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魔人


 私たちは砂の国の宿屋で数日を過ごしました。

「んぁ……?」

 まぶたを擦りながらルーくんが間抜けな声を出しましす。

「あ、おはようございます」

「おはよう馬鹿ヒフミ」

 とりあえずルーくんが目を覚ましたことに私は深く安堵します。あの魔王の能力によって魂に干渉を受けてダメになってしまったのでないかという不安が少なからずあったからです。

「診察しますので動かないでくださいね」

 ルーくんが私の手を払いのけました。

「ちょっと待て、服を脱がそうとするな。なんだその卑猥な手つきは」

「まあまあ」

「まあまあじゃねぇ。お前、ちょ、くすぐったい、やめ」

「まあまあ」

 少し熱っぽい皮膚に触れるとルーくんが悲鳴を押し殺しました。なんだかとても、萌えです。こんなにかわいいと悪戯してみたくなります。というわけでわき腹に触れてみたり。

「っ……」

「ヒフミ、そういうのは俺の見てないところでやろうな?」

 と、フリューさんに釘を刺されました。ちぇっ。仕方ないので真面目にやりましょう。とかいいつつもう一回お触り。

「ひゃっ」

 なんでしょう。こう嗜虐心がわらわらと沸いてきますね。

 フリューさんが呆れ果てた目で見ているのでちゃんとやります。

 血液、正常、リンパ液、正常、脳、正常、筋肉、まだ傷は残っていますが回復呪文を使えば数日程度で治るでしょう。骨、細かい皹などは見られますが同じく回復呪文によって完治が見込めます。魔法力値、まだ枯渇しています。寝てたら戻るでしょう。最後に魂ですが、少し翳りがありますね。これは、禁呪法の影響でしょうか? 

「どうした?」

「いえ、なんでもありません。大丈夫。数日中に完治するでしょう」

「ルイ、治ったら組み手やろうぜ。相手いないと暇でよ」

「いいよ」

 ルーくんが上半身を起こします。

「あの、まだダメですよ」

「わかってる。全身痛いしだるい。それより」

 ルーくんが宿の内装、それから窓の外を見渡しました。

「なんで砂の国にいるんだ?」

「あー、それはですね。ええとかくかくじかじかで」

 私はルーくんが眠っている間にあった諸々の事情をお話しました。

 光の国が私たちを追いかけてきたこと。その理由について。ア・ルミアを教会が管理していたこと。その行方がわからないこと。追っ手を避けるためにルミア星光教会の力の及ばない砂の国にやってきたこと。

「ア・ルミアの行方なんて私たちにもわからないのに、まったく迷惑な話ですよね」

「……そうだな」

 なんだか間がありました。もしかするとルーくん、知ってたりします?

「今後の方針は?」

「お前が回復したら解散する予定」

「なるほど」

 人間の追っ手なんて負傷さえしていなければ、私たちなら問題ありません。というのをルーくんも察したようです。

「悪いな足手まといになって」

「なに言ってるんですか。ルーくんのおかげで魔王を倒せたんですから」

 言いながら私は魔王になっていたフリューさんを横目で見ました。

 フリューさんは視線を明後日の方向に逸らして聞いていない振りをしています。



 そしてまた数日が経ち、ルーくんの傷が概ね完治してきました。私たちは三人で少し広い野原に出ています。ルーくんとフリューさんの手には道具屋さんで適当に買った木剣。ルーくんのモノは小ぶりの二本。フリューさんのモノは長剣が一本。

「ルールは?」

「いつも通り。加速呪文あり。硬化呪文は当たっても痛くない程度。減速呪文伸長呪文その他諸々はなし。真剣で喰らったら致命傷になる一撃が入ったほうが負け。審判はヒフミ。で、いいか?」

「いいよ。姉ちゃん、合図お願い」

「それじゃ、よーい、どん」

 双方ともに加速呪文を発動し、一挙に間合いを詰めます。フリューさんの膂力が乗った水平の一撃に、ルーくんが急停止。長剣が前髪を掠めてルーくんの文字通りの目前を通り過ぎます。旋回した長剣が戻ってくるよりも早く、ルーくんがフリューさんにへばりつきます。左右の剣を同時に繰り出した二点突きを片方は左手のバックラーでいなし、もう片方はバックラーの後方に回り込むようにして回避。フリューさんはそのまま後方に跳びつつ、肘を畳んで、逆袈裟の斬撃が飛翔します。ルーくんは攻撃を繰り出した直後で隙を見せていて、フリューさんの斬撃は体の中心を両断するラインを通っています。これは決まったかなと傍から見ていて思いましたが、ルーくんは前転するようにフリューさんに向けて飛び込むと下段から迫る剣に対して自分の木剣を交差。交差した点の上に膝を落として斬撃の上昇を停止させました。そして長剣の上で半ば逆立ちした状態で更に半回転しフリューさんの脳天に向けて踵を落とします。フリューさんは後退して踵をかわし、剣を引き、空中のルーくんに向けて電光石火の突き。着地直後のルーくんががむしゃらのようにも見える十字切りで、突きを打ち払いました。音響呪文で突きのくる正確な位置を把握していたのです。

「いってぇ……」

 しかしフリューさんの突きと空中で無理矢理放ったルーくんの打ち払いでは、体重乗り方がまるで違います。ルーくんは手首を痛めていました。

 畳み掛けるようにフリューさんが細かい連撃を繰り出していきます。ルーくんは対応に追われるのみ。ルーくんのほうが加速呪文に優れているとはいえ、やはり体格と剣技の力量に根本的な差があります。ルーくんは一度間合いを離そうと苦心しますが、バックステップでは前進するフリューさんのほうが当然速いですし、脇を切り抜けようにも長剣のリーチを持って間合いを支配するフリューさんは接近を許しません。

 その後も無数の駆け引きがありましたが、結局のところフリューさんがルーくんの胸の前で剣先を止めたところで組み手は終わりになりました。

「負けたよ。やっぱりまだまだ敵わないな」

「なに言ってるんだよ。あの“時間加速呪文”ってのを使えばお前の楽勝だろ?」

「ああ、あれは――」

 ルーくんが口元を抑えました。そして激しく咳き込みながら、血を吐きました。

「っ……」

 フリューさんが崩れそうになるルーくんの体を抱きとめます。「ヒフミ、回復呪文を」「もうやってます!」ルーくんを地面に横たえ、身体の異常を検査。傷を見つけて回復を……。

