第七話 二周り目の攻略 利梨花編 ー後編ー
利梨花編の後篇です 今回は微エロとアクションあり!
「いーち、にー、いちにっ!!」
『さんしっ!!』
窓の向こうから運動部がランニングする掛け声が聞こえる。
放課後。俺は視聴覚室の鍵を先生に借りて、その誰もいない空間に一人佇んでいた。別に黄昏ているわけじゃねえぜ? 待っているんだ。誰をかって? 決まっている、梨璃花をだ。
昼休みはテンパっちまったが、あうあう言ってた無様な俺はもうここにはいねえ。俺は決然とした面持ちで黒髪の少女が入室してくるのを待っていた。
まあここまでくるには俺の心情的に紆余曲折あったんだがな。五、六限の授業の間に再考察してみたんだよ。梨璃花が来るまでもう一度整理してみようか。
まず俺がショックだったのは『フラグを立て損ねた』と思ったからだった。
このフラグというのはもちろんギャルゲ用語で、イベントを起こすためのスイッチみたいなものだ。
俺は梨璃花の教科書を借りられなかったことで、『梨璃花ルート』に入るためのフラグを立て損なったと思った。
それはすなわち梨璃花攻略に失敗したことを意味する。待ち受けるのは梨璃花死亡という最悪の未来だ。だから俺は酷いショックを受けたんだな。
そしてもう一つ。一周り目と同じアクションを起こしたのに、全く違う結末になったこと。具体的には日義が何故か教科書を持ってきていた。
これはおかしいんだ。ここは一周り目とそっくり同じ世界のはずなんだから同じ行動をすれば同じ結果になるはずだ。
ここで思い出すのが神娘の言っていた『修正力』という言葉。神娘はそれを『世界を元の因果のままに保とうとする力』だといっていたが、その意味は俺が理解していたものと少し違ったのかもしれない。
もしかして『世界律』にとって重要なのは課程ではなく結果ではないのか。この場合俺たちが死亡するという結果が重要なんじゃないか。
そのために世界を改変しようとした俺の行動の出鼻を挫いてきたんじゃないか。そして爆発事故という事象そのものが神娘のいっていた『因果の転換点』なのではないか。
だとしたら、道のりは相当に困難だぞ。爆発事故が『世界律』に定められた動かし難い事象なのだとしたら。とりあえず有効だと思っていた『攻略法』はおそらく通用しないだろう。
だから俺に求められるのは攻略法を捨てて『修正力』を超越することだ。………そんなもんどうすりゃいいってんだ?
俺は悩んだ。悩みまくったね。そして俺は気付いたんだ。
悩んでも無駄だってことに!
だってそうだろう? 『世界律』だの、『修正力』だのわけの分からん厨二世界のロジックに振り回されて右往左往するなんて俺の柄じゃねえんだよ。
そもそも『世界律』サイドに対して俺に出来るのは推論に推論を重ねて、足りない頭で有効と思われる攻略法を考えるくらいなんだからな。それが正しいかどうかもわからねえんだ。
だから俺は難しく考えるのを止める事にした。もっとシンプルに思うままに行動するんだ。
それに神娘は俺には因果の起点になったことにより、因果を改変する力が宿ったと言っていた。
だとすれば少なくとも何をしても無駄ということはないはずだ。正解はどこかにあるはずなんだ。
ともかくまずは梨璃花と話をすること。それが最優先課題だよな。
そこで俺は放課後に向けて一つ布石を打つことにした。
なに簡単なことさ。梨璃花の下駄箱に『君に話があります。放課後視聴覚室まで来てください 昼休み教科書を借りようとした男より』と書いた手紙を入れただけだ。普通はこんなもんシカトだが、梨璃花は律儀なやつだからな。たぶん時間を作って来てくれるだろう。
俺はそんな梨璃花の性格を良く知っている。
そうだな。これが俺にとっての僅かなアドバンテージなんだろう。
