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【1】

「…………あの……ええと……なんていうのかな……デュフッ、ごめんなさい……」

 蜷川瑠衣は、赤ら顔で鼻息荒く早口でしゃべりながらも、肝心な言葉を言いよどんでいた。

 目の前では野球部キャプテンのさわやかイケメン、田井中君がきょとんとした表情でその様子を見つめている。

 高校の卒業式、校舎裏、夕暮れ、目の前にイケメン。

 ここまで出目がそろっていたら、シチュエーションはひとつだ。

 ――告白だ。

 蜷川瑠衣は、学校でも一番人気の田井中君に、今まさに告白しようとしているのだ。

 しかし世の常というもので、いざとなると『好きです』という簡単な言葉さえ出てこない。

 とくに瑠衣のような冴えない女子にとってはなおさらのことだった。

「どうした、蜷川? なんか話したいことあるんだろ」

「デュフフ!……まあ、あるにはあるんですけどね……まあ諸事情ありまして、ちょっと言いにくいことでして……」

 その言葉に、田井中君はますます怪訝そうな顔をする。

「蜷川、クラス同じだったのに結局ほとんど話せなかったしな、相談だったら乗るぞ?」

「……す、好きでふっ!」

 肝心なところで噛んだ。しかも小声でよく聞こえなかったらしく、田井中君は『え?』と首を傾げた。

 テイクツー。

「すすす、好きです! 私、田井中君のこと、好きなんでござる! あ、いやいや、そうじゃなくて、デュフ、好き、なので、付き合って下さ――」

「ああー、田井中こんなとこにいた!」

 言いかけたところで、またしても邪魔が入った。ぞろぞろと連れ立ってやってくるのは田井中君のチームメイトたちだ。全員瑠衣とは対極に位置する陽キャばかりで、瑠衣は本能的に、ひくっ!とからだをこわばらせた。

 テイクスリーはない。

「このあとカラオケどうすっぺー?」

「女子もう集まってるってラインきてっぞ」

「里中さんも来るってさ」

 里中さん……野球部のマネージャーをしている、クラスで一番きらきらした女の子だ。その名前が出ただけで、また瑠衣はひくくっ!とからだをすくめてしまう。

「つか、なに、それ蜷川?」

 ようやく瑠衣の存在に気付いたらしい野球部連中は、一瞬で状況を把握したらしく、全員が全員にやにやし始めた。大体、『それ』呼ばわりすんなクソ猿どもが。

「もーしかしーて?」

「一世一代の告白ってやつ?」

「田井中ー、モテる男は違うな!」

 続々と田井中君を取り囲む野球部連中のせいで、瑠衣はすっかり壁の外になってしまった。ああ、私の一大舞台が。とんでもないことに。

 しばらくは田井中君をはやし立てていた陽キャ軍団は、次第に瑠衣の方へとその視線を向けてきた。

 ああ、知っている。

 悪意に満ち溢れた、蔑みと嘲りの視線だ。

 いやというほど、知っている。

「つかさー、笑えるじゃんね? このモテ男にあの蜷川が告白ー!とかさ」

「蜷川っつったらアレだろ、『豚鼻朝青龍』!」

「おま、ぶはっ、それ言うなって! 笑うー!」

「鏡持ってきてやろうか? 豚鼻で便底眼鏡で貞子みたいな朝青龍がいるからさー」

「だいたい、こいつブスな上にバカじゃん? Fラン大学受験して全落ちしたっつー」

「ぎゃはは! 救えねー!」

「おまけに家はドビンボーだし、なんもないとこで転ぶくらいトロクサいし」

「あー、俺前にこいつ転んでパンツ丸見えになったの思い出した……」

「おえーっ! 拷問じゃんそれ!」

「いっつもひとりで漫画読んでデュフデュフ言ってるし、キメーんだよ」

「いいとこなんてひとっつもない、女版のび太君みたいな蜷川が、あの田井中君に告白だとよ?」

「冗談きっつ!」

「ほれ、田井中、こっぴどくフってやれ!」

「お前みたいなキメー女、だれが相手にするか!って」

「もうやめてえええええええええええええええ!!!」

 瑠衣はとうとう頭を抱えて発狂したような声を上げた。悔しくて悔しくて、涙が止まらない。

 周りがドン引きしている隙に逃げ出そうと、一団に背を向けようとした。

「あ、あの……!」

 田井中君がなにか言いたそうに手を伸ばして引き留めようとするが、どうせとんでもない罵声に違いない。それを聞くのが怖くて、瑠衣は伸ばされた手をすり抜けてその場から走り去った。

