大将の率いる兵を5000足らずの兵で倒せるものかとの「疑念」があり、そして、第二に、この軍を指揮するゲアーハルト・クロヴィス・セザールは、つい最近まで、スペインのマドリードの刑務所に入所していた男であり、[最も、それは父親殺しという名目の冤罪であり、フランス王国法相ジュール・マザランやその内縁の妻、そして、宰相リシュリューの率いる部隊によって救出されたのだが]このフランス王国軍では、「父親殺しだけでなく、次いで、フランス国王であるルイ13世の地位まで脅かす野心家である[二つの大逆罪人]」と噂されたセザールであった。
しかし、確かに、父親殺しは「冤罪」であったが、それに関して、フランス王国国内にこんな噂が流れた。
「国王ルイ13世の影武者として育てられたセザールだったが、リセの時代からその身長を王太子殿下より10センチ以上も超えたので、その王太子殿下の抗議も聞かないで勝手に背を伸ばしたセザールは、国王陛下の機嫌を損ない、冤罪を被られた・・・」との、噂であったが、さすがにフランス王国の国王ともあろう人が幼なじみのセザールを「そんな理由」で「逮捕・投獄」するとは思えなかったが、しかし、そのセザールも成人してからは、ロシア帝国軍に所属する彼と同世代で、ジグムント・カミンスキーという身長190センチもある偉丈夫の軍人とはパリで男のファッションショーの共に出演したりして、仲の良さを演出したりしたが、4年前の国王ルイ13世の正式な戴冠式にも、セザールは病気を理由に欠席したりしたので、国王の側近たちから「白眼視」され始めたのではないのか?というのが、セザール投獄の定説であった。
しかし、このざわつき始めたフランス王国軍に対し、セザールはある銃を兵士たちに見せた。
「これはマスケット銃と言っても、フリントロック式のマスケット銃である。この銃はだな・・・」
セザールはそのフリントロック式のマスケットの銃口に装薬と弾丸を詰めた。
「ここまでは、マッチロック式のマスケット銃と変わらない、だが・・・」
そう言って、セザールは撃鉄を少し起こして、それをハーフコック・ポジションにして、この状態でフリズンを開け、火皿に火薬を入れた後にフリズンを閉じた。
そして、遂に、セザールは撃鉄をさらに起こしてコック・ポジションにして引き金を引き、弾丸を発射した。
「・・・・・・・・・・・・?」
フランス王国軍の兵士たちはセザールが何故そのフリントロック式の銃を発射させたのか、訳が分からなかった。
しかし、その懐疑的な兵士たちの前でセザールは毅然と言い放った。
「良いか、皆の者、このフリントロック式のマスケット銃は、これから来る雷雨の中でもマッチロック式のそれと違って弾丸が撃てる。つまり、この銃を使って敵軍であるカトリック軍の兵士たちを雷鳴と共に撃てば、敵軍に「相手側にはこの銃だけでなく、もっと恐ろしい新兵器がある」と、脅かすことができるのだ!」
「オオッ―――――――!」
「・・・・・・・・・・・・」
このストラスブールの曇天の中、フランス王国軍の兵士たちの歓声が谺した。
しかし、その兵士たちの歓声を一人、冷静な目で見ていたある黒人の将官がいた。
その男の名はナセル・ゲブーザ。41歳の偉丈夫な黒人少将であり、北アフリカ大陸、オスマン帝国領チュニス[チュニジア]からの移民であり、16歳の時、貧しい家庭の家長である父親の暴力から家族を守るため、母親と弟一人を伴って、このフランスの地へ移住してきた。
このゲブーザは貧しい家庭の生まれの為、文字があまり読めないほどであったが、アフリカ人らしい高い身体能力をフランス王国軍に買われ、その後勤続25年、周囲にいる幕僚のフランス人の差別的な目もあるにはあったが、地道な軍人活動により、今では少将となり、15歳年下の弟は、その兄の高い俸給によって、26歳の現在、パリのナンテール大学で勉強できるのであった。
