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Act.16 制服とリボン

 遅れて廻栖野が堤防沿いの道まで登ってくる。筒浦をベンチまで運んだ龍宮が、ちょうど彼の体を無造作に放り出したところだった。


 一仕事終えた龍宮が、もう一方のベンチに腰を下ろす。


 廻栖野は恐る恐る歩み寄り、「ハルカ先輩」と声をかけた。珍しくしおらしい廻栖野は「あの」と言いよどむ。けれど龍宮にも言い分はある。彼は、静かに、けれど確かな怒気を言葉に込めた。


「廻栖野。二度とあんな約束(まね)するんじゃねえぞ」


 廻栖野は土で汚れたゴスロリ衣装のスカートを両手で握り締めた。震える声で「私は」と言う廻栖野の言葉を龍宮が遮る。「二度とだ」。


 廻栖野は観念する。彼女が手を離すと、スカートに寄ったしわがほぐれた。みっともないところをこれ以上見せられない。何よりも、龍宮から疎まれることを思うと彼女は胸が張り裂けそうになった。

 廻栖野は意を決し、真っ直ぐに龍宮を見据える。


「ええ、わかったわ。二度とあんなことはしない。だから私と仲直りしてちょうだい」


 素直な態度に龍宮は面食らった。「いや、わかってくれたら良いんだけどよ」。明後日の方角を向く龍宮に

廻栖野が大きく一歩踏み出す。


 龍宮の顔を胸に埋めて、廻栖野は両腕で包むように抱きしめた。柔らかい質感やら、良い匂いがするやら、汗で湿った肌が吸い付くやらで龍宮は慌てふためく。


「ごめんなさい。あなたがこんなに怒ってくれるとは思わなかったの。ひどいことをしたわ」


 母のことが頭を過って、龍宮は途端に冷静になる。


「良いよ。お前が無事なら」

「ありがとう。あなたの孤軍奮闘、とてもかっこよかったわ」


 廻栖野がどんな顔でそれを言っているか、龍宮からは見えない。ただ、思い浮かぶのは、いつかファミレスで見た微笑みだった。

 龍宮から廻栖野が離れる。


「傷の手当てをしなくちゃね。ケイさんから借りられるかしら」


 龍宮はベンチを立った。


×―×―×―×―×―×―×


 立入禁止のビルを目指し、澤村と高林はひとけのない道を歩く。高林は昨日は一日、軽い脳震盪で検査入院した。骨が折れた鼻にテープを貼っている。鉄の棒を穴から差し込まれた痛みは忘れられない。歯も欠けていたため削ることになった。

 なんだかんだで澤村が一番、軽傷だった。


 二人は無言だ。話題がない。今となっては龍宮のことを口にするのもはばかられた。


「筒浦先輩と連絡がとれない」


 独り言を言う高林に、知るかよ、と澤村は吐き捨てた。


 ふと、清虚嶺蘭学園の制服を着た女子がうろついているのを見つけた。目配せすると、水を得た魚のように二人は後を付ける。


 気付かれた。彼女の歩調が早まる。「なあ、待てよ」と澤村が下卑た声をかける。地の利は彼らにあった。


 少女は廃れたビルの外階段を駆け上っていく。ローファーが踏みしめるたびに赤錆がパラパラと落ちた。


 しめたと高林は思った。そこはいつもタバコを吸っている場所だ。その先は行き止まり。非常口は内側から鍵がかかっている。 高林が、はためく丈の短いスカートを目的に目線を上げる。階段の隙間から見えそうで見えない。まあ良い。これから全部、さらけ出してもらえば、と。


 追い詰められた少女が振り替える。風にそよぐ黒髪で顔は判然としない。彼女は澄んだ声でこう言った。


「懲りない人たち」


 軋む階段。直後に一度、重心が大きくずれた。さらに脆くなっていたのか、足元を踏み抜いた高林。危ういところだったと、今も心臓が落ち着かない。


 困惑する澤村たちを後目に少女が姿を消す。


 よろけた澤村が手すりに触れる。手すりは朽ちたように千切れ、そして落ちた。澤村は青ざめる。ただ事ではないと思った矢先に非常口に接続していた金属部分が、バチンと弾けるように折れた。破片が澤村の頬を掠める。断面は互い違いになり、噛み合わないまま、コンクリートの壁に寄り掛かる。勢いは止まらない。爪痕を残して削りながら階段が傾いていく。


 そのとき初めて外階段が崩れていることが認識できた。


 澤村と高林は肺の空気を出し尽くさんとするような悲鳴をあげた。


 高林は踏み抜いた床板から脚を抜けないまま、腰が抜けてその場にへたりこむ。


「水は仕込めない」


 澤村が脱兎の如き火(ラビットファイア)で一人脱出を試みるが、高林が「俺も、俺も連れ、見捨てないで」と脚を掴んで離さない。


「一人で死ね!」


 澤村は悪鬼の形相で叫んだ。全身に纏った火による加速で高林を振り切る算段だった。斜めに加速すれば、高林の足は穴に引っ掛かり、痛みで手放すに違いないと。


 そのとき澤村の炎が、紫色に変色する。「なんだ、これ?」。吹き出した澤村の汗が、老朽化した階段に染み込む。


「無駄よ。私のアルターポーテンスに上書きしたの。ラビットファイアより、火の支配力が強いことは検証済み」


アルターポーテンス、堕天使の黄昏(ナパームダウン) 


 異能の炎、ナパームダウンはもう物質を燃やさない。それは「強さ」を焼き払う力に変換されている。

 火で炙ることで、対象から「強さ」を焼却し、急激に弱体化させ続ける。


 強度を焼き払われた階段の支柱と接続部品は限界を迎え、崩落に向かう。


「高みから燃え堕ちよ。ナパームダウン!」


土煙が上がり、外階段の残骸を覆い隠した。誰の悲鳴も、もう聞こえなかった。


×―×―×―×―×―×―×


 登校時間前に龍宮は廻栖野から呼び出された。珍しいこともあるものだと、眠気と相談しながらベンチで横になっている。真新しいローファーが地面を打つ音がして、そばで止まった。


 龍宮は目をつぶり、体勢を立て直してから目を開けた。途端に龍宮の目が覚める。彼にしてみれば、それは信じられない光景だった。


「廻栖野、お前、それレーランの制服か」

「そうよ。今日だけ。あなたに最初に見せたかったの」


 廻栖野はいたずらっ子のように笑むと見せびらかすみたいにその場でくるりと一回転。丈の短いスカートが上品にひるがえる。

 趣味が良いと評した、チョーカーに改造された学校指定のリボンは規定に則った形になって、胸の上に澄ました様子で添えられている。


「どうかしら。似合う?」

「ああ。ゴスロリ(いつもの)も良いけど、なんか、こう、びっくりした」

「語彙が足りていないのね。お昼は辞書でも食べたらどうかしら」

「フルコースで貴様にも食わせるわ……」

「ありがとう。せっかくだけど遠慮しておくわ。今日はこのあと用事があるの。また誘ってね」

「用事? 珍しいな」

「趣味の時間なの。悪い方の」


 廻栖野はきびすを返した。


 龍宮は遠ざかる背中に「廻栖野」と呼びかけた。彼女は振りかえる。


「何かしら?」

「また明日、ここでな」

「当然よ」


 はにかみながら廻栖野は、上機嫌に歩き出す。

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