短絡思考系惨殺魔法少女ヒフミちゃん
短絡思考系惨殺魔法少女ヒフミちゃんは、わりとすぐに教会を襲撃する方向性で物事を考えました。ゼミス教の神殿を訪れて、法王様の言った通り一先ず私とルーくんを匿ってくださっていたのですが、ルミア教の方々は既にゼミス教と事を構えることを決めているようなのでここは別に安全な場所ではありません。それにあの美男子さんのことは、あきらかにゼミス教が持つ全戦力をかき集めても倒せないと思います。法王様があれの対処のために私たちを飼い殺しにしたいことはあきらかです。
なので、ちょっとルミア教に潜入して美男子さんと教会の上層部の方をサクッと惨殺して、私とルーくんの異端認定を取り消して貰おうと思いました!
「……お前ってほんとにアホだな」
「ではルーくんには何かいい代案がありますか」
「お前一人で逃げればいいじゃないか。どうとでもなるだろ」
「いくら私でもルーくんを連れて逃げ続けるのは困難です」
「いや、だからお前一人で」
「ルーくんを連れて逃げ続けるのは困難ですよ?」
「あのさ」
「……」
「僕が悪かったよ」
どうでもいいですが、私はルーくんをやりこめるのはとても楽しいことに気づきました。
「というわけで開戦一択です。あのふざけた美男子くんをフルボッコに」
耳鳴りがしました。私は耳に手を当てます。誰かが通信呪文を使っているのです。
「あ、ヒフミさんですか」
若い男性の声でした。聞き覚えがあります。たぶん万魔殿の通信係りの人間でしょう。
「はいヒフミですけど、そういうそちらは?」
「……すいません、後ろがうるさくて、ライルさんちょっと黙って、いまから説明しますから。ああ、もう、黙れ!」
ゲシッ。と何かを叩く音が聞こえました。
「失礼しました。こちら万魔殿所属、通信士のエデルです。後ろにライルさんとシェイドさんがいます」
「あら」
「そちらはいまは?」
「ルミア教に突撃しようかなーと思っていたところです」
「あ、それです。連絡した要件」
「はい?」
「突っ込むの、一週間程度待ってください。いまノエルさんとウェスターさんが、方々に手を回して色々やってますから」
「数法演算士ノエルと、魔法力測量士ウェスターが?」
「わ、ちょ、やめ、ライルさん?!」
……なんだかごたごたしているようですね。
「ヒフミン無事かい?!」
成人男性の大声で耳がキーンってなりました。
「ぶ、無事ですよ」
「はぁぁ、よかったぁ。だから僕は嫌だったんだよ。ヒフミンを魔王と戦わせるなんて、どう転んでもいい方向にはならないことなんてわかりきってるじゃないか。戻っておいで。万魔殿は全力で君を守るから」
「いや、幹部会が総反対するでしょ。異端者匿うなんて言ったら」
「みーんな僕が捻じ伏せてやるよ」
「バカ。それだと私がすごく居心地悪いじゃないですか」
「む」
「それにみなさんに迷惑かける気はそんなにないですよ」
ちょっとはあります。
「それは実に寂しい。じゃあ個人的に僕を頼って」
「リーダーは気持ち悪いから嫌です」
「……」
ていうか他人の通信呪文を乗っ取ったんですか。そんなことできる人、はじめてみました。なんかよくわからないけどすごい人ですね。ヘンタイですけど。万魔殿で私のグッズを作って売り出そうとか言い出したときはほんとに頭おかしいと思いましたけど。リーダー権限で「万魔殿」の名前を「ヒフミンファンクラブ」に変えたときにはぶん殴りましたけど、腕だけはたしかなんですよねえ……。
「とりあえず一週間待てばいいんですか」
「ああ、具体的に動くのはそれからだ」
「詳しく訊いても教えてくれなかったり?」
「済まないね。君の動きは監視されていると見るべきだし、君は詳しい話を聞いてじっとしていられる性格でもないだろう?」
「ぐぬぬ」
まあ過激な性格をしてることは認めますけど。
「約束だよ。動くのは一週間後。また連絡するから」
とりあえず納得しておくことにしましょう。
「早く会いたいよ」
「私は別に会いたくないです。それでは」
これ以上ライルと話していると頭が痛くなりそうなので、通信を切りました。
「万魔殿からか?」
「はい、なんか攻撃するなら一週間待てって」
「いいじゃないか。お前も手持ちの魔法陣を補充したりで準備期間はあったほうがいいだろ」
む、うまく諌められてしまいました。
「む、むむ……」
