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ファーン・ワージーの物語  作者: アルディス・サエルミア
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第1章 亡国の王女と光速の織天使 その2


古典的な端正な佇まいの図書館の中は十分にエアコンが効いていた。温度調整付きの衣服とはいえ、これは有り難い。オッダンタプリ大学の歴史をまとめた辞書のように厚い本と、リヒターについて書かれた珍しい本を借りて読書用のテーブルに着く。

オッダンタプリ大学は、サリナスやヴァイエラの宗教にも影響を与えたマイトレーヤ教の学僧の為の学舎を基に発展したものだ。そもそも哲学的な内容を有するマイトレーヤ教からの影響もあり、哲学関連の学問領域に関して優れた学者を輩出してきた。

その中には魔導師として指導者クラスの人もいる。魔導師の国、イシュモニアにもオッダンタプリ出身の長や司は何人もいるようだ。チハヤも案外無縁では無かったのだ。そんな感慨を得ていると肩に手を触れる人がいる。

「こんにちわ」

丸いメガネの少年が笑顔でささやいた。

「ケーキ屋さんの!こんにちわ」

チハヤも小声で話す。

「お勉強ですか?お邪魔でした?」

「ううん。ちょっと行き詰まってたの」

「私ヨハネスと言います。お客さんは?」

「私はチハヤ。サリナスから来ました。普通の話し方でお願いね」

「ふふ。見たとこ魔導師さん?召喚師さんかな?」

「であって学生でもあります。今回は短期の聴講と研究旅行ね」

「そっかぁ。魔導師さんの多くは哲学者ですもんね」

「私は心理学系なの」

「そうなんですか。難しそう。でもオッダンタプリには、かなり優秀な人がいますもんね。私は芸術学です」

「素敵だわ。私も音楽や文学は大好きよ」

「ホント?じゃこれから友達がミニコンサートするから聴きに行きませんか?お忙しいですか?」

「聴きたい!でも条件があるわ」

「何?」

チハヤは悪戯っぽく微笑んだ。

「私がここにいる間だけで良いわ。お友達になってくれる?」

「ふふふ。私もそう言おうと思ってました」

「嬉しい」

「いつも魔導師の恰好なんですか?」

「ううん。着替えてこようかな?」

「今?ストレージ持ちなんですね?」

「うん。ちょっと待ってね」

図書館のきれいなトイレで早着替え。普段着、つまりアウトドア少女の恰好にエブリデイキャリーの道具を入れたショルダーバッグに山用の帽子で武装完了だ。靴はアウトドア用だから問題ない。

「わぉ!素敵な山スカートにレギンスですね。ボタンダウンシャツもお似合いですよ」

「ありがとう。あなたも素敵よ」

素足に短パン。キャスケットにカットソー、濃いグリーンのスニーカーに黒い革のバックパックの少年は微笑んだ。丸いメガネのチタンカラーが知的だ。

「こちらこそ、ありがとう。良かったら早速行きましょうか?」

「いいわよ」

重い本は禁帯だったのでカウンターに返却し、ヨハネスの案内に従う。

「森の中に野外音楽堂があるんです」

「木が生えてると涼しいもんね」

「マンゴーが多いから果樹園みたいだけど。ねぇ、やっぱり暑いのは苦手ですか?」

「うん。サリナスは涼しいから。でもこの街は木陰が多くて嬉しいわ」

「サリナスは雪降りますよね?」

「うん。場所によるけどね」

「いいなぁ。憧れちゃいますよ」

「グプタも南部の高山には雪降るでしょ?でも、いつか遊びに来て。案内するわ」

「嬉しいですね。食べ物も楽しみだし。ねぇ、一緒にいた方はお兄さん?それとも恋人?」

「どっちでも無いわ。お友達でハウスシェアの相手」

「そうなの?不思議な人だった」

「そうかしら?・・・あれかしら?きれいな建物だわ」

森の中に純白の音楽堂が現れた。ドームを切り開いたような音楽堂の内面は音響が良さそうだ。そして500人ほど入れそうな客席がある。300人は座っているようだ。

ステージの中央には既にヴァイオリンを構えた少女がいる。薄いピンクのワンピースが良く似合う。金髪と同色の首のペンダントがエレガントだ。思慮深そうな緑の瞳の、かなりの美少女だ。

