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ファーン・ワージーの物語  作者: アルディス・サエルミア
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第1章 亡国の王女と光速の織天使 その9

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


それから数日。何事もなく穏やかに過ぎた。少なくとも表面的には。

教授達との会合があったが特に成果は無かった。分かったのは、全員がリュトの安全を信じていることだった。そしてチハヤも恐らく安全なのだろうと暗黙の了解が為されていた。

チハヤはまた、リュトの友人のもう一つのグループにも招待された。

ヴァズラチャーリア、パンテ、タパ、ジョギンダラの4人はこの数年の間にそれぞれ家庭をつくり、子を為しており、その子供たちも参加した。リュトは子供たちを大層可愛がり、チハヤが驚くほどの物をそれぞれに贈った。見かけが子供たちに近いチハヤは、かなり懐かれていた。

二人は図書館や研究室で良く学び、特にリュトの学識は学生たちを度々驚かせた。

この穏やかな日常は魔導師ギルドのメラニーによって完全にトレースされていた。

ただ一瞬だが、奇妙な事故が起こり、その意味についてオッダンタプリの管理当局は悩んだ。

それは二人がマリーの店でランチをとっている時に、店の外で幼い子供を轢きそうになった輸送用の四輪車が、何か壁のようなものに激突して走行不能になったのだ。人々は子供の無事を喜び、しかしその不思議に驚いた。

そして二人がホテルから学生寮に居を移そうか?という頃、事件は再び起こった。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


人または人族が魔獣や妖魔や神獣などと関係を持つとき、様々な在り方がある。

第一はテイム。人が何らかの代償を払って(多くの場合はマナエネルギー)対象を使役する。テイムできるのは、この世界に実在するモノのみ。テイマーは対象を選び、能力と、しばしば努力によってテイムする。

第二はマテリアとマスターの関係。この場合はマテリアを保護する際や実体化させる際などを除いては代償を必要としない。マテリアはマイスターが創造し、マスターに権限を譲渡する。

第三は召喚。召喚師が召喚獣を召喚する場合には、その召喚魔導の発動の際以外には代償が必要無い。召喚獣はこの世界、または異界に実在するモノであり、召喚師には対象を選択する権限は無い。

チハヤとレトの関係は典型的な召喚師と召喚獣の関係だ。

鳳凰であるラストローズと妖精女王であるシルフィアーナはマテリアの態をとっているが、実はそうでは無い。3種の関係性のどれとも違う場合だ。

魔導師ギルドの総合受付兼ギルドマスター付きの情報官であるメラニーとその使役獣である小蛇のリリスの関係はテイムの関係性の一つなのだが、厳密には違う。メラニーは通常のテイムよりずっと少ないコストでリリスを使役している。リリスも実態は見かけの小蛇とは全く異なる存在であり、通常のテイマーが使役できる存在ではない。実はリリスはいわゆる家付きの使役獣なのだ。むしろ守護獣と言っても良い。先祖代々、数百年に亘ってメラニーの家系を守ってきた、守護の獣であり神獣に近い存在である。

そんなリリスにとって、チハヤの行動監視などお手の物である。

問題はラストローズやシルフィアーナのような霊的に高次元の存在に対しては完全な隠形は不可能である、ということだ。

つまりラストローズ、シルフィアーナは勿論、彼らの真のマスターと思われるリュトには、その存在を知られているわけである。これはリリスが見かけの小蛇よりも偉大な存在である以上、仕方が無いことである。

ただ救いなのは、彼らは表面上は何も反応してこないし、チハヤとレトのコンビは高次元の感受性が鋭敏ではないようで、リリスに気づいた様子が無い。つまりレトは鳳凰や妖精女王ほどには霊的な存在では無いということになる。もっとも、霊性は強弱とは関係ない場合が多いのだが。

