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21. 後顧の憂い

 それ以降は、恙無く朝食は終わりを迎えた。

 アルトが意図的に発言を避けたからでもあるが。

 食後の紅茶を啜りながら、話していなかった事をザカリアに許諾を得ようとしていた事を思い出した。


「そう言えば、ザカリアの爺さん」


「ん? なんじゃい」


 唐突なアルトからの呼び掛けに、思わず何時もの居丈高さは若干鳴りを潜めたザカリア。

 そのままの勢いで押し通してしまおうと、問いを直球ど真ん中に放り込む。


「王都での生活費の事なんだけ──」


「その話なら、昨日、私の方からしてありますよ」


 その話の腰を折る様に、アイリからの横槍が入った。


「え? アイりん、したの?」


「ええ、晩餐の前に。心配は無いそうですよ」


 どうやら、既に先を越されてしまっていた様で。

 しかし、心配無いと言われても、そこは心配性の日本人気質。

 いらぬ勘繰りが働くと言うものだった。


「本当に? この服とかも、勝手に着ちゃってるよ?」


「おお、それか。いや、むしろ、アイリ殿には重ね重ねだが、本当に申し訳なんだな。本来であれば、歓待を以て迎え入れるべき所を。火急の事とは言え、な」


 ザカリアは思い返す様にして、アイリへと身体を向け、項垂れる。


「いえ、私達は──」


 そのアイリの言葉と重なる様に、がたっ、と椅子を後ろに倒し、ルディアが勢い良く席を立った。

 目尻にはうっすらと涙が滲み、今にも溢れ落ちてしまいそうで。


 完全に配慮が足りなかった。

 あんな話題を振ったら、それは想起してしまうのも当然だった。

 自分の事しか考えられず、発言する時と場を誤っていた事に気が付けなかった。

 恐らくアイリも深く語らない様に、言葉を選んで会話を避けてくれていたのに。


「……ルったん、ゴメン」


 その言葉を聞くと同時に、ルディアは、ばっ、と部屋を飛び出して行ってしまった。

 追い縋る様に手を伸ばしたが、距離が開いたその手が届く筈も無く。


「よい、小僧は放っておけ。あれは、まだ幼い。こう言った世情に弱いのは昔からじゃ」


 ザカリアの眉尻はみるみる下がり、困り顔を浮かべながら、一つ深い溜め息を吐いた。


「僕が行ってくるよ。アルトは落ち着いてから、ゆっくりと話したらいいよ」


「ああ、ラザロ。……わりぃな」


 今のアルトに、成す術は持ち合わせていなかった。

 そもそもとして、掛ける言葉など、今すぐに思い付く筈も無い。


「儂も、もう……、行くとするか」


 そう言って、ザカリアも席を立ち、残るは誰からともなく、それに連なるのだった。


 そこはかとなく気まずい空気を醸し出したまま、アルトを殿として部屋を出た所で、徐にアイリが口を開いた。


「そう言えばアルトさん。今日は一日、ご飯作りですか?」


 正直、今はあまり触れて欲しくは無かった。

 だからと言って、返事をしない訳にもいかなかったが。


「んー。恐らくは……、そうなるか、な。取りあえず、この後は買い出しに連れてって貰う予定だね」


「じゃあ、途中まで一緒に行きませんか? いえ、行きましょう! 私もアロンさんと一緒に、ギルドの登録に行こうかと思ってたんですよ」


 それは、どう言う意図での誘いなのか。

 最早、アルトの是非を抜きにして、強制的に連れ立って行く事になるらしい。

 しかし、そのアイリの発言を耳にし、アロンは露骨に嫌そうな顔をしていたが。


「君も一緒に……、かい?」


「お願いしますね!」


 この場にアイリに敵う者などいる筈も無かった。

 その場は一度解散し、身支度を整えて、目安三十分後に再度、屋敷の玄関への集合となるのだった。