「私の大親友です。古典音楽のグループ“ジュピター”のルネ」

曲は、いきなり始まった。リズミカルで繊細で・・・哀切極まる音楽。

「チャルダッシュ」

チハヤがつぶやくと、メガネの少年がにっこりと微笑む。

素晴らしい演奏だからだろう。蝶と小鳥のマテリアも大人しく聴いている。

美しいメロディーに陶然とした。その間に楽器を持たない女性がマイクを握って舞台に転移してきた。

「彼女もお友達。後で紹介するね。リュシェンヌ」

「楽しみだわ」

「みんな生き物が好きだから喜ぶなぁ」

ヨハネスは2体のマテリアを興味深々の表情で見つめた。

「小鳥ちゃんがローズ。蝶々がシルフィよ。大人しいでしょ?」

マテリア達もヨハネスを気に入ったようだ。

「キュキュ?」

「ニュニュ?」

「この子達、普通の生き物ちゃん?それとも・・・」

「うん。マテリアなのよ。私のボディガードかなぁ」

「素敵。それなら本当は言葉がわかるんだね?」

「たぶん、わかってるはずよ」

音程を合わせて次の曲がはじまった。

「碧の袖の貴婦人の歌ね」

ヨハネスはにっこり笑って頷いた。

「素敵ね」

「私も大好きです」

透き通るように伸びやかなソプラノで唄われる古典的なバラッドが終わると、また二人の少女が登壇した。

一人はストレージから美しい漆黒のピアノを手品のように取り出した。気品ある純白のパンツスーツ姿だ。猫耳が愛らしい。

もう一人はエレキギター。ショートヘアの端正な少女だ。漆黒のスラックスにグレーのチュニック。

「リチアとマヌエラ」

「みんな素敵だわ」

「これでフルメンバーです。楽しんでください」

海のジプシーの歌、夏の名残のバラの歌、昔々の12月の歌、静物の歌など様々なレパートリーを10曲ほど唄ってミニコンサートは終わった。最後に客席にいた全員にメンバーから飲み物をサービスされるサプライズがあった。ストレージから取り出されたチャイは、各席のひじ掛けの前の小テーブルに現れた。それはまだ充分に温かかった。観客はそれぞれのデバイスから素晴らしい演奏に対してチップをはずんだ。

「どう?」

「素敵だったわ。古い楽曲を新しく蘇らせたのね。私もマザーの古い音楽のデータを聴いているの。美しい音楽はいつまでも残るのね」

「あなたも古い音楽好きなんですね?それなら率直な感想を教えて下さい」

「良いのかしら?私なんかが」

「もちろん。異国の方の感想を聞きたいです」

チハヤは少し考えてから答えた。

「まずヴァイオリンの方。彼女がヴァイオリンを好きなのは間違い無いわ。でも、それだけじゃない。ヴァイオリンが彼女を愛しているのね。どんな時も彼女が弾けばヴァイオリンは最高の音を奏でてくれるはずだわ」

ヨハネスは悪戯っぽい表情で聞いている。

「次にヴォーカルの方。プロに良くいる、曲ではなくて自分を表現しようという歌では無いわね。曲そのものが生まれた時のフレッシュな感動が、あの方の歌にはあるわ」

「ピアノとギターは?」

「ピアノが鳴ると空から天女が舞いながら降りてくるようだった。ソロも聴いてみたいわ」

「うんうん」

「そしてどんな曲も優しく包んでしまうようなギター。音のタッチがとても洗練されていてエレガントだったわ。私は大好き」

「嬉しい!」

薄々は分かっていたのだが、転移してきた4人はチハヤの真後ろに立っていた。それぞれが笑顔で、とても嬉しそうだ。

「あなたに聴いて戴いて良かった」

「率直に嬉しいわね」

「さすがヨハネスのお友達ね」

どうやら、みんなチハヤを気に入ってくれたらしい。頬を染めたチハヤが、本当に楽しんだことが分かったからだろう。改めてヨハネスが全員を紹介してくれる。

「ね。私たち9アルから打ち上げするの。あなたも来ない?」

「え?お邪魔じゃないかしら・・・」

「全然、この5人だけの気軽な打ち上げだもん。あなたをご招待したいわ」

「マリーのパティスリーを閉店後に借り切ってやるのよ。料理も手料理。みんな未成年だし、お酒抜き。商売も抜き。楽しいわよ?」

「9アル・・・行けそうだわ・・・じゃぁ、お邪魔じゃなければ・・・」

「大歓迎よ。人数は多いほうが楽しいし。異国のお話も聞きたいわ」

「じゃ決まりだ。ボクは帰ってバイトと準備!」

「ここで一旦解散かな?」

「賛成!」


一方、リュトは記憶に従ってオッダンタプリの裏道を歩いていた。

果物店やカフェなどが並ぶ通りにあるのは間口の狭い店舗だった。看板には『ヴァズラチャーリア書店』とある。扉を開けると中は広い。そこここに、うずたかく本が積み上げられている。