そんなわけで、チハヤの行動については、それほど神経を使わずにトレースできている。

リリスの知る限りでは、チハヤ(あるいはリュト)を狙う集団は今のところ見つからず、現状では安全な学園生活が行われているようだ。

しかしその日は季節外れの巨大な雷雲が発生し、大嵐になるだろうという状況だった。

小蛇形態のリリスは雨風に強い。また見かけ通りの爬虫類では無いため、温度変化にも強い。

居心地の良い枝に巻き付いて、のんびりとチハヤの学園生活を観察した。

最近はグプタ固有のマーシャルアーツのサークルとも交流しているようだ。

緩やかな動きの中に鉄壁の防御を誇るチハヤの技は、学生たちに大いに受けていた。しかし攻撃の技は隠しており、小柄で可愛いチハヤは反感を持たれた様子は無い。案外と如才ないとも言える。武道場は和気あいあいとした雰囲気だ。

それはもう1名、美しい少女が参加しているからでもあるだろう。音楽グループ、ジュピター随一の頭脳派と思われるリーダーのルネだ。ルネは全くの素人から真面目に学んで少しずつ上達している、というところらしい。通常はぼんやりとした印象の彼女だが、身体を動かすときには生き生きとしている。

まぁ、ヴァイオリン演奏もかなりの体力を使うので、グプタ伝統の武術であるカラリ・パヤットのようなストレッチを要する運動は相性が良いのだろう。

ルネはまた、マイトナー商会というかなり大きな企業の創業者一族であり、このグプタにも少なくない影響力を持っている。

グプタ帝国は貧富の差が大きいが、一方では税が安く、物価も安く、国家予算はグプタ皇帝家の潤沢な資産に依っている。法体系も緩やかなもので、暮らしやすく、様々な人族が気楽に暮らせる国である。

ルネのグループのメンバーであるリチアのように、子爵令嬢が獣人であるということが在り得るというのも、開放的なグプタの特徴だろう。

これは西のアーネンエルベ、東のヘルヴィティアのような国々では絶対に見られない現象である。

このような国家を長く運営しているグプタの皇帝家はマイトナー商会のような国際的な企業との関係を大切にしている。だからルネのような優秀な留学生は大歓迎というわけだ。

といって特別扱いされるでもなく、だからこそルネも気軽に伸び伸びと学生生活を満喫しているわけだ。

ルネは音楽の天才だけあって、非常にリズム感が良く、体術の訓練には有利と言える。

また数学の天才だけあって、自身でもかなりの資産を持っており、気前が良いことも人気の一因である。

今日もそれぞれの演武や訓練が終わり、なごやかにサークルは散会した。

ちょうどマヌエラが二人を迎えに来ており、3人は仲良くマリーの店に行くようだ。

メラニーによれば、チハヤは学問の他に目的があるようだが、リリスには関係が無い。平和な学生の生活を見守るのも悪くない。ローズ、シルフィ、そして召喚獣であるレトに守られてチハヤの安全は鉄壁だ。

メラニーの家付き守護獣としては気楽で良い。嵐が近づき、次第に風雨は強まるが、リリスの広い視界が曇ることは無い。

店に入るとグループの準メンバーのようなヨハネスは既にギャルソンとして活躍していた。そして最後にリュシェンヌとリチアが合流して食事が始まった。

さすがにマリーのカフェは人気店だけあり、家族連れや地元の顧客も入っている。スイーツを買いに来るお客も多く、なかなか繁盛している。マリーは相変わらず美しく、それ故か男性顧客も少なくない。

スイーツは飛ぶように売れ、様々な家庭の夜を演出することになるのだろう。

今晩はリュトは他所で食事したらしく、チハヤ達の食事が終わるころに迎えに来た。今日は風雨を防ぐためだろう、小型ビークルに乗ってのお迎えだ。ルネ達はマリーの店に泊まるらしい。

まぁ、リリスのような存在にとっては徒歩だろうがビークルだろうが問題無い。気楽に木から木へと転移しながらトレースする。無事にホテルに着くか?と思われた時。

少し開けた場所でビークルは停止し、周囲に異形の集団が現れた。

このエリアは広壮な住宅街であり、車線も歩道も広く、街路樹も鬱蒼たるものだ。時間的にも人通りも車や馬車の通りも少ない。何より占拠した連中の異様な雰囲気から、まずまともな人間は踏み入らないだろう。

リュトはチハヤをビークルに残して、一人降りて来た。

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