今回、そのゲブーザは、自分の弟より少し年上の男をフランス王国政府、そして、フランス王国軍元帥であるヘンリー・フィリップ・ペタンの指示の下、この「反骨の相」のあるこのゲアーハルト・クロヴィス・セザールを監視し、また、彼の考えるある種危険と思われる作戦に対して、「ご意見番」をこのゲブーザにさせるつもりだった。
しかし、このゲブーザはセザールに向かって、
「ゲアーハルト、オケハザマ!オケハザマ!」
と、叫ぶだけであった。
無論、このゲブーサの言う「オケハザマ」とは、ゼノビア暦1560年、つまり、丁度、65年前にジパングという島国が全国諸侯による割拠時代だった時、ある中庸程度の力を持っていた諸侯、オダ・ノブナガが隣国の大諸侯、イマガワ・ヨシモトがオケハザマという窪地の中で自らの兵力を長蛇のように引き延ばしてしまい、加えて、突然の豪雨の中、主君のヨシモトを守る兵が極端に減った際、ヨシモトがノブナガ麾下の武将たちにその首を討ち取られた歴史的戦いを指すのである。
因みに、このジパングの戦国時代を終息させた英雄、ノブナガ・オダには、「ヤスケ」と呼ばれた黒人の奴隷、良く言えばそのノブナガの下に黒人の家臣がいたことをゲブーサは知らない。
しかし、このフランス王国軍にも、「軍事オタク」がおり、ある兵士はそのゲブーサの「オケハザマ」の声に反応し、セザールにそのノブナガの行った「オケハザマの戦い」と、このストラスブールで今回のセザールの行おうとする作戦の「違い」について、セザールに詰問のような質問をした。
「セザール大佐、その作戦について質問があります」
「何か?」
「そのゲブーサ少将の言う、「オケハザマの戦い」の時、確かに、敵将ヨシモト・イマガワは豪雨の中、ノブナガ・オダ配下の武将に首を討ち取られました。しかし、このストラスブールはそのオケハザマのように狭い窪地ではありません。大佐閣下はそのフリントロック式の銃を使用することだけで、本当にカトリック軍のハノーバー大将に勝つつもりですか?」
「・・・・・・・・・・・・」
セザールは暫く黙った後、やや重く口を開いた。
「貴公は、このストラスブールの東部にライン川が流れているのを知っているよな?」
「はい、無論です」
「そこでだ、俺は既に先行させた斥候の兵士たちにこう伝えてある。「この地域が今日、雷雨に包まれたら、ここを守るカトリック軍の兵士たちにこのライン川が氾濫するから、急いでトラックに土嚢を積んで、ライン川の氾濫を食い止めよと伝えよ」と言ってある。だから心配無用だ」
「・・・・・・・・・・・・」
その質問をした兵士はセザールが以外に用意周到だったので、閉口してしまった。
セザールは自信の程を他の将兵に伝えた。
「では、他に質問はないか?」
そこで、セザールは兵士たちに一言、軍事的講義をした。
「もしも、俺がヨシモト・イマガワの立場ならば、長蛇の陣を撤退させる場合、攻撃される側に守備隊を設置し、敵軍が陣地内に入り込まぬよう策謀し、余裕を持って撤退するがな・・・」
そして一応、この敵軍であるカトリック軍がこのストラスブールの市民たちを守る献身的精神を利用するような辛辣な作戦のフォローをして、自らの説明を終えた。
「無論、敵将であるハノーバーの首を取った後は、我々はカトリック軍の兵士と共に、ライン川の本当の氾濫を防ぎ、ここの市民たちの安全を守るのだ。では、皆の者、かくのごとく行動を」
「ハハッ!かしこまりましたセザール大佐閣下」
セザールの作戦説明が終了後20~30分後、このストラスブールは曇天から、その「ノブナガ公記」に記載された表現を使えば、「石水混じり」つまり、霰を伴った雷雨が降り始めたのであった。
そして、そのセザールの作戦通り、フランス王国軍の斥候の流言により、ライン川氾濫を防ぐためにここのカトリック軍の守備隊の多くがライン川沿いに集められ、そして、ここを治めていたハノーバー大将を警備する近衛兵は、そのセザールたちの使用するフリントロック式の銃により、混乱の極みを露呈していた。