「な、なんですかこれ」

 全身の魔法力が暴走して体中のあらゆる血管や筋肉組織を傷つけています。時間加速状態が続いたときのようです。

「禁呪法の後遺症だね。まあ覚悟してたよ」

 ルーくんが苦笑いしながら口元の血を拭います。しかしそもそも手が血まみれなのでべったりと広がっただけでした。ルーくん自身、自分の吐いた血の量に驚いています。

「動かないで」

 私は回復呪文を使って肺や心筋の付近の致命的な損傷を治していきます。一時的には治るでしょうけど、戦う度に損傷が悪化していずれ治らなくなるでしょう。「部屋に戻ります。フリューさん」私はフリューさんの手を掴んで瞬間移動呪文を唱えました。宿屋に戻り、ルーくんの体をベッドに横たえます。

「大丈夫なのか?」

 深刻な顔をしてフリューさんが言います。

「……ただちに生命に影響はありません」

「いずれあるってことか?」

 言いづらいことをズバズバと訊いてきますね。

「原因は?」

「魔法力の暴走ですね。時間加速呪文で起きた筋肉や血管の断裂が再発しています」

「治療法は?」

「不明、というか存在しないかもしれません」

 フリューさんが長い息を吐きました。

「予定が狂ったな」

「そうですね」

 私たちが「ルーくんが回復するまで逃げ回る」という目算を立てていたのは、ルーくんさえ回復すればあとはみんな自力でどうにかなったからです。追っ手を差し向けてきても、人間の追っ手では私たちをどうにかすることは力量的に不可能ですから。

 でもこの調子ではルーくんは一人で追っ手から逃げることは出来ないでしょう。現代戦に呪文は必須です。例えば加速呪文なしで加速呪文を使った人間に立ち向かうことは困難を極めます。

「見捨てたらどうだい? 別に恨みはしないよ」

「お黙りなさい」

 私はルーくんの頭にチョップしました。フリューさんがどうかは知りませんが、私はルーくんを見捨てません。だってルーくんは私を見捨てなかったのですから。

 微妙に違う理由もあります。ルーくんの世話を焼いていなかったら、私自身が勇者さんのいない不安に押しつぶされそうなのです。

「元凶をどうにかするしかないか」

「星光教会ですか」

「お前、外部の機関にパイプとかある? 交渉取り持ってもらえないかな」

万魔殿(ヒフミンファンクラブ)のことですか? こないだ勇者さんに貢ぐからお金貸してって言ったら“君がそんな人だと思わなかった”って号泣されて以来音信不通です」

「お前……」

「まあ一応定時連絡の時に詳細だけ一方的に吹き込んでおきましたけど。ってかフリューさんこそ、剣の国はどうなんですか」

「俺は喧嘩別れして出てきた身だぜ。いまさら頼るなんて虫のいい真似はできないよ」

「じゃあもう乗り込んじゃいましょうか」

「まじか」

「で、私たち勇者さんを殺してないし、ア・ルミアも持ってません!って言ってきましょう」

「そのことなんだけどさ」

 ルーくんが私の手を掴みました。

「ヒフミはともかく、僕は魔族に利することをしたよ。勇者を裏切った」

「……聞きましょう」

「魔族にお前達の情報を片端から流し続けた。これからの進路だとか、ヒフミやフリューの戦法や弱点について。さすがに直接勇者をどうこうはしてないけどさ」

「まったく気づきませんでした。魔族との戦闘では手を抜いていたということですか?」

「いや、ゾルマはむしろ勇者を使って他の有力な魔族を滅ぼそうと考えてたみたいだからそういう指示は出てなかった。多分勇者の進路上にいた自分の配下を撤退させたくらいじゃないかな。そういうわけだから教会の僕に対する異端認定は別に間違ったものじゃないんだよ」

「うーん、でも結局決定的な部分ではルーくんはあんまり私たちを裏切っていなかったのでは? それに魔王撃破について私たちはルーくんの功績を大いに認めています。功罪を相殺して私の中では暫定無罪なのですけど」

「姉ちゃんがどう思うかはわからないけど、教会はそうは思わないだろうね」

「というかそもそも教会はそれを知っているんでしょうか」

「わからない。バレてないような気がするけど」

 まったく面倒臭いです。

 ん? だったら。

「ではア・ルミアを持ち去ったのはルーくんだったりするのですか?」

「それは違う。というかア・ルミアが持ち出せる形のものだとは思ってなかった」

 うーん、結局のところア・ルミアはどこに行ったのでしょうか。フリューさんの言った通り、ソウルイーターに食われた可能性もなくはないですがやはりルミアの力を魔族が食らったとは考えづらいのですよね。それができるならもっと早くに勇者は消え去り、魔族に滅ぼされていたと思います。

 あるいは、もしかしたら教会が私たちを追いかけるための難癖なんでしょうか。

 その方が筋は通る気もしますが。

 魔族はそもそもルミアにまともに触れられない。あの場にいた人間は私たちだけ。私たちの誰もルミアを持ち出していない。うーん。

「仮説だけど、いいかな」

 ルーくんが挙手しました。

「はい?」

「そもそもあいつがア・ルミアじゃなかったらどうかな」

 ……なんですと?

