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8.プレイヤー名は熟考派なんだけど

 



「ねえ、これからどうするの?結局、根本的な問題は解決していないんだし」


「大丈夫だ。いいから黙って付いて来いよ」


 あれから、私はアルフレドの出した条件に二つ返事で飛びつくように返答した。

 この機会を逃したら、もう気が変わってしまうかも知れないと思って。

 でも、取り立て屋が認めてくれるんだろうか。

 アルフレドだって無理だって言ってたのに何か考えがあるのかな?


 そしてそのままアルフレドは私に出掛ける準備をするように言い、家を出てひたすら歩いているのだった。

 いや、むしろ走っているというような速さだ。

 そんなに急がないとまずいのかな。

 でも、どこに行くのかくらい教えてくれても良いのに。

 しばらくして、アルフレドが立ち止まったのは街の商店街の入り口だった。


「あー、やべ。あいつが後ろにいるの忘れて、いつも通りの速さで走っちまった。どっか途中ではぐれてるだろうから、戻んなきゃなんねえか……」


 立ち止まったアルフレドは独り言のようにぶつぶつと何か呟いていた。

 そして急に踵を返したアルフレドは振り向いた自分の後ろに私の姿を見つけた瞬間、ぎょっとした表情をした。

 しかも、私から遠ざかるように半歩身を引いたのだ。


「な、なんでお前ここにいるんだよ!?」


「はい?あなたが黙って付いて来いって言うからそうしたんじゃない


「ありえねえ。あのスピードに付いて来られるなんて女じゃない……体力の化物だ……」


「失礼な!私、体力はある方なだけよ!」


 初めはゆっくりと歩いていたアルフレドは、だんだんと歩くスピードが速くなり途中からほとんど走っていた。

 しかも、整備された道じゃなくて獣道みたいなところを通るから走るのも結構大変で頑張ってついて行ったのにそんな言われようって……。


 カルバート家の屋敷は集落から離れた山の上に存在する。

 何でこんなへんぴなところに建てたんだろう。

 街まで出るのにも普通に歩いていたら1時間くらいかかる。

 でも、今はまだ10分くらいしかたっていないんじゃないだろうか。

 こんな近道もあったのね。


 アルフレドは未だにありえない、人間じゃないとか呟いているけど、気にするのはやめた。

 せっかく急いできたんだから、ここで時間をつぶすのはもったいない。

 何処に行くかは分からないけれど、とりあえず商店街に足を踏み入れた。





「おい、着いたぞ。ここだ」


「え、ここって……」


 しばらく歩き、ある店の前で足を止めた。

 隣に並ぶ店並みと同調している様で、それでいて異質な雰囲気もわずかに醸し出しているような不思議な店だった。

 私は普段は街を気軽に歩いたりしないから、ここに来たのは初めてだった。

 でも、この店には見覚えがある。

 それは前世の記憶の中のゲームの中で。この店は「きみおと」を進める上で避けては通れない必要不可欠なところだった。


「ちょ、ちょっと待って!この店で何するつもり?私、お金なんて持ってないんだけど」


「は?んなこと分かりきってるに決まってんだろ。お前は今日、ここで新しく妖精使い登録をするんだよ。庶民としてな」


「え?まだ、一応は貴族なんだけど……」


 平然とそう言うアルフレドの言葉に反論するも、もはや貴族のような生活なんて微塵もしていない私は自信なくそう言った。

 そう、この店はゲームを始めて初期段階で訪れる妖精使い登録の場、もといプレイヤー登録の場なのだった。

 このゲームの主人公は庶民出身であるので、この店を利用する。

 どんなゲームでも大体はあるチュートリアルをここで行い、その後は召喚石などを購入したりする場所となる。

 ゲーム内ではショップと呼んでいた。

 私、カルバート・クラリスは貴族でもあり、王子の婚約者でもあったためここではなくて別のルートで登録したから、この世界に来てからここに来るのは初めてだった。


「そんな身分を偽るようなことできるの?それに、もし登録できたとしても、取り立て屋は納得するかな?」


「登録は偽名ですることも多いし大丈夫だろう。取り立て屋は、まあ納得はしないだろうな」


「そんなあっさり……。じゃあ、どうするの?」


「逃げる。屋敷に戻らなければ良いだけの話だ。一回、賞金稼いできて金を渡したらあいつらも文句は言わないだろう」


 アルフレドがにやりと笑う。

 なんて悪そうな顔なんだろう。

 それでも……と私が決断を渋っていると、アルフレドは面倒くさそうにため息をついた。


「お前さ、なに改心したのか知んねえけど、全部素直にくそ真面目にやるだけが正しいわけじゃねえんだぜ。昔のお前もそれが分かってたみたいだし嫌いじゃなかった。まあ、やり過ぎは良いとは思えないけどな。ほら、早くしろよ」