普段、このストラスブールにて、サイモン・アルトゥール・ヴァン・ハノーバーが勤務する市庁舎にて、ある兵士がこの混乱を上官に伝えた。
「大変です、ハノーバー中将閣下!どうやら敵軍はこの豪雨の中、発砲できる銃だけでなく、大砲なども装備しているようであります!」
その報告を受けたハノーバーは、さすがに苛立ちを隠せなかった。
「ええい!このストラスブールに駐屯する兵15000はまだライン川沿いから帰還せぬのか!」
「ええ、この市庁舎に近い川沿いで作業していた者たちはすぐ戻ってくると思いますが、何せこのライン川はこのストラスブールの南北を縦貫し・・・」
「もうよい!こうなったらわし自らの手で、あのセザールなる若僧の首級を上げてやるわ!」
このようにここの将兵2人が苛立ちと焦燥を隠せなかった最中、この市庁舎の建物の外で銃声が聞こえ、その直後、この中にいるハノーバーを護衛する兵士たちの悲鳴が聞こえた。
この時、ハノーバーはその兵士たちの悲鳴を聞いて、急いで自らの体を鎧と兜で身を包んだ。
「貴様か・・・、このサイモン・アルトゥール・ヴァン・ハノーバーを討ち取ろうとする輩は・・・」
「ああ、貴様の首級を頂いて、俺は位を一つ上げさせてもらう。そういう運命だと思ってあきらめろ」
この時、ハノーバーは部下の兵士が用意した白馬にまたがり、このフランス王国軍を指揮したセザールと対峙した。
この時、ハノーバーは両刃の斧、セザールは初陣の時から使っている剣を抜いた。
そして、ハノーバーは白毛、セザールは栃栗毛の毛の色を持つ馬に乗って一騎打ちをしたが・・・。
「ガキンッ!」
一合、二合、三合、両者は数十合手に持つ斧と剣を鍔迫り合いさせたが、セザールの持つ剣が刀身の中央辺りから折れてしまった。
「フハハ・・・、勝負あったな!死ねい!セザール!」
しかし、この時、セザールはすぐに折れた剣を鞘に納めて馬を降り、このストラスブールで降っていた雹を両手でかき集め、雪玉のようにして、ハノーバーの顔面に投げつけ、そのハノーバーがそれに少し怯んだ後、折れた剣の切っ先をハノーバーの喉元へ投げつけ、一瞬のうちにハノーバーを絶命させたのであった。
喉元に剣の切っ先を投げつけられたせいで、ハノーバーは満足に声を出せずに最期の時を迎えたので、周囲の者たちにはよくわからなかったが、こう呟いたという。
「我が弟、ハンス・アルトゥール・ウィンザルフよ、この仇をどうか倒してくれ・・・」
手に着いた氷の滓を両手で払って、セザールは一言呟いた。
「はあ、これが雪合戦だったら、もっと楽に勝てたんだがな・・・」
1人の兵士がセザールに寄って来た。
「セザール大佐、お怪我はございませんか?」
「大丈夫だ。だが、この戦いでここ10年付き合った剣と別れることになったしまったな・・・」
しかし、この時、セザールはこのストラスブールの市庁舎の柱の影から何者かの放ったクロスボウの矢の音を優れた聴覚で聞き分けたのであった。
「シュン・・・」
間一髪、セザールは側転してそのクロスボウの矢の直撃を防いだが、それでも、左腕に一条の傷を負ってしまった。
その後柱から人影が出てきた。どうやら、20代前半の若い女のようであった。
セザールが左腕のかすり傷を見ながら言った。
「やれやれ、女か。しかし、この俺に傷一条を浴びせるとは、暗殺者として将来有望だな」
「何者だ、貴様―――!」
そのセザールに対して、クロスボウの矢を放った女は即座にフランス王国軍兵士たちによって取り押さえられたが、その眼光はセザールに対し、断固たる敵愾心を燃やしていた。
「さあ早く、私を殺すことね、侵略者の若将軍様」
それに対し、左腕に包帯をした後、セザールは首を振って言った。
「お前・・・、どうやら死んだハノーバーに何か恩がありそうだが、このストラスブールは元々、フランス王国の領地だ、俺はお前に侵略者呼ばわりされる覚えはない」
「ええ、確かに、私はこの地を治めていたハノーバー大将閣下に・・・」
