2.その後の悪役令嬢
青い空、白い雲。
周りに広がる大自然。
そんな清々しい場所にこの屋敷は建っている。
……逆にそれ以外に建物がないともいえるんだけれど。
ライアン王子から婚約破棄を言い渡された私、令嬢クラリスはそんな辺境の地に追いやられていた。
と言っても、私の生まれ育った実家なんだけどね。
ライアン王子の婚約者であった頃のクラリスを知っている人だったら誰しもあのクラリスがそんなところで大人しくしているはずがないと思うところだろうけど……私は大人しくしておりました。
それどころか、この生活を存分に満喫しちゃってます。
だって私、思い出しちゃったんだもん。
何をって?
前世の記憶を。
そして、ここがゲームの中の世界だと言うことを。
ライアン王子に婚約破棄され、失意の中、手首を切ったあの日、あの時、私はあまりの痛さに記憶を取り戻したようだった。
そして私は、私自身が前世にプレイしていた乙女ゲームの登場人物であることを思い出した。
しかも、ヒロインを虐める悪役の令嬢だったことを。
自分がしてきたことを思い出して、ライアン王子に断罪されたことを思い出して、そして、前世でプレイしてきた数々の乙女ゲームのストーリーを思い出して、私はああ叫ばずにはいられなかったのだ。
「これって、悪役令嬢のテンプレ婚約破棄やないかーーーーーーい!!!」って。
唐突にエセ関西弁が出ちゃうのも仕方ないって。
でも、そう叫んだおかげで何事かと部屋の様子を見に来た使用人によって私は発見されて何とか一命を取り留めた。
本当に心から思った、自然と口から出てしまった魂の叫びだったから届いたのかもしれない。
いやー、でも良かった。助かって。
私の人生最後の言葉があれだったら悲惨すぎる。もはや笑い話だ。
……でも、真面目な話、私は本当に助かって良かったのだろうか。
ライアン王子の婚約者だった頃の私は、平気で人を傷つけたり蔑んだりしていた。
少しの失敗で使用人をクビにしたり、学園の生徒を権力を使って退学にしたりした。
それどころか、自分の気に入らない者や邪魔な者を陥れて排除したりしていた。
婚約破棄された当日だって、昼食時に食堂でヒロインに毒薬を盛る計画もしていた。
そんな人間は罰を受けるべきだったと私は思う。
今の自分とは別のゲームの登場人物のクラリスがやったことだから関係のないことだろうと、転生もののネット小説も読みあさっていた前世の私が客観的に見たら思うかもしれない。
だけど、あれも紛れもない私自身だ。
前世の記憶を取り戻した今でこそ、そんな行動や思考は間違っていると分かるけど、記憶を取り戻す前は私自身がそう考えていた。
過ごしている環境が違えば、思考も性格も変わってしまうのだろう。
……いや、やっぱり助かって良かった。
あのままあそこでこの世界から退場していても、被害者は多少はせいせいするだろうけどそれだけだ。
状況は何も変わらない。
それよりも、私が人生をかけて罪滅ぼしをした方がよっぽど良い。
謝罪なんて自己満足以外の何物でもないから、影ながら被害者達にお詫びをしていこう。
よし!そうと決まればもう暗い思考は終わり!
これからは皆が幸せになれるようにまずは自分から楽しく過ごしていかなくちゃ。
前世でも明るさだけが取り柄って言われてたからね。
それに、ここは私の大好きだったゲームの中。
全部終わったらあれをもう一回やるくらいは許してもらえるかな、なんて……
このときの私はそんな楽観的なことを考えていたのだった。