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前編


 「8月27日、京都市私鉄西陰駅の終電で、俺は復讐する。俺の人生を狂わせた母親、そしてこの世に溢れる、何事にも無関心な役立たずどもに」


 

 この犯行声明を思わせる落書きが投稿されたのは、8月24日の夜。

 とある小説投稿サイトの、いち作品としてであった。


 サイトの利用者は投稿時こそ気にも留めていなかったものの、犯行予定日の8月27日がサイト内のホラー小説企画の締め切り日であり、また、そのテーマが「駅」であった事が不穏な憶測を呼び、運営を通じて警察へと通報される事となる。


 

 京都市ではこの数日、私鉄駅トイレ内で謎の遺体が相次いで発見されていた。

 

 最初の遺体は生活苦を原因とした路上生活者の自殺である事が判明したが、後に発見される遺体には皆、首吊り用のロープとは別の、首を絞められた形跡が残されていたのである。

 自殺を装った快楽殺人の疑いがあると、警戒感は高まるばかり。


 京都府警は独自の調査により、声明に記された8月27日の凶行を「あり得る事態」であると判断し、私鉄西陰駅の警備を強化。

 それ以外の駅には民間の警備会社の協力を得て、マスコミや府民にはあくまで内密な、「自殺防止キャンペーン」の一環としての警戒を継続していた。



 8月27日・21:30 私鉄苑町駅


 「こんな日に3人呼び出したぁ、ついてねえや」


 長髪をうしろで束ねた警備員、永井がうちわ片手に舌を出す。


 「危険手当て出る言うし、稼げるだけマシやろ。泣き言垂れとると暑さ増すわ」


 銀縁(ぎんぶち)眼鏡の奥の眼光も鋭い細身の警備員、沖田は永井の尻を蹴り上げるふりをして全身にまとわりつく暑さを追いやった。


 「……でも、何か事件があったら、僕たちじゃ何も出来ないよね……どうするんだろ?」


 色白で如何にも気の弱そうな警備員、三浦はこの暑さにも関わらず、怪我の予防の為なのか、長袖の上着を羽織っている。


 普段は京都府内に広がる彼らであったが、同じ警備会社に登録されているこの3人の警備員には共通点があり、研修段階から交流を深めていた。


 その共通点とは、彼らが20代後半であると言う点と、訳あって大学を中退していた点。


 永井はミュージシャン志望で、取りあえず無名の私立大学に入学したものの、大学で音楽仲間を見付けられず早々に大学を中退してフリーターとなり、プロのミュージシャンを夢見て活動する、「今が楽しければいいタイプの青年」である。


 沖田は有名大学の医学部に通うエリート候補生だったが、父親が不祥事で失業してやむ無く大学を中退、アルバイトを掛け持ちしながら将来の起業の為の費用と知識を貯める、「未来への野心を隠さないタイプの青年」。


 三浦は比較的裕福な家庭に生まれ育つも、いじめから引きこもった経験からコミュニケーション能力に難があり、有名大学に馴染めずに中退してアルバイトを転々とする、「今を生きる事自体が苦しいタイプの青年」だった。


 

 真夏の京都は気温に加えて湿度が高く、蒸しタオルを顔に貼り付けた様な、過酷な暑さが連日続く。

 深夜2:00頃から朝方6:00辺りまでの数時間だけ、辛うじて凌げる暑さになるのだが、警備員であるからには最低限の装備が必要であり、身軽になる事は許されない。


 「……ああ。早く日付変わってくれよ……」


 やる気の感じられない永井はため息をついて駅の構内に座り込み、沖田と三浦も人波疎らな通路を眺めて眉間にしわを寄せていた。



 私鉄のコースは苑町駅から西陰駅へと上り、西陰駅から近畿他府県へと乗客が散らばり、西陰駅からは烏野駅、河川町駅と、京都市の繁華街へと進んで行く。

 故にこの苑町駅からは都会の喧騒は薄まっており、終電前のこの時間帯の利用者は少ない。

 

 うだる様な暑さの中、やるべき事も余りない。

 3人は高い天井をぼんやりと見上げながら、終電まで事件が起きない事だけを、ただ祈っていた。



 ドオオォッ……


 突然、何かが落下する様な大音が、閑散とした駅構内に響き渡る。

 疎らな利用者は軽く大音の方を振り返るものの、やがて何事も無かったかの様に歩き去って行く。


 「……何なん!? 女子トイレやろ?」


 驚いた沖田は音の発信源を素早く見抜き、永井と三浦を手招きしながら女子トイレへと駆け出した。


 「……女子トイレって、僕たちが入っていいの?」


 やや困惑気味な表情を浮かべる三浦に、永井はすかさず突っ込みを入れる。


 「……アホ!警備員が突っ立ってて仕事になるかよ!」



 駆け付けた女子トイレの入口には特に異常は無く、大音の後に継続する様な小さな音が聞こえてくる様子も無い。


 3人は対応に躊躇していたものの、単純に用を足している可能性を考慮して入口を大きくノックしながらトイレ内部へと声を掛けた。


 「すみません、警備員の者です。大音がしましたが、大丈夫ですか?」


 ライブで鍛えた声量を活かして、永井が中に誰かいるのかどうか問い掛ける。


 だが、返事はない。


 男性の声に驚いて、多少の物音くらいはしそうなものであるが、それもない。


 「あかん、入るわ。そもそも個室のドアが外れたとか、そんなんかも知れんし」


 痺れを切らした沖田に引きずられる様に、3人は女子トイレに突入する。

 すんなりと開き戸は動き、入口に何か障害物が置かれている様子は無かった。



 女子トイレに入った3人の目に、真っ先に飛び込んできたもの。

 

