Act.1 水と火
龍宮悠河のショートレンジのパンチが、男子生徒のがら空きの腹部を捕らえた。
男子生徒は苦悶の表情を浮かべ、龍宮の胸ぐらから手を離す。そのまま身体をくの字に折り曲げて膝をついた。
龍宮の周りを他にも数名の男子生徒が眉を吊り上げて取り囲む。
頭一つほど身長が高い龍宮は背後をとられないよう、注意深く立ち回る。隙を突いて殴りかかってくる者がいれば冷静に応戦した。
その様子を木陰に溶け込むような黒を基調としたゴスロリ姿で、『KEEP OUT』のテープをモチーフにしたニーソを履いた少女が唇を結んで眺めている。
龍宮がほぼ全員の戦意を削いだところで、火が点いた石が彼の顔のすぐ横を掠めていった。
澤村、と苦虫を噛み潰したような顔で龍宮がつぶやく。
仲間二人を残して、ジャングルジムから飛び降りた澤村が龍宮に歩み寄る。龍宮を囲んでいた連中も慌てて退いていく。澤村がオイルライターのフタを開け閉めする音が徐々にはっきりと聞こえてきた。
「ハルカちゃんさ、なーに俺の友達をいじめてくれてんのよ」
「野良犬に寄って集って暴力振るう奴らを同じ目に遭わせるのがいじめだってんなら、そういうことなんだろうな」
澤村が屈んで石を拾い上げた。龍宮は溜め池に向かって手を伸ばす。
「ほんと、ハルカちゃんってバカだよね」
石をライターの火で炙る澤村。手を離しても火を纏った石は落ちない。澤村がオイルライターのフタを、音を立てて閉めたのを合図に石が射出された。
――アルターポーテンス、脱兎の如き火
すかさず龍宮も水を集めて盾にする。しかし、いとも容易く放たれた石は水を貫いて、龍宮の肩を打った。跳ね上がった石が地面に落ちる鈍い音が聞こえる。
澤村を龍宮はキッと睨んだ。澤村がその様を見て、せせら笑う。
「ハルカちゃんさ、能力の構築できてないんでしょ。いくら水を集めたって俺のラビットファイアは止められないって」
澤村が石を蹴り上げる。それら全てに火が点いた。
「別にライターはいらないんだ。火は自前で出せるからさ。ただタバコ吸うのに、かっちょいいライターは入り用でしょ」
龍宮の水の盾は束ねた藁のように石を素通りさせ、役に立たない。龍宮は腕を構えて顔面をガードする。射出された石を受けて、龍宮は後退する。
「そんな水の盾でも、多少は勢いを殺してるんだね。もっとも、俺も本気じゃないんだけどさ」
そのときパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。
ジャングルジムの上で様子を見ていた仲間が澤村に声をかける。
「こっちに向かってパトカーが来るぞ。誰かが通報したみたいだ」
澤村は舌打ちした。
「また俺の仲間に手を出したら、ただじゃおかねえからな」
他の取り巻きと合流した澤村が公園を後にする。
龍宮も能力で集めた水の支配を解く。音を立てて水はこぼれ落ちた。跳ね上がった泥が龍宮の靴と裾を汚す。水は跡形もなく地面に染み込んだ。
くそっ! と毒づき、龍宮も公園を走り去った。