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26. Le dîner sous 1 ★

 準備は全て、整った。


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Menu du dîner du jour


#0 vin

“クレマン・ド・ベルギュイヌ ”

#0 pain

“パン・ド・カンパーニュ ”

“ブール・オ・ノア ”

#1 amuse-bouche

" 夏野菜のプレッセ "

" レバームースと黒オリーブのタルティーヌ "

" チェリートマトのファルシ "


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「それにしても、アメリアよ。まこと、久しいのう」


「そうですねぇ。先代様も、お変わりない様で何よりです」


 既にテーブルに着いた各々方の前に給仕されてきた皿は、とても繊細な盛り付けで、甘味を感じる黒胡麻の黒、濃厚な旨味のある人参の赤、爽やかさのある青紫蘇の緑の、三色のソースで彩られていた。

 飾り気の少ない、シンプルなリム皿の縁に沿う様にして、弧を描く様に三品が並べられている。

 中央にあしらうベビーリーフとハーブは、嫌味が出ない最小限に。


 四時方向に、茄子と青トマトをそれぞれ翡翠煮にし、間には薄く伸ばした色鮮やかなビーツのゼリーを交互に挟んで整形して押し固め、冷やして四角く切り出した緑を基調としたプレッセ。

 五時方向には、芳ばしく焼き上げたバゲットの上に、薄っすらとコニャック香る口当たり滑らかなレバームースを添え、刻んだ黒のオリーブと、ローストして細かく砕き、蜂蜜でカラメリゼした胡桃が散りばめられた、黒を基調としたタルティーヌ。

 そして六時方向に、トマトの赤が鮮やかな、中に牛フィレとスネをミンチしたタネを詰めて焼き上げた、肉汁の旨味溢れる赤を基調としたファルシが並べられている。


 今日の晩飯に併せて供されるのは、この地原産の発泡性ワイン。

 シュワシュワと、気泡の弾ける音が心地好い。

 そしてアイリの前には、天然の発泡水にマーマレードを溶かし、さながらミモザの様なノンアルコールカクテルを。


「まずは、そちらの『サキヅケ』を、召し上がって下さいとの事です。──右から順に、夏野菜のプレッセには、黒胡麻のソースを。レバームースとオリーブのタルティーヌには、人参のソース。チェリートマトのファルシには、青紫蘇のソースを、それぞれ合わせてお召し上がり下さい」


 老年の執事長からの説明が入り、ザカリアを先頭にして、各々がグラスをその手に取る。

 アルトは完全に頭から抜け落ちていた、急場で考え、伝えられたメニュー名称。

 実にシンプルに、伝言でも問題無さそうな、素材名と調理法を組み合わせただけ。


「なんじゃ、小僧は現れないつもりか?」


 この場にアルトが一向に姿を見せない事に、ザカリアは苛立たしくも疑問を呈した。

 それはその筈、今日の昼飯の際にも姿を見せなかったのだから、アイリとアメリアを除き、誰しもが顔見せ位はするものだと思い込んでいた。


「今頃は、次のお料理の仕上げをしているんじゃないですか? ねぇ? あ、ナイフとフォーク、それにスプーンは、端の物から順に使って下さいね」


「は、はい。どうやら、一品づつお出しする様です」


 アイリからの補足が入り、執事長はそれにただ賛同するのみ。

 勿論、給仕する側にとっても、初めての試みとなる訳だ。


「そう言う物なのか。よもや、料理はこれだけかと思ったぞ。……まあよい、主役はおらんが、早速頂くとしようかの」


 各々のグラスを軽く持ち上げ、目を配り合うと、それぞれグラスに口を付ける。

 アイリは一人、「頂きます」と口にして。

 全員がアイリに倣ってナイフとフォークを手にすると、ゆっくりと宴は幕を開けた──





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#2 premier

“ 帆立貝のポワレ ”


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 殻と剥いて貝柱以外を取り除いたホタテに薄く下味をし、熱したフライパンで表面だけに軽く焼き色を付け、白ワインを回し入れて蓋をする。

