2話
そして、ある朝。目が覚めたら彼は消えていた。
「アンパンマン!?」
発狂したかの様に我を忘れて叫ぶ私の目の前には、いつからか居たお母さん。
「え、なに、何突然叫んでいるの!? 夢でも見たの? 何、アンパンマンって」
「お母さん! 此処にあったパンは!? アンパン!!」
「捨てたわよ! まったく、折角買ってあげたのに落書きなんかして! あれじゃ食べられないじゃない!」
……そんな、私の現実逃避の王子様。
「……何て、何て事するのよ! 返して! 返してよ!! 返してぇぇ!!」
ベッドから崩れ落ちながらも、叫びなのか嗚咽なのか、もう何も分からなくなって掴みかかる私に、お母さんは怯えて後退りをする。
「な、何を言ってるの!? ちょっと、お、落ち着きなさい!!」
「うわあぁぁぁぁ! 返して! 彼だけなの! 彼だけが私を助けてくれるの!! あああぁぁ!!」
木漏れ日の差し込む窓辺。空気を入れ替える為に開けていたのか、そこへ収まる様に吸い込まれて行く。
お母さんは足が縺れ、滑る様に外へ――
……落ちる。
……落ちる。
……落ちる。
「あ……あ……お母さん……?」
我に返る私に、お母さんは困惑した表情で離れて行く。
「そんな、違う、お母さん……お母さん」
――飛べよ。
――お前、俺が教えただろ? 二人っきりのドキドキレクチャーしただろ? ほら、飛べよ。
手を伸ばし、ゆっくりと降りる様に見えるお母さんの手を掴む。
あの時、彼が私の手を繋いで空を飛んだように、ふわりふわりと空へ。
「お母さん」
―――――………‥‥
「私があの子を助けるの! 仕事仕事で、あの子がこんな状況なのに、貴方は何なの!!」
「……俺は……別に」
「別にって何よ! 自分の娘がいつ死ぬかも分からないのに、少しも病院に来ないで! そんなに仕事が大切なの!? もういい、私が助ける! 此処の費用だって貴方には頼らない! もう……終わりよ。私達」
「……いや……俺は」
――お母さんと、お父さん?
―――――………‥‥
「私一人で、あの子を助けてみせる」
――お母さん、泣いて、いるの?
「仕事だって見付けた。あの子の世話だって、毎日!」
――お母さんが、お仕事してる。
「……何で急にアンパンなんて欲しがったのかしら」
――私の事、知らないよね。
「最近、あの子が笑ってくれない。何だか、私も怒ってばかり」
――私の事…知らないよね。
「仕事が忙しくて、疲れてるのかな。あの人に仕事ばかりだと責めたのに、私、何してんだろ」
――お母さん、また、泣いているの?
「私は、あの子を、助けたいのに……消えないで……消えないで……」
――お母さん……。