「お前の話はパリで聞く。それまでお縄を頂戴するから、大人しくしていろ」
この後、セザールは自分を襲った若い女を拘束してパリまで護送し、そして、この部隊に同行させた文官たちにこのストラスブールの市庁舎を案内させ、これまで通り、ここの市民生活に悪影響が出ないように市政を施せと命じた。
そして、この大雨の続く中、神聖ローマ帝国のカトリック軍の兵士たちによる、氾濫する可能性があるライン川の川沿いに土嚢を積み、この川に架かる橋の交通規制を行っていたが、「ある集団」がその防災活動を支援しに来たのであった。
「その集団」とは無論・・・、
ある1人の作業員役の兵士がカトリック軍の兵に訊いた。
「それじゃ、この土嚢、ここに積めばいいのか?」
「ああ、助かるよ。しかし、あんたら、一体どこのボランティアだね?」
「ボランティアか、そうねぇ・・・」
その作業員がそう呟くと、時を同じくしてそのライン川沿いにある高台にある黒人の偉丈夫がフランス王国の国旗を振り始めた。
無論、その男の名はナセル・ゲブーザフランス王国軍少将である。
その作業員役の兵士がカトリック軍の兵士に指示した。
「おい、お前、あれを見ろよ」
「何?あっ、あれはフランス王国の国旗、ま、まさか、お前ら・・・」
この地を占領していた神聖ローマ帝国のカトリック軍の兵士たちは唖然とした。たったの数時間の戦闘で、神聖ローマ帝国が今まで数年間支配していたこのストラスブールがあっという間にフランス王国軍の手に陥ったのだから・・・。
そして、その戦果の報は早くも翌日、新聞の号外や朝刊、及びインターネットで欧州中を駆け巡ったのであった。
ここは、イングランド共和国の首都、ロンドンのウエストミンスター寺院・・・、
ここで2人のカップル・・・、いや、正確に言えば、身長190センチぐらいの神父姿の男と、身長180センチ弱のシスターの恰好をした男がツーショットで記念撮影をしようとしていた。
「はい、いいですか、2人共、写真撮りますよ、はいチーズ」
ダヴィッド・アントノーヴィッチ・グリーシンという、その2人の出張の仲間がカメラのシャッターボタンを押した。
傍から見ると、その2人は今時の「同性愛者のカップルか?」と誤解をされそうな2人であった。
その後、その3名は各自自由行動を取り、シスター姿の男はその姿のままこのロンドンのリージェンツパークへと足を運んだ。
そのロンドンのリージェンツパークにて、1人の貴公子風の男が新聞の号外を読んで、両手を震わせていた。
と、そこへ、いや、例のシスターの恰好をした男がその男が座っているベンチへ寄って来た。
「どうかされましたか?今のあなたの姿を見ると僕としてもとても心を痛めます・・・」
そう聞かれた男は、包み隠さずその理由を話した。
「実は、この号外でわかったことなのですが、昨日のフランス・ドイツ国境沿いのストラスブールの戦いにて、私の兄が戦死したのです」
「ええっ?それは悲しいことですね・・・、何はともあれ、今の僕にはこの首から掛けているロザリオであなたのお兄さんの冥福を祈ることしかできません。勝手ながらアーメンと祈らせてください」
そう言って、そのシスター姿の男は両手でロザリオを握って、その者の兄の冥福を祈った。
そして、その冥福の祈りに感謝をしながら、そのシスター姿の男に身の素性を訊いてきた。
「どうもありがとう。しかし、あなたも見たところ、この国の人ではなさそうですが・・・」
「そうです・・・、僕の名はヴァレリー・エル・ルシードと申します。リトアニア=ポーランド共和国の生まれで、今はロシア帝国イゾルデ1世の麾下で技術的な将官をしています。あなたの方は?」
そう聞かれた男は、ようやく、自分の自己紹介をその「シスター」にした。
「私の名はハンス・アルトゥール・ウィンザルフです。このイングランド共和国でクロムウェル護国卿閣下の下、軍務尚書をやっています。5年前に行われた護国卿のピューリタン革命にも鉄騎隊や新型軍を率いて戦いました・・・」
