頑張って探すことにした
まあとにかく、遺書に従うと、アタシはこの場所に自転車を止めなければならない。
しかも、次にコイツを迎えにくるのは、止めた本人のアタシではなく家族の誰かである筈だから、できるだけ判りやすい場所に置かなければ、見つけて貰えない可能性がある。
それはどう考えてもコイツが可哀想だ。
とはいえ…判りやすい場所どころか、現時点では空きスペース自体が見当たらないんだが。
ぐるぐるぐるぐる。
アタシは自転車を押しながら、空きスペースを捜して歩く。
何だか怪しいがそこは仕方あるまい。
ここに止められなければ、アタシは遺書を書き直さねばならない。
しかも修正箇所が見て判るのは明らかにみっともないので、直すならその一文の書かれた一枚まるまるだ。
ぶっちゃけ、それはめんどくさい(爆)
仕方なく、適当な隙間に自転車を無理矢理割り込ませる。
あ。
がしゃん
がしゃん
がしゃん
がしゃん
がしゃん
(以下略)
自転車置場に、騒がしいが妙に虚しい音が響きわたった。
あーもう。
アタシが割り込ませたスペースの両隣では、見事な将棋倒しが起こっていた。
仕方ない。
こうなったら、コイツらを立て直すついでに隙間を詰めていって、アタシの為のスペースを確保してやろうではないか。
ここでコイツらが倒れたのは、そうせよとの啓示に違いあるまい。
アタシの自殺への道は明るく照らし出されている。
無駄にポジティブな解釈をしながら、アタシは、アタシが倒した他人の自転車を、ひとつずつ直してゆく。
よっこらせ。
そうしながら、
『コレやるよか、潔く遺書書き直した方が、結果としてはめんどくさくなかったんじゃねえの』
という、心の片隅での呟きを、アタシは無視することにした(爆)
ようやく、目的の場所に自転車を止め、鍵をかけながら、アタシは心の中で呟く。
ねぇ。
アンタはずいぶん長いこと、アタシと一緒にいたね。
北海道だから冬場は雪に埋もれながら、でも春になれば整備をしてもらって、雪のない間は、出勤やちょっとした外出なら、いつも一緒に出掛けたね。
晴れの日も雨の日も、アタシを行きたい場所に連れていってくれてありがとう。
こんな場所に置いていってごめんね。
でもきっと家には帰れるから。
それまで待ってて。
さよなら。
アタシの自転車。
切ない気持ちがこみ上げてくるのを感じながら、アタシは自転車置場をあとにする。
どうか家族が、コイツをうまく見つけてくれることを祈りながら。
アタシは、駅の入口をくぐった。
・・・
海が見たいという想いに深い意味なんかない。
乗車券の販売機の前に佇み、アタシは己が行き先と料金を確認する。
ラッシュ時間ならば迷惑極まりない行為だが、今は空いてる時間だ。
うーん…。
今の手持ちの金額で行ける海は…と。
てゆーか。
どうせ今日で人生終わりなんだから、銀行口座の中のわずかな全財産パァーッとおろして遠くに行くとかいう手段があった筈なんだが。
そこらへん考えが及ぶくらいなら、自殺考えるほど追い込まれてない気がするので、ココつっこむのはやめておこう(爆)
とにかく。
財布との相談がまとまった場所までの切符を、アタシは券売機で購入し、二度と戻らない(筈の)運命のゲートをくぐった。
☆☆☆
…ぶっちゃけ北海道の海はあんまり綺麗じゃない。
観光用でもシーズンでもない砂浜には、それでもあちこちゴミが落ちてるし、打ち上げられたホンダワラには、ぴょんぴょん跳ねる虫がたかっている。
ふと見れば、海岸を散歩するオヤジが連れている犬が、こころゆくまで思いのままに排泄していたり、もっと向こうでは制服着た女子高生が、何やらラッパ的な楽器を練習しているが、危うく耳を傾けたら砂につまづくくらい下っ手くそだったりして、思わず、
『まったく、これじゃムードもへったくれもないもんだ。残念だったね』
と、砂の上に虚しく佇むデカいボートの陰でさっきから寄り添って座ってる若いカップルに、アタシは同情した(爆)
やつらにアタシの心の声が聞こえていたなら、きっと
『今のオマエにだけは言われたくない』
とでも言われていただろうが、そんなん知ったことじゃない。
少し人目があるのが気にはなったが、夏場は海の家になっているであろう建物の前に、アタシは腰を下ろした。
潮の香りは、割と好きだ。