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12. 真相究明 ★

 顔を洗ったアイリは、再びアルトの部屋へと戻って来て、二人は連れ立って部屋を出た。

 何処か初々しく、横に並んで。

 もう二人の間には、余計な距離など無くなりつつあって。

 他の宿泊客達もおり、非常に雑多な状況にある食堂に入ると、二人揃ってカウンターに顔を出し、トレーに乗せられた料理を受け取る。

 どうにか数少ない空席を見付け出すと、向かい合わせに腰を据えた。


~·~·~·~·~·~·~·~·~·~·~·~·~·~·~·~·~


Today's breakfast menu


“ ポリッジ風の粥 ”

“ グリーンサラダ ”

“ フレッシュオレンジジュース ”


~·~·~·~·~·~·~·~·~·~·~·~·~·~·~·~·~


 二人揃っての「頂きます」の後に、アルトはまずスプーンを持ち構えた。


 主食となるのは、さながらスコットランドのポリッジの様な、オートミールの牛乳粥に、蜂蜜とシナモンがトッピングされた物に見える。

 見た目からは味が想像しにくいが、折り重なるふくよかな甘い香り漂わせていた。

 一匙掬い、口に運んで咀嚼する。

 何とも表現のしにくい、もそもそとした食感。

 恐らくこれは、煮込み過ぎにより、水分が足りない状態なのだろう。

 若干冷えた状態なのが、拍車を掛けて。

 期待とは裏腹に、更には食べ慣れない食材から、取り敢えず腹を満たすだけな感は拭えなかった。


 グリーンサラダに至っては、非常にシンプル。

 恐らくは、二種類の葉物に、塩とオリーブオイルだけ。

 酸味の立つ香りはしなかった。

 アルトはフォークに持ち替え、ざっくりと刺して口に運んだ。

 パリパリとシャキシャキが混在して、食感はとてもよい。

 野菜は新鮮、それは非常に重要だ。


 オレンジジュースは、流石に搾り立てなのだろう。

 フレッシュで、爽やかな香りを感じる。

 喉を鳴らしながらゴクゴクと飲めば、酸味と甘味が程よくて、とても風味が豊かな味わいだった。


 二人揃って完食し、「ごちそう様」を言い合った。

 とりあえず、腹が膨れただけでもありがたい。

 そう思っておかなければ。

 アイリの表情も、余り芳しいとは言えなかった。

 後で荷馬車に揺られながら、保存食でも食べてしまえばいいだけの話であるが。


 しかし、こうして朝飯だけをとって見ると、何とも異世界情緒が感じられない。

 食べたいかと聞かれると躊躇してしまいうだが、不思議な植生の野菜や、定番のオーク肉などの異世界食を調理してみたいと思ってしまうのは、料理人としてはしょうがない事だろうか。





 宿で朝食を取った後、アルトはさっと風呂に浸からせて貰い、一行は再び馬車に揺られる事となった。

 護衛は相変わらず着いて来ているものの、アロンによると、昨日の戦いで十八名が負傷、四名が帰らぬ人となり、荼毘に付したそうであった。

 極めて淡々と語られたそれは、現代社会との価値観の違いを感じるには十分な程。

 昨日の人狼は、所謂『狼鬼族(リカントロープ)』と呼ばれる魔獣であり、本来の生息圏はあの近辺では無いそう。

 そもそもとして、あんなに集団で現れる事は珍しく、その原因さえも不明との事だった。


 そして今、胡座を掻いて座るアルトの横ではアイリがすやすやと寝息を立てていた。

 街から出発して最初の内は、保存食であるビスケットにマーマレードをたっぷりと付けて頬張ったり、フェタチーズのオイル漬けを摘まんで口にしては歓喜していたのだが。

 アルトからすれば、ありがたい事に、殆ど寝ずに看病してくれていたらしいのだから、致し方無い事ではあった。

 そのアイリの頭は、徐々に、徐々に背をもたれている内壁からずり落ちて、ことん、とアルトの肩に載せられた。

 あどけない、安らかなその寝顔に、アルトは一人静かに懊悩し、必死で抗おうと苦心している。

 そんな甘ったるい安らぎの空間が、荷馬車の片隅で演出されている最中、ふと、アルトの背筋にはひんやりと冷たいものが走った──

 その発生源たるアロンは、アイリが引っ付いて寝ているのが余程気に食わないのか、射殺さんばかりにアルトを凝視して。

 残念ながら、あれはただのロリコン野郎だが。


「──少々、よろしいでしょうか?」


 その時、生地一枚隔てた幌の奥より声が掛かった。

 まだ到着の時間と言う事もあるまいに、それは火急の用件か。

 幌のすぐ側にいたアロンが「どうぞ」と発すると、やがて幌を捲り上げて、腰を屈めながら入ってきたのは、この隊列を率いる大隊長、ルディアその人であった。

 兜は外して脇に抱えており、思わず見惚れる様なストロベリーブロンドの髪は、幌に掛かると僅かにそよぐ。


「失礼致します。呼応者様は……、お休み中でしたか。都合のよい事に」


「何のご用でしょうかねぇ? 到着は……、まだまだ先のようですけどねぇ」


 ルディアは一体、何をしに現れたのだろうか。

 その碧眼が放つ眼光は鋭く、アイリを一瞥した後はアルトを一点に捉え、今にも射抜かんとする様相だった。


「お聞かせ願いたい」


 ゆっくりと、しかし力強くルディアは問い始めた。


「先に失われた、我らの同胞。その死に、意味はあったのでしょうか」


 棘のある、刺す様な問い掛けに、アルトは思わず息を呑む。

 何故ソレ(・・)を、アルトを注視したままに問い掛けるのか。


「────」


 返す言葉が、見付からない。

 いや、そもそもとして、アルトはそんな物など持ち合わせてはいなかった。

 一切の言葉が漏れることは無く、ただ押し黙るのみ。


「そんな事を彼に聞いて、一体全体、君はどうしたいんですかねぇ? それ、私怨でしょう? どちらかと言うと、お父上の。もしかしたら、お門違いかも知れないんですけどねぇ?」