このほとばしるぶち殺したい欲求をどこにぶつければいいんでしょう。というか私、自分がこんなに負けず嫌いだったとは知りませんでした。(魔法の勝負で)負けたことがなかったので。
……まあいいでしょう。腕も焼かれたままでまだ表面しか治っておらず中身がぐちゃぐちゃですし、色々な準備と魔法力を高めるために一週間を費やしましょう。
ところでルーくんと一緒に過ごして大変驚いたのは、対人スキルと家事スキルがとても高いことでした。一日目に食堂でご飯を作っているおば様たちを篭絡し、三日目にはそれに混じって一緒にお仕事していました。
「……」
「なんだよその恨みがましい目は」
「いえ、とても美味しいです」
ごく普通の野菜を煮込んだスープとトマトのパスタなのですが、不思議な甘みがあります。私、女子力でルーくんに完敗していることが発覚しました。そういえば私が脱ぎ散らかしていた衣類とか、いつのまにか綺麗になって畳まれていたりするのですがあれもルーくんの仕業だったのでしょうか。むぅ、一家に一台ルーくん。お嫁さんにしたい。
「……」
「だからなんでよその目は」
「いえ、お米の料理が食べたいなぁと思ったり思わなかったり」
褒めてるだけだと負けっぱなしな気分なので注文をつけてみました。
「米? どんなやつ?」
「え、ええと」
「魚貝系? それとも卵でくるんだりとか。煮込んだほうがいいかな」
「……魚貝系で」
「おっけー。夜に作るよ」
さらりと言われて敗北感がさらに強まりました。
ルーくんはさっさとおば様たちのほうへと戻り、材料の相談などをしています。かくまっていただいているこの神殿の、厨房を取り仕切っているおば様たちは量を作ることには得意ですが、一点物の手をかけた料理には造詣があまり深くないようで大層興味がある様子。
積極的にコミュニケーションを深めていくルーくんに対して、私は完全にヒッキー状態でした。部屋に篭ったまま一歩も外に出てきません。図書室で魔法を使って記憶して圧縮してきた文字列を解凍して魔法理論の読み解きをやるくらい。他はご飯とお風呂のときぐらいしか外に出ず。たまに話しかけられてもおっかなびっくりに逃げ回るだけでまともな築こうとしていませんでした。
世間的には非常にまずそうな生活をしていますね。どうでもいいですが。
「あの、すみません」
「ひゃう?!」
突然声をかけられて私は飛び上がりました。人見知りここに極まれりです。
「さきほどからなにか呪文を使っておられる様子ですが、いったい何を?」
年配の男性が丁寧な調子で言いました。
私は呼吸を落ち着けてから答えます。
「ええと、こういう呪文です」
私は記憶呪文を男性に向けて開示しました。そこにはものすごい勢いで並んだ文字列が青い白い光になって空中に浮かびます。
「平たく言えば読んだ本の内容を覚えておく呪文です」
厳密には違いますが。私は読んでない本の内容をパラパラーっと捲ってページごと魚拓しています。それを解析呪文を使って、「読んで」いるというよりは「理解」しています。なので一冊読むのに一分もかかりません。文学書や歴史書を読むには向いていない方法ですが、学術書を読むにはぴったりです。
「はぁ」
おじさんは感心したように息を吐きました。
でもこれ、魔法使いなら多分みんなやってることですよ。
「私は記憶解析士をやって長いですが、これほど見事な記憶呪文ははじめて見ました」
……みんなやってるは言いすぎだったみたいです。
ていうか専門の方だったんですね。もしかしてこれができないから他の魔法使いの方って私より弱いんでしょうか。
「それにしても隠蔽呪文も使ってたのに、私が呪文使ってるってよくわかりましたね」
「ああ、妙な感じがしたので解析呪文を使いました」
なるほど、スパイとかだったら困りますもんね。使い手によってはあの美男子さんみたいに広域を巻き込んで大破壊を起こせる魔法使いもいますし。
どうでもいいですが教会所属の記憶解析士ということは。
「異端審問士の方ですか?」
力量と相手の状態によっては、他人の記憶を勝手に覗くことも可能なのが記憶解析士です。その呪文は主に異端者の捜索、発見に使われます。
「いえ、違います。ゼミス教には異端審問士はいません」
「あら、不勉強で申し訳ありません」
「よく誤解されますので。そもそも我々が異端のようなものなので、他教に関しては柔軟なのですよ。ゼミス教の歴史については?」