世界と戦うための。
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がらっ
視聴覚室のドアが開いた。梨璃花だ。梨璃花が軽く会釈して入ってくる。
よしやっぱり来てくれたな。だが時間は限られているはずだ。彼女はいろんな習い事をしていて、放課後は結構忙しいらしいからな。たぶん黒塗りの車を校外に待たせているはずなんだ。慎重にそして簡潔に用件を伝えないとな。
「悪いな。あんな手紙で呼び出しちまって」
おずおずという感じで体の前で手を組み、教室の中ほどまで進んできた梨璃花に声を掛ける。
「い、いいえ………」
梨璃花は心持ち俯き加減でぽしょぽしょと答えた。
なっなんか緊張してるんじゃないか? 肩が縮こまってるぞ。
それに心なしかその乳白色の頬が赤く染まっているような気がする。
「あー、えーとだな」
あれ? なんだっけ。切り出し方は何度も脳内でシミュレーションしたんだが、やべえ、トんじまったぞ。俺も緊張してんのか? なんか変な汗出てきたし。
………まあそれも無理ねえか。何しろこれからの会話に梨璃花の命運がかかってるかも知れねえんだから。
とっ、とにかくこの距離感は会話をするって感じじゃねえな。心理的にも物理的にも遠すぎる。もう少し近づこう。近づいて彼女の目を見てしっかりと話すんだ。
―――そんなことを考えて俺は一歩を踏み出した。
だが本当に俺は緊張していたんだろう。そのたった一歩をしくじり重大な事故を引き起こしてしまったんだ。後にも先にも記憶に無い未曾有の大惨事を。
簡単に言うと俺はコケた。
掃除当番がサボったのか不揃いに並んでいた机の脚に躓いて、それはもう見事に。
しかもコケた方向が最悪だった。
俺は梨璃花に向かって半ば飛び掛るような勢いで突っ込んでしまったんだ。そしてその結果俺は彼女を押し倒すような形で床に倒れてしまった。
倒れる間際「あっ」という梨璃花の声がして着地する瞬間バシッ! という鋭い音が響いたのを記憶している。
今思えばあれは梨璃花が反射的に片手で放った『受身』の音だったと理解できる。
俺はといえば何か柔らかいものに顔面から突っ込んで全く痛みを感じなかった。
その柔らかいものが一体何か分かった瞬間、俺は完全にテンパってしまった。そしてそれがいけなかったんだな。慌てて立ち上がろうとした俺は、―――やらかしてしまったんだ。
わっし! と。
掴んでしまったんだ、梨璃花の胸を。
ラブコメにおいてしばしば発生する不思議現象を俺はこの身を以って体現してしまっていた。
「―――」
数瞬、梨璃花はなにが起こったのか分からないという様に、大きな瞳をさらに大きく見開いて俺を見つめていたが、その視線が俺の手と鷲掴みにされている己の胸に行き着いた瞬間、
「がっ!!」
まずドシッ! と掌底じみたツッパリが来た。
さらに刹那の間も置かず浮いた体、下腹部の辺りに蹴りが来る。俺はそのすさまじい威力に跳ね飛ばされ、背中からぶち当たった机を盛大に巻き込みながら床に着地する。いってえっ?!
「………」
苦痛に顔をゆがめる俺の前で無言の梨璃花がゆらりと立ち上がった。ゆっくりと振り返ったその顔は、
夜叉、だった。
おどろに白い顔を彩る長い黒髪。
いつもは温厚そうなカーブを描いているアイラインはギュギギィーと斜め上に吊り上り、黒目がちの瞳までもが白眼比率を増して青白く光るよう。
口元はヒクッヒクッと断続的に痙攣していて、噛み締めた白い歯がグギギと軋りを上げている。
普段が美麗極まりない少女だけに、怒りの感情に飲まれた梨璃花は、地獄の閻魔も逃げ出すほどのド迫力だった。
俺ののどから「ヒイッ!」と情けない悲鳴が漏れてしまったのも無理は無いと思う。こんな梨璃花見たことねえぞ?!