 それは一番奥の個室からはみ出した、女性のものと思われる足首。

 所謂洋靴ではなく、足袋に草履の古風な和風の履き物であった。


 「……!!」


 驚きの余り、声を上げそうになった三浦は慌てて自らの口を手で押さえ、微動だにしない女性の足首を見た永井と沖田も言葉を失っている。


 「……や、やべえよ。自殺じゃねえの、これ?」


 顔面蒼白で狼狽する永井を先頭に前進する3人は、やがて女性の全貌に辿り着く。


 素人から見ても、一目で最高級と分かる着物を身に纏ったその女性は、若作りしたメイクをしていたものの齢は50代後半。

 唯一首に巻かれていた洋もののスカーフも、恐らくブランド物の最高級品である。

 恐らく会社社長か、それに準じた社会的地位にある女性と考えられた。


 顎の辺りに首吊り用のロープの跡があり、硬直した表情から、既に死亡しているであろう事が推測出来る。


 「……この仏さん、ちょい顔色悪すぎやん。さっきの大音で自殺したんなら、ここまで青白くならへんって」


 かつて医大に通っていた沖田は、すかさず仕事道具の白いビニール手袋をはめ、自身の指紋を付けない様に女性の首に巻かれていたスカーフを下に動かした。


 「やめろよ沖田……。警察に知らせてから現場検証しないと……」


 三浦は辺りを注意深く見回し、自分達の行動が誰にも見られていない事を確認する。


 「ほら見てみ、スカーフに隠して首絞めた跡あるやん。おばちゃんは若作りする為に、首のしわを隠すねんって」


 沖田の言う通り、女性の首には絞められた跡がはっきりと残り、この女性の死が自殺では無く、何者かによる絞殺である事が窺えた。


 「……このおばちゃん、めっちゃ金持ちやぞ、きっと……」


 指紋が付かない事を良い事に、沖田は女性の着物の胸から大きな財布を取り出し、中身を物色し始める。


 「おい沖田、いくら何でもバチ当たりだろ!」


 普段は無気力な永井も、この沖田の狼藉には声を荒げていた。


 「見てみい。このおばちゃん、老舗の着物問屋の女社長や。今時財布に現金50万も持っとるなんて、流石は昔気質(むかしかたぎ)の京都人やわ」


 沖田は表情ひとつ変える事無く名刺を取り出し、財布の中の現金50万円の内、10万円だけを財布に残し、残りの40万円を自らのバッグにそそくさと詰め込む。


 「沖田、そりゃ犯罪だよ……もしバレたら……」


 事の大きさに怯える三浦を一喝する様に、沖田は彼の目を正面から見つめて説教を始めた。


 「……お前ら、このまま底辺のまま終わってもええん?三浦、自分でコミュ障ゆうてるお前がまともな会社の正社員になれるん?永井、お前がプロのミュージシャンになれる可能性って、何%あんねん?」


 沖田の放言を前に、表情を曇らせる三浦と永井ではあったものの、徐々に自分の限界を突き付けられる人生に蝕まれる2人は、言い返せるだけの自信を持っていない。


 「心配せんでええ。金はちゃんと、13万3333円ずつ山分けや。俺がもし裏切ったら警察に知らせればええねん。今日の仕事も、このおばちゃんの事、会社と警察に報告すれば終わりやろ。危険手当てなんて出えへんって。ほな、一足先に帰るわ。報告頼むで」


 沖田は慌ただしく立ち上がり、2人に軽く手を振りながら女子トイレとは反対側の男子トイレへ用を足しに去って行く。



 「しゃあない。13万円って、俺らには大金だしな……おい三浦、警察に報告してくれ。俺は会社に連絡する」


 女性がたった今トイレで自殺した訳ではない事を確信し、幾分平静を取り戻した永井は三浦に要請し、一刻も早い事態の収拾を目指して行動を開始する。

 幸い、終電まで駅の利用者は殆どいない様子だ。


 「……あれ、スマホ繋がらないよ?」


 「……会社の無線もだ。ここ電波悪いのかよ!」


 三浦と永井は、互いに電波状況に苛つきながら駅構内を抜け出し、電波の繋がりそうなファーストフード店の前まで出て報告を始める。



 「う〜、やれやれ。漏れそうやったわ」


 大金を手にご機嫌な沖田は、早退を誤魔化す為に時間を潰してから会社に戻る魂胆であり、その行動に備えて駅のトイレで用を足していた。


 暑さを凌ぐ為、洗面所で顔に水を浴び、ハンカチで顔を拭いてうつむく鏡の背後に、1人の男の姿がある事には気付いていない。


 ボコオォッ……


 「……がはあぁっ……!」


 突如として振り降ろされた金属バットで、右の頬を殴打される沖田。

 

 顎の骨を砕かれ、叩き付けられたトイレの床にダラダラと口から垂れ流す鮮血を染み広げながら、虚ろな視線を謎の訪問者にフォーカスさせる。


 俺は身長180㎝程、格闘家の様な屈強な体格に迷彩柄のタンクトップとズボン。

 顔面は目と口のみを露出したマスクで覆われており、その瞳には、真っ白なカラーコンタクト……。


 「……だ、誰や……お前……?」


 ガキイイィン……


 「ぎゃああぁっ……!」


 男の金属バットが沖田の右足を粉砕。


 ガキイイィン……


 左足を粉砕。


 ガキイイィン……


 肋骨と胸骨を粉砕。


 「あ……ぐぐ……げ」


 ガキイイィン……


 顔面を粉砕。


 

 男は沖田のバッグから現金を掴み取りし、それを惜し気も無く鮮血の湖に沈め、返り血を浴びた上半身はそのままに、両手を綺麗に洗い流した。


 

  (続く)

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