「今から一代前の勇者が死んだのは、今から八年前なのは知ってるよね?」

「勇者ラグネス。魔王バースラと相打ちになって倒されたんだったな」

 フリューさんの補足にルーくんが頷きます。

「うん、文献を読むにあたって勇者が出現する期間のサイクルって短くて十五年、長くて百年くらい開くんだよ。ア・ルミアは胎児に憑依する可能性が高いって言われてたんだけど」

「勇者さんの年齢は十六歳。八年前じゃ計算が合いませんね」

「そう。それで個人的にちょっと勇者と話したことがあったんだけど、あいつが稲妻の魔法を使えるようになったのは六歳の時だったらしいよ」

「ふぁ?」

 十年前ならまだ先代の勇者が存命じゃないですか。

 勇者の力は稲妻の力。ルミアの聖なる雷を操る呪文。

それを先代勇者がア・ルミアを持ってるうちに使えるって。

「そんなこと、ありえるんですか……?」

「ありえると思うよ。だって似たような例がヒフミの目の前にいるじゃないか」

「どういうことです?」

「僕は魔王の魂を人間の肉体にぶち込んで生まれたんだよ。勇者もそれと同じような方法で出来たんじゃないかってこと。例えば、歴代の勇者の魂を胎児にぶち込めば、ルミアの力の残滓を宿して聖雷の力が使えるんじゃないかな」

 ちょ、ちょっと待ってください。

「魔王の魂を人間の肉体にぶち込んで生まれた……?」

「作ったやつは“擬似勇者シリーズ”って呼んでたよ。人間兵器だってこないだ言ったでしょ。魂の力は肉体や魔力に強力に影響する。だから強力な魂をぶち込めば強力な人間が作れるんじゃないかってそいつは考えたんだ。ただ人間の体が耐えられるように出力が制限されてるから、一見では姉ちゃんの魂視の力でもわからないようになってる。それでも充分人間より強いけどね」

 ア・ルミアを宿した人間が超人的な魔力を発揮するように、ですか。

「もう少し言えば、僕の肉体と意識はそのうち魂の力に引っ張られて魔族に変成する。時限爆弾付きなんだよ。この体は」

 ただの人間にしては不可思議なくらいの天才さんだと思ってたら、そんな秘密があったんですか。

 そして、だからこそルーくんは自分ごと魔王を封印するという手段を取ろうとしたんですね……。

 気づいたら私はまたぼろぼろ泣いていたわけですが、とりあえず気にせず話を続けます。

「じゃあ、ア・ルミアの不在を証明することはできませんね」

「というかこの際、重要なのはそこじゃないな」

 と、フリューさんが苦い顔で言います。

「はい?」

「教会は八年前からア・ルミアの所在を把握していないってことになる」

「あ……」

「もしかしたら思ったよりずっとまずいかもしれないね」

 こんこんと控えめなノックの音がしました。

 ハンドサインで“警戒しろ”と示して、フリューさんが剣をとってから扉を開けました。頭に白い布を巻いたゼミス教の僧兵達が立っていました。

「勇者さまのお連れの方々、ですね?」

「そうだが」

「我々と共にきていただけませんか」

 剣の柄に手を触れかけたフリューさんに「ああいえ、そうではありません。たしかにルミア教からあなたがたの引渡しの要請はきていますが、我々は単に双方から事情を聞きたいだけなのです。あなたがたと敵対する気持ちはこれっぽっちもありません」と早口で言いました。ちょっと怯えた様子さえありました。

「そりゃ“城斬り”フリューに凄まれたらそうなるよなぁ……」

 ルーくんが同情した様子で彼らの様子を見ています。

「めんどくせえなぁ」

 とフリューさんが溜め息。

「あ、じゃああたし、行ってきますよ」

 私はベッドから腰を上げました。「任せるわ。俺、神殿嫌い」どーせルーくんの面倒見るの片方は残らないとダメですしね。「……」ルーくんが心細そうに私を見ていたので、なでなでしてみました。振り払われました。むぅ、素直じゃないですねえ。

 私は僧兵の方々と一緒に宿を出ました。



「しかしなんでよりによって、あんな情緒不安定なやつが当代最強の魔法使いなんだろうな」

 出て行ったヒフミの背中を見送って、フリューがぽつりと呟いた。

「……情緒不安定だからだよ」

「ん?」

「あいつ、四歳から十四歳までの十年間を真っ暗な牢屋の中で一人で過ごしたんだ。父親がなにかやってその責任を被せられたとかで」

「なんだそりゃ。それが魔法使いとしての強さにどう繋がるんだ?」

「サヴァン症候群ってわかるかい?」

 首を横に振る。

「あいつは幼少期の経験で感情がぶち壊れて脳みその一部が退化してるんだ。その容量を計算に使ってる。だからあいつは数式とか魔法式を見ただけでなんとなく答えがわかるんだ。かなり桁の多い計算式でも。一回意地悪で無理数の割り算を計算させてみたら、止めるまでずーっと計算して数字を言い続けてたよ」

「じゃそれで」

「うん、あいつが瞬間移動呪文の次元演算をすっ飛ばして転移できるのはこのおかげ。計算式を思い描いた瞬間に答えがわかってるから、あとは魔法力をぶち込めばいい。攻撃呪文系統の発動が僕らよりずっと早いのも同じ理屈」

「でもそんな問題抱えてたら、もっと日常生活に支障きたすんじゃないのか?」

「そうだね。だからヒフミは日常生活でも脳機能の一部をほとんど無意識に、呪文で代用してる。それは僕らからすれば考えられないほどの負担だけど」

 むしろ恒常的にそうして呪文を使い続けることで、ヒフミの魔力容量は広がっていく。

 魔法使いとしては最上の才能は、まるで呪いのようだとルイは思う。




 神殿にやって来ました。金色のゴテゴテとした装飾に彩られていて、長い間見ていると頭の痛くなりそうです。しかし中に入ってみると意外にも白を基調とした落ち着いたデザインでした。きっと外観の威厳が大事なのでしょう。あるいは中身に回すほどお金が余っていないのかもしれません。ルミア教が圧倒的多数でゼミス教を信仰している人はそれほど多くありませんから。

 謁見のための広間に入ります。

 側近の方と何かを話していたゼミス教の法王様が、私を見て立ち上がりました。わりと無造作に近づいてきます。えっと、こういうときってあんまり近くにいくものじゃないと思ってたんですけど。法王様って暗殺されたら大変なことになる人の筆頭ですので。

