第1章 亡国の王女と光速の織天使 その5
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「ふぅ」
マリーさんのお店の屋根裏は広くて居心地が良い。
大きな窓も魅力だ。
開け放すと朝の涼しい風が気持ちよい。
まだみんなは寝ているようだ。
2階に降りて身支度した。マリーさんもヨハネスもいない。お店かな?
と、ヨハネスが階下から昇ってきた。
「リュシェンヌ。おはよう」
手には大きなお盆に軽い食事とカップやお皿がある。
「あら。おはよう」
マリーさんも来た。
いつもキラキラしてる。しなやかで優雅な所作だ。やはり大きなお盆に料理やポットが載っている。
「お食事、召し上がる?それとも飲み物?」
「じゃサンドイッチとチャイを」
「はい」
いつも落ち着いているマリーさん。昨日の夜も私はびっくりしたけど。
「マリーさんていつも平常心ですね」
優雅にチャイをサービスしてくれる。
「?うん。チハヤちゃんの大活躍のこと?私も驚いたわ」
「マリーは顔に出ないからね」
ヨハネスはコーヒーにしたようだ。
「全然見えませんよ。私はドキドキしちゃった」
美味しいチャイだ。ミルクやシナモンの香りの中にしっかりと紅茶の茶葉の味わいがある。
「見た目だけよ。リュシェンヌだって落ち着いてるわ」
「だよね。リチアなんて耳がプルプルだったもん」
キュウリとローストビーフのサンドイッチが美味しい。
「それよりチハヤちゃん。凄かったわ」
「それは言えてる。ちっちゃくて可愛いのに」
「ヨハネス気に入った?」
「う~ん。あの魔導力は凄いね」
「え?あの技じゃなくて?」
「あの素早い対応は凄いでしょ。僕たちにまで一瞬でガードしてくれたじゃない」
たしかにヨハネスが魔導を使うところは見たことない。感心するのも分かるかも。
「そうね。無詠唱だったもんね。まぁ間違いなく魔導師ギルドのBプラス以上ね」
「それにあの・・・マーシャルアーツ?あれもコミなら冒険者ギルドのAクラス以上かもね」
「チハヤちゃんもだけど・・・あの男たちは何かな」
ヨハネスは案外冷静だわ。
「何かの組織よね」
マリーさんは考え深げね。
「私には見当もつかないわ」
音楽の団体じゃないことは確かね。
「でもさ、何だかリュトさんを女性と間違えて襲ったような・・・」
「耳が良いわね」
マリーさんにガン見されるとドキドキするわ。コンクールの審査みたい。あれ?マリーさんも聞こえてたってこと?私たちと同じくらい耳が良いのね。
「緑の髪の女性かぁ・・・あんまり多くは無いわね」
どうだろ?地毛がってことなら少数派よね?エルフっぽいかも。
「この辺にはいないよね?」
「うん。でも彼らだって他所から来たのかも」
「緑の髪の女性を追ってきた?ならリュトさんが間違われたのは不思議だわ」
「そうか・・・依頼があったってこと?」
「う~ん。まだ分からないわね。でも可能性はあるわ。政府系や皇室系の組織には見えなかったし」
「まぁ、それなら正面からくるもんね。チハヤちゃんたちが悪人には見えないし。大学にコネがあるみたいだし。やっぱあの連中がアンダーグラウンドの方だと思うよ」
「間違いないわ」
「あ!マヌエラ!」
ショートの紫の髪が美しく揺れる。神秘的な少女が降りてきた。
「あの二人は悪なる存在じゃないわ。それにあの男たちは善では無かった。何か邪な輩ね」
マヌエラは巫女の家系なのだ。叔母さんの一人は幼女の頃、クマリという生き神様だったらしい。金の瞳が不思議に輝く。存在感が強烈なのだ。
「あなたが言うなら間違いないわね。何飲む?」
「私もコーヒーを戴くわ」
エレガントに腰掛けるマヌエラがジロリと。
「あなたも何か感じたんでしょ?リュシェンヌ」
ギクッ!またガン見された。
「まだ良くわからないわ。でも・・・チハヤちゃんにも何か秘密があるわね」
「にも?」
鋭い子。音楽の時は楽しいのに。
「だって誰にだって秘密はあるわよ。わたしにも、あなたにも」
コーヒーをすすりながら目を細める神秘少女。
「・・・確かに。うん。今は邪悪では無いことだけでも問題無いわね」
「そのあなたの直感だけど・・・リュトさんもってことよね?間違いなく」
ん?マリーさんたらリュトさんは邪悪な可能性があるとでも言うの?