「朝の声掛けから………」
夜叉の口唇からケルベロスの唸りのような声が漏れた。
「お昼の教科書の件を経て、放課後視聴覚室への呼び出し。………手の込んだ印象付け。きっと告白されるものと思っていましたけれど」
その全身から黒いオーラのようなものが立ち上って見えるのは目の錯覚だと思いたい。
「蓋を開けてみればこんな………」
フルフルと女の全身が震える。次に放たれた言葉には彼女の極限の羞恥と憤怒が込められていた。
「こんな辱めを受けるなんて………!!」
「はっ辱め?!」
金縛りにあったように尋常ではない梨璃花の様子をただ眺めていた俺は、不穏当極まりないその単語に慌てて声を上げた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!! 違う!! 違うんだ梨璃花!!」
「梨璃花などと呼ばないでくださいこの暴漢!!」
ぼっ、暴漢?! おっ俺がかっ?! 俺、梨璃花に暴漢呼ばわりされたのかっ?!
うおお!! ちょっと待ってくれ!! 説明!! これは事故なんだと説明しねえと!!
しかし俺がおたおたしているうちに事態はさらに悪化していく。
「乙女の体を汚されたこの上は………」
ズボッ! と何故か梨璃花は自分の制服の下に手を突っ込んだ。形のいいおへそがチラリと見えたがそれを観賞する間も無く、俺は引き抜かれたその繊手に何かが握られているのを発見する。
それは六十センチほどの短い棒切れのようなもので、鰹節のようでもあって、しかしやはりそんな食料品では無かった。
カチ
梨璃花がそいつに付いていたらしいスイッチを押し込むと、それはカカカッと軽快な音を立てて長く伸び、驚いたことに1・2メートルはある木刀に変わったのだ。
おっ、折りたたみ式木刀だとおっ?!
目をむく俺の前で梨璃花はビュッと得物を一振りすると完全に据わった目で、
「あなたを殺して、」
リアルでは聞きたくないテンプレートな台詞を―――
「その事実は闇に葬ります」
テンプレじゃねえっ!! 黒いっ!! 黒いぞっ!! 完全に犯罪組織首領とかの発想だっ!! 普通そこは『私も死にます』だろう?!
「覚悟っ!!」
「ぬおおおっ?!」
声とともに突っ込んできた梨璃花の斬撃を尻餅をつくように回避する。俺を捉え損なった木刀が開いた股の間の床をガッ! と洒落にならない勢いで叩く。
うおおっ?! これ本気だぞ!! マジで俺を殺る気だぞ!
床を打ったせいで手がしびれたのか僅かな時間硬直した梨璃花から、這いずる様にして距離を取りながら俺は顔から血の気が引いていくのを感じる。
「………往生際が悪いですよ?」
「こんなとこで往生してたまるかっ?!」
木刀を構え直しながらむしろ不思議そうに言う梨璃花に、立ち上がり身構えた俺は怒鳴り返す。
俺が往生しちまったら連鎖的にお前も往生しちまうんだっつうの!!
くそっ。なんでこうなるんだよ! 俺は梨璃花を助けたいだけなのに、
「ぬおおっち?!」
なんでイナバウアー気味に横薙ぎの斬撃を避わしたりしてんのっ?! おかしいだろ!
くっそー! 一周り目のときはラブコメチックな展開だったのに今は近接格闘戦って落差激しすぎだ!!