 そう言って、アルフレドは私に手を差し出す。

 私は考える前に引き寄せられるようにその手に手を重ねていた。


 もう、こうなったら腹をくくるしかない。

 私は店の扉を開いてチュートリアルが始まるであろうその場所に足を踏み入れた。


「いらっしゃいませー。本日はどういったご用件ですか?」


 店で私たちを向かい入れたのは、何とも変わった風貌の店員だった。

 全身、上から下まで黒い服装でその上からこれまた黒いローブを羽織っている。

 髪色も黒く、部屋の中だと言うのにサングラスまでかけている。

 もしかして黒ずくめの、お酒の名前がコードネームのあの人達の一人……なんてことはなさそうだけど。

 そんな黒にまみれた服装をしているのに不思議と暗い感じはせず、気さくな雰囲気を醸し出していた。


「こいつの妖精使い登録を頼む」


「わあ、お嬢さん。今日は新しい人生を踏み出す一日なんですね。こちらへどうぞ。ご案内いたします」


 私が返事をする前に後ろからアルフレドがそう返事をする。

 それを聞いた店員はニコリと人の良い笑みを浮かべて私たちを店の奥へと導いた。

 その道すがら、アルフレドが小さく私に耳打ちする。


「いいか、お前は今日初めて妖精使いになる庶民だ。面倒になるようなこと言うんじゃねえぞ」

「うん、分かったわ。気を付ける」


 私は今から説明されて初めて色んな事を知っていくっていう設定だ。

 ここでやったことあるような態度取ったら怪しまれちゃいそうだから気を付けないと。

 それに、この世界ではチュートリアル飛ばした別ルートで妖精使いになっちゃったから、一回は経験してみたかったんだよね。

 うーん、前世の記憶が戻ったって言ってもチュートリアルをプレイしたのも随分前のことだし、どんな流れだったか忘れちゃったなあ。

 まあ、新鮮気持ちで出来るから逆にそっちの方がいいかな。


「さて、早速手続きをしていきましょうか。僕は担当させていただきます、デニスです。あなたのお名前は?」


「よろしくお願いします。私はク……」


「おい……」


 名前を言おうとしたら横にいたアルフレドに肘で小突かれた。呆れた顔をしている。

 あ、そうだった。

 ここで自分の本名言っちゃ駄目だった。

 危うく早々に自爆するところだった。

 えー、でもどうしよう。私、名前決めるのすごい苦手で毎回ゲームのプレイヤー名登録の時に小一時間悩んじゃうんだよね。

 早く始めたいのにいっつもそこで時間取られちゃってたし。店員、もといデニスとアルフレドの視線を感じる。早く決めなくては……!


「え、えーと、く……くりたろーです!」


 なんとかひねり出した。

 というか、こんな名前しか出てこなかった。

 これは前世で当時、小さい子達の間で大流行していたアニメのキャラクターの名前だ。

 いがぐりから生まれた3兄弟が主人公の笑いあり、涙ありのハートフルコメディだ。

 ちなみに次男がくりじろーで三男がくりざぶろーだ。


 そんな懐かしのアニメを思い出していたら、その場は静まりかえっていた。

 え?駄目な名前とかあるの?著作権違反とか?


「……ふっ、あははははは!何だよその名前。お前、センスなさ過ぎるだろう!」


「とても変わった、いえユニークな、いえ……とても素敵なお名前ですね。偽名で登録される方もいらっしゃいますし、どんな名前でも大丈夫ですよ」


 そんな沈黙を破って、アルフレドは堰を切ったように笑い出した。

 センスがないとか、くりたろーの創造者に失礼だから!

 いや、私がここでチョイスしたのがセンスないってことなのかな?

 デニスはさすがのプロの接客で笑ってはいないが、動揺しているのか言葉選びに迷っているみたいだった。


 いいの!これはそ……そう!そういう作戦なんだよ!

 この名前にしておけば誰もあのクラリスだって意外すぎて気がつかないだろうからね。

 そうそう、作戦ってことにしておこう。

 私は未だに笑いが収まらないアルフレドを無視して、そんな風に開き直った。


「では、“くりたろー”で入力いたします。特別な場合以外は変更出来ませんがよろしいですか?任意で誕生日などの情報も入力できますので、ご希望がある場合は私におっしゃってください」


「はい、大丈夫です」


 デニスは大きなタンスの様な物にはめ込まれたパネルを操作すると、その引き出しから腕輪を一つ取り出し、私に渡した。

 幅3,4センチほどのそれには4つの丸い窪みがある。これは言わば妖精使いとしての証だった。

 懐かしいな。またこれを付けられるときが来るなんてテンション上がるわ!


「これで登録は終了です。妖精使いとしてこれからどうしていくか、説明を聞いていきますか?」


「聞いていきます!」


 私は立場も忘れて勢いよく返事をした。




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