「それは間違いが無いわ。普通の人間には珍しいほど邪悪からは遠いわね彼」
「え?マリーはそれで彼に注目してたの?」
あらヨハネスったらジェラシー?
「ううん。他所の人だから警戒しただけ」
そうなんだ。てっきり興味あるのかと思ったわ。
「おはよー」
「何の話?」
ルネとリチアも降りて来た。リチアの猫耳がピコピコしてる。銀の瞳が輝いている。
「私チャイ」
マイペースなルネ。あんたは何時からチャイになった?
「昨日の話でしょ?」
興味津々のリチア。巨大なストレージ持ちで魔導学の教授にも注目されている。
「そうよ。チハヤちゃんたちを襲ったのは誰?あるいは何?ってこと」
マリーさんは淡々と、でも微妙に話を逸らした。
「政府系じゃないわね。アンダーグラウンドの組織じゃない?ヒュドラとかアルミスタンとか」
ヒュドラとアルミスタンは、たま~にニュースに名前が出る国際的な犯罪組織だ。
「あなたの目から見てどう?」
マリーさんが水を向ける。
「あのちょっと偉そうな男は魔導師ね。間違い無く。チハヤちゃんも凄いと思うけど・・・あれはかなり強いわね。魔導攻撃より物理のが有効と踏んだんでしょうけど失敗だったわね。人間違いだったのか・・・だとしたら諦めたかしら?」
私たち4人はそれなりに魔導が使えるけど、リチアが一番なのは事実。だとしたら見立ては正しいだろう。
「リュシェンヌはどうなの?あの男」
ふぎゃ。
「嘘は言ってなかったわ。少なくとも」
嘘なら分かる。絶対に。
「じゃやっぱり人違いかぁ」
多分ね。人には8つの感覚がある。
視覚。
聴覚。
味覚。
触覚。
臭覚。
空間感覚。
重力感覚。
時間感覚。
その上に超感覚がある。古代世界で第六感と言われたモノだ。
この超感覚により現実の深淵を認知し、現実の存在や現象に干渉するのが魔導だ。
深い認知能力を有する私たち魔導師は普通、当然のように知能も高い。
例えば、私たち『ジュピター』のリーダーでヴァイオリニストのルネは数学の天才だと言われている。
ただ、余りにも高度な彼女の数学的認識を現代の数学の様式では表現できないらしい。
リチアは魔導の能力は私たちで一番だ。昨晩、チハヤちゃんは私たちのために防護のシールドを張ってくれたけれど、リチアもほとんど同じことができるはずだ。でもあの反応の速さは凄い。チハヤちゃんは実戦経験があるんじゃないかな?
それにしてもリュトさんも謎の人だけれど。
「まぁ、良いわ。私たちが一緒の時はそれとなくカバーしてあげましょう」
ルネは音楽ではリーダーだけど実生活ではリチアがリーダーっぽい。
「さんせー」
ほら。ルネは手あげてる。子供か?
まぁ、そのままいつものグデグデな朝食になってしまった。
チハヤちゃんたち、ランチに来るらしいから、私たちもなるたけランチはマリーさんのお店で食べることにした。美味しいから何も問題ない。ランチが混むとマリーさんが大変だから遠慮してるだけなのだから。
でも太らないように注意しなきゃね。だいたいヴォーカリストは美食家で太めの人が多いんだから。私はスリムで売るんだ。