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33. 一宿一飯

 食事を終え、各々が身支度を整えた後に、玄関へと集合と相成った。

 この城も、たった二日しかいなかった筈なのに、随分と長い時間を過ごした気さえする。

 たった一週間留守にするだけなのに、とても感慨深いものがあるのだ。

 どうせ荷物など、大して持ってはいない。

 ひとまず、それぞれに挨拶して廻って、それから回収しに行けばいい。


 すぐに厨房へと辿り着き、扉を開けて中に入る。

 丁度、朝の賄いの最中だった様で、自然と集まってくる視線。

 ドノヴァスは、スッと立ち上がると、こちらへとやって来た。


「これは、アルト殿。負傷なされたと伺いましたが、お加減はもうよろしいのですか?」


 やはり──、皆、周知の事実だったのだろう。

 末恐ろしい、使用人達のネットワーク。


「ええ。お蔭様で、なんて事は無いですよ。それで……、実は、急遽旅に出る事になりまして。とは言っても、一週間程らしいんですけどね。その関係で、レシピの代筆はあいリンにお願いする事になったので、その報告も兼ねて」


 さっき決まった、今後の予定をドノヴァスにも伝える。

 お願いしていた、代筆の断りも兼ねて。

 短い間とは言え、それなり以上にお世話になった相手なのだから、先立って知らせるのは当然だろう。


「何とッ! それはまた、急ですな──」


「アルトの坊や、それ、本当かいッ!? 何時さ? 何でだよ──」


 ドノヴァスとの会話を耳にして、座っていた椅子をガタッと後ろに倒しながら、ジリジリとアマンダが詰め寄って来た。

 更には、両肩を掴まれて、力の限り揺さぶられながら、問い詰められる。

 その顔は物凄い剣幕で、今にも食って掛からんばかりの勢いだった。


「い、いや……、アロンのヤツが突然さあ。今すぐに、ハルピュイアの討伐に行くって、言い出したんだよね」


 口を突いて出たのは、どこか言い訳臭い台詞。

 ちょっとアマンダの顔が怖くて、直視出来なかったのもある。


「そんな……。戻って……、来るんだよね?」


「そのつもりだけど? 別に、行くとこがある訳じゃ無いし」


 急にしおらしくなり、アマンダの肩を掴む手の力も弱くなった。

 そんなに深く関わり合いを持った訳でも無いのに、やけに食い付いてくるその姿勢に、若干の違和感を感じながら。

 まあ、この世界におけるアルトの立ち位置は、現実として根無し草な存在なのだから、二度と帰らないと断言するのも違うだろう。


「必ず、戻って来なッ! 約束だよッ! アンタの料理、まだ全然拝んじゃあいないんだから、ね!」


 アマンダの目的はレシピであり、調理技術だったらしい。

 抜け目がないと言うか、なんと言うか。


「あー、はいはい。エリックさん、カミラさん、ローマンさんも、頑張って下さいね。では、皆さんまた」


「「「は、はいッ!」」」


「行ってらっしゃいませ、アルト殿」


 アマンダには、適当に手をひらひらと振る。

 テーブルに着いたままの他の面々にも声を掛け、最後にドノヴァスには頭を下げた。

 そのまま踵を返すと、お世話になった厨房を後にした。


 その足で、廊下をうろちょろと彷徨い歩き、次なる人物を探し求めて方々を見回すも、その姿は中々捉える事が出来ない。


「エリシャは……、いないのかな?」


 何時もなら、呼んでもいないのにひょっこりと姿を現すエリシャは、結局見付けられず終い。

 最後の最後でタイミングが噛み合わない物だな、と思いながら、時間も無いので諦めて自室へと戻る。


 とは言え、主要な荷物なんて着替えと包丁だけ。

 後は王都から持ち運んだ背嚢の中身だが、正直、こんなに大量の荷物を持ち歩いて平気なのかは分からない。

 足手纒いだけは避けたい所なので、極力軽装にはしたいのだ。


「うーーん……。キャンプじゃあ無いんだから、わっかんないわッ! まあいいや、とりあえず持って行って、要らなかったら処分して貰おう」


 何事も、諦めが肝心なのだ──





 何とか自力で玄関まで辿り着くと、そこには既に見送る側、見送られる側が勢揃いしていた。

 まあ、分かってはいたものの、荷物が多いのはやはり自分だけで。


 アイリは、何時ものバルーン袖の服の上にビスチェの様な胸当て、そしてグリーヴを履き、小さめのボディバッグを背に回している。

 ルディアは、昨夜の軽微な皮鎧と、ガントレットにグリーヴ、そして、背負った大剣のみ。

 アロンに至っては、初めて見た時から一切格好が変わっていない。

 思わず、こいつらはどうやって飯食うつもりなのか、と思ってしまう。

 端から作らせるつもりなのか?


「ごめんごめん、お待たせしました」


「本ッ当に、遅いねぇ」


 開口一番、不満を述べてきたのは、やはりアロンだった。


「何持ってけばいいのか、検討も付かないんだから、しゃーないだろうが!」


 毎度のやり取りとは言え、中々受け流すのは難しい物で。

 つくづく、この男は嫌いだった。

 完全にお互い様、ではあろうが。


「アルトさん、まあまあ落ち着いて。後で、見繕ってあげますね。それじゃあ、行きましょうか? ルディアちゃんも、大丈夫?」


 アイリが仲介に入りその場を諌めると、ルディアにも声を掛け、出発を促した。


「ええ。では、お爺様、大兄様、行って参ります」


 ルディアは、侯爵令嬢に似つかわしくない程に深々と頭を下げ、出立の辞を告げる。

 それは、自身の我が儘を徹す為の物か。

 曇りなき面持ちで、まっすぐと前を見据えていた。


「ルディアよ、くれぐれも達者でな。小僧、アイリ殿、アロンよ、頼んだぞ」


「アルト、妹を任せたよ。必ず、無事に帰って来てくれ。僕も頑張るからさ」


 見送る側もそれぞれに言葉を掛け、いよいよ別れの時が迫る。

 それぞれが、己に託されたものを護り徹せる様に、覚悟を決めて。


「ああ。頑張れよ! じゃあ、お世話になりました」


 僅かに後ろ髪を引かれる思いを抱きつつ、屋敷を後にした──


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