第1章 亡国の王女と光速の織天使 その8
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「タパ」
「リュト」
入店した男はリュトの友人の画家であるタパだった。
「元気そうで良かったよ。噂を聞いてね、心配なので代表して見に来たんだよ」
リュトは一瞬、茫洋とした表情になったが。
「ごめん。騒ぎを起こしちゃって」
しかしタパは明らかに安堵した表情だ。
「いや。君は何も悪くないよ。むしろあの仕事の件が続いているのでは?と思ったんだ」
「うん」
リュトは言葉少ない。
「どうなんだい?あ。不味いかな?」
タパは気づいたように見渡した。
「大丈夫ですよ。私はリュトのアシスタントのチハヤです。そしてこちらの3人は私のお友達です。全員大学生です」
チハヤが素早くフォローに入る。
「はじめまして。私はリュシェンヌ・コルネール。グプタ帝国元老院議員、アーネスト・コルネールの娘です」
「お邪魔しています。チハヤちゃんのお友達のリチア・パターニと申します。貴族院議員、オーギュスト・パターニ子爵の娘です」
「こんにちわ。私はマヌエラ・デクルーズです。アウランガバード、サラスヴァティー大学のジャン・ヴィクトル・デクルーズ教授の娘です」
それぞれ身元がしっかりしている事が分かる。案外と大物ぞろいなのでタパは驚いたようだ。
「これはこれは。美しいお嬢様ばかりだと思ったら。ご丁寧にありがとうございます。ご挨拶が遅れました。私は画家のラヴレス・タパ。この街を中心に活動しています」
改めて丁寧に挨拶する。
「ご丁寧に。こちらこそ恐縮です。あの高名なタパさんでしたか」
代表してリチアが仕切る。
「いえいえ、しがない画家です。リュトの友人です。今後とも宜しく。ところでリュト。どうなんだい?」
「うん。なぜか今日は貸し切りのようだから。ボクの考えだけど・・・あの件は本来は無関係のはずなんだけど。でも相手は・・・偶然だと思うけど同じかも知れない」
訥々とリュトが話す。
「そうなのか・・・」
タパが考え込む。
そこへマリーが現れた。
「さぁ、みなさんの分もお持ちしましたよ。タパさん。ようこそ。何か召し上がりますか?」
3人分のランチプレートと飲み物をワゴンで運んだマリーは、如才なくタパにも尋ねた。
「マリーさん。お邪魔しています。お元気そうで何よりです。では私も軽くサンドウィッチとチャイをお願いします」
何故かタパは嬉しそうだ。
「いえいえ。いつでも大歓迎ですよ。では少々お待ち下さい」
マリーは優雅に一礼してキッチンへ。
試案顔だったリュトが呟く。
「マリーさんって人気あるんだろうね」
「もちろんだよ。美人で上品で素晴らしいパティシエだからね」
タパが慌てたように言い募る。
「そうだね。この街でも目立つ存在なんだろうね」
リュトは冷静だ。
「うん。お店を開いた時はちょっとした騒ぎだったよ。今は少し落ち着いたかな」
「ほぉ。どうして?」
リュトは驚いた顔をした。
「何故か強面の連中が敬遠してね」
「ふ~ん?強面連中が?」
リュトの誘導でタパがしゃべる。
「何故か店の外で酔ったようになって倒れた事が連続してね。質が悪い連中は寄り付かないんだよ」
リュトが一瞬考え深い顔をしたが。
「はい。タパさん。どうぞ」
マリーがタパの注文を運んで来た。美味しそうなタマゴサンドとチャイだ。
「美味しそう!」
自分のランチセット、ビーフシチューとナンとダヒーとチャイを綺麗に平らげたリチアが歓声をあげた。
「リチアも食べる?」
マリーがたずねる。
「食べます!」
「私も!タマゴサンド美味しそう」
マヌエラも声をあげる。さすが食べ盛り。
「リュシェンヌは?」
「私は・・・」
「私と半分こしよ?」
チハヤが声をかける。リュシェンヌもにっこり。
「良いの?」
「もちろん」
で、追加注文が決まったところでドアベルが鳴った。
「ヨハネス」
「やぁ、みんなお揃いだね?」
「あなた、お食事は?」
マリーが尋ねる。
「みんなと同じの」
「OK」
マリーがキッチンに入るとヨハネスが雰囲気を察して聞いてくる。