「全然知らないです」
「ご興味は?」
「あります」
「では、少しお話しましょう」
おじさんは私の向かい側に座りました。
ゼミス教の元となる思想が起こったのは、四代勇者セフィ=ロトの時代です。この時代にはいまとは比べ物にならないほど強力な魔族達が跋扈し、大陸の大半を支配していました。有名なところで言えばダークドリームやルルゲネ、アーデムスなど、初代勇者の時代から猛威を振るっていた魔王たちの時代です。この時代に人間に残された領土は現在で言うところのルミア教の聖地である光の街の周辺だけだったそうです。
セフィはこれらの魔王を片端から駆逐して、人間の領域を取り戻していきました。
セフィはたしかに強力な勇者でしたが、単体でそれほどの魔王たちを倒せるわけがありません。彼には強力な仲間がいました。その一人が、封印士エバナです。
エバナは相手の魔法力を封じる魔法を使ったそうです。現在でいうところの口封士に近いものだったのではないかと言われています。魔法力を封じられた魔王達は、勇者の放つ聖なる雷の呪文を防ぐことができず、成す術もなく倒されました。
優れた記憶解析士でもあったエバナは興味本位で魔王の記憶を解析しました。彼らの記憶の中には精霊ルミアの姿が、そしてルミアをはじめとする数多の精霊を率いて魔族たちと戦う一人の男の姿がありました。
「では、それが?」
「ええ、エバナは彼を精霊王ゼミスと呼びました」
長い長い戦いの末にゼミスは魔族たちの王と相打ちになり、他の精霊たちも倒れ、あとにはルミアだけが残りました。ルミアは最後に人間に魔法を授け、魔族と抗う術を授け、すべての力を使い果たしたのちに、魔族の側に最後に残った竜と戦ったのです。
覇竜オウルウです。
そこから先はルミア教の教えとほぼ同じです。ルミアはオウルウに敗れましたが、自身の肉体と魂を人間が魔族に抗うための武器へと変えました。そして人間はルミアが遺した武器を手に魔族たちと戦い、今日に至ります。
「もちろんこれはエバナが語ったことであって真偽は彼女にしかわかりません。しかしゼミスの存在を知ったとき、我々の中にあったルミアを絶対とする信仰心は砕けてなくなりました」
おじさんはお茶を一口飲みました。私の反応をうかがっているようです。
私としてはいま一つピンと来ません。なぜなら私達はルミアの遺産の恩恵は幾分授かっていますが、ゼミスさんとやらの恩恵を受けていないからです。
「うーん、ちなみにセフィやエバナたちが戦ったダークドリームやルルゲネは、ゼミスとは戦わずに生き延びたのですか?」
「諸説ありますが、それらの魔族がまだ頭角を現していなかったのではないかといわれています」
「なるほど」
オウルウだけがそのころの激戦を潜り抜けて、現代に生き残っているのですね。
あの御仁はカ・ルミアを打ち込まれて随分弱体化してるみたいですけど、本当の力を発揮したらどれほど強いんでしょうか。少なくとも勇者よりも強い雷の力を持っているはずの、精霊ルミアをぶち殺しているわけですし。……あまり考えたくないですね。
「ところで私が何を言いたいかといえばですね」
「はい?」
「ゼミス教に入信しませんか」
「あ、それはお断りです」
「そうですか」
おじさんはあからさまにがっかりしたように肩を落としました。
「ゼミス教って財政とか苦しいんですか?」
「はずかしながら。やはりルミア教が圧倒的多数ですからね」
私ってば美少女だし勇者の仲間なので、客寄せパンダになりそうだから目をつけていただいたんですかね? まあ入りませんけど。
「しかしゼミス教に入信していただければ、我々も大手を振ってあなたがたを庇えるのですが……」
「え、逆ですよね?」
私が聞き返すとおじさんはぽかんと口を開けました。
「私に庇って欲しいから、私をここに置いてるんでしょう?」
「そんなことは……、いや、まさか……」
「大丈夫ですよ。ご飯食べさせてもらってる分とベッドを用意してもらっている分くらいは働きますから。敵、きたら任せてください。みなさんちゃんと逃げてくださいね」
「……」
おじさんは厳しい表情で席を立ちました。
「上のものがどういうつもりであなたを招いたのか問い詰めてきます」
「いってらっしゃい?」
おじさんは一礼して去っていきました。
えっと、なんか悪いこと言っちゃいましたかね?
