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Act.2 龍宮悠河と廻栖野哀のベンチ

 川沿いのベンチに龍宮悠河(たつみやはるか)は仰向けに寝そべっている。澤村のにやけ面が脳裏にちらついて腹の虫が治まらない。


 龍宮には水属性の能力適性がある。けれど現状、なんの付加効果も付けられておらず、ただ近場の水を引き寄せることしかできない。


 体勢を横に向き直り、川を眺める。スーパーのビニール袋が一つ、ゆらゆらと流れに身を任せて下っていくのが見えた。


 カツン、カツンと靴音が近寄る。それは龍宮の側で途絶えた。厚底のブーツが視界に入る。龍宮が見やると、黒を基調としたゴスロリ衣装の少女が立っていた。


「よお、廻栖野。お前、中学はどうした」

「あなたに言えたことじゃないと思うけど、ハルカ先輩。とりあえずちゃんと座ってもらえるかしら。スカートの中を覗かれているようで気分が悪いから」


 悪い、と言って龍宮は眼を一旦閉じて体勢を立て直す。眼を開けたときには廻栖野は隣に腰かけていた。


「さっきのケンカ、見てたわ。これだからヤンキーは」


 廻栖野が呆れたようにため息を吐く。


「俺、孤軍奮闘してただろ」

「孤立無援をかっこよく言ったところで、結局はぼっちね」


 廻栖野の視線が冷たい。龍宮に、お前が友達といるところも見たことないけどなという言葉を飲み込ませるほどに。


 彼女は膝に乗せた黒猫の人形の背中のチャックを開ける。中から消毒液と脱脂綿を取り出す。


「傷、見せて」


 え、いや、と龍宮は言いよどむ。手の甲は良いにしても肩と腹部にも傷を負った感触があったからだ。


「良いから見せなさい。傷を私の能力で焼いて、いずれ化膿させることもできるのよ」


 凄む廻栖野に対し、青ざめた龍宮は「処置のほどをよろしくお願い致しします」と懇切丁寧に頭を下げた。


 脱いだ上着をベンチの背もたれにかけ、龍宮はタンクトップ姿になる。


「しみさせるから」

「容赦は!?」


 廻栖野はたっぷりと脱脂綿に消毒薬を垂らし込んだ。ここぞとばかりにそれを押し付けられた龍宮は身悶えする。


 廻栖野は短く「次、肩」と言う。年下の女子に言われるがままに肩をはだけさせる龍宮の口角はつり上がったままになっている。


 廻栖野は傷口を順に消毒していき、最後にタンクトップをめくり上げた。脱脂綿を押し当てられ、「があ!」と龍宮は唸る。ここ一番しみた。


「身長が180㎝を越えるような男が情けない」

「痛いもんは痛いんだよ!」


 龍宮はシャツを着直す。


「傷の手当て、ありがとな」

「どういたしまして」


 澄ました顔で廻栖野は言った。彼女の視線は真っ直ぐに川を見ている。

 艶のある黒髪に、小振りな唇。多少、吊り上がっている大きな眼は少女然としたゴスロリによく合っていた。


 廻栖野の横顔を見て、こいつ整った顔してんだよなと感心することもこれが初めてではない。


 ふと中学生にしては豊かな胸が目に留まる。そのまま谷間に滑り落ちそうな視線を龍宮は慌てて上げた。


 廻栖野の視線がギロリと、龍宮の目線を追尾する。


「胸に眼が行ってること、案外、女性は気が付いているものよ」

「別に。そんなんじゃねえし」


 廻栖野の蔑んだ眼が龍宮は痛い。


「ただ、そのリボン、良い趣味だよなって」

「ああ、これ。これは最低限の制服として義務付けらられているから、妥協して付けているだけ」

「そう言えば、レーランって制服あったよな。お前は着なくて良いのかよ」


 廻栖野は黒蘭女子大学付属清虚嶺蘭学園中等部に通っている。そこはいわゆるお嬢様学校だった。廻栖野が制服を着ているところは見たことはない。


「能力に関わる人もいるから、強制ではないの。なんなら着ぐるみの人もいるわ。校章のワッペンと学年ごとに違う指定のリボンが最低限の制服」


 服に穴が空くのが嫌だけど、と言って肩のあたりに付けた校章を廻栖野は見せる

 改造を施して指定のリボンをチョーカーにくっ付けているあたり、彼女のこだわりを龍宮は感じる。


「ただお嬢様学校っていう自負があるから、ほぼみんな制服ね。見せびらかしたいのよ、嶺蘭生だって。それだけでちやほやされるし。……なに、ハルカ先輩は見たいの? 私の制服姿」


 廻栖野が眉をしかめる。


「いや、特に」


 本当はちょっと見てみたかったけれど、龍宮は堪えた。


 まあ良いわ、と廻栖野は前を向き直り、黒猫のぬいぐるみの手をいじり始める。


 しばらく不快じゃない、無言が続いた。いつもなら、廻栖野が荒唐無稽な茶々を入れてきたりするのだが、今日は気を遣ってくれているらしいと龍宮は考えた。


「なあ、廻栖野はナパームダウンをどう構築したんだ?」


 龍宮の脳裏には以前見た廻栖野の能力、堕天使の黄昏(ナパームダウン)の紫色の炎が燃え盛っている様が生々しく焼き付いていた。


「私はド天才だから」

「さいで……」


 なんの参考にもならない。龍宮の眼は、どうにでもなれと雲を追いかけ出す。


「おや、龍宮じゃないか。またサボり?」


 和服を着たあどけない顔の女の子が声をかけた。龍宮は、やべっとバツが悪そうな表情を浮かべる。


「こんちは、ケイさん」 

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