とにかくこのままじゃまずいぞ。
梨璃花の剣の腕は相当なもんだ。俺はどんどん壁際に追い込まれてる。両側には机があるし後退するしか逃げ場が無いのだ。
梨璃花もたぶんそれを分かってる。壁際まで追い込んで俺を仕留める気だ。繰り出される斬撃にそういう意図が感じられる。
どうする?! 話し合いどころじゃねえぞ。梨璃花の目は完全にイッちまってる。あれは俺を同じ人間だと思ってねえぞ。
こっ、こういうときはどうすんだっけ?! 必死に袈裟懸けの一撃から身を避わしながら俺は頭を回転させる。たっ、確かお袋が言ってた。相手が凶器を持っている場合は………。
「梨ぃ璃花あああああっ!!」
「―――っ?!」
大声で彼女を怯ませた一瞬の隙に俺は椅子の背もたれを引っつかむ。椅子の足を血に飢えた復讐者に向け構える。
お袋曰く相手が凶器を持っている場合は自分も得物を持て!!
よし、これで少し梨璃花も冷静になってくれるだろう。お前の木刀はこの椅子で防ぐぞとアピールできたわけだから。頭が冷えている間に話を
「まさか………」
………ん? 梨璃花の様子がおかしいぞ?
「まさかあなたがそこまで悪辣だとは思いませんでした!」
「はあ?!」
なにいってんのっ?! 悪辣だあ?! 驚く俺の前で彼女はビシッと木刀で椅子を指し示す。
「その椅子で私を殴って昏倒させ、更なる陵辱を加えようというのですねっ!! この外道!!」
うおおおおおいいいいいい!! 完全に逆効果じゃねえかっ!! お袋のあほんだらあ!!
ただでさえ鋭かった梨璃花の目がいまや完全に人斬りの目になってんぞ!! 抜刀斎状態だぞ!! どうしてくれんのコレ?!
「もはやあなたを征誅するのに一切の躊躇なし!! 私の全力を以ってお相手いたしますっ!! そして殺した後はその事実を闇に葬ります!!」
やっぱり闇に葬るんだっ?!
怯える俺の前で梨璃花は体を沈め顔の横で木刀を水平に構えた。
あれは見たことがあるぞ。『平突き』の構えだ。幕末、有名な新撰組が得意としたという、天然理心流の強力な剣技だ。
こんなもん実際に見るのは初めてだが漫画で見たことある!! やべえぞ、あれは一撃必殺だ。食らったらお仕舞いだぞたぶん。だけど―――
俺はじりっと後退し椅子を構え直しながら考える。突きってのは、諸刃の剣なんだ。あれは防御を考えない攻撃一辺倒の技。もし初撃を防げれば俺にも勝機はある。今はそれに賭けるしかない!
「………」
「………」
俺たちは互いに得物を構えたまま無言で睨み合う。二人の間の緊張感が少しずつ高まっていくのが分かる。空気が張り詰めていくのが分かる。肌がぴりぴりするほどに。
そして極限まで緊張が高まった瞬間梨璃花が動いた。
「やっ!!」
裂帛の気合とともに突きを繰り出してくる!
ガッ! 点の攻撃を俺は面で受ける。椅子の板の部分。衝撃が手に伝わってくる。
だがまだだ!! まだ梨璃花の攻撃は終わらない。素早く引き戻された切っ先が僅かな間も置かず今度は椅子を持った俺の手を狙ってくる。やべえ!
「くっ!!」
うめきを上げて俺は間一髪椅子から手を離し避わすことに成功。しかしそのせいで正面に構えていた椅子の盾が傾いでしまう。その隙を梨璃花は見逃さなかった。僅かに覗いた俺の脇腹を木刀の切っ先が襲う! 梨璃花の攻撃は精密に組み立てられた三段突きだったのだ!
ドッ!!
木刀は俺の背中に突き抜けていた。勝負あり。というか俺死亡?