 遁走する瑠衣をげらげらと嘲笑いながら見送る野球部連中の声が、まだ頭にこびりついている。

 たしかに、瑠衣は例の関取に似た顔かたちをしている。豚鼻なのも陰気な眼鏡なのも否定しない。馬鹿でどんくさくてビンボーなのも納得づくだ。

 そんな瑠衣が、高校最後にと、なんとか勇気を振り絞って一縷の望みにすがった結果がこれだった。

 身の丈に合わないことはするもんじゃないな……

 悔しくて、情けなくて、みじめで、お世辞にも整っているとは言えない顔をさらにぐちゃぐちゃに歪めて泣きじゃくりながら、瑠衣は全力疾走で校門を目指して走った。

 ここから逃げなければ。

 自分はこんなきらきらした舞台に立つ人間ではなかったんだ。

 分不相応だったのだ。

 だから、早くここから逃げなければ。

 勢いよく校門を飛び出した瑠衣は、当然ながら左右の交通なんて見向きもしていなかった。

 ぱぱぁーん!!とけたたましいクラクションが鳴ったのと、横っ面からからだを粉みじんにするような衝撃が襲い掛かってきたのはほぼ同時だった。

 それがなんなのかわからないまま瑠衣の意識は途切れ――

 

 

 蜷川瑠衣18歳は、高校卒業式の日にトラックにはねられて死んだ。

 葬儀はしめやかに行われ、かろうじて原型をとどめていた遺体は荼毘に付された。

 瑠衣のたましいは天高く、天高く、より遠い空を目指すように上っていき……やがて異世界へと転生した瑠衣はそのたぐいまれな美貌と知能で最強私ハーレムを築くのであった……

 ……で、済めばよかったのだが。

 これは、喪女の喪女による喪女の物語である。そんなボーナスステージなんて用意なんてされているはずがない。

「くっそ、くっそ!! このまま成仏してたまるか!! 死んでも死に切れんわあああああああああ!!!」

 瑠衣は上るのをやめて、気合と根性でまた地上へと帰ってきた。

 ――それから一か月ほど。

 どうやらからだは幽霊っぽくなっているらしく、重力を無視して街の上空にふわふわと浮いている。からだの感覚も五感も生前と変わらない。ただし地上のひとからは見えていないらしく、だれも浮遊する瑠衣を見とがめたりはしない。

 街には似たような幽霊がけっこういた。誰もかれもが何かに未練を残しているのか、陰鬱な顔であちこちに浮いている。生前は気付かなかったが、幽霊ってこんな身近にいたんだ。

「田井中くぅん……」

 今、瑠衣は生前の思いを断ち切れず、大学生になった田井中君に憑りついている。今日もまた、街を歩く田井中君の首筋に(見えないことをいいことに大胆にも)すり寄りながら、海中の藻のように浮いていた。最近田井中君は首の辺りを重そうにさすっているが、まさか瑠衣が憑りついているいるせいだとは夢にも思うまい。

 ひとり――ではないのだが――スクランブル交差点を横断する田井中君の真正面から、若いカップルが近づいてきた。男はいかにも陽キャなホスト系で、女もギャル系のカップルだ。公衆の面前にもかかわらず、乳の谷間に指を突っ込んだり、ケツを揉んだりとやりたい放題だった。