そうウィンザルフに言われて、ルシードは首を傾げた。
「あれ?確か、あなたのお兄さんが今回のストラスブールの戦いで戦死したのですよね?あなたはお兄さんと姓が違うじゃないですか?」
「私はギムナジウムからドイツの大学を卒業して、その後、このイギリスの地に帰化し、姓も「ハノーバー」から「ウィンザルフ」へと改姓しました」
その後、このウィンザルフが着ている服の懐から1枚の写真を出し、それをベンチに座ったルシードに見せた。
「この写真を見ればわかりますよね?僕の左側に映っている女性、この人が・・・」
「エッ?ウィンザルフさん、いや、ウィンザルフ軍務尚書、いきなりそんな写真見せられても、僕、この人が誰のことだかわかりませんよ」
「ああ、すみません、ルシードさん、あなたには現時点ではこの人が誰だかよく分からないですよね・・・」
ルシードの「私の横にいるのが、ミネルヴァ・フォン・イシュタールという女性で私の幼なじみなんですよ、彼女は現在、神聖ローマ帝国でプロテスタント側の軍の最高司令官をしています」
ルシードが頷いてウィンザルフに答えた。
「へぇ、この人がミネルヴァ・フォン・イシュタールさんですか?こんな美人と一緒に写真が撮れるなんてあなたも幸せな人ですねぇ―――」
ルシードがウィンザルフへの返答に少し語尾を伸ばしたのは、このミネルヴァ・フォン・イシュタールなる人物と自分が関わることは一生ないと彼に言いたかったからである。
横にいるウィンザルフは彼に一礼して写真の横にいる女の説明をした。
「私の横にいるのが、ミネルヴァ・フォン・イシュタールという女性で私の幼なじみなんですよ、彼女は現在、神聖ローマ帝国でプロテスタント側の軍の最高司令官をしています」
ルシードが頷いてウィンザルフに答えた。
「へぇ、この人がミネルヴァ・フォン・イシュタールさんですか?こんな美人と一緒に写真が撮れるなんてあなたも幸せな人ですねぇ―――」
ルシードがウィンザルフへの返答に少し語尾を伸ばしたのは、このミネルヴァ・フォン・イシュタールなる人物と自分が関わることは一生ないと彼に言いたかったからである。
だが、ウィンザルフは少しうつむき加減でルシードに話す。
「しかし、そのミネルヴァの率いるプロテスタント側の軍とフランス王国やスウェーデン王国の関係は最近になって急激に冷え込んでいると聞きました」
「・・・・・・・・・・・」
しばらく考え込んだルシードだったが、ここは静かにこのウィンザルフとミネルヴァの関係を訊いた。
「ウィンザルフさん、どうやら、あなたはこのミネルヴァさんという女性に特別な感情を抱いているようですね?」
それに対し、ウィンザルフは素直に頷いた。
「実は、私たちは、単に幼なじみという関係だけでなく、ゲッティンゲン大学という大学の先輩・後輩でして、ミネルヴァは私より2学年下だけなのですよ・・・」
更に、ウィンザルフの話は続く。
「私たちは、その時の大学の学園祭の演劇で、売れない作家が成功していく過程を夫婦で演じました・・・、それだけに・・・」
ルシードがその言葉に頷いた。
「ははぁ、確かに、あなたも背が高いが、ミネルヴァさんも女性にしてはかなり背が高い、それにこの顔つきならゲッティンゲン大学のマドンナだったのかもしれませんなぁ・・・」
しかし、急にウィンザルフはルシードに何かを依頼するような目つきをした。
「しかし、私は数年前に結婚し、子供もできました。無論、このイングランド共和国軍の重役にも抜擢され、この国の元首であるクロムウェル護国卿にも恩義を受ける身にもなりました、だから・・・」
ルシードがウィンザルフの真意を察してこう言った。
「今の自分では幼なじみのミネルヴァの身に将来起こりうる危うい状況を救いきれないと、だから、僕に私の代わりにその人を守ってやってくれ、と言いたいのですか?あなたは」
「ダメですか?そういう話は?」