どうでもよかったのでまた引きこもって晩御飯の時間まで暇を潰していようと思います。
そうして晩御飯の時間になって、ルーくんの作ってくれたパエリアのあまりの美味しさに私はまた打ちひしがれるのでした。
ところで私、一つ重要な思い違いをしていたかもしれません。
なのでそれをルーくんに尋ねようと思いました。
「ねえねえルーくん」
「なんだよ」
「いまから結構大事な質問するので、答えたくなかったら黙っててください」
「?」
「ルーくん達、擬似勇者を作ったのって、教会なんですか?」
「そうだよ」
やっぱりそうだったんですか。
てっきりゾルアが作ったものなのだとばっかり思っていました。
「ゾルアは流出した僕を拾って育てただけ。生まれたのは教会の保有する研究施設の中だ」
ということは教会はルーくん達の元となる魔王の魂をどこかから調達してきたわけですよね? どうやったのでしょう? ……そしてこの問題につきあたったときに、私はすでに一つの解を得ていました。
「ちょっとルーくん、これ見てもらえますか」
私は、映像投影呪文を唱えました。
私の脳内に記憶された視覚情報を可能な限り詳細に映し出す呪文です。記憶呪文とあわせて使えばちょっとした映画みたいなものが流せます。
これを使って私は先日の美男子さんと私の戦闘記録をルーくんに見せました。
「レティアだな」
ルーくんがぽつりと言います。
「レティアさん」
「うん、ぼくと同じ擬似勇者の一人だ。間違いない」
「もう幾つか質問があるのですが」
「もったいぶるなよ。なんだ?」
「ルーくんは自分の元になった魔王の名前を知っていますか」
「知らない」
「そうですか」
「ただ擬似勇者の内一人だけは知ってるよ。魔物に変身したやつだけど」
「どなたなんですか」
「空間を司る魔神、アーデムス」
「そう、ですか。うーん」
「なにか思いついたことがあるのか?」
「大したことじゃないんですけど」
「いいから聞かせろよ」
「ルーくんは四代勇者の伝記って読んだことありますか」
「あるよ」
「アーデムスがその中に出てくるのは知ってますよね」
「うん」
「で、その伝記の中にダークドリームっていう魔神が出てくるんですよ」
「ああ、いるな」
ルーくんはおぼろげな記憶を掘り当てたように頷きました。
「赤山羊の悪魔ダークドリーム、一切の破壊を望む魔神。“実在する悪夢”。四代勇者とその仲間達が最も苦戦した魔族で、勇者の仲間だった武闘家ヤンと魔剣士フルフトーはたしかこいつに殺されてるな。破滅の嵐を操り、炎を帯びた巨大な天秤刀を用いて闘う歴代でも指折りの――、ああなるほど。レティアの戦法と一致するって言いたいわけか」
私は頷きました。
「要するに教会の持ってる魔族の魂は、エバナがかつて封印したものなんじゃないかなと」
魔王の魂を封印するなんて常識はずれなこと、人間の魔法使いにはとてもじゃないけど出来ません。しかしどうやったのかはわかりませんが、エバナはそれを可能とするだけの力量を持っていたそうです。その秘法を持って、エバナは七十七もの魔族を封印しました。
封印士エバナ。
まったくはた迷惑な魔法使いです。
「けどダークドリームは倒されたんだろ。死因から何か攻略法とかわからないのか」
「わからないというか、参考にはならないですね。だって、フルフトーとヤンが捨て身で命と引き換えに両腕を封じて勇者が剣と稲妻をぶっこんで、エバナが封印を食らわせて、まだ生きていたダークドリームが勇者を殴り飛ばしてエバナの両足を切り落として、最後に勇者が全ての魔法力とア・ルミアを手放して放った雷でダークドリームを焼き尽くして、それでもまだ動いたダークドリームをエバナが再封印してようやく勝利します。エバナはこのとき傷にかけられた呪いのせいで現役を引退していますし、四代勇者もこの戦いで戦闘能力を失って雑魚魔族に殺されたらしいです」
「とんでもないやつだな……」
「はい」
実質勇者パーティ四人、一体で皆殺しにしたわけですからね。しかも多数の有力な魔族を葬っている、歴代最強とも言われる四代勇者のパーティを。
ダークドリームはおそらくクルヴェスター、オウルウ、ゾルアと並ぶ最強の魔族です。とはいえいまは人間の体に押し込められたその残り香にすぎません。勝てなくはないとは思いますけど。
「うーん」