 リア充というやつだ。

 瑠衣の憎悪すべき対象である。

 怨念のかたまりとなった瑠衣は、田井中君に付きまといながらも、煮えたぎる憎しみの視線をリア充カップルに向けてぶつぶつとつぶやいた。

「……リア充爆発しろ……リア充爆発しろ……リア充爆発しろ……」

 般若の形相で強く強く念じる。

 すると、突然男のつんつんにセットされた頭が、ぼんっ!と音を立てて煙に包まれた。

「やだー、なに!?」

「なんだこれ!?」

 慌てふためくカップルに、周りの視線が集まる。煙の中から現れたのは、昔懐かしドリフのコントを思わせる無残な男の爆発ヘアだった。

「なんなのタカシ!?」

「し、知るかよ! いきなり……俺にもなにがなんだか……」

「……っぷ、あはははははは! ダッセ!!」

「てめえ! なに笑ってんだ!」

「あはははは! ダッセ! ダッセ! あー、あっしサメたわー、そんじゃさいならー」

「ちょ、待てよヒカル!」

 颯爽と爆発ヘアの男を置き去りにする女に追いすがる男。なんやかんや言い合いをしているらしかったが、その間に周りの興味もなくなったのか、ひとの流れがまた動き出した。

 ……瑠衣は自分の『能力』を発見したのだ。

 リア充カップルに『爆発しろ』と呪詛を送ると、実際に爆発してカップルは喧嘩別れする。

 これは神様仏様その他もろもろが哀れな自分に贈った、粛清のためのちからだと瑠衣は考えた。

 というわけで、田井中君に憑りつきながら、目にしたリア充カップルを片っ端から爆破しているのだった。

「……またか。最近多いな……」

 田井中君が重そうに肩をさすりながら喧嘩をするカップルを横目に交差点を渡る。

 満足げに田井中君の首筋にすがりつきながら、瑠衣はデュフフと笑った。

 ざまあみろ。

 世の中のリア充カップルは全員滅びればいい。

 これはモテない自分に託された使命である。

 いや、天命と言ってもいいかもしれない。

 死してなお世の中の不条理と戦う私……うっとりと表情を緩める脳内には、かの名画、『民衆を率いる勝利の女神』の瑠衣バージョンが浮かんでいる。

 上機嫌で田井中君にまとわりついていると、ふと前方からなにかしらの『圧』が襲い掛かってきた。今まで感じたことのないプレッシャーに、幽体となった瑠衣のからだは敏感に反応する。

 アスファルトで舗装されたなんてことのない名前のない道。

 しかし、その道も彼が歩くとそれだけで名前がつくようだった。

 緩く巻いた金髪に、切れ長の碧眼。薔薇のつぼみのようなくちびるに、白磁の頬。手足が驚くほど長く、牧師の恰好が映画のワンシーンのように様になっていた。歩くたびに、首から下げた古びたロザリオがちゃらりちゃらりと音を立てる。立ち振る舞いもなにもかもが洗練されていて、スマート。

 それはまさしく、王子様だった。古い洋画から抜け出してきたような、あるいは瑠衣の好きな少女漫画が実写化したような、完全無欠の王子様の様相だった。

 しばらくぽーっと見とれていると、王子様はこちらにちらりと視線を向けてきた。

 そう、『こちらに』だ。目が合った瑠衣はその凄みのある目力に、うっ、とひるんでしまう。

 まさか、あのひと、私のことが見えて――

「……あっと、すいません」

 すれ違う瞬間、田井中君は王子様に肩をぶつけてしまった。いや、どちらかというと王子様の方から田井中君に肩をぶつけてきたような。

 田井中君もその美貌に一瞬気を取られて、言葉を失ってしまう。

 王子様は、ふぅん、と鼻を鳴らして目を細めた。

「……あんた、憑いてるな」

「え? は? いや、別に言うほどツイてることもないですけど……」

「まあ、ザコだな。ほっといて平気だろう」

 まだ混乱する田井中君を置き去りにして、王子様は勝手に歩き去ってしまった。

 やっぱり、あのひと私のこと見えてる……?

 その予想を後押しするかのように、王子様は一度だけ振り返って立てた人差し指をくちびるに当て、整いすぎた顔とはアンバランスな、にやっ、とした笑みを浮かべてささやいた。

「……あんまオイタすんなよ」

 声までイケメンときた。しかし、田井中君とは違ってもはや別世界の住人レベルのイケメンだったので、瑠衣にはただ腰を抜かすことしかできない。

「……なんだったの……?」

 文字通り魂消そうになった瑠衣は、気を取り直して田井中君の首筋に戻っていった。

 そうだ、オイタなんかじゃない。

 これは神様仏様その他もろもろが私に与えてくれた『ギフト』……その『ギフト』に応えるためにも、私は世のリア充カップルを爆破し続けなければならないのだ。

 これは義憤である! 粛清である!

 ……と、思ってみたものの、やはりもやもやは残る。

 そのもやもやの正体を知らないまま、瑠衣は田井中君が自宅に帰るまで引っ憑いて漂った。


新作連載スタートです!

今度の主役は……『喪女』!?

モテない女幽霊・瑠衣が王子様エクソシスト・密に飴と鞭のプリンセスレッスンを受けて徐々に理想の女の子になっていくシンデレラストーリーです!

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[良い点] 1/1 ・イケメン!? デュフふ…… [気になる点] 安定の女子の悪意。イケメンを立てるにはこうなる運命なのか… [一言] 喪女=モテない女 、実は最近しりました。
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