 蒸し焼きにされたぷっくりとした身の中は半生状にしっとりと、甘味と旨味は増している。

 ホタテを焼いた際にフライパンに残ったエキスと、バルサミコ酢をしっかりと濃度が付くまで煮詰めたソースを合わせて伸ばし、皿に引く。

 旨味成分は大きく違えど、そのイメージとしては甘醤油。

 外皮を軽く剥き、皮と髭を残したまま蒸し焼きにした、食感よく、香りと甘味の濃いベビーコーンを髭も共に付け合わせて、そぎ造りにしたホタテを妻の上に飾る様なイメージで添えて仕上がりとなる──


「こちらは、『ムコウヅケ』でございます。帆立貝のポワレ……、添えてあるバルサミコソースを付けてお召し上がり下さい。なお、ヤングコーンは髭まで召し上がれるそうです」


 新たなナイフとフォークを手に、アイリは先程から笑みが溢れて止まない。

 どれもこれも、単純明快に美味しいのだ。


 プレッセは、色鮮やかに炊き上げられた素材の食感は残されたまま、微かな酸味と、こっくりとした甘味のある胡麻ダレが上手く調和していた。

 タルティーヌは、嫌な癖が一切無い、コクのある滑らかなレバームースが前面に出て、オイル漬けされた風味豊かな完熟オリーブ、胡桃の甘さとバゲットの芳ばしさ、そこに煮詰めた赤ワインベースの人参ソースが合わさり、奥深い味わいに。

 ファルシは、牛のエキスを吸い込んだ事で旨味の増したチェリートマトから、噛む程に口の中一杯にそのジュースが溢れ、爽やかな青紫蘇のペーストを付ける事で、肉の微かな嫌味さえ感じさせない。


 今まさに食べている、ポワレもそう。

 しっとりとレアな状態に仕上がったホタテをフォークで刺し、濃厚な旨味と甘味が合わさったバルサミコソースを絡めて口に運ぶ。

 ソースにも溶け込んだ潮の香りが口の中に広がり、鼻から抜ける。

 噛んで嚥下した後は、幸せな余韻に浸るのだった。


「小僧は……、口だけでは無かったようじゃのう」


 ドノヴァスは威勢良く豪快に笑いながら、がつがつと皿を平らげると、グイッとグラスを傾ける。

 その心境を推し量る事は出来なくとも、振舞いを見るだけでも上機嫌なのは明らかだった。


「彼は、本当に……、意外性の塊だねぇ。まるで、びっくり箱みたいな人間だよ」


 アロンもフォークに刺さったホタテを眺めながら、息を吐くように溢した。


 それを眺めて、アイリの頬は更に緩む。

 アルトが誉められているだけなのに、まるで自分の事のように嬉しかったから。

 グラスを傾け、最後の一滴を口にする。

 気付けば、いつの間にか空になってしまっていた。

 給仕が替わりのグラスを持つその間に、幸せを噛み締めながら食べ進め、逸る気持ちを抑えて次の皿を待った。


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#3 deuxième

“ 鴨むね肉のポシェ ”


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 実は、王都からキロ単位で冷凍輸送してきていたコンソメスープ。