「次元跳躍士のヒフミ殿で間違いありませんかな?」

 銀色の髭を撫でながら、法王様は言いました。

なんだか柔和の雰囲気の老紳士といった印象です。

僧兵さん達みたいに跪くべきなのかなぁ?、とふと思いましたが、面倒臭かったのでそのまま「ええ、そうです」と答えました。

「あなたのファンです。握手してくださいますかな?」

「ええと、はい」

 差し出された手をおっかなびっくりに取りました。

 そういえばゼミス教の法王様って、万魔殿にも融資してくださっていることを思い出します。

「この手はしばらく洗いません」

 にっこりと笑って言います。

「では、私が相手ではしゃべりづらいでしょうから、詳しい事情は彼女に話してください」

 法王様は側近らしい女の子を示しました。黒猫みたいな少女でした。というか顔見知りでした。

「ノエル!」

「やっほー、ヒフミン。二年と百二十一日と三時間十六分四十五秒振りだね!」

 ノエル=ライセンスは魔法使いの互助組織、「万魔殿」の一員です。私は勇者さんに助け出されたあと、しばらく万魔殿に身を寄せて呪文を学んでいました。それまでほぼ独学でしたので、きちんとした呪文の知識はこの時に学んだものです。そこで机を並べて一緒に勉強していたのがノエルでした。

「ノエルはゼミス教徒だったんですか?」

「違うよ、ちょっと雇われてるだけ」

 私はノエルの得意呪文を思い出しました。彼女は数法演算士という特殊な魔法使いです。私はあまり詳しくはないのですが、貨幣供給量? とか、利子率? とか、色んな数字を使って、国民総所得? とやらを計算することが主なお仕事。早い話がお金の流れを計算して政治の手助けをする魔法使いです。戦闘とは無縁の魔法使いですが、他のどんな魔法使いよりも重宝されています。ああ、それでですか。

「ってことは、彼もいるんですか」

 私はきょろきょろとあたりを見渡しました

「俺をその他大勢のように言うな」

 声が足元から聞こえました。万魔殿の魔法使い、影法操命士シェイドがノエルの影の中に潜んでいるようです。ノエルはその重要度の高さから色んな国に勧誘されて、ひどいところでは監禁されかけたことがあるので必ず護衛がついています。私はノエルの服を見ました。スカートにシャツの簡素な服装。

「ノエル、あなたズボン穿かないとダメですよ。シェイドに下着見られちゃいますよ。それはもうまじまじと。舐めまわすように」

「見るかっ!」

 シェイドが怒鳴りました。ノエルは青ざめた表情で下を見てスカートを抑えました。

「真に受けるなバカが。てめえみたいなちんちくりんに興味あるかっ!」

「騙されちゃダメですノエル。彼はスカートの中を覗くという既得権益を守るためにあなたにズボンを穿かせないようにしているんです!」

「……勝手にしてくれ。ていうか本題入れよ」

 シェイドは疲れた声を出しました。

 私たちはノエル用に用意された客室に入りました。二人、というか三人きりです。

「ええっと、定時連絡でライルに話したことは省いていいですか」

「ごめん、リーダーとはしばらく連絡とってないから、一から話してほしいかな」

 私はここに至るまでの諸々を二人に話しました。

 魔王に挑んだこと。勇者さんが死んだこと。魔王を倒したこと。ルミア教が勇者を殺したって濡れ衣で私たちを追っていること。その理由がア・ルミアの行方にあること。もしかしたら勇者さんは勇者ではなかったかもしれないこと。

 一応、フリューさんが魔王に憑かれたことと、ルーくんがゾルアという魔王に情報を垂れ流しにしていたことは伏せておきます。ので整合性のために魔王は三人で倒したことにしておきました。

 途中でぼろぼろ泣き出した私をノエルが抱き締めてくれます。優しい子です。

「ア・ルミアの行方を教会が管理してて、いまは教会にア・ルミアが戻ってない、か……」

 シェイドが考えに沈むような声を出します。いい加減に影から出てくればいいのに。そんなにノエルのパンツを見ていたいのでしょうか。

「やっぱりあれを星光教会が持ってるのかな?」

「だろうな。だとするとゼミス教の連中は目の色変えるだろうが」

「あれとは?」

「ルミアの遺体」

 こともなげにノエルが言いました。

「え」

「正確には九つに裂かれたあとに、魔王オウルウの元に残った首から上だね」

「魂は肉体に惹かれるから、憑依先を失った場合にア・ルミアは遺体の元へと返ってくるってことですか?」

 ノエルが頷きました。

「うーんでもまずいよなぁ」

「何がですか?」

「ゼミス教の人たちが遺体のこと知ったら、きっと奪い合いになるんじゃないかなぁ。って」

「あぁ……」

 ルミアの遺体は両宗教にとって大変重要な聖遺物です。どちらが持っても、相手が持っていることへの不満が出るでしょう。だからこそルミア教は遺体の存在を公表していないんでしょうし。

 しかし本当にア・ルミアはどこに行ったんでしょうか。八年も前になくなったままなら、誰かが隠しているか、消えてしまったかのどちらかと考えるのが自然ですけど。

 誰かが隠しているなら、……魔王ゾルア? 魔族がルミアに触れられないということを考慮しなければ、ありえそうですが。ルーくんみたいな子飼いの人間を他にも持っているならばありえるでしょうか。あとでルーくんにゾルアの本拠地について知ってることがないか聞いてみましょう。

 ふと広間の方から誰かが大声で話しているのが聴こえて来ました。

「様子見てくるね」

「あ、私も」

「ダメ、いま騒ぎたててるってことは62,85%の確率でルミア教の関係者だから。ヒフミンが顔出したら揉め事が大きくなるだけだよ」

「それもそうですか」

 最低限ノエルに危険が及んだときに守れるように用意だけはしておきましょう。私は集音呪文を使い、広間の音声を拾えるように準備しました。

「少しは俺を信用しろ」

 シェイドが言いました。シェイドは万魔殿の中でも指折りの魔法使いです。「少女のスカートの中をじーっと覗き込んでる男をですか……?」ノエルが再びスカートを押さえます。「そこから離れろください」まあ基本的にはお任せましょう。