「こんにちわ」

若いが賢そうな男が振り向いた。

「・・・リュト?」

「こんにちわ。ヴァズラチャーリア」

「ようこそ。久しぶりだねぇ」

「ちょっと仕事で滞在することになったんだ」

「そうなんだ。今日はどうして?」

「ちょっと知恵を借りようと思ってね」

「・・・じゃ昔の仲間を集めようか?」

「うん。頼むよ。子供を探しているんだ。みんなの意見も聞きたい」

店主はぼんやりと本棚の上の方をみていたが。

「じゃ、今晩、ここで話さないか?」

「2階だね?ありがたい。ちょっと所用もあるので・・・9アルくらいなら大丈夫なんだけど・・・何だったら明日以降でも良いんだけど」

「大丈夫大丈夫。夕食の後、みんなで集まろう」

「ありがとう。せっかくだから、新しい本を売ってもらおうかな?久しぶりだし、グプタの本はサリナスでは高価だからね」

「じゃ何かあったら呼んでくれるかい?暇なようで仕事は多いからね」

「うん。ありがとう」

背の高い本棚や積み上げた書籍を漁って、グプタ考古学関連の新しい書籍と雑誌、文明学関連の書籍など合わせて20冊ほど選び、定価に10%ほど上乗せして支払った。

「定価で良いのに・・・」

「いや、これからもお世話になるからね」

「・・・まぁ良いか。君はお金持ちだし」

「ふふ」

久闊を叙して別れ、商店街をひやかしながらホテルに戻った。街路樹に生った美味しそうなマンゴーが目にとまる。木陰は風も涼しく感じる。1日経って慣れてきたからだろう。


ホテルでゆったりとバスを使い、個室で寝転んで本を読む。中々面白い研究が行われているようで、グプタの学界は活気があると分かる。居間に移ってルームサービスのチャイを飲みながら、デバイスでグプタローカルのデータを調べる。ララノア王女と同じ位の年齢と思われる、子供たちの様々なコンクールでの受賞記録を調べる。ピアノ、絵画、作文、様々なスポーツ。

少なくとも分かる範囲では、ララノア王女の名前は無い。まぁ、あればローカルでも直ぐに世界的ニュースになったはずなので予想の範囲内ではあるのだが。

そして受賞写真のあるものの中には、ララノア王女と思われる特徴の子供はいなかった。

つまり、もしもこの中に王女がいたとして、彼女は外見も偽装されていたことになる。

もちろん密かに生活していたのならば、こういったコンクールなどには参加しないだろう。しかしそうして隠してきた子供を今度は大学に進学させたわけだ。なかなか興味深い。大学に入った、ということは、実は王女は名乗り出る準備を始めたのかも知れない。それならば、接触は順調に行えるかもしれない。

とにかく王女に接触できる可能性を試してみよう。


しばらくすると居間のドアが開いた。

「ただいまです!」

「おかえりなさい」

「リュトさん、私お友達ができました!はい、これはお土産です」

抱えてきたバスケットには完熟したトマトが入っている。

「これは見事だねぇ。でもグプタで、この季節にトマト?」

「農学部の売店にあったんです。美味しそうでしょ?」

「嬉しいねぇ。でも今晩はお呼ばれだから・・・冷蔵庫に冷やしておこう」

「ですね」

「で、どんなお友達?ボーイフレンド?それともララノア王女とか?」

「全然違います。聞いて驚かないで下さいね?」

「がんばる」

「そんなとこで頑張らないで!実はねパティスリーのギャルソンさん、大学の学生さんだったの!」

「ふむふむ」

「むー」

「いやいや、真面目に聞いてるけど・・・」

「はいはい。でね、彼と、彼の友達4人、合わせて5人もいっぺんに!お友達ができたの!何と異国の大学生とお友達に!素敵でしょ?」

「確かに素晴らしい!その調子で依頼の件もホイホイって片付けてよ」

「うーーーーん。真面目に聞いてませんね!」

「違う違う。ホントに良いことだよ。そうか。人脈を依頼の解決に利用するわけ?」

「むーーーー」

「うーーーーん。だってさ、とりあえず仕事でしょ?」

仏頂面のチハヤは、しばらく返事をしなかった。しかしリュトが時計を見つめ、そろそろ教授との約束の時間であることを示唆すると、ため息をついた。

「全員、王女よりは年上なんですけれどね。一番若いのがギャルソンのヨハネスさんで15歳。でも全員10代なんですよ。きっと王女を探すヒントにはなると思うんです」

「実はね、旅人のギルドに調査依頼が来たとき、ボクが選ばれたのも、そこなんだよ」

「えぇ?・・・ひょっとして私がお供してるのも?」

「うん。まぁ、後でその辺は話すことになるけど・・・」

「ふーーーーん。まぁ、良いわ。まずお食事に行きましょう。お呼ばれですもんね」

「うん。ボクはその後、約束ができちゃったけど・・・」

「実は私もです。奇遇ですね」

「それは良かった。んじゃお食事の後は自由行動ってことにしよう」

「はい!」


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