表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/37

29. 招かれざる客

「一体……、敵襲って、何が襲って来たんですか?」


「分かりません。恐らくは……、帝国か、魔獣か」


 一段と顔を顰め、ドノヴァスは答えた。

 こんな夜分に不意に訪れた一報に、一抹の不安が頭を過る。

 帝国か、魔獣か。

 そのドノヴァスの言葉は偉く抽象的だが、何れにせよ、招かれざる客な事には違いない。


「こう言うのって、よくある事なんですか?」


「この地は、王国の最北。帝国領地とは隣り合っていますからな。とは言え、ここ数ヶ月は、ましてやこんな夜分に攻め入られた話など、聞いた事もございません。魔獣も、北西の山脈にはハルピュイアが棲み着いておりますが、襲撃は過去一度も──」


 正直、この国の地理なんて、何一つ分からない。

 思い返せば、王都からここまでの道のりだって、ただ馬車に揺られていただけだ。

 道中の様々ないざこざのせいもあって、どっちの方向に進んで来たのかさえも知らなかったのだから。

 まさか、他国との境界線の側にいただなんて、考えもしなかった。


 それにしても、今度の魔獣はハルピュイアと来たもんだ。

 肩から先が翼の生えた、あの姿が頭に浮かぶ。

 人狼の時もそうだったが、向こうの世界と同じ固有名称を現地人に出されると、不謹慎にも可笑しく思えてしまう。

 ネックレスに付けられた、翻訳機能のせいだろうか。

 まあ、今はそんな事をとやかく言ってる場合では無いって事位は、分かっているが。


「つまりは……、非常事態、って事ですかね?」


「──そうなります」


 避けられない争いが、この先には待ち受けている様だった。


 二人揃って悩ましげな顔をしていると、突然、厨房の扉がバァンと勢いよく開け放たれる。

 音に釣られてそちらを見れば、扉の向こうには、アイリの姿があった。

 風呂上がりなのだろう、若干濡れそぼったままの髪を振り乱しながら、こちらへと駆け寄って来た。


「アルトさんッ!」


「ど、どったの、あいリン?」


「良かったぁ……、無事だったんですね。お部屋にいないから、探しちゃいましたよ──」


 鐘の音を聞いて、探し回ってくれたのか。

 余程の勢いで、駆け付けて来たのだろう。

 アイリは軽く肩で息をしながら、ふぅ、と一息吐く。

 初めて目にした、濡れた子犬のような、何処か儚げなその姿に、思わずどきりとしてしまった。

 ──可愛い過ぎる。


「お、おう。……何があったのか、知ってる?」


「分かりません。でも、アルトさんの無事を確認出来たので、私は外に出て来ますね。あ、アルトさんは城の地下に避難してて下さい。他の人達も、皆そこに行く筈ですので」


「いや、あいリンッ! 俺も……、行くよ」


 戦力としてはアルトなど、一ミリにもならないかもしれない。

 むしろ、ただの足手纒いだろう。

 それでも、ここには戦場へ臨まんとする女の子が、一人。

 目を背けて自分だけ逃げ出す事なんて、出来る筈が無かった。


「ダメですよッ! アルトさんが怪我したらどうするんですか!」


 アルトの決意に対し、アイリからの返答は、固持。

 当たり前の事だろう。

 例え戦力外であっても、アイリにとっては大切な存在なのだから。

 ──それでも退く気は、毛頭無かったが。


「この男は……、私が、守ります」


 その場に響く、新たな声の存在に、一同が目を向けると──、


「──ルったん?」


「ルディアちゃん、……何でここに?」


 そこに佇んでいたのは、身の丈に余る程の大剣を背に備え、先日の甲冑姿とは異なる軽微な防具に身を包んだルディアだった。

 と言うか、あのクレイモアには見覚えがあった。

 余りにもパワフルな動きだったから、てっきり中身は男だとばかり思っていたが、どうやらこの子だったらしい。

 言われてみれば、声は女性だった──、かも。


「べ、別にッ! そ、そんな事はいいでしょう。そう、たまたま、たまたま通り掛かっただけですッ!」


 ルディアは、何故か急にテンパり出す始末。

 その顔は僅かに紅潮し、そっぽを向いて誤魔化している様だった。

 相変わらず、全く以て素直ではない。


「へぇー。まあ、そう言う事にしておいてあげるよ。それなら……、安心かな?」


 僅かに口元を緩めながらアイリは告げると、こちらを見つつ、微笑んで頷いてきた。


「それじゃあ、行こうか! あ、ドノヴァスさんは、ちゃんと隠れてて下さいね?」


「勿論です! 皆様……、ご武運を」


 アイリと揃ってドノヴァスに一礼すると、ルディアを先頭にして駆け出した──





 城外に飛び出すと、辺りは既に漆黒に染まる闇の中で、至る場所に大量に焚かれた篝火が、暗闇の中にゆらゆらと揺らめいていた。


 ぐるりと周囲を見回すと、そこには味方であろう多数の騎士団員の姿があった。

 上空に向けて、弓を番える者がいた。

 杖を持ち、何やら呪文を唱える者もいた。

 地に伏すのは負傷した味方の兵と、既に絶命したのであろう、腕の代わりに翼の生えた人型の姿。

 暗がりの中、上方を仰ぎ見ると、浮かび上がる無数のぼやけた輪郭と、一際大きな火を吐く、見慣れた青竜の姿が僅かに見て取れた。

 どうやら敵は、──ハルピュイア、と言う事らしい。


「スヴェン、報告ッ!」


 ルディアは、近くにいた士官らしく指揮を取る、壮年の男に声を掛ける。


「はッ! 敵はハルピュイアの軍勢、凡そ二百。八半刻程前に北西より襲来し、現在は領城上空を旋回しつつ、散発的に降下を繰り返しております。こちらの損害は、死傷十三、重軽傷、併せ三十二。あちらは、撃墜十八です」