対策は幾らか思いついたのですが、決定打になるかはわからないんですよね。しかも魔法陣がたくさん必要な方法なので、しっかり準備しないといけないし。……めんどくさくなってきました。極大爆裂呪文二十七発でぶち殺したいなぁ。多分それじゃ無理なんですけど。
そうして何日か過ぎて、通信士からの連絡が来ました。
「ノエルとウェスターが呼んでるので、一度こちらに来てもらえますか」
「はい。わかりました」
ルーくんを連れて万魔殿の本部へと飛びました。万魔殿には転移室があるので、とりあえずそこへ飛び、それから広間の扉を開けます。
「ヒフミン!」
開けた途端に眼鏡をかけた男性が飛び掛ってきたのでキックしました。そいつは勢い余って後ろにひっくり返り、背後の本棚に頭をぶつけてバラバラと落ちてきた本の中に埋まりました。
「あら、誰かと思えばライルさんじゃないですか。セクハラはいけませんよー」
蹴ってからライルさんだと気づきました。白髪の成人男性が、本の中から体を起こします。
「ちょっと感極まってしまってね。よく生きていてくれたねヒフミン。君は僕らの誇りだよ」
「あ、ノエル!」
「やっほー、ヒフミン!」
女の子同士なのでハグしました。
「ねえウェスター、僕はとてもせつない気持ちに包まれている。どうして僕は女の子に生まれなかったんだろう。どうして僕はライル=エルクランなんだろう」
「知るかよ。可及的速やかに死ね」
目の下に隈のある二十代後半くらいの男性があくびをしています。その隣には見覚えのある金髪で鎧姿の騎士さんがいました。
「どうも」
湊の国の騎士、ローレンさんが軽く会釈します。
「どうも、えっとどうしているんですか?」
「調査に立ち会ってもらったんだよ。教会にも同行してもらおうと思う」
「ウェスターさん、どうも、お久しぶりです」
「おう、元気でやってたか」
「微妙なところです」
お互いに苦笑します。
「あれ? なんでウェスターにはそんな親しげで僕には冷たいの?」
「それで本題ですけど、どうして一週間も待ったんですか。調査って言ってましたが」
意図的にスルーしたらライルさんが膝を抱えて蹲りました。面倒くさいので放っておきましょう。
「バルラモン島で魔法力測定をやってたんだよ」
と、ウェスターさんが答えてくれます。
魔法力測定? というと、……ああ、そういうことですか。
「急ピッチでやったんだが諸々の手続きと検証が終わるまでに時間がかかってな。待たせて悪かったな」
「というかこちらこそなんですが、いいんですか。教会、敵に回すんですよ?」
「下手すればライルよりお前のほうが万魔殿に対する影響力は高いからな。お前が異端認定されるってのは、万魔殿が黙っていられる状況じゃないんだよ」
「……ご迷惑おかけします」
「気にするな。つか悪いけど俺は寝るわ。さすがにぶっ通しは疲れた」
ふらふらと立ち上がったウェスターさんが仮眠室に消えていきます。
「おやすみー」
「ゆっくり休んでくれ」
ノエルとライルがその背中を見送りました。
どうでもいいですが「なんでノエルのやつは俺と同じ時間仕事してたのにあんなに元気なんだ……歳なのか? 歳のせいなのか?」だとかぼやいていました。
「さて、僕らはこれから星光教会に向かう。アポもとってあるから、正面から行くよ。ヒフミン、護衛を頼んでいいかな」
「わかりました。全力でノエルとルーくんを守りますね!」
「いや、あの、僕は?」
「ご自分でどうぞ!」
「ノエル、泣いていいかな」
「勝手にすれば?」
またライルが部屋の隅に蹲ります。
やりとりを見ていたローレンさんがちょっと困った感じで笑っています。
「僕も一緒にいくのか? 足手まといじゃないか」
ルーくんが口を挟みました。
「手元に置いておいたほうが守りやすいので一緒に来てください。法王様と違ってルーくんの首には賞金もかかってるわけですから、いつどこで襲われるかわからないので」
「……そうだけど」
「大丈夫ですよ。なんとかなります」
私は無理に笑みを作りました。
なんとかなると信じないとやってられなかったからです。
「じゃあ、ライルを置いていきましょうか」
「ま、待って待って、僕も行く! 僕も行くからっ!」
隅でしくしく泣いていたライルが飛んできました。「うぜえ」……はっ。つい本音が。
「では」
私は瞬間移動呪文を唱えました。
光の街にある星光教会にやってきた私達は一先ずたくさんの兵士達に槍を向けられました。