 ノエルが部屋を出て行きます。

「なんの騒ぎかな?」

 私の音関連の呪文はルーくんのものほど優れていませんが、それでも声くらいは聞き取れます。若い男性の声と法王様の声、それから今しがた入っていったノエルの声。

「ああ、ノエル殿。こちらの方が勇者さんの仲間がこの街にいるはずだと仰って、いないと言っても聞いてくれぬのだ」

「なんだ。いるんじゃないか」

 若い男は楽しそうな声を出しました。続けて鞘から剣を二本続けて抜き払う音。

「!」

 鋭い金属音。シェイドが剣を防いだようです。続けて何かが弾ける音がしました。火炎呪文、それもかなり高威力の。いても立ってもいられずに私は広間に瞬間移動します。

「ほら、釣れた。嘘はいけないよ」

 両手にそろぞれ鍔のない剣を持った美男子がいました。シェイドが倒れています。斬撃は受け止めたけど炎に焼かれたみたいです。法王様を連れてノエルが壁際に逃げていました。兵士さんもみんな倒れています。氷刃呪文を刃なしで放ってシェイドの火傷を応急手当しました。

「あなたは?」

「ルミアの匂いがする。持ってるのはお前だな」

 問答無用で襲いかかってきました。ルミアの匂い? てかこの人、速いです。加速呪文の使い手、それもかなりの手練れです。私は瞬間移動呪文で大きく跳躍して距離を取りました。間合いを詰めて放った双剣が空振ります。カシャン。男の持っていた双剣の柄がひっつきました。両端の刃のついた、一振りの大きな天秤刀となります。莫大な魔法力がその天秤刀に集約して緑と赤の入り混じった鮮やかな光を放ちます。

「まっず」

 私は先ずノエルと法王様の元へ跳躍しました。一拍遅れて、大きく旋回させた天秤刀が風を巻き込み、そこに旋風呪文の威力が乗り、さらに火炎呪文が上乗せされました。火炎の嵐が部屋を満たします。膨れ上がった熱風の威力は、易々と部屋をぶち壊して、神殿を倒壊させました。


「……ふぅ」

 私はノエルとシェイド、法王様と兵士達を掴んで瞬間移動呪文を使い、ルーくんとフリューさんのいる宿屋まで逃げてきました。連続での次元跳躍はちょっと辛かったです。突然帰ってきた私たちを前にフリューさんが驚いて目を丸くしています。

「えらい大所帯で帰ってきたな」

 とりあえずフリューさんがお茶をくれました。ついでに一番傷の深いシェイドさんを引き受けて、手早く手当てしていきます。

「なんか変なイケメンが私たちを追っかけてきてます。この街、離れたほうがよさそうです」

「うへぇ。めんどくせ」

 あの人、法王様がいるのに巻き込み気満々でしたね。あの人死んじゃったら色々めんどくさいこと起こりそうなのに。

「助けられましたな」

「むしろ私たちが原因っぽくてごめんなさい……」

「いえいえ、あそこまで露骨に仕掛けられれば、こちらから攻撃する口実ができます」

 遺体の奪還のために兵を出す。神殿の建物の中で話していたのです。あの中で話したことは筒抜けだったのでしょう。

「ダメですよ、ていうか、きっと勝てませんよ」

「はて」

「さっきの人、最低でも私たちと同格くらいの力を持ってます。もしかしたらもっと強いかもしれません。並の人間じゃあ千人くらいでかかっても多分勝てないです」

 法王様は少し考えたあとで「ゼミス教と手を組みませんかな?」と言いました。

「残念ながら。私たち、魔族とは戦いますけど人間とは敵対したくないんです」

「本当に残念ですなぁ。いやぁ、でもお力添えはしますので、いつでも頼ってきてください」

「ありがとうございます」

 法王様は柔和な顔を崩しませんでした。魂の色も穏やかです。さっき殺されかかったのにもう落ち着いています。この方はこの方でなんだかすごい人ですね。

「なぁ、ヒフミ。そいつ人間だったのか」

 ルーくんが険しい顔で言います。

「ええ」

「お前と互角の人間が、俺たち以外にいるのか」

 言われてみれば。

 私もフリューさんもルーくんも、人間としてはほとんど最強のスペックを持っています。だから私たちは人間を凌駕する勇者さんと一緒に戦ってこれたのですし、人間以上の力と魔力を持つ上級の魔族に対抗できたのです。

 うーん。

「まあ、ちょっと倒してきますね」

「あ、おい!?」

 私は瞬間移動呪文を使って神殿に戻りました。

天秤刀の男はまだその場にいました。「戻ってくると思ってたよ」と嫌な笑みで言います。天秤刀を構え直しました。

「あの、お話聞いてくれません?」

「嫌だね。俺はお前を殺してア・ルミアを回収する」

「それ持ってないんですよ」

「嘘をつくな。お前からルミアの匂いがする」

 だからルミアの匂いってなんなんですか。

……あれ? もしかして一時的にだけど、私がラ・ルミアを体内に取り込んだからこんな勘違いを起こされてるんですか?

「あのっ」

 これ以上話すことはないとばかりに襲いかかってきました。短距離ならばほとんど一瞬で瞬間移動できる私に対して近距離戦には意味がないと断じたのか、美男子さんは火炎呪文を放ってきます。撒き散らすように放たれた火炎が私の逃げ場を狭めて行きます。更に旋風呪文が唱えられ火炎を巻き込んで嵐が起こります。

氷刃呪文の体内転移を狙おうかと思いましたが、動き回る相手の体内転移はほぼ不可能ですし、この魔法力の嵐の中を正確に転移させることも無理でしょう。

だったら、こうですね。

「極大爆裂呪文」

 逃げるだけならなんとかなりますが、それでは戦いが終わりません。

 私はこの極大爆裂呪文によって風と炎の両方を相殺しようとしました。が。

「……っ」

 美男子さんの放った指示式によって風の流れが変化、局所に集中した風と炎は、爆裂呪文の中心を突き破りました。この私が、呪文負けしました。火炎が届く前に瞬間移動呪文で逃げます。しかし広範囲に放たれた美男子さんの微弱な魔法力に触れてしまっていました。転移自体が妨害されるほどの強力なジャミングではありませんでしたが、転移位置を感知して先回りした美男子さんが切りかかってきます。私は咄嗟に降魔の杖を引き抜きました。斬撃を受け止めます。

「へえ」

 嫌な笑みのまま、数合打ち合います。硬化呪文を帯びているのでしょうか、天秤刀は折れる気配がありません。むしろ私の魔法力で強化されているはずの降魔の杖に皹が入ります。

「!」

 斬撃と同時に放たれた火炎呪文が、私の左腕に絡みつきました。たまらず後退します。当然のように追撃してくる美男子さんに「爆裂呪文」五つほど別々の位置に配置した爆裂呪文をぶっ放しました。左腕を氷刃呪文の刃なしで冷却して回復呪文で応急処置します。手首から先が焼け落ちています。超絶痛い。

 降魔の杖はダメですね。殴り合いだと相当に分が悪いです。当たり前でした。私、魔法使いなんですから。

 爆裂呪文が巻き上げた土煙の中から、美男子さんが出てきます。旋風呪文で防御したのでしょう。服こそあちこち傷ついているものの、肉体そのものは無傷でした。

「つ、強いですね」

「当たり前だろ。俺が人間に負けるわけがないじゃないか」

 人間に負けるわけがない?