「そうかッ! 皆、よく持ち堪えてくれたッ!」


 ルディアはそう言い放ち、なおも挑む部下達を鼓舞する。


 その報告は、朗報か、はたまた悲報か。

 例えこちらの方が数では勝っていたとしても、向こうには空の有利性がある。

 魔法があるとは言え、銃火器無くして本当に対抗出来る物なのだろうか。

 何れにせよ、まだ九割近くが健在のまま、なおも襲撃に当たっていると言う事実だけは理解出来た。


 新たに戦場へと足を踏み入れた、三人の姿を確認したのだろう。

 アロンはこちらへ近付くと、アイリに目を配らせた。


「おやおや、皆さんお揃いで。随分と、遅いご到着だねぇ。この場にアイリちゃん一人いれば、すぐに片が付くって言うのに、ねぇ」


「──アロンさん、撃墜しつつ、西側に纏めて誘き寄せれますか?」


「お安い御用、だねぇ」


 その場で地に臥せんばかりに体勢を低くして、上空に向けて弓を引き絞りながら、アイリは長く細く息を吐き出した。

 例の──、雷の矢だろうか。

 確かにあれなら、多少時間は掛かっても、こちらが優位に戦局を進められそうだ。

 その言葉を安請け合いしたアロンは、右手でピィイィーー、と抑揚付けながら、長めに指笛を鳴らす。


『キュイィイィィーー』


 鳴き声に釣られて上空に目を向けると、指笛の音色に呼応する様にして、敵の一団と鬩ぎ合って上空を飛翔していたリューズが急制動、その場で翼を大きくはためかせている。

 互いに牽制し合っていた状況から一転、数十からなる塊となったハルピュイア達に対して、まるでブレスを吐くかの様に、口先に浮かべた極光の如き魔方陣から炎を放った。

 それは火炎放射器の如く、弾幕を張るように波打つ帯状の炎で、直撃こそは避けているものの、煽られた炎に翼を掠め焼かれて墜ちるハルピュイアが三匹。

 それ以外は、大幅に陣形を崩されながら、中空に踏み留まっていた。


『キョエェエェェーー』


 その余りにも耳障りな鳴き声と共に、激昂したハルピュイアの一団は、周囲を捲き込みながらリューズに大挙して押し寄せた。

 それはさながら、固定翼を持たない戦闘機同士の、一方的なドッグファイト。

 リューズは巧みに緩やかな上昇と下降を繰り返し、軌道を変えてはロールを挟みつつ体制を整え、はたまたブレイクを織り交ぜて相手を翻弄していた。


 やがてアイリが真っ直ぐ見据える先、人も建物も存在しない西の端にリューズの姿を捉えた瞬間、その可憐な手でキリキリと力強く引き絞った弦を、一息に解き放った。

 ゴオゥ──、と巨大な風切り音と共に、矢のような一条の光が遥か上空へと消えて行った。


「アロンさんッ!」


 その言葉に呼応して、アロンは短く、ピィ、と一際甲高い指笛を鳴らす。

 瞬間、リューズはスライスバックの要領で、急降下しながら斜めに下方宙返りをして、その空域を脱け出した。


「──伏雷(ふすいかづち)


 アイリが言葉を紡ぎ終えるが、先か。

 ほぼ同時にして、矢が消えた遥か上空から、ズドォォン──と、空を引き裂かんばかりに劈く凄まじい雷音と共に、幾条もの無数の稲光が地上へと降り注いだ。


