第9話
温室で、本を読んでいたアルフォンスが、私の気配を察知してこちらを見る。
(今日は、あんまりダークオーラを感じないわ・・。)
最初に会った時は、兄への劣等感でいっぱいの、話しにくい暗い人物に見えた。だが、なんとなく、そう、見せられていただけ、のような気がする。
「こんにちは、アルフォンス様。」
いつもの所作で挨拶すると、
「座って。」
と、向かいの席を示された。
座ったものの、どう切り出したものか迷う。
「さて、答えはどう?」
戸惑っている間にアルフォンスから切り出されてしまった。
しょうがない。
関わってしまった以上、こちらも利用できる部分は利用して、有利にことを運べるように頑張ろう。
「アルフォンス様の申し出、お受けしたいと思います。ただ・・。」
「ただ?」
「本当に結婚する意思は・・ないのですよね?」
そう見せるだけ。偽の婚約なら、こちらも対応しようがある。
だが、アルフォンスは即答しない。
あれ?
「・・フィリア嬢は、婚約に興味はないのか?」
逆に問われてしまった。
(それを聞かれるのは初めてね。)
婚約に興味のない貴族令嬢など、いない。
本来は。
(私くらいのものよね。)
この年で婚約者がいない令嬢にとって、婚約者探しは、学園生活の全てだと言ってもいい。皆おしとやかな生活の裏で、少しでもいい男を落とそうと必死だ。だから、女の戦いも熾烈なわけで。
私は違う。
女の戦いを回避すると決めた時点で、攻略対象との恋愛は論外だし、戦わなくて済む相手を条件に探すなんて、さすがに婚約相手としては失礼だ。
だから、私は、淑女教育全てを完璧にした上で、前世の夢を追うことにしていた。
「興味がないわけではありません。もし、よい方がおられたらとは思います。でも、できなくてもいいかとは少し。やりたいことがあるのです。」
「やりたいこと?」
「はい。だから、本当に婚約するのはやっぱり少しためらいがあります。」
やりたいこと自体は言わなくていいなら秘めておきたい。
アルフォンスが興味引かれた様子を見ても、それは、少なくとも今はスルーだ。
「婚約は、家が絡みます。できれば不要の心配はさせたくありません。」
「・・なるほど。まあ、俺もさすがに二回も婚約解消はしたくないな。面白そうだから、君と結婚するのもいいかもしれないとは思ったのだが。」
どこまで本気かわからない口調。やはり、食えない感じだ。
「なら、婚約してもおかしくない程度の恋人、でどうだ?」
「それなら。お受けいたします。」
イメージ操作だけでいいなら、できる気がする。
期限は、ゲームのエンディングを迎えるクリストファーの卒業パーティーまで。
その日を、誰も攻略することなく迎えられたなら。
その後、私は自由に思いのまま、生きるのだ。
「・・だ、そうだ。出てきていいぞ。」
ん?
その声かけの意味を問うより早く、近くでがさがさと音がして、二人の人物が表れた。
「エリーゼ?」
ということは、もう一人が・・。
「こんにちは、フィリア嬢。シュバルツと申します。」
つまり、本物の恋人たちである。
「えっと、今のは一体・・。」
エリーゼは、戸惑っているようだった。
「聞いての通りだ。エリーゼ。俺は、君との婚約を近々解消する。その尻拭いとして、シュバルツが君の新しい婚約者になるんだ。」
混乱の中、そばに寄り添うように立っていたシュバルツは、意を決したようにエリーゼの正面に立ち、膝まづいた。
「エリーゼ。貴方のことがずっと好きだった。君の気持ちをちゃんと聞かせてほしい。」
エリーゼは顔を赤くして、目を潤ませている。
「・・わたしも・・でも・・!」
「今の話を聞いていただろう?望んでもいない王位継承争いの犠牲になるなんてばからしい。思いあっているなら、君たちは結ばれていい二人だ。幸い、このフィリア嬢が、茶番に付き合ってくれることになった。俺は真実の愛をみつけて、君との婚約を解消する。君たちは、堂々と婚約してくれればいい。」
アルフォンスが、ぶっきらぼうに言う。
シュバルツが、エリーゼの肩を抱き、私達に深く礼をする。
「諦めなければ、と思っていました。でも、アルフォンス様が背中を押してくださるなら、俺、頑張ります。フィリア嬢、ご協力感謝します。」
男たちは目で頷きあい、シュバルツは、エリーゼを連れて温室を出た。
「というわけだ。よろしく頼む。」
完璧に、もう後には引けない。
「分かりました。私も協力していただけるのですから、精一杯つとめますわ。」
私は、かろうじて、笑顔で請け合った。
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