覚醒
スライム戦の決着です。
岩がメルに向かって飛んでいくときには、体はもう動いていた。
メルの前に出て、背中を向けかばう。
脇腹に岩が突き刺さり、激痛が走る。
痛みで意識が飛びそうになる。けど今ここで気絶してしまったらメルが危ない。
息が詰まりそうになりながらも、必死に耐える。
メルが顔を上げる。岩に貫かれた俺を見て顔を引き攣らせている。
当たり前だろう。まだ小さいのに結構グロい事が目の前で起こっているのだから。
「…………ケガ…はない……か?」
そう言って笑ってみせる。でも今の笑顔はかなり歪んでいるものだろう。それでも心配はさせたくなかった。
「あ…………たびびと……さ……」
「はは……大丈夫、大丈夫だから。」
スライムの方へ向く。するとスライムは次の魔法の詠唱を始めていた。
スライムの魔法を何とかしたいが、刺さってる岩を抜かなきゃいけない。想像を絶する痛みを覚悟して脇腹の岩に手を伸ばす。
「ぐぅ……!」
痛い痛い痛い痛い。痛みでなにもかも壊れそうなのを我慢するが、早くしないと堪えられなくなる。
「がああああああぁぁ!!!」
こえをあげながら、いわをおもいきってうしろにひっぱる。
そのこえにたろがほえているが、そんなことにきにするよゆうもなかった。
「ッはあ!ハァ……ハァ……」
いわがぬける。
思考が戻ってくる。
脇腹の穴から血が溢れてくる。
「ヤバい…なぁ…………ハァ……」
力がぬけて後ろに倒れる。
「た、旅人さん!」
メルが石版を捨て駆け寄ってくる。タロが前へ行き、スライムに威嚇している。
「は、はやく止めないと……」
メルが服のポケットから複数の葉っぱを取り出す。俺の服をめくり、脇腹の部分にそれをあてる。
「お願い……止まって…!」
「ワン、ワン!」
視界が薄れていく。
タロの吠える声が小さくなっていく。
(俺……ここで死ぬのか?)
これが死の前兆だと本能が理解していた。
(そりゃ…ないぜ……バイトや……勉強の…日々から抜け出せたのに……こんなもんかよ……)
視界が暗くなっていく。
(友達とも……遊び足りなかったのに……親孝行も……俺は……俺は…………………………………)
この世界の事も……………………
まだ、生きたい。
まだ、戦いたい。
まだ、この世界を………
生きていきたい!
目を見開き、体が勝手に剣を掲げる。
掲げた剣は、うっすらと輝きだす。
「えっ……?」
メルが投げ出した石版が、共鳴している。
「俺は、生きたい!この世界を、冒険してみたい!だから、あの魔物を、倒したい!だから!」
剣がさらに光を増す。
「俺に力を貸せ!あの魔物を、倒せるほどの力を!」
剣がさらに輝き、周りが真っ白になる。
汝が力 我に見せてみよ
どこからか声が聞こえる。
しかしどこから聞こえたのは、分かっていた。
我が名は………
この剣の名は…………
「「フルンティング…!」」
光が、満ち溢れる………
どうしよう、なにをしたらいいのか分からない。旅人さんが死にそうで、血を止めようとして、そしたら旅人さんが剣を掲げて……
旅人さんが光に包まれて……もう訳が分からなくなった。
「ワン!」
タロがこっちに近づいてくる。
後ろにはスライムが詠唱を終え、巨大な岩を作り出しているのが見えた。
そしてスライムの作った岩がわたし達へ向かって飛んできた。
もうだめ、そう思った瞬間、
突然白い線が走り、岩が真っ二つに割れた。
「…………」
わたしは何も言えなかった。
いや、目の前の出来事に見惚れていた。
倒れていた旅人さんが立ち上がって、岩を割ったのだ。あの巨大な岩をどうやって割ったのか、旅人さんが持っている剣じゃ到底出来ない………
さっき旅人さんが持っていた剣と、今持っている剣と全然違っていた。
さっきまでは錆びてた剣だったけど、持っていたのは緑色の柄に鞘、白い剣身と変わっていた。
「あっ、ケガが……」
あれだけの重傷を負ってたのに、血は止まっていて傷口すら塞がっていた。
「スライム……」
旅人さんが剣を構える。
「この剣、フルンティングでお前を倒す!」
旅人さんはそう言い放ち、スライムに斬り掛かった。
いつの間にか傷が塞がっていて、体がいつもより軽い。
それにこの剣なら、アイツを斬れる!
前へ跳び、スライムにジャンプ斬りを放つ。
スライムの体がスパッと斬れる。
しかしスライムの体が大きく、致命傷は与えられなかった。
「まだまだ!」
そのまま連続で斬りかかる。スライムに確かなダメージを与えれてるが、スライムもやられてばかりではなかった。
俺の攻撃を素早い動きで回避し、その隙に体当たりをかましてくる。
素早い動きにまだ対処しきれない。剣を盾にして体当たりを受ける。すると、吹っ飛ばされたときよりも威力は無かった。
「剣が、守ってくれたのか?」
剣を見る。剣身に付いている赤い石がほんのり光っている。
どうやらこの剣は防御面に特化しているみたいだ。
スライムを押し出し、突きを放つ。
また素早い動きで躱される。
これじゃキリが無い。どうにかしてアイツの動きを止めないと。
我の力を望むか?
声が聞こえる。剣が語りかけてきたのか。
「ああ、お前の力を貸してくれ。」
我の魔力 汝に与えよう……
承諾すると、剣が光り出し地面に魔法陣が展開される。剣の中の魔力が俺の体を通り、魔法陣に注がれる。
まるで剣が、魔法のやり方を教えてくれるような感覚だった。
スライムが突進してくる。その時詠唱が終わり、魔法を放つ用意が出来た。
「汝に与えしは、大地と自然の裁き。エルフバインド!」
魔法が発動し、地面から長い木々や茨が飛び出てきた。複数の木々は突進するスライムを止め、茨がスライムに絡み付く。
「!?」
スライムが驚いているように見える。
素早い動きが封じられ、もはやスライムに為す術は無かった。
「これでっ、トドメを刺す!」
剣の魔力を使い、威力を増大させる。この一撃にすべてを込める!
「いっ けぇぇぇぇ!!」
スライムに向かって思いっきり踏み込み、剣を振り降ろす。
その一撃は森全体が震え、スライムとは比べものにならないほどの威力だった。
砂煙が舞う。全力の一撃を放ち、俺はどっと疲れその場に座り込んだ。
砂煙が収まる。その先に見えた光景は、
「やった……!」
赤黒いスライムは影も形もなく、あったのは衝撃ではじけた薄い赤色のゼリーだった。
俺は、初めての戦いに勝ったのだった。
土+風魔法 エルフバインド
地面から木々と茨が飛び出して、敵を拘束する魔法。床が土じゃなくてもどこからか生えてくる。
「汝に与えしは、大地と自然の裁き。エルフバインド」
魔法の属性に関しては後の話で説明します。