Act.14 重圧と地雷原、そして霧
金髪の男、筒浦は水を集めて敵意を露にする龍宮の視線に気付く。
「お前たちさ、何、目上のもんに向かってガン飛ばしてんだよ」
その瞬間、龍宮の体は不自然に重たくなる。廻栖野もこれを食らったんだ。龍宮はそう直感する。
龍宮は歯ぎしりした。膝で腕を支えてようやく立っている。この重みは俺でもきついってのに、廻栖野にこれを? そう考えると無性に腹が立った。
「ざっけんなよ、てめえら!」
重圧に耐え、なお龍宮の反抗心は高まる。しかし重さはさらに増し、いよいよ龍宮は膝から崩れた。
「俺の目につくところで敵意を向けたとき、それに反応して魁の牙はそいつに加重する。敵意に対して噛み付く重圧の能力。わかったら、俺に逆らうな。おい、高林、あのレーラン生を連れてこい。俺が直々に上下関係ってもんを教えてやる」
筒浦が舌なめずりする。
龍宮の我慢は限界を迎えた。どいつもこいつも寄って集って当て付けみたいに廻栖野に背負わせやがって。やっとのことで流水神楽に手を伸ばす。
水よ。
×―×―×―×―×―×―×
椎名の提案で、龍宮は空に向かって石を投げ上げる。
手のひらの先に水を集める。それを掲げて、落ちてきた石を受け止める。石が触れた途端、龍宮を避けて細い水の根が枝分かれしながら伸びていく。そして接地と共に飛沫に変わった。
『能力名は何だった』
「流水神楽!」
『どうやら現時点では力を水に流す能力のようだな』
よほど嬉しいのか、龍宮は石を投げては水で受け止めを繰り返している。
『それは君の精神性が反映され、性質を方向付けられたものだ。名前がわかっていれば構築が独りでに進むことは、基本的にはない。どうする、少し改造するか』
龍宮は水の支配を解いた。石が水と一緒に地面に落ちる。
「改造ってのはどうやるんだ」
『構築より簡単だ。ただアルターポーテンスを起動させ、どういう能力になって欲しいか、思考を組み立てるだけだ。認証されて上手くいけば変化する』
龍宮は廃材に腰をおろして聞き入る。
『改造は君の意思で手が加えられるが、出力は下がる。例えば扱える水の量が減る、射程距離がさらに狭まるなどが考えられる。また君の望みを実現するための条件をアルターポーテンスが自動的に定めてしまうこともある。例えば、トリガー型のように発動条件がさらに厳密に限定・指定されるとか』
龍宮はトリガー型と聞いて、任意のタイミングで発動できない代わりに一度に起動できる数量が多かったり、条件を満たせば遠隔発動できるカウンター系の能力が多い型だよなと、記憶から引っ張り出す。あとは能力者本人に意識がなくても起動できるという強みがあった筈だと、顎先に指をかけて考える。
『支配力を上げれば、さらに少量の水で力に干渉できるようになるかも知れない。また支配力が強ければ、相手が水を操作している場合、その支配権を上書きできることもある。まあ一長一短だな。それに、できれば応用が効く能力が良いだろう 」
『才能にもよるが、場合によってはサブの能力を構築するのも良いだろう』
「そういうのって、いくつでも作れるんスか」
『無理。出力は下がり続けるだけだから、いい加減なところで止めないと理論的には発動できるが、力が足りなくて起動しないという状態に陥る』
まあ都合良くはいかないよな、と龍宮は渇いた笑い声を上げた。ははは。
『または一つの能力の効果を用途に応じてバラバラにするのも手だな』
椎名の言葉を聞いて、スカウトマンの国木田のことを龍宮は思い出した。そういえばあの骸骨マスクの能力、死に至る七つの詰みがそんな能力だったな、と。
龍宮は頭を抱える。
「すぐには思い付かないっスね」
『急いで改造する必要はないから、しばらく流水神楽を使い、思うところがあれば手を加えるのも良いだろう。「水を媒介にして力に干渉する」、その基本から大きく外れなければ如何様にもなる』
講義が〆に入ってきたことを龍宮は痛感する。
『まあ、こんなもんか。属性能力と補正抗力に関しては学校でやると思うし。まあまた何かあればメールで連絡してくれ。対応する』
見えないだろうけれど、龍宮はネクサスフォンを持ったまま、深々と頭を下げた。
「色々と面倒を見ていただいてありがとうございました」
『良いよ、君は俺の暇潰しに付き合わされただけだ』
この人の性根のねじ曲がりようは筋金入りだ。龍宮は苦笑する。
『そうそう、これは言っておかねばならん』
椎名はそう前置きをして言葉を続ける。
『もし君が、能力を間違ったことに使うことがあれば、俺が君を殺す』
この人を嫌いになれないのはきっと祖父に似ているからだと龍宮は思う。
「そうだな。もしものときは、あんたが俺を止めてくれ」
『まあ、君ならどうせそんなことにはなるまい。じゃあな。おつかれ。またな』
×―×―×―×―×―×―×―×
そういう能力にすれば良い。
ここで立ち上がれないんじゃ、意味がない。今がそのときだ。
流水神楽で集めた水が霧に変わる。龍宮を縛っていた重さは消え去った。
立ち上がる龍宮を見て、筒浦が狼狽える。
「てめえ、何をした」
龍宮は聞く耳を持たない。それどころではない。
「高林、お前も能力を使え! 一帯を地雷原にしてあいつを近付けさせるな。そんでさっさとその女を連れて来い!」
高林が急かされるまま、土手の斜面を駆け降りる。下に着いたとき、高林は川から水を掌握する。
アルターポーテンス、水面下の自尊心
高林の集めた水が降り注ぎ、辺りに染み込む。すかさず高林は廻栖野の体を抱き上げようと試みた。ズシリと腕に重みが伝わる。
リベンジバイトを解除してもらわないと運べない。けれど、筒浦にどう伝えれば敵意があると認定されないか高林はわからなかった。今だって、事前に解除しておいてくれたら良いのにと考えている。気が付かないのかなあ、と。だが加重されていない。
敵意ってなんだ。高林は思考の迷路に陥った。
「廻栖野に手ェ出すんじゃねえよ」
龍宮がよろめきながら踏み出したその足下から、土砂や石礫を巻き込みながら水飛沫が立ち上る。
空中に投げ出された龍宮は咄嗟に水を集めたが、僅かな噴出分しか集まらない。
土手と同じくらいの高さだろうか。筒浦がほくそ笑んでいる様を、まざまざと見せつけられた。
辛うじて集められた水でクッションにするが、気休め程度にしかならなかった。落下し、肩を強く打つ。幸い、折れてはいない。しかし巻き上げられた石の破片に傷付けられて至るところから出血する。
おそらく今の流水神楽の性質は相殺に寄ってるんだ。圧倒的に水の量が足りていない。廻栖野のところに駆け寄りたいが、どこに水面下の自尊心が埋まっているかわからない。
地雷、か。 龍宮はトリガー型の能力だと当たりをつける。踏み込まない限り任意で発動できないが、代わりに水の跳ね上げる力にパラメーターを大きく割り当てて少量の水でもこの威力に底上げしてんのか。奥歯を噛み締めた。
水を集めようと試みた。川から距離が離れすぎている。水際だから、地面に含まれているものを引き寄せるか? いや、水面下の自尊心の支配下に落ちてる水がほとんどだ。
手の打ちようがないかと思ったとき、龍宮は光明を見出だした。