「アポはとってあるんですよね?」
「うん」
ライルは力強く頷きます。
「要件は通ってるよね? 我ら『万民のための魔法精霊殿』は異端者ヒフミ、ルイの両名の、異端認定の取り消しを要求する。道を開けてもらえるかな?」
兵士達は槍を向けて黙ったままです。私は失笑しそうになりました。兵士の数はせいぜい二十名程度です。教会の僧兵はそれなりの精鋭揃いだと聞いていますが、仮に戦闘になったとしてこの程度で私の相手が出来ると考えているんでしょうか。舐められたものです。
兵士達の後ろから誰かが歩いてきました。レティアとかいうあの美男子さんです。
「いやぁ、申し訳ありません。ちょっとした手違いがありまして。案内します。どうぞ」
兵士達が退いて、レティアが私達を先導します。
後ろから燃やしたいなぁとふと思いましたが、それでは異端認定を取り消すどころじゃありませんので、黙っていることにします。
大司教のザイエスさんが私達を迎えました。傍らにはフリューさんがいます。ライルさんが一通りの自己紹介となんだかそれらしい口上を述べて、ザイエスさんもそれらしい口上を返しました。
「それでは本題に入りましょう。ノエル」
「はいよ」
ノエルは自分の魔法力を解放しました。空中に無数の数式が展開します。
「ただいまご紹介に与った万魔殿所属、数法演算士のノエルだよ。孤島バルラモンの魔王城にある魔法力残留物を検索した結果、99,97%の確率で勇者と思われる魔法力痕跡を発見、さらに遺体を擬似構成してさらに詳細検索した結果、最新の損傷の100%が魔王によるものと断定できたよ。これによるとヒフミンが勇者殺害に関わっている可能性は0%だね」
投影呪文によって光の立体映像が作り出されます。魔法力分解される前の勇者さんの遺体が、魔法力によって擬似的に再構成される様子が映し出されました。
「ヒフミンの異端認定の理由は“勇者の殺害”だよね? それにヒフミンの関与はないことは立証されたと思うよ。ここは勘違いでした! で、謝っておかないとまずいんじゃないかな?」
「この情報は槍の国、剣の国、湊の国の第一級魔道士の立会いの下で検証されたものです。三国以上四名以上の一級資格魔道士による検証のため、法的な証拠として充分な効力を持ちます。大司教、どのような法的根拠を持ってうちのヒフミを異端認定したのかお伺いしたい」
鋭い口調で切り込んだライルさんに対して、ザイエスさんは小ばかにしたような笑みで、言いました。
「我々の独自の検証によるものだ。教会の秘法に因るモノのため、外部の魔法使いには公開できない」
「あははっ。ライル、あのおっさん84,9%の確率で頭悪いよ! たぶん一般人の43,4%くらいの思考力しかないんじゃないかな! 脳みそ腐ってるのかな? かな?」
場違いに能天気なノエルの声がよく響きます。
苦い表情でライルが小さく息を吸い込みます。
「よくわかりました。我ら『万民のための魔法精霊殿』は教会とのすべての取引を停止します。我らは異端審問精度を自身にとって都合よく利用する教会を信用できない。教会に護衛に出向している魔法使いもすべて撤退させます」
ローレンさんが一歩前に出ました。
「湊の国はヒフミさん、ルイさんの両名の身柄を保護します。本件は教会の異端審問権を満たす案件ではありません。教会がなお両名の身柄を不当に拘束しようとするならば、我々は武力を持ってこれに抵抗します」
「馬鹿共めが」
ザイエスさんは低い声で唸りました。
レティアさんが双剣に手をかけました。
「それからフリューさん、万魔殿はラミネさんの身柄を預かる用意があります。万魔殿は教会とは異なる独自に回復呪文も研究してきましたので、充分お役に立てると思いますよ」
レティアさんがぴくりと動きを止めました。
そして。
剣を引き抜いて、背後から切りかかったフリューさんの剣を受け止めました。高い金属音が響きます。軽く吹き飛ばされたレティアさんを、フリューさんが追撃。
「悪いなヒフミ、こいつ貰うぞ!」
……ご自由にどうぞ。
「ははっ。いいね。そうこなくちゃ!」
狭い場所では近接格闘に優れたフリューさんに抗しづらいと見たのか、レティアさんが窓を突き破って外に出ます。フリューさんがそれを追いかけて出て行きました。
私は気を張っていました。ローレンさんだってライルだって気を張っていたはずです。