 あなた自身は、人間じゃないんですか?

 再度切りかかろうとした美男子さんと私の間を、ものっすごい長さの剣が振り下ろされて遮りました。伸長呪文をかけた、フリューさんの剣です。

「お前、一人で行くなっての」

 全力疾走してきたらしいフリューさんが大きく息を吸い込みます。

 二対一。

ちょっとかっこ悪いけど、これで形勢逆転ですね。

「お前がフリュー=アルドリアンか?」

「そうだよ」

「大司教から伝言を与っている。ラミネの身柄は我々が預かっている。忘れるな」

「お前……」

 ラミネさん、たしかフリューさんの幼馴染さんのお名前、ですよね?

「返して欲しかったら、そいつの首でも取ればいいんじゃないか」

 美男子さんが私を指しました。

フリューさんは少し迷ったあとで、「悪いな、ヒフミ」と言いました。

「……嘘ですよね?」

 フリューさんが地面を蹴ります。私は咄嗟に降魔の杖を掲げて、フリューさんが振るった剣を受けました。ビリビリとものすごい重さが杖にかかります。ちょ、本気ですか?!

 美男子さんから見えない角度で、フリューさんが声を出さずに口だけを動かします。

や・れ。

「ば、ばっかじゃないんですか?!」

フリューさんは私に、首枷呪文を使えと言っているのです。心底アホだと思います。こいつ、自分が幼馴染さんを盾に取られたら私とルーくんを裏切ることを予期してましたね?! しかもその結論が私に自分を殺させるって本当にアホじゃないんですか。裏切らないか私達を殺すかどっちかにすればいいのにっ。

 私は爆裂呪文をフリューさんの顔面にぶつけました。硬化したフリューさんにダメージはありませんでしたが、視界が塞がって少し怯みます。そこへ美男子さんが切り込んできて、瞬間移動呪文で逃げようとした瞬間に魔法力の放出による瞬間移動のジャミングを行いました。ルーくん並みの呪文のセンスです。

「極大火炎呪文」

 美男子さんの手の中で触媒となった魔法力が燃焼。莫大な量の酸素を飲み込んで一気に巨大化した火炎が放たれました。

「極大氷刃呪文」

私の手の中で触媒となった魔法力が凝結。常圧化では決して凍結しない窒素や酸素が魔法力による干渉に敗北して固体と化し刃を形成し、私は無数の氷刃を放ちました。

互いの放った極大呪文が激突して凄まじい量の蒸気を撒き散らしました。フルパワーで打ったんですが、互角、ですか。白い霧に包まれて効かなくなった視界の中で、私は瞬間移動呪文を使ってルーくんたちの下へ戻りました。それからルーくんとノエルとシェイドと法王様を連れて、再度瞬間移動呪文を唱えます。

 とりあえずどこか遠くへ。



 そう思って瞬間移動呪文を使ったので、行き先のイメージをまとめきっていませんでした。だからまだくっだらない場所にきてしまいました。ずーっと前に滅亡した街の残骸です。この川の街は私の生まれ故郷でした。荒れ果てて雑草の伸びた街の瓦礫の中で四人がいることを確認して、井戸に背中を預けます。ちょっと疲れました。

「それにしても、また裏切ったのかあいつ……」

 ルーくんが呆れた声を出しました。

 ぶっちゃけ私も呆れています。極端に相性の悪い私を敵に回して生き残れると思っているわけじゃないでしょうに。そんなに命がいらないのでしょうか。どれだけ幼馴染さんのことが好きなんですか。思えばルーくんも魔族に情報流してましたし、フリューさんはあんな調子ですし、勇者さんは偽勇者疑惑があるし、私たちのパーティって裏切り者とかそんなのばっかりですね。みなさん私の爪の垢を煎じて飲みましょう。

「しっかし、どうしましょう」

「ん、ライルを頼ればどうかな」

 ノエルがひょっこり口を挟みました。

「リーダーを? なんか怒ってたんでダメだと思いますよ」

「そりゃあんたを好きな男に別の男に貢ぐから金貸してって言ったら怒る、っていうか泣くよ……」

 ノエルが溜め息交じりに吐き出します。シェイドが気まずい顔で目を逸らしています。

 何を言ってるんでしょうか。ライルさんが私のことが好きなわけないじゃないですか。だってあの人、男色家ですよ。

「じゃなくて、そういう私情抜きで“魔法使い達の互助組織”として力を貸してくれると思うよ。万魔殿は」

「それじゃもっとダメです」

「どうして?」

「フリューさんとあの美男子さんが相手だと、助けにきてくれた人がみんな殺されます」

「あのフリューって戦士はともかく、もう一人のあいつそんなレベルの化け物なわけ?」

「ちょっとした勇者さんくらいの力はあると思いますよ」

 ノエルとシェイドが絶句します。

「……」

 ルーくんが深刻な顔。何かを言いかけては口を閉じるのを繰り返しています。

 なにか思いついたことがあるみたいです。なんていうか、歯切れが悪いのはルーくんらしくないですね。

「あの子はきっと私を殺しにきたんだろうな」

 法王様が陰鬱な声を出します。

「君達のことを口実にして。表向きはあの子はルミア教の使者だとは名乗らなかったのはそういうことだろう。あの子の単独での暴走だと切り捨てるつもりだったんだろう。どこかに身を隠さなくてはいけないな」