 それは、十や二十では利かない。

 降り頻る雨霰の如く、余りの光量に、昼夜が逆転したような錯覚さえ覚える程に。

 勿論、その数は総数の半分以上にも至るであろう、百匹以上の、中空に羽ばたく全てのハルピュイアを捲き込んで。


「おおお゛お゛おおおおぅッ!!」


「なぁ──、ッ!」


 眼前で起こった凄まじい光景に、ルディアと二人思わず後退り、不意にぶつかった右手をギュウっ、と握り込まれてしまった。

 右手に携えた大剣には余りにも似つかわしくない、ふっくらとした感触が伝わるも、それは一瞬だけ。

 やはり、ルディアの握力は尋常では無かった。

 直ぐ様、右手はぎりぎりと悲鳴を上げて軋み出す。


「おおぅッ! ギブッ、ギブッ、ルったんッ!」


 痛い痛い痛い。

 このままでは、本気で握り潰されてしまう。

 空いた左手でルディアの肩をポンポンと叩き、降参を知らせた。


「あッ、すいません──」


 声を掛けられて初めて、自分の仕出かした事を認識したルディアは、振解くように慌ててその手を離した。

 ようやく解放された手をブンブンと振り、握っては開いて、骨が折れていない事は、一先ず確認出来た。

 未だジンジンと痛む手に、ふうふうと息を吹き掛けるのだった。


「何……、やってるんですか?」


 にこやかに微笑みを作りながらも、そのアイリの目は笑ってはいなかった。

 照準をこちらに向けて、携えた弓をぐっと引き絞る。

 その得も言われぬ威圧に負けて、思わずまた一歩、後退ってしまった。

 その直後、アイリは弓の角度をやや上方に射線を修正して弦を手離すと、眩しい一条の光がアルトの頭上スレスレの位置を、音も風圧も無く、ただ後方へと通過して行った。


 僅かな間を置いて、背後から何か重い物がドサッ、と落ちる音が聞こえた。

 人知れず、背筋がゾクッとする。


「あはははは……、あいリン、カッコいいッ!」


「それ、──別に嬉しくないですよ」


 誉めたつもりが、言葉を誤ってしまった様だ。

 アイリは、プーッ、と頬を膨らまして、半眼でこちらを見ている。


『キュィーィ』


 鳴き声と共に、上空から舞い戻ったリューズが隣に着陸すると、甘えるかのように頬擦りしてきた。

 近付いてくる青い鱗の浮いた皮膚に、軽く身構えてはいたものの、実際に触れると、以外と柔肌な事実が判明した。

 と言うか、普通にスベスベもちもちしているのだ。

 しかも、思わずその頭を撫でると、大層気持ち良さそうに甘い声で鳴いていた。

 小さく、「うー」と唸るアイリが怖い──


「リューズ、そんなのの所に行ってないで、こっちに来てくれないかねぇ。アイリちゃんに、あんな凄いのを見せ付けられたんだから、久しぶりにやってやろうじゃないか」


「アロンさん、お願いしますッ!」


 更に顔が膨らんだアイリが、急かすようにアロンに役割を押し付ける。


「まあ、見てなさいな──」


 近寄って来たリューズの背に跨がったアロンは、意気揚々と漆黒の大空へ飛び立って行った──

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