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Act.3 お茶と練りきり

「こちらは?」


 廻栖野はさも素朴な質問を投げかけているような声音だが、その眼は据わっている。白い和服を着ているとはいえ、ケイが幼女にしか見えないため、関係をいぶかしんでいる様子だ。


 龍宮は客観的に自分を顧みる。身長は一八〇センチを超える。耳には三連ピアス。祖父との稽古でついた傷を隠すため右側の前髪は下ろし、左側は安物の髪留めで上げている。目つきは極めて悪し。


 そんな龍宮に幼女の友達はあまりに似つかわしくない。返答を間違えようものなら、社会的に()られる。廻栖野の眼差しは、そう龍宮に覚悟させるものだった。


 けれどケイの個人的な事情を考えて龍宮は説明しかねている。それを察してか、ケイが助け船を出した。「龍宮。わたしのことは良いから、はっきりと言ってやりな」と。彼女は続ける。


「セフレだって」


 すかさず、廻栖野がネクサスフォンを取り出す。「早まるな廻栖野! オチはこれからだ」と龍宮は慌てて廻栖野の手首を掴んだ。体勢が崩れ、ベンチの上で龍宮が廻栖野を押し倒す形になった。見つめ合うことになり、気恥ずかしさから互いに目を反らす。


「いい加減、退()いてもらえるかしら」

「悪い」


 体勢を立て直す龍宮。その様子を見て、ケイは腹を抱えてケラケラ笑っている。


「やっぱり若い人をからかうのは楽しいわ。仲良いのね、あんたたち」

「冗談は止してください。死ぬかと思った、社会的に」


 龍宮の頬は引きつっている。『他人(ひと)とつながることは、きっと未来とつながることだ』がキャッチフレーズの携帯端末にあやうく未来を閉ざされるところだった。


ひとしきり笑い、落ち着きを取り戻した様子でケイは廻栖野に向けて説明する。川の上流の方を指差して、ケイは言った。


「この先に古風な平屋があるだろ。そこに住んでる(ケイ)っていうんだ。しがない吸血鬼さ」


 吸血鬼。それは赤黒き写本(ヴァンパイア)を継承した能力者の成れの果て。


 ケイは口に指を差しこみ、端を引っ張る。吸血鬼特有の形状の歯を見せた。それは犬歯と言うより、注射器のように細長く鋭い。


「この人はB‐Rain(ブレイン)が出来た頃からここに住んでんだ。学長とも知り合いで妙見院学園にもよく出入りしてる」


(ボーダーレス)()Rain(レイン)のことは創設者のことだって知ってるよ」


 ケイは得意げだ。廻栖野は境界の無い雨(ボーダーレス・レイン)と呟く。


「初めまして。私は廻栖野哀(めぐすのあい)と言います」


 廻栖野と聞いてケイが目を丸くする。


「もしかして逢勾宮(おうまがみや)の眷属の?」

「ええ。式神六道衆(りくどうしゅう)には名前を連ねてはいませんが」


 龍宮はそれを聞き、記憶を漁る。逢勾宮って確か天主天王が京都から江戸に嫁いでくるときに引き連れてきた嫁入り道具の三家の一つだよな、と。


深鏡神(みかがみ)逢勾宮(おうまがみや)護剣寺(ごけんじ)の三家がそれにあたる。そしてその分家と眷属と配下のうち一つが廻栖野。廻栖野って本当にお嬢様だったんだなと、龍宮は漠然と受け止めていた。


ケイが龍宮の手の甲の傷に気付く。またこの子はやらかしたのだな、と彼女は察した。


「あんたたちサボりなら、うちに寄っていかないかい?」


×―×―×―×―×―×―×―×―×―×


「若い人にはこれじゃあ足りないだろうけど」


 ケイが二人の前に湯飲みと黒色の天然石を加工した皿を並べる。側面が粗削りになっていておしゃれだなと龍宮は感心した。その皿にはこじんまりとした練りきりが二つ添えられている。


いただきます、と二人は言い、ケイが召し上がれと茶を啜る。品のいい練きりは形を崩すのがもったいない。躊躇いがちに龍宮は竹の楊枝を刺し入れた。


「あんたさ、またケンカしたの」


 切り分ける龍宮の手が止まる。「ええ、まあ」。龍宮の笑顔は固い。ゆっくりと片方の練きりを四等分し、一区分を口に放り込む。餡が少し、しょっぱい。


「相手は能力者? いくらあんたが頑丈でも身が持たないよ」


 龍宮の湯飲みの水面がさざ波立つ。その様子を廻栖野は横目で見ていた。彼女から見ても、龍宮のポテンシャルは高いものだ。フィジカル面も恵まれた体躯がある。けれど適性があっても、アルターポーテンスを構築できない。能力者相手には太刀打ちできず、言いたいことがあっても聞き入れられない。悔しいだろうな、と廻栖野は当たりを付ける。


「能力の構築は難しいからね。赤黒き写本(ヴァンパイア)みたいに渡されたもの受け取るのとはわけが違う。何かの拍子に歯車が噛み合えば一日で発現して拍子抜けすることもあるし、波長が合わなければ勝手に構築だけが進んでいって発動条件を満たしてもアクセスできず、起動しない。精神性が反映されるから理論立てて作れるものではないし、感覚に個人差があるから周りにどう構築したか聞いても参考にならない。構築出来た奴からすれば、なぜ素養があるのに出来ないかわからなかったりするしね」


そのため学園は能力者を管理する組織という位置づけになっている。一人一人に教員が付き添って指導をするにしても人手が足りない。構築に関しては生徒が個人的に指導者を外部で見つけることを推奨していた。属性こそ持っているが、アルターポーテンスを構築できない人間を『落ちこぼれ』と呼ぶにはあまりに人数が多い。それでも構築できた者の優越感を煽ることに変わりはなかった。


 龍宮が竹の楊枝を置く。練りきりは、手が付けられていないものと食べかけの一欠片が皿の上に残っている。


 ケイは気落ちする龍宮を案じて言った。


「あんたさ、偏屈者に付き合う自信はある?」


 偏屈者? と龍宮は眉をひそめて聞き返す。


「そそ。学園のOBなんだけど、気難しくて人間嫌いの奴がいるの。正確にはコミュニケーション能力はあるんだけど、如何せん人間(ひと)と反りが合わなくて、疎まれやすいというか。そいつも在学中、あんたみたいにケンカばっかりしていたよ。良ければ、紹介するけど」


 少し考えてから、龍宮は「お願いしてもいいっスか」と意を決して言った。

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