「万魔殿の本拠はどうかな? うちは政治的に中立だし」

「おい、独断で決めるな」

 ノエルの提案をシェイドが即蹴りしましたが、多分リーダーなら匿う方向で話をまとめるでしょう。法王様のことは任せてよさそうです。

「ついでにルイとヒフミンもうちで保護するよ」

「そりゃ無理だ。僕とヒフミはいまルミア教に異端認定されてるんだぜ。単に暗殺されかけたおっさんはともかく、僕らがいると正面切ってルミア教はお前らを攻め潰せる」

「でも……」

「私とルーくんは大丈夫ですよ。これまでもずっと三人とか四人でやってきましたし」

 ノエルは不服そうです。だけど何か思いついたらしくてパッと表情を明るくしました。

「わかった。じゃあ私はおっさんとシェイドを連れて万魔殿に戻るね」

「私は天秤刀の子をどうにかする方法を考えてみます。瞬獄殺とか、まだ試せてないこともありますし」

 とは言っても、あの空間を丸ごと支配するような旋風と火炎の前で精密なコントロールのいる瞬獄殺は撃てないでしょうけど。

「行く宛てはあるのですか」

 法王様が私とルーくんに言います。

「ないですけど」

「ではゼミス教の神殿を訪ねなさい。力になれるように手を回しておこう」

「……わかりました」

「なんかやる前に連絡は入れてね」

とノエルが言い、次元演算を開始しました。多数の魔法陣を複雑に組み合わせて、たっぷり五分ほどかかってから瞬間移動呪文を使います。ノエルとシェイド、それから法王様の三人の姿が掻き消え、私はまたルーくんと二人きりになります。

「あのさ、ヒフミ。話に出てきた男のことだけど」

「はい?」

「僕と同じ擬似勇者シリーズだと思う」

 ……。

 なんとなく、そうではないかなと予想していました。

“俺が人間に負けるわけがない”

 彼はそう言っていました。だけど彼は外見上まるっきり人間でしかありませんでした。魔族ではありません。ルーくんと同じように。

「その擬似勇者ってのは何人いるんですか」

「僕以外みんな死んだと思ってたけど、五人いた。最初の一人が魔物になってみんな殺して回ったんだ。僕はどさくさに紛れて生き残ったけど」

「彼もきっとそうして生き残ったんでしょうね」

 ルーくんがこくりと頷きました。

「そいつは僕がやるよ。多分僕なら勝てる。姉ちゃんは、」

 私はルーくんの額にチョップしました。

「ルーくんは自分のことだけ考えてなさい。私、いまリベンジに燃えてますから」

 私、天才でしたから、呪文で負けたことはありませんでした。勇者さんだって単純な呪文比べなら私には敵いません。ルーくんだって剣技と結界呪文を複雑に組み合わせなければ相手にさえなりません。なので、他ならぬ呪文で私と互角の相手というのは初めてなのです。これはきっちり負かしてやらなければなりません。当代最強の魔法使いとして。

「もどかしいな……。守られるのは嫌だ」

「大丈夫ですよ。そのうちきっとなんとかなります」

 だって真っ暗な闇の中でどうすればいいのかわからなかった私でさえ、いまこうしてなんとかなっているんですから。





 フリュー=アルドリアンは元々ルミア星光教徒だ。といっても熱心な信者というわけではない。単に世界中の七割の人間はルミア教を信仰していて、フリューもその一人だというだけの話だ。そして彼の幼馴染のラミネ=アイナは体が弱かった。生まれつき極端に免疫機能が弱く、教会の治療士が専属でついていなければ命を保つことができない。

 久しぶりに光の街に戻ってきたフリューは、教会に向かった。ルミア教の聖地である光の街の教会は、ちょっとした城のように広い。巡礼者達の宿泊施設や、病院施設も併設されている。

 その中で一際人の少ない、隔離病棟の中でラミネは生活していた。

「フリュー」

「よお。久しぶ」言い終える前に、ラミネがフリューの頬を叩いた。

「あなた、仲間を裏切ったそうね」

「そうだよ」

「馬鹿じゃないの。それがあたしのためになるとでも思ってるの。いますぐ戻って、あなたの仲間のために戦いなさい」

「ぶっ」

 フリューが吹き出した。そしてもう一度頬を叩こうとしたラミネの、手を掴んだ。

「何を勘違いしてるのか知らないけどよ、俺は俺のために仲間を裏切ったんだ。お前のためじゃないよ。ちゃんちゃらおかしい。おめでたい女だなお前は」

 嘲笑するように口角を吊り上げる。

「俺がお前を守る理由は剣の国の王との盟約だ。それ以上でも以下でもない」

「このクソ男」

「黙って守られてろクソ女」

 諦めたようにラミネは長い息を吐き、金的に膝蹴りを入れた。フリューが悶絶して蹲る。「おま、え、それはダメだろ」「黙れバカ。死ね」げしげしと蹲ったフリューを蹴る。硬化呪文を使えばまったく痛みはないはずだけど、フリューは使わない。甘んじて受けている。

 やがて蹴り疲れたラミネが胸を押さえる。フリューはその肩に触れて体を支える。振り払おうとするけど、抱きとめたフリューの手はびくともしない。諦めて抱かれるがままになる。フリューは彼女を寝台に寝かせる。

「どうしてお前はそうなんだ……」

 愚痴を零すように言う。

「寝とけ」

「一緒に寝ろ! バカ」

 寝台に引っ張り込もうとした手をフリューが優しく払う。

「嫌だよ。お前ヤりたがるだろ」

「当然だろ」

「体の負担考えろ。ドバカ」

「超バカ」

「超超バカ」

「……取り込み中のところ申し訳ありませんが」

「うひゃあ?!」

 扉が開いているのをすっかり忘れていたラミネが、頓狂な声をあげて飛び上がった。

「フリューさんを少し借りていって構いませんか」

 金色の髪で双剣を腰に釣った美男子が微妙な表情をして+いる。

「あ、あ、レティアさん。え、いつからいらしたんですか。も、勿論ですよ。で、ではフリュー。また会いにきてくださいね」

 余所行きの笑みを作り直したラミネがなんでもなさそうに言った。

 フリューが顔を隠して忍び笑いする。ラミネはレティアに見えないようにフリューを蹴った。

「また来るよ」

 言い残してフリューが病室から去っていく。

「……」

 病室に取り残されたラミネは、大きく溜め息をつく。いっそ帰ってこなかったらいいのにと思う。ずっと会えないと割り切れていれば、こんな寂しさを抱えずに済むのだから。




「あの人があんな風に話すの、はじめてみましたよ」

「……」

「あ、申し遅れました。俺はレティア=フォルス。教会には一年ほど前に戻ってきました」

「……」

「あの、なんか喋ってくれません?」

 本音を言えば、フリューはレティアの首を叩き落してやりたかった。ヒフミに剣を向けたことは当然ながら不本意だったのだ。この男を殺して、ラミネを連れて逃げ出せしてしまいたかった。だけどそれでは、病に蝕まれたラミネは衰弱して死ぬ。