「・・・・・・・・・・・・」
ルシードは暫く黙った後、そのシスター姿の懐から1枚の写真をウィンザルフに向けて投げつけ、それをウィンザルフは右手の人差し指と中指で受け取った。
そこにはルシードとウェディング姿の女性が映っていた。
「その女の名はミリアム・クローエ・アグリアス。旧姓はルシード、と言えばもうお分かりですよね?」
その写真を見たウィンザルフはやや声を震わせて答えた。
「そのミリアムという女性はもう亡くなっているのですか?」
「いや、彼女は元気ですよ。ただ、僕がその人と結婚したのは僕が30歳、ミリアムが33歳の時でした。今振り返っても、その時の自分が仕事と家庭の両立ができないことは、10年以上も経った今、当然だったということが証明されました」
「・・・・・・・・・・・・」
ウィンザルフはルシードの「経験」に対し、何も返答できなかった。
「それに、僕、今、こういう恰好していますが、こういう性格もミリアムと一緒にいられなかった理由なのかもしれません・・・」
それから、ルシードはこのロンドンのリージェンツパークに咲き乱れる、赤、オレンジ、白、ピンク、青、それぞれの薔薇の色に目が行った。
「ここの公園の薔薇はとてもきれいだ。結婚式の時にこの薔薇があれば、ミリアムもさぞ喜んだだろうなぁ・・・」
その後、ルシードはまた背中から「孫の手」と呼ばれる道具を出した。
「これは「孫の手」と呼ばれる道具です。誰もが知っている物です。つまり、「痒い所に手が届く」諺通り、我々の手が届かない背中を掻いてくれるものです。しかし・・・」
ルシードは大事なことをウィンザルフに説明するのに一息置いた。
「数年前、この国で起きたSTAP細胞事件、つまり、その事件の当事者たちは、僕からすれば、気持ちは分からないでもないが、この「孫の手」のように、簡単に「痒い所に手が届く」ことを期待しているような気がするのです」
「はい・・・」
ウィンザルフはただルシードの説明に頷くだけだった。
「つまり、人類はこの科学技術を進歩させることにより、個人の生活、共同体の治安、国家の安全保障を安定的にしていきました。しかし、知っている大学の先輩も僕と同じ工学部電気工学科なのに、蛋白質のような高分子の質量分析をレーザーによってすることでノーベル賞を頂戴できました」
「はい、実はこの私も、遺伝子工学をゲッティンゲン大学で学びました」
ウィンザルフはその出身大学でも理系学部だったので、ルシードの問いかけに幾らか専門的に答えを返した。
更に、ルシードの説明は続いた。
「つまり、その先輩も僕も「理工系」なのに、生物学に精通している必要性がある種でてきてしまって、しかも、あなたも「軍人」ならば、あの国家とあの国家の関係は良好なのか?敵対なのか?歴史的に見る必要性があります・・・」
ルシードが話を続ける。
「また、あなたの方は妻子がいるようですが、人間も他の生物と同じく「子孫を残す」必要性があるのならば、「相手」を探さなければいけないと、つまり、現代人とは、古代人に比べ、野蛮でなく理性的で知的、かもしれませんが、その代わり四六時中忙しくなったのです」
「それは全くそうだと思います」
ウィンザルフはルシードの説明に賛同した。しかし、ルシードは、先程の彼の依頼にこう答えた。
「僕、さっきの「孫の手」で説明したかもしれませんが、例えば、工場からの廃液で近くの河川が汚染される、数年前の大西洋を襲った大津波で沿岸の原発が被害を受け、その原発から放射能が出る・・・、それらを何とかしたい、そういう人たちは必ずいます、でも・・・」
ルシードは持ってきた水筒の紅茶で乾いた喉を潤した。
「先程の「痒い所に手が届く」とはまた別の話かもしれませんが、それらのことが正論であっても、世の人に聞いてもらえるとは限りませんし、また、正しいことをしても志半ばで倒れる・・・、これが人の人生であり、また、人類の歴史かもしれないのです」