だから決して油断したわけではありませんでした。
「かふっ」
ルーくんが唐突に血を吐きました。驚いて振り返ると、入り口のあたりに髪の長い女が立っています。
「いつまでそんな皮を被ってますの。早く目を覚ましてくださいな」
「ルーくん!」
崩れ落ちかけたルーくんを抱きとめます。青白い顔をしていました。内蔵の損傷? 病毒呪文の類? 私やライルに気づかれずに放ったのですか?! と、とにかく回復呪文を。
ライルとローレンさんが私達を庇うように戦闘態勢に入ります。
「ジ、ジドゥ……?」
ザイエスさんだけがわけがわからなさそうな目で状況を見ていました。
「戦うかい? いいよ、やろうじゃないか」
ジドゥと呼ばれた女の背中がもこもこと盛り上がりました。服を突き破り、背中から四本の長い腕が現れます。四本の腕は魔法力で作り上げた槍や剣を持っていました。
「ルーくんと同じ擬似勇者……? いえ、この気配はもう……」
この方は魂の力に肉体をほとんど食い殺されて、魔族と化しています。
「ぅぅぅぅ……」
まずいです。ルーくんの吐血が止まりません。私が手を離したら多分死んじゃいます。だけどライルとローレンさんだけでは、魔王級の魔族の相手は出来ないでしょう。ノエルは戦闘向きじゃないですし。
「ヒフミン、少しは僕らを信用してくれよ」
ライルが穏やかな口調で言いました。
「あなたがただけに無理をさせないために、自分達はずっと牙を研いできたのですから」
ローレンさんが魔法力を剣に纏わせます。
「……お任せします」
私はルーくんとノエルを抱えて後ろに飛びました。そのまま遠くへ逃げないのは本当にまずいときに援護できる距離を保つためです。
フリューさん、勝てるでしょうか。
ライルとローレンさんにあれを任せていいのでしょうか。
様々な不安が過ぎって、私は腕の中のルーくんを抱きしめました。
苦痛の喘ぐルーくんが私の胸のあたりをぎゅっと握り締めています。
窓を飛び出したフリューとレティアは幾度か剣を交えながら光の街の大公園まで下っていった。悲鳴をあげて一般人が逃げていく。開けた場所に出てようやくレティアが足を止めてフリューと向き合う。
「周り気にするんだな。意外だったわ」
「ここで被害を出したら司教さんがうるさいからね」
フリューは正眼に構えて、小さく、速く剣を振るう。レティアが頭上に掲げた剣の片方で受け、真横に動きながらフリューの剣を受け流す。続く横薙ぎの斬撃を、双剣を重ねて受ける。「歯ぁ食いしばれ」フリューが剣を支える左手を離して、拳を握り固めた。「なっ」片手持ちになった剣を押し返そうとするが、レティアの膂力ではびくともしなかった。左フックがレティアの即頭部を捉える。体重の乗っていない手打ちの拳だったが、硬化呪文を帯びた文字通りの“鉄拳”は充分な威力を持っていた。たたらを踏む。そこへ連動した左まわし蹴りが襲い掛かった。体がくの字に曲がって吹き飛んだレティアに、伸長呪文を用いてリーチが拡張された剣が振り下ろされた。ぶわりと強い風が吹いた。
「!」
十数メートル以上に伸張した長剣は、横風の煽りをまともに受ける。軌道が逸らされてレティアの隣の地面を切り裂く。
旋風呪文。
レティアが双剣の柄を連結させて、両端に刃のついた天秤刀を作った。
「様子見は終わりってところか?」
「ていうか、剣技で勝ちたかったんだよ。お前、人間で最強の剣士なんだろ」
天秤刀を回転させると、レティアの周囲に魔法力を帯びた風が渦を巻く。
「認めるよ。いまの俺の腕じゃお前に剣では勝てないみたいだ」
渦を巻いた風に炎が乗る。膨大な量の酸素を飲み込んで一気に燃え上がり。
破滅の嵐となって吹き荒れた。周囲一体に炎を帯びた風が撒き散らされて、焼け散っていく。フリューは後方跳躍して逃げる。逃げながら伸長呪文を受けた剣で攻撃しようとしたが、下方から上方に向けて吹き上がる風を受けた剣が、明後日の方向に空振った。レティアが剣を振るうと、炎の塊がフリューに向けてまっすぐ飛ぶ。フリューはバックラーを外して前方に放り投げ、伸張呪文をかけた。金属製の盾が幕のように広がり炎を受けたが、すぐにドロドロになって溶解した。続けて放たれた炎の乱打を横に跳んで逃げる。さらに距離が離れていく。
「……やっべえな」
