第1章 亡国の王女と光速の織天使 その4
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こちらはリュト。古風な書店のドアを開ける。
「よく来たね」
「こんばんわ。ヴァズラチャーリア」
「こんばんわ。みんな揃ってるよ」
書店主は鍵かけるとリュトを2階に案内した。
「やぁ、みんな待たせたかい?タパ、ジョギンダラ、パンテ」
画家のタパ、彫刻家のパンテ、魔道具店主のジョギンダラが立ち上がった。
「元気そうだねリュト」
「懐かしいよリュト」
「君も君のデバイスも好調なようだね」
繊細な手、たくましい手、しわだらけの手にそれぞれ握手した。
「まぁ、座ってお茶にしようよ」
「そうだね。お客様はこちらだ」
年上のジョギンダラが一人掛けのソファを示した。
「ありがとう」
それぞれが席に着き、チャイとビスケットが供された。
「懐かしいな。このビスケット」
「君はついてきた仔犬を保護して『ビスケット』と名付けたんだっけね」
スキンヘッドのパンテがビスケットをつまんで笑った。
「懐かしいね。ビスケットはどうしてる?」
「作業員だったシン兄弟が飼ってるよ。年寄のはずだが元気だ」
このグループは以前に古代遺跡の調査に関わったチームだったのだ。シン兄弟は当時の作業員のリーダーだった。国際的な遺跡の研究保存機構に属しているリュトは当時このメンバーに大変助けられた。シェレスタ教授達をグプタ帝国側のコントローラーだとすると、タパやヴァズラチャーリアは実際の調査班の主要メンバーだったからだ。
「例の聖遺物は?」
ジョギンダラ・プルサッダが微笑んで答えた。
「無事だよ。今はグプタ皇帝の宝物館にある」
「てことは・・・」
「うん。金帝龍どのが守ってる」
「そうか。良かった」
「教授達には聞かなかったのかい?」
「うん。何と言っても彼らは政府側の人だからね。心情的にはともかく」
タパが口髭に触りながら微笑んだ。
「相変わらずサリナス人は礼儀正しいなぁ」
「それがリュトの良いところさ」
パンテがチャイを一口すすると同意した。
「そういや君のマテリアはどうしたんだい?」
ヴァズラチャーリアがいぶかしげに尋ねた。
「今はパートナーのところにいるよ」
「じゃ一緒に来てるんだね。それは安心だ」
「確かにこれ以上の安全確保は難しいね」
「うん。・・・ところで本題なんだけど・・・」
「軽く調べてみたんだけど・・・なかなか難しいな」
「やはり・・・」
「我が国は子供や子連れに寛容だからね」
パンテが残念そうに答えた。
「一般家庭でも子供を隠して育てることはあるからね」
ジョギンダラ・プルサッダが考え深そうにつぶやく。
「だよね・・・まぁ、急がないから何か情報があったら教えてくれるかな?」
「もちろん。君の助けなら厭わないよ。僕らは」
タパが胸を張る。
「ありがとう。助かるよ」
リュトが皆にグプタ流のお辞儀をした。
「じゃ少し作戦を考えよう」
ヴァズラチャーリアがチャイをサービスした。
そして親しい仲間たちの作戦会議が始まった。
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楽しいパーティーでした。途中からはマリーさんも加わってくれました。
チハヤちゃんの持っていた楽器、ムックリにはみんなびっくり。
ビヨーンビヨーンという不思議な調べで異国の楽器に目が無いマヌエラはずいぶんご執心でした。サリナスに帰ったらチハヤちゃんが贈ってくれるらしいです。
すっかり遅くなって、チハヤちゃんのルームメイト、リュトさんもお迎えに来てくれました。
オッドアイで緑の髪の不思議な人。マリーさんも注目している感じ。ほっそりしたマリーさんと男性としては小柄なリュトさん。二人は案外お似合いかも。
リュトさんは旅人らしい。なんて変わったギルドの人だと思う。なにしろ少数派なのだ。たぶん吟遊詩人のギルドの方が多いと思う。私は吟遊詩人を目指している。何といっても自由なのが良い。得意なヴァイオリンが役に立つし。
「ルネ、何ぼおっとしてるの?」
猫耳のリチアは勘が良い。大きなストレージ持ってるし、一緒に旅ができると良いけれど。
「何でも無いよ。ねぇねぇ、チハヤちゃんの召喚獣、可愛かったね」
「うん。じゃ、ここで解散かな?」
「うぃ」
「意義なし」
「みなさんありがとうございました」
「チハヤちゃん、またね」
「はい」
マリーさんも見送りに出てきた。
「今度はリュトさんも」
「はい。お邪魔じゃなければ」
「大歓迎ですよ」
楽しいパーティもいつかは終わる。
二人が背を向けて歩き始めたとたん、ドカン!と大きな音がした。
リュトさんがうつぶせに倒れている。
真剣な顔のチハヤちゃん。いくつも立体魔法陣が輝く。一瞬で私たちとリュトさんにガードの障壁が張られた。駆けてくる数人の男たちに向かって走るチハヤちゃん。小鳥ちゃんがフクロウみたいに大きくなっている。しかも白い。蝶々は?リュトさんの真上に小妖精がいる。カメレオンちゃんは?帰還したままみたい。
チハヤちゃんが男の一人に接近する。小柄な身体がクルッと回ると、ビタン!と男の身体が堅い地面に叩きつけられた!何々?あの技?
クルッ、ビタン!クルッ、ビタン!あっと言う間に敵は半減。道路や壁に叩きつけられた男たちは、ほとんど動けないようだ。リュトさんに近寄ろうとする男たちが次々に行動不能になっていく。すると純白の大きなフクロウ?さんがチハヤちゃんの上で羽ばたいた。
チハヤちゃんが加速する!もう目で追えないほど。
「誰ですか?出てきなさい!!!」
男たちが倒れると、穏やかなチハヤちゃんの迫力ある声。
「おかしい。こっちが本命だったか?」
空中にぼんやりと漆黒の法服の男が現れた。
「誰を狙ったつもりですか!」
「緑の髪の女が標的だが・・・お前は誰だ?」
気圧されたのか男が答えた。
「私のお友達は男の子です!許しませんよ!」
大人しい人が怒るとおっかないなぁ。ビンビン響く厳しい声。
「そうか・・・ここは一旦引くとしよう」
男は朧になって消えた。地面や壁に叩きつけられた男たちも。
虚空を睨みつけたチハヤちゃんは、身を翻してリュトさんに駆け寄る。
「ん。あ?」
「しっかりして!」
何か怒られてる?
「ん。これだ」
リュトさんの左手に丸いモノが載っている。
「ちゃんと防御してたんですね。物理弾ですね。榴弾かも」
「・・・うん。危ないねぇ」
「レティ!」
二人の足元に大きなトカゲが現れた。あのカメレオンちゃん?トカゲは丸い弾をパクンと飲み込んでまた消えていった。
「みんな、ごめんね」
チハヤちゃんが手を振っている。
「大丈夫よ。今夜は、みんなでお店に泊まるわ」
マリーさんが手を振って答える。
「良かった。じゃ私たち戻りますね」
小妖精になった蝶々さんも手を振っている。フクロウ?じゃないミミズクさんはリュトさんの頭にとまっている。重く無いのかな?
「さ、私たちは中に入りましょう」
いろいろびっくりしたみんなは、大人しくお店に入った。ベッドの用意しなきゃね。