 その足で厨房へ向かうと、丁度ドノヴァスは朝食の片付けを行う面々に、指示を出している最中であった。

 中を進むと、一瞬その視界に入ったのか、ドノヴァスは首を捻るとこちらへ顔を向けた。


「おお、アルト殿。……もう間も無く手が透きますので、暫しお待ち下さい」


「あ、はい。それでですね……。ちょっとお話が」


 待てと言われても、今はそんなに心の余裕が無いのも事実だった。

 その為、半ば強引に、話を持ち掛ける。


「ん? 何でしょうか?」


「実はですね……。恐らくですけど、使用人達全員の、夜の賄いも作る事になってしまった様で──」


 それは、朝の一幕の件。


「おや、……それは些か、難儀な事ですな」


「それで、恐縮なんですけど、ご助力も頂けないかなー? なんて、思いまして──」


 頼み事をする側なので、あくまでも腰は低めに、かつ丁重に。

 相手の機嫌を損ねない様に、注意深く伺う。

 それは、今にも揉み手をし出さんばかりの勢いだった。


「それは勿論。元より私から言い出した事ですからな。皆で、尽力させて頂きますよ」


「それは心強いです。すいませんが、よろしくお願いします」


 これで一つ、言質は取った。

 流石に、一人でこなす仕事量では無かったから。


 次は先程発生したばかりの、新たな問題。


「あ、すいません。もう一つありまして……、仕入れの途中まで、同行者がいても平気ですか? 冒険者ギルドの登録に出掛けるそうでして」


「私は、一向に構いませんよ。それは、アルト殿の登録も併せてでしょうか?」


「いや、俺は彼女と違って料理人ギルドへの登録をしようと思ってるんですがね。……何分、推薦して貰える相手がいないもんで」


 そう言えば、アロンが紹介する手筈になっていたのだったか。

 とても、癪ではあるが。


「──もし、アルト殿さえ良ければ、私が推薦人になりましょうか?」


「えッ!? いいんですか?」


 それは、突然降って湧いた僥倖であった。

 アロンに借りを作らなくて済むし、ギルドの登録も出来る。

 まさに一石二鳥の出来事で。


「ええ、構いませんよ。むしろ、大変光栄な事ですからね」


 ドノヴァスに取っても、貴人の推薦に等しいこれは、己の箔付けになると言うものだったのだから。


「ありがとうございます。あ、じゃあ、もう一ヶ所寄る所があるので、すいませんが、ちょっと先に行かせて貰います。屋敷の玄関で、待ち合わせになっていますので」


「かしこまりました。では、後程」


 長々と、要件だけを告げて、さっさとその場を去る。

 随分と、いい度胸であった。





 たまたま通り掛かったメイドを捕まえて、ルディアの部屋を案内して貰う。

 廊下を進み、途中曲がり、階段を昇って、また進み。

 半ば無理強いしたのだが、嫌な顔一つせず応対してくれている。


「この先の、角を曲がってすぐ右手に見えるお部屋が、ルディアお嬢様の自室でごさいます。恐らくは、こちらにいらっしゃるかと思いますので。私はこちらで」


「すいません、ありがとうございました」


「いえ、それでは、お戻りまでお待ちしております」


 そりゃあそうだ。

 ここでサヨナラされても、何処にも行けない。

 当の本人の頭からは抜け落ちていたが。


「重ね重ね、すいませんです」


 再度、そのメイドに対し深く頭を垂れ、その場を後にする。


 言われた通りの角を曲がると、聞いたその部屋の前にはメイドのレイアが直立して佇んでいた。

 視線が交わると、きっとした表情でこちらを見やると同時に、部屋の前に立ち塞が様に体勢を移動させた。

 レイアがここにいると言う事は、つまりラザロもいると言う事だろう。


「何のご用意ですか? こちらはルディアお嬢様の自室ですが」


 それは相変わらずの、塩対応。


