第1章 亡国の王女と光速の織天使 その10
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サイコパス。
私の研究テーマを知ったリュトさんは。
「う~ん。チハヤ、さすがだね」
という何ともな感想でした。
まぁ、教授も。
「本気?」
だったし。しかたないよね。
でも人間とは何ぞやという問題を突き詰めるとサイコパスという謎に満ちた存在を無視することはできないの。
なぜサイコパスは他人に対する共感が無いのか?
なぜ自己の行動に責任感が無いのか?
サイコパスの本質はこの2点に集約されるの。
そう。実はサイコパスって何処にでもいる。
責任感の無い役人や政治家。
責任感の無い医者。
子供を虐待する親。
貧乏人に思いやりの無い金持ち。
一般人を虫のように考えている貴族、王族。
従業員を奴隷と心得ている経営者。
他人を犠牲にできるビジネスマン。
生徒を家畜のように考えている教師。
彼らはサイコパスの可能性が充分にある。
そう、シリアルキラーだけがサイコパスじゃない。
まぁ、今の、この世界ではシリアルキラーはすぐに捕まってしまうから被害は大きくはならない。
時間魔法で再現するから嘘はつけないし、捕まれば言い逃れはできない。必ず有罪になるだろう。
特にサリナスやヴァイエラではそうだ。
でもシリアルキラーじゃないサイコパスは、捕まらずに社会の中で被害者を増やしているに違いない。
そうそう、サイコパスの詐欺師だっているし。
彼らは責任感が無いし、共感という心の機能が欠けているから、ある意味、詐欺師は向いてる。
向いてるっても何の価値も無いけど。
でもサイコパスを診察してる心理学者や犯罪捜査官がサイコパスの場合だってあるのだ。
サイコパスが軍の指揮官や犯罪者を追い詰める検察官だった場合、とても有能に見えてその世界では高く評価されることもあるだろう。
冒険者も魔導師もサイコパスであることを隠蔽するのに都合が良い職業だ。
人族に敵対する獣や魔獣や妖獣をどのように残酷に殺しても罰する法は無いからだ。
サイコパスは賢い場合が多いから、政治家だって学者だってあり得る。でも彼らは、あるいは彼女らは、その無慈悲さと無神経さで周囲の人々を傷つけ続け、その被害者を増やし続けるのだ。
政治家だった場合には一般の国民の苦しみに無神経であることが目立つかもしれないけれど。
ある程度の教育を受けたサイコパスは自分がサイコパスであることを巧妙に隠すこともできる。
でも彼らが周囲の人間を傷つけないことは滅多にないし、殆どの場合、いずれボロが出る。
彼らは彼らの人生が成功しており、周囲に彼らより上位の存在が無い場合には大層上手く自己の異常性を隠すことができる。
しかしいずれは自分より上位の存在と関係性を持つものだし、そんなに順風満帆な人生なんて無い。
どんなに賢いサイコパスもいずれは失敗する。と思いたい。
それでもサイコパスがサイコパスと認定されても、目立った犯罪を犯さなければ罰されることは無いし、普通は人事評価の特記事項に少しの記入が為されるだけだ。
私が歴史心理学を専攻して、様々な記録に残ったサイコパスの痕跡を読み解こうと思ったのは数年前のおぞましい戦争が原因だ。
その戦争も東の軍事大国であるヘルヴィティア帝国が加害者だった。
そして恐ろしい程の人数の民間人が殺された。
それは民間人が巻き添えになることを見越しての軍事行動だったと言って良い。
私はあの戦争の立案者、そして複数の指揮官はサイコパスだっただろうと確信している。
同様に、リヒテル壊滅の悲劇もサイコパスが絡んでいるに違いないと思う。
オッダンタプリの大学図書館には、サイコパスに関する貴重な文献はもとより、様々な戦争に関する資料も揃っていた。だから今回の依頼は私にとってはなかなか実り多いものになった。
けれども肝心のリヒターの王女様はかいもく姿を見せてくれなかった。
だから私はお友達になってくれたジュピターの面々との楽しい学園生活を満喫していた。
勉強もサークル活動も楽しかった。
その日、降り出した雨の中、リュトさんがビークルで迎えに来てくれた時も有り難い気持ちが優っていた。
彼がT1をあのちょっとした広場に停めるまでは。
「チハヤはじっとしていて」
リュトさんは小さくつぶやくと一人で降りてしまった。もう女性形になっている。そして私はビークルごと、シールドに包まれていた。
「何?どうしたの?」
「そのまま待っていて」
念話が返ってきた。そして私にも分かった。この間よりずっと多い人数がT1を囲んでいたのだ。
シルフィアーナは妖精形態に、ラストローズはワシミミズクになっている。
「安心して。私たちもシールドを張っている。今回はあなたはそのままで大丈夫」
シルフィアーナの念話。美しい曲線で作られたこのクルマは完全にシールドでロックされている。恐らく一般の人々がケガしないように外側にもシールドがあるのだろう。でも私はレトを召喚しておいた。
もう雨が盛大に降っている。風も凄い。けれどリュトさん、いいえ、リュティアーナには風も雨もあたっていない。もう物理でも魔導でも攻撃はできないだろう。
「女。また会えたな」
敵の偉そうな人の念話。
「早く帰った方が良い。あなた達には何もできない。人は学ぶべき」
リュティアーナの自信に満ちた念話。リュトさんと全然違う。そう言えば衣服も変わってるけど。リュティアーナの好みなのね。たぶん。長い袖が可愛らしい。リュトさんの時は腕まくりしてるもんね。髪も伸びてる。ふわふわね。
一見少女にしか見えない。けれど堂々と異形の集団の中に歩いて行く。物凄い嵐になってるのに。でも全然平気みたいだ。まぁ銃弾の雨でも平気なはずだけど。ただ魔導はリフレクトしちゃうし物理は無効なはずだけど、普通は攻撃できないんじゃ無いかな?完全防御の場合は。
ふいにリュティアーナの胸元が輝きだした。三日月のペンダントが光ってる。忘れてたわ。リュトさんのデバイス。クレセントムーン。リュティアーナの握りしめた小さな右手の中で大きくなって・・・輝く弓になった。
弦も矢も無い魔導の弓。天空の女神ディオーネーの神器。
「2度も我らの仕事を邪魔させるわけにいかんのだ。見せしめのためにも終わってもらう」
あちらも自信たっぷり。こわいわ。