「昨日の件をお話でした?えっとボクはオッダンタプリの学生でヨハネス・カリヌスです。チハヤさんたちのお友達です。昨夜はちょっと驚きました」
「私はラヴレス・タパ。リュトの友人です。昨日は災難だったんですね?」
「いいえ。チハヤさんが優秀な方だったので全く安全でしたよ」
「なるほど。それは良かった。マリーさんのお店は名店ですからね。実は私も何度か利用しています」
「え?そうか。ボクは夜はここでギャルソンをしていますから、ランチのお客様ですね」
「そうです。地元民なのでね」
「それでリュトさんのお友達ということは・・・」
「以前に遺跡の調査で知り合ったんですよ。リュトは発掘調査のエキスパートですからね」
「そうだったんですか。僕らと変わらないように見えるのに。凄いんですね」
リュトは茫洋としているがチハヤは嬉しそうだ。
「じゃリュトさんも魔導師さん?それともエルフさんですか?」
ヨハネスは発掘調査の技術よりもリュトが老けない事に注目したらしい。
「エルフじゃありません。魔導師としては未熟者で。若く見えるのは顔が童顔なんでしょう」
リュトのあからさまな言い訳に、真実の一端を知るタパは一瞬息を呑んだ。
「まぁ昔から若いですよリュトは。遺跡に関しては鋭くてね。彼の言う通りに掘ると目的のものが出土する、なんて普通でしたよ」
しかしヨハネスの突っ込みを知らぬげに話をいなすのは、さすが大人だ。
「どこの遺跡を調査されたんですか?」
あとで調べるのだろうと、その場の全員が思った。
「サーガルハワーですよ」
ゆとりの笑顔で答えるタパ。サンドイッチをつまむ。
「グプタの有名な遺跡じゃないですか」
驚くヨハネス。そこへマリーがやってきた。
「今日はホントに貸し切りにしちゃった。はいヨハネス。みなさんにもどうぞ」
ヨハネスにはランチセット。他の皆にタマゴサンドやデザートを配る。チャイのポットもある。
「サガルハワーまたはサーガルハワー。“怨霊の街”とも言われる。素晴らしい都市遺跡だったよ」
フルーツを摘まみながらリュトが呟く。
「私も発掘行ってみた~い」
呑気なリュシェンヌ。
「リュシェンヌさんは歴史系ですか?」
如才ないタパ。
「はい。歴史系の2年生です」
「それならシェレスタ教授に希望を出せば参加できますよ。私たち、地元の仲間も時々参加しています」
確かにタパ達地元民のグループとシェレスタ教授らは共に苦労した仲間だ。仲を取り持ったのがリュトだとも言える。グプタ政府から派遣されたシェレスタ達は結局オッダンタプリに住み着いてしまった。
それはサガルハワーの調査資料の保管などに適していたこと、発掘調査はもちろん、資料を整理しまとめる際もスタッフを集めやすかったことなどが原因だ。
「ありがとうございます。私も参加できるようお願いしてみます」
「万が一の場合は私の名前を出してください」
「宜しいんですか?」
「もちろん」
タパが年長者らしい気遣いをみせたところで皆はデザートに取り掛かった。
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メラニーは一人で魔導師ギルドの裏庭に降りた。裏庭といってもかなりの木々が茂っている。テイムされた小動物たちもいるし、ハチミツを採るための巣箱などもある。
中央には未だ若々しい竜王樹の大木がある。これから何百年もここで生きるだろう。香しい花が咲いている。葉も艶やかな緑だ。幹からも、ほんのりと良い香りがする。
その一枝に近寄ると小さな声で呼びかけた。
「リリス」
するときららかな紫の小蛇が現れた。
「メラニー」
念話で答えてくる。
そっと手を差し伸べると、ゆっくり這い上る。頭をやさしく撫でながら念話を送る。
「このイメージの女の子が大学にいるの。密かにマークして、異変があったら教えて。そして害しようとする者がいたら、探ってくれる?」
一瞬、小蛇は考え深そうに小首をかしげた。
「守らなくて良いのか?」
メラニーは微笑んだ。
「優しいリリス。大丈夫よ。この子は強いわ」
「そうか。分かった。おもしろそうだ」
「そうね。でも害しようとする者たちは危険よ。充分注意してね」
「うむ。探るだけにしよう」
「お願いね」
小蛇は差し伸べた腕から枝に戻ると朧になって消えた。