「──分かりません」


 歯噛みする様にして、俯くルディア。

 アルトには、話の意図が全く読めていなかった。

 まともに会話をした事自体が無いのにも関わらず、何を恨まれる事があったのか。

 アロンが言った、私怨とは。

 ルディアの父親、この国の軍務卿だったと言う男。

 ──ああ、いや、そんな、まさか。


「どうやら、こっちも気付いたみたいだねぇ。エールリヒ軍務卿は、紛う事なき国の重役だ。国を挙げての、一大イベントたる呼応者の召喚。アイリちゃんが呼び出された、あの日あの場所にも、確実にいた筈なんだよねぇ」


 痛烈に、暴力的な鈍器で横殴りにされたかの様な錯覚が、アルトを襲う。

 ルディアの父親は、いた、筈──、なのだ。

 そこに暮らすべき人間が、誰一人として存在しなかったあの王都に。


「勿論、それ以外にも、あそこには桁違いの大勢が暮らしていたからねぇ。あの日、儀式の為に城門は閉ざされていた。外には数々の荷を積んだ大勢の商人達、それに少数ではあるが交代で衛兵が出ていたんだ。儀式が終われば、王都では今代の呼応者降臨の祝祭が執り行われる予定だった筈だからねぇ」


 アロンは一息に語ると、なおも続け様に言葉を紡ぎ出す。


「しかし、状況は異様だった。事が露見する少し前に交代でやって来ていた衛兵達は文字通り、露と消えて無くなったそうだよ。商人達の見ている、その目の前でねぇ」


 衆人環視の中で、直前まで会話をしていた相手が、突如として忽然と消え失せた。

 そんな超常的な現象が起こり得るのだろうか。

 だが、実際には起こっていた。


「待てど暮らせど城門は固く閉ざされたまま。いつまで待っても門の内側からは、歓声一つ上がらない。そして、衛兵の消失。早馬で駆けてきた商人によって、これらはすでにエールリヒ領の上層では、周知の事実となっている様だよ」


 事態は、アルトの知らぬ間に、そして知らぬ所で。

 着実に進んでいたのだ。

 思い返せば、当然の事だった。

 アルト達が王都を出ようとしたあの日、千人を越える規模の軍隊が、城門の前に集結していたのだから。

 そんなものが、何も無いのに、突如として降って湧く訳が無かった。


「そもそもとして、君は自分がイレギュラーだと言う事をちゃんと理解しているのかな?」


「──それはお前が、言ってたんだろ? そもそもの、普通ってのが分かんないんだよッ!」


 状況の整理だけで、アルトの思考は手一杯だった。

 ある種、悠々自適だった異世界生活の裏側には、余りにも非情な現実が存在して。

 アイリと二人、考える事を放棄していた訳では無かった。

 むしろ、話の通りなら、アルトが来た時点で打つ手なんて無かっただろう。

 でも──

 答えなんて──、何処にも無い。


 迷路に迷い込んだアルトを傍観するアロンは、ふっと微笑し、


「ここからは私見だけどねぇ。本来なら、ルディアちゃんには聞かせるべきでは無いんだろうけど……。納得、しないんだよねぇ?」


 アロンが目を配り、ルディアに是非を問うた。

 これ以上、何を語るつもりだと言うのか。

 しかし、ルディアの僅かに振られたその頷きが、物語の継続を示していた。


「あの儀式は、全人員の魔力を集束させる為に、日付が変わる時間から、丁度次の昼まで行われるものだが……。君は確か、夜からあの街にいたって言っていたよねぇ? それは、ひょっとすると昼から再度日付が変わった時間、に相当するんじゃあ無いのかな?」


 本格的に、訳が分からなかった。

 それは事実かも知れない。

 しかし、余りにも遠回しなアロンが、一体何を言いたいのか。


「儀式に必要なのは、魔力。それも膨大な、ねぇ。半日にも及んで吸われ続けるんだ、その場の全ての生物達がねぇ。その魔力は、謂わば生命力にも相当するものだ。続け様に、回復される暇も無く、一度使用されて枯渇した魔力の代わりに、次に消費されたもの──」


 アルトは、全身から血の気が一気に引いたかの様に、猛烈な虚脱感に苛まれ、前後不覚に陥った。

 拳をぎゅっと強く握るも、そこに力は篭っていない。

 薄ら寒い。

 そこまで言われ、分かってしまった。

 と同時に理解してしまった、アロンが最後に何を言おうとしているのかも。


「それは……、命。それ以外、考えられないかな」


「────」


 アルトの思考は崩壊した。

 言いたいだけ言って、アロンは満足気に周囲を見渡している。

 アイリは時折、小さく呻く様に「うぅん……」と声を漏らしながら、未だ夢の中。

 ルディアは、沈痛な面持ちのまま俯いていた。


 非情にも、ガタガタと、揺れる車輪の音を立てて馬車は、なおも走り続ける──

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