フリューは遠距離攻撃の手段をあまり多く持っていない。伸長呪文の他は実戦では到底役に立たないレベルだ。遠距離攻撃は補助的なもの。近接戦闘に活路を求めるのがフリューの戦い方だ。
対してレティアの炎の嵐は、近~中距離で絶大な制圧力を誇っている。あれだけ強烈な熱気を纏われるとそもそも近づくことができない。そして伸長呪文での中距離攻撃は風に捻じ曲げられて届かない。さらに熱気に炙られてフリューの体力は徐々に奪われていく。かといって距離が離れすぎれば、レティアはヒフミ達の元に戻ってあちらを狙うだろう。それだけは避けなければならない。そもそも別の更に大規模な呪文を持っていないとも限らない。
これ以上距離が離れては勝ち目がないと断じたフリューが賭けに出た。片足の脚甲を外して先ほどのバックラーのように、伸長呪文をかけて一時的に炎を受けさせる。脚甲を溶解させて貫通してきた炎が脚甲の外れた左足をわずかに焼いたが、ほんのわずかだけ時間が稼げた。フリューは極大伸長呪文を唱えた。
フリューの剣が長さ百五十六メートル、幅十二メートル、厚さ三メートルまで伸張する。建物を一つそのまま抱えたようなサイズの金属の塊が出現。フリューの秘技、『城斬り』を前にしてレティアの表情が歪む。
「るうううううおおおおらあああああああああああああ」
加撃呪文を受けたフリューの全身の筋肉が膨張。その巨大な金属の塊を横薙ぎに振り回した。これだけの質量ならば風の結界などものともしない。
レティアは振り回した天秤刀に全ての魔力を載せて、これを迎撃した。あまりにも巨大な質量の上に膨大な風圧が降り注ぐ。フリューの膂力とレティアの魔法力が衝突し、レティアの魔法力が勝利した。建物を丸ごと持ってきたような巨大な剣が風圧に叩き落されて地面に沈む。
瞬間、フリューは剣を手放し、間合いを詰めていた。
全魔法力を持って『城斬り』を迎撃したばかりのレティアにはすぐに新しい呪文を唱え直すことはできなかった。だがレティアの手には剣があり、フリューは素手だ。レティアは突進してくるフリューの心臓に狙いを定めた。胸を狙えば、例え硬化呪文で防がれたとしても突き飛ばせて距離は離れる。新たに呪文を唱え直せば、足を焼かれたフリューは逃げ回ることはできない。これで詰み。レティアの突きが、フリューの心臓に突き刺さった。
ぶちゅ。
(……ぶちゅ?)
その手ごたえはレティアにとって予期しないものだった。レティアの放った突きは硬化呪文によって防がれなかった。そのまま切っ先がフリューの胸を貫き、心臓を完全に破壊していた。
勝った?
どうして防がなかった?
困惑が、レティアから0,1秒の時間を奪った。心臓を貫かれたまま左手を突き出したフリューが、レティアの咽喉を掴んでいた。そのまま力任せに地面に捻じ伏せる。頭部を強く叩きつけられて、一瞬レティアの意識が飛ぶ。明滅する視界の中でフリューが足を振り上げるのが映った。フリューの脚甲のついた踵が自分の頭に向けて降ってきた。死を悟ったレティアは目を閉じた。ずどんと、重い音がした。
「……つーわけで、俺の勝ちだ」
レティアが目を開けると、フリューの踵が自分の頭の、真横の地面にめり込んでいた。大地に亀裂が走っている。どんな馬鹿力なんだと半ば呆れ返る。フリューは胸に突き刺さったままの天秤刀を抜き、レティアに向ける。血が噴き出したが、ディバインメイルによる治癒力強化で表面上の傷が塞がり出血が少なくなっていく。
「なんで生きてるの?」
「俺は心臓が二個あるんだ。前衛職は重要な臓器には補助器官をつけてるんだよ。一個目を破壊される前から二個目の心臓を起動させておいただけ」
「うわ、なんだそれ。騙された。ずっるー」
「こんな子供騙しに引っかかるほうが悪いんだよ」
「ちぇっ。悔しいなぁ」
「まだやる気ならトドメ刺して行くが」
「いや、完敗だよ。それにちょっと体動きそうにない。見逃して欲しい」
「いいよ」
「いいの?」
「ラミネとヒフミとルイに手を出そうとしたら殺す。そうじゃないならどうでもいい」
「あんた自身に対しては?」
「いつでもかかってこい。ボコボコにしてやる」
フリューは焼けた左足の痛みに耐えながらヒフミ達の残っている教会に向けて駆け出した。
「悔しいなぁ」
レティアはもう一度呟いて、その背中を見送る。少しして、ふらつきながら立ち上がり、せめて自分の関与した戦いの行く末くらいは見守ろうと遅々とした歩みでフリューのあとを追った。