しかし、このルシードの話を聞いたウィンザルフは先程までと違ってやや怒気をもって彼に反応した。
「それでは、あなた、あのミネルヴァが窮地に遭い、仮にそれで「死」が待っていたとしても、それは仕方がないと言うのですか?!」
「僕はそうとは言っていません」
「ならば、なんとおっしゃるのですか?」
「仮に、僕がその件でロシア帝国の軍を動かせるとしたら、まずは絶対、女帝陛下、あるいは、首相閣下の「許可」が必要です。僕としての立場では今はそれ以上、何も言えません」
「・・・・・・・・・・・・」
ウィンザルフはルシードのその応答に何も返答出来なかった。
しかし、そこに、ルシードの皮肉が混ざった。
「ところで、あの現フランス王国宰相のリシュリューさんは、リセ時代、僕の一学年上の人なのですが、何でも、14年前、30歳ぐらいの時から、大学で理系を聴講生として学び直しているようですね。その件とあの元ケンブリッジ大学研究員のケイト・ノエル・ラングレーを擁護しようとしている理由は僕には説明がつきませんが・・・」
「?」
ウィンザルフには何故ルシードがこんな話をしたのか、よくわからなかった。
「つまり、リシュリューさんがあのラングレーを擁護するのは、「男の義侠心」だと言いたいのでしょうか?彼女に対し、自分はあのサザーランド教授のようにはならないと、それで、あなたの前で言うのもなんですが、幼なじみのミネルヴァさんも、プロテスタント側最高司令官として、中々豪奢な生活をしている模様、それは彼女の「女の自尊心」といったところでしょうか・・・」
結論を言う前にルシードは一息置いた。
「つまり、僕のリセ時代の先輩の「男の義侠心」と、あなたの幼なじみの「女の自尊心」はあの神聖ローマ帝国の宗教的内乱の火に油を注ぐ結果になったのですよ。フランス王国はグスタフ・アドルフ率いるスウェーデン王国とも同盟していますし、フランス王国軍にも若く、有能な将が多数いる模様、ミネルヴァさんの立場は風前の灯火ですね・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
暫くの沈黙の後、ウィンザルフはルシードにやや反論した。
「では、我がイギリス軍が率先してフランス王国軍、スウェーデン軍と戦えば、あなた方ロシア帝国軍も動いてくれますか?」
「その考えは僕への以前の依頼よりもいい考えだと思います。しかし、それは新大陸、つまり、アメリカ大陸での影響力をフランス王国に譲ることになりませんか?」
「一応、この件はクロムウェル護国卿に打診してみます・・・」
ウィンザルフはやや力なく答えた。この当時、アメリカ大陸は約100年前からピルグリム=ファーザーズと呼ばれる清教徒がイギリスからやって来て、主に大西洋東海岸の地域に植民し、現在、その東海岸13州はアメリカ合衆国として独立したが、このアメリカ大陸のような広大な大陸だと、残りの大陸の部分にフランス王国、スペイン王国など、ヨーロッパでも比較的人口の多く、しかも大西洋に面している国々がこの大陸に「植民」していったので、この大陸は特に、イギリスとフランス、欧州2大強国がその影響を保とうと、鎬を削っていた。
それから、この2人はお互いに自分たちの名刺の交換をした後、ルシードはベンチから立って、ウィンザルフに一礼した。
「それでは、ウィンザルフ軍務尚書閣下、僕の方はこれにて失礼します。僕がこのイギリスに来た理由は、「ネーピア数」で有名なジョン・ネーピア先生に会うことだったのですが、それも果たしましたので、もうロシアの方へ帰りたいと思います」
「そうですか、それではまた、私の方もあなたと何かご縁がありましたら宜しくお願いします」
「はい・・・」
ウィンザルフはベンチに座ったままそう答えた。
「・・・・・・・・・・・・」
ルシードはこの「イギリス出張」の経験をその高緯度のロシア帝国帝都、サンクトペテルブルクの極夜の中、夢の中で思い出していたのであった。