 意識を手放していたと聞いた時にはヒヤッとしたが、無事使用出来る状態にあったのだ。

 そこに鴨の抱き身の端と余りを加えて取った深みの増した出汁に、薄く葛打ちした抱き身の切り身を提供直前に軽くくぐらせた。

 それと炊き合わせたのは、予め炊いておいた白と紫の二色の蕪、それに蕪の葉。

 白はトロりと甘味が引き立つ様にじっくりと、紫は芯を残したまま濃縮させた出汁で煮絡める様に炊いて、葉はあっさりと茹で上げ、多様な食感を織り成す。

 仕上げにへぎ柚子が欲しい所だったが流石に見当たらず、若干香りは足りないが、類似種の柑橘の皮をへいで添え、緩くトロみの付いた出汁を軽く回し掛けて仕上げとした──


「続きまして、『タキアワセ』の、鴨むね肉のポシェでございます。食感の異なる二色の蕪と共に、トロみの付いたスープを絡めてお召し上がり下さい」


 カチャカチャと、器とシルバーが擦れる音が小さく響く。

 ──流石に、全員が気付き始めてきた。

 この品々は、見慣れた食材、食べ親しんだ調理法なのに、何処か、何かが大きく異なると。

 それは、盛り付けなのか。

 はたまた──、いや、恐らく根底から違う。それに気付けたのはアイリを除き、アメリアただ一人。


「アルトの坊やは……、一体何を作っているんだい?」


 弾力ある鴨の身にグッとナイフを入れ、白の蕪と共に口へと運ぶ。

 直ぐ様トロりと溶け消えた蕪のエキスが程よい甘味を醸し、出汁と共に噛む程に旨味の出る鴨にねっとりと絡み付く。

 アメリアには、分からなかった。

 提供方も、盛り付けも、素材の扱い方も、味の引き立て方も、全てが違うのは分かる。

 分かってはいるが──、故に、分からなかった。


「これは、恐らくですけど……、どうにかして、和食を表現しようとしているんだと思います。凄いですよね──、醤油も、鰹節も、ここには何にも無いのに」


 口の中に余韻が残る、鴨の旨味を感じ取りながら、アイリはゆっくりと語った。

 深く、深く、アルトに感心している。

 確かに鰹と昆布の合わせ出汁では無い、コンソメスープだ。

 醤油も味噌も無い、それは塩味と、動物性の旨味だけだ。

 でも、何処か懐かしさを感じさせてくれる。

 それは、素材の持ち味を十全に引き立てようとする、和食ならではの心積もりか。


「何なんだい? その、『ワショク』ってのは──」


「私達の生まれ育った、日本と言う国の料理です。アルトさんは、その道のプロなんですよ」


「──そうかい。けど、あたしらの食材を使って、同じ調理法でそれをやってるって事かい。……ヤに、なっちまうね」


 それは諦めなのか、羨望なのか。

 アメリアは、両手を持ち上げ首を振ると、再び皿へと向かい合っていった。


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#4 soupe

“ 焼きそら豆のポタージュ ”


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 そら豆をオーブンで鞘ごと焼く事で、自然な甘味が増し、独特な匂いも和らいで、香り豊かな仕上がりとなっている。

 それをコンソメと牛乳で煮出して丁寧に裏漉した後に生クリームを入れ、バターでブールモンテする事で艶やかにコクを出し、味を落ち着かせた。

 しかし、あくまでも主張してくるのはシンプルにそら豆の味わい。

 どっしりと濃厚な擂り流しの如く、さながら食べるスープの様な仕上がりとなっている。

 天には、鞘ごと焼き上げたばかりのそら豆の実の皮を剥き、薄く塩を当てて浮き実に飾り、完成に至った──。


「こちらは、『ワンモノ』の、焼きそら豆のポタージュでございます。シンプルに仕上げてありますので、是非パンと合わせてお召し上がり下さいとの事です」


 右手に携えたスプーンをゆっくりと持ち上げ、ルディアは噛み締める様にしてそのポタージュを嚥下した。


 それは、優しい味。

 素材本来の持ち味を引き出して、合わせた食材で雑味を上手く消している。

 それは、温かい味。

 日頃飲むスープとは違い、適温のままに最後まで一息で飲み切ってしまいそう。

 それは、包み込む様な幸せな味。

 決して自分本意ではない、それを飲む、誰かを想い作られた料理。

 一口、また一口と、口に入れる毎に想いは広がる。


 また一匙と掬おうとして、動かしたスプーンは空を切り、器の縁にチン、と軽い音を立てて当たった。

 元々、量は自体は多くないこのポタージュ。

 気が付けば嵩は大分減り、既に半分も残っていない。

 ──不思議と、口惜しかった。


「ルディアちゃん。美味しい……、ですよね?」


 その姿を見ていたのか、反対側に座るアイリが問い掛けてきた。


「──ええ」


 返答は、極めて簡単に。

 己の中で複雑怪奇に蠢く感情が、最早どう表現すればいいのか分からないのだ。

 今はただ、目の前にある、この料理達と向き合って──

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