「知ってるから来たんですけども。……退いて貰っていいですか?」


「そうは参りません。当家の人間に、これ以上関わり合いを持つのは、お止め下さ──」


 そのレイアの言葉は、唐突に開けられた、扉の軋む音によって掻き消えた。

 そして扉の内からはラザロがその姿を見せ、後ろ手に扉を閉めると、こちらへと躙り寄って来た。


「レイア、止めないか」


「ラザロ様、……ですが!」


「これは、君が口を出す問題じゃあ無いんだ」


 レイアはラザロに食い付くも、再度諫められると途端に押し黙って、横に一歩距離を開けた。

 ラザロは尚もこちらへと歩を進めると、顔を窺いながら、口を開いた。


「アルト、君にはお願いだ。今は、そっとしておいてはくれないかな? 再び家に戻ったせいか、張り詰めていたものが切れたんだろう。……妹も、泣き腫らした顔を見られたくは無いだろうし、ね」


 無論、それは已むを得ない。


「ああ……、分かったよ。」


「ありがとう。じゃあ、僕は行くよ」


 そう言って安堵の表情を浮かべると、ラザロはゆっくりではあるが、一歩づつ、自分の足で地面を踏み締めながら去って行った。


 ラザロの姿を見送った後、固く閉ざされた扉の前に立つと、ゆっくりと、優しく三度、ノックした。

 中からの返事は無いが、そのまま扉を見据えた状態で、さながらルディアに語り掛ける様にして、一人静かに話し始める。


「ルったん、ゴメンなぁ……。俺のせいで。しかも、思い出させて。正直、どうしたら正解なのか、良く分かんないんだけどさ。俺も、大切な人を一杯失って、今まで生きて……、いや、生かして貰ってきたんだよね」


 自分の、その半生を顧みる。

 それは、例えルディアに聞かれていなくとも構わない。

 自己満足に過ぎないかも知れないが、それでも話さずにはいられなかった。


「昔、言われたんだ。……悲しみの本質から目を背けるな。だが、決してそれに囚われるな。……人間、自分一人のみで生きて行くに在らず、誰かの為に生きる道を探せ。……その経験を自らの糧とし、将来を強く見据え、過去を顧みた時に誇れる自分であれ」


 ゆっくりと、一言一言を思い出す様に紡ぐ。

 それは懐かしい、遠い日の記憶の中にあって。

 それを今再び、自分の腹に落とすかの様でもあった。


「これ、四年前に亡くなった……、叔父さんの言葉でね。十年前、俺の両親が死んじゃった時に言われたんだ」


 孤児(みなしご)となった自分を引き取ってくれて、短くはあったが、親同然に接してくれた。

 アルトにとって、掛け替えのない三人いる親父の内の一人だった人。


「お前は決して一人じゃない。だから、誰かの為に強く生きるんだ……、ってね」


 果たして自分は、その言葉に恥ずかしく無い生き方をして来れていただろうか。

 問題は無かった筈だ。

 後は、誇れる様になれるか、だけで。


「何が言いたいのか、自分でも良く分かんないんだけどさ……。俺のせいだって、今でも思い続けているんなら、謝るよ。謝ってどうにかなる問題じゃなくても」


 それは、果たして何に対しての贖罪なのか。

 そもそもとして、赦す、赦さないと言う次元の問題なのか。

 結局は、個人の本質の捉え方次第で。


「──でもいつか、向き合える様になったら、俺は美味しいご飯でも、一杯作るよ。俺にはそれしか出来ないからさ」


 それこそが、アルトにとっての本分であるのだから。

 誰かの笑顔の為。

 それ以上でも、以下でも無い。


「じゃあ、俺、行くね」


 言いたい事だけ言い終わり、多少すっきりとした心持ちで。

 一拍置いた後に、踵を返して元来た道を戻る。

 時間だけが解決してくれる様な、そんな簡単な問題では無いと分かりながらも──

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