「困ったなぁ。仲良くなりたかったんだけど」

「俺はお前と仲良くなりたくない」

 とだけ言って、また口を閉ざす。

「そうですか。ところで病毒呪文って幾つあるか知ってます?」

「……」

「病に関する呪文に詳しい知り合いがいるんですよ。そいつ細かいのを含めたら二百七十種類の病毒呪文が使えるそうです。免疫力の低い実験台の人間が欲しいなーっていっつもぼやいてるんです」

 フリューの表情が歪む。

「フリューさんと仲良くしておきたいんですが、どうです?」

 レティアが手を差し出す。フリューは凄まじい形相で、その手をとった。

 満足した様子でニコニコと笑みを浮かべながらレティアが手を引っ込める。

「では、上役のところへ案内しますね」

 先導して、うんたんかんたんの間の扉を開く。

 ルミア教の大司教、ザイエス=レクシエンスが肥満体を祭祀服に包んでルミアの像に祈りを捧げていた。

「フリューさんをお連れしました」

 ルミア像の前に跪いていたザイエスが身を起こす。

 振り返って「久しぶりですね、フリュー殿。壮健なようでなにより」と言った。ルイとヒフミに一回殺されて心臓の修復がまだ完全ではなく、壮健とは言いがたいのだが別にどうでもよかったので口にしない。

「レティアくん、ご苦労様でした。下がっていてください」

 レティアは軽く礼をして部屋を出る。ザイエスはフリューに抗しえる得る戦力であるレティアをあえて遠ざけた。ラミネが手の内にあればフリューには何もできないと強く自覚させるためだ。実際その通りなのでフリューとして内心の怒りをかみ殺すしかない。

半分くらい溜め息と同時に、「あいつら、ア・ルミアなんか持ってないぞ」と簡潔に伝えた。

「……ふむ、しかしまあそれはどちらでもいいのですよ」

「どちらでもいい?」

「はい。我々は魔族を駆逐し得る切り札を手に入れましたから」

「さっきの、あいつのことか」

 扉から出て行ったばかりのレティアのことを考える。

 あいつはヒフミと――当代最強の魔法使いと互角以上の戦いを繰り広げていた。修練である程度は補える戦士の強さと違って、魔法使いの強さは才能がすべてと言っても過言ではない。そしてヒフミは天才中の天才だ。歴代の勇者の仲間たちを見てもあれと同レベルの魔法使いはなかなかいない。四代勇者の仲間である封印士エバナくらいか。

そのヒフミと互角に戦えるあのレティアとかいう男は、あきらかに普通の人間ではない。

「ア・ルミアが必要ないならなんでヒフミたちを追い回す?」

「邪魔だからです」

「星光教会が力を伸ばすためにか? つまり完全な私情か?」

「何を言いますか。我らは人民の守護者です。星光教会の発展は人類すべての利益となります。いずれすべての国が我々に帰属して国という枠組みは必要なくなるでしょう」

 フリューは馬鹿馬鹿しいと感じたが、この男はきっと本気で言っているのだろう。たしかに病院を経営して病を癒し、僧兵を指揮して魔物と戦う、星光教会は心身共に人々の拠り所となっている。だがそれらは補助的なもので、あくまで基盤となっているのは国の軍隊と政治の求心力だ。

 眩暈がした。こんなやつのために自分達は振り回されているのか。

「ザイエスさん、フリュー様がきているなら私にも一声かけてくださってもいいじゃありませんか!」

 若い女が入ってきた。長い黒髪が腰のあたりまで伸びている。フリューは教会には何度か訪れていて幹部の顔は大抵知っているが、知らない顔だった。

 なぜか背筋にゾッとするものを感じる。独りでにフリューの右手は剣の柄に触れていた。直感的にこの女を斬り殺すべきだと感じた。爬虫類の舌の前にいるような、異様な感覚。どこかで似たような感覚を覚えたことがあった。いつだっただろう? 記憶を掘り返してみてすぐに思い立つ。勇者とあったときだ。そして、魔王の前に立ったときだ。

 緊張で呼吸が乱れそうになるのを整える。近寄ってくる女はただの修道女にしか見えず、恐怖に近い感情を覚えた自分の感覚に戸惑う。しかしフリューはこういう場合、大抵理性よりも直感のほうが正しいことを知っていた。直感は多くの場合、理性が見落とした何かを正確に把握して警告を出している。フリューは自分の戦士としての勘を信用している。

だから「フリュー=アルドリアン様ですよね? 勇者のパーティの! 握手していただけないでしょうか!」なんて、明るい笑顔で求めてきたのを「悪いな。一人を特別扱いは出来ないんだわ。ファン全員と握手してたら年が暮れる」と、おどけて見せて断った。

「あら、残念です」

 女はあっさりと引き下がる。

「こちらのお嬢さんは?」

 ザイエスに振る。

「ジドゥ=レクシエンス。私の息子の嫁だよ。いうまでもないだろうが君の熱烈なファンだそうだ」

「あ、失礼しました。はじめまして、ジドゥといいます。よろしくお願いします」

「ああ」

 フリューは何気なく彼女を観察するが、やはり怪しげな何かを見せているわけではない。

 注意を払っておく、程度に考えてその場の邂逅は終わった。

 フリューはこの日のことを生涯悔いることになる。少なくともこの場でジドゥの首を落としていれば、最悪の事態は間逃れたのだ。無論それは彼の責任ではなく、そうしていればフリュー自身と、ラミネの命は失われていたのでその選択を選ぶことはできなかったのだけれど。



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