「うっ?!」
しかし焦りの表情を浮かべたのは梨璃花だった。
それもそのはず俺の腹を突き破ったかに見えた木刀は寸での所で腰をひねった俺の脇腹を掠めただけ。
しかも俺は勝利を確信して『引き』の動作を緩めた梨璃花に乗じて、木刀を掴み締めている。
はっはっは! こないだやったカービーダンスの腰の動きが思わぬところで役に立ったな。無理矢理付き合わせやがったお袋に感謝。これとさっきので差し引きゼロだな。
「はっ離してください!!」
「離さんっ!!」
俺は椅子をポイッと捨てがっちりと両手で木刀を掴む。さらにグイッと引っ張ると梨璃花は意外とあっさり木刀を手離した。
俺が木刀を握ったときの表情から察するに、得物ごと体を引き寄せられるのを恐れたらしいな。
「剣を取られたからといって………!」
丸腰になった梨璃花は気丈にも徒手空拳を構える。
あの感じは打撃というより、投げを主体とした構えだな。たぶん合気柔術か何かだろう。親父に連れられて大学に行った時見たことある気がする。
………つうか徒手格闘も出来んのかよ。恐ろしい娘さんだな。
だが剣術ほどには自信が無いらしい。得物を持った俺に対して若干腰が引けている。自分も剣を扱うだけに木刀を持った相手の恐ろしさがよく分かっているのだろう。剣道三倍段っていう言葉もあるしな。
さあ反撃だ! この気に乗じて梨璃花を木刀でボコボコに、
「するわけねえだろ」
俺は呟いてぽいっと危険物を教室の端に投げた。木刀が床に当たった拍子にスイッチに当たったのか、カカカッ! とまた小さく畳まれる。位置的には俺の背後だ。これでもう梨璃花の手に渡ることは無いだろう。
「梨璃花さっきは悪かった」
俺はもろ手を挙げつつ頭を下げる。攻撃する意思が無いことをアピール。一歩近寄る。
「あれは事故だったんだ。躓いただけだよ」
「信じられません!!」
少し距離を詰めただけでざっと飛びのく梨璃花。うわあ。めちゃくちゃ警戒されてるよ。どうすっかなあ。
しばらく声もなく見つめ合い考えてみるが、―――駄目だ! いい案が思いつかん!!
「信じてくれよ!! 話したいことがあるだけなんだ!! そうだ! 話を聞いてくれたら何でもするからさ!!」
「………なんでも?」
苦し紛れの俺の言葉に意外なことに梨璃花が反応した。
「本当に? 本当になんでもしてくれるのですか?」
真剣そのものの顔で今度は自分からズイッと一歩近づいてくる。
「あ、ああ?」
頷きつつ俺はその異様な迫力にちょっと引いてしまう。まさか腹を切れとかいうつもりじゃなかろうな?
「じゃあ、」
さらにずいっと近づいてきた梨花はその大きな瞳に何か異様な熱を込めて言い放った。
「私の許婚になってください!!」
「はあっ?!」
今なんつったこいつ?! 許婚?! それはいわゆるフィアンセ的な意味のアレか?! なんだそれ!! キレ過ぎて本当に頭の血管まで切れちまったんじゃねえだろうな?!
それとも、
「あのさ」
俺は頬をポリポリ搔きつつ第二の可能性を口にしてみる。
「俺に惚れたの?」
反応は劇的だった。俺の言葉を聞いた梨璃花の顔が電熱ストーブのように素早く赤に染まる。ぶんぶんと激しく胸の前で両腕を振りながら彼女は激昂した。
「だっ、誰が人気の無い教室でいきなり押し倒してくるような殿方を好きになりますか!! 勘違いも甚だしいです!!」
だよな。というか梨璃花的にはやっぱりそういう受け取り方になってんだな。哀しいぜ。
でもそれじゃあ尚更おかしな話じゃねえか? 暴漢をフィアンセにしたいなんて女が何処にいるってんだ?
疑問が顔に出たのだろう。梨璃花はまだ怒った口調で「説明いたしますっ!!」と言い捨てた。
説明はこうだった。
梨璃花は浮島という古くから続く財閥の一人娘で、両親が決めたいずれは婿養子に来る予定の許婚がいるらしい。
だが彼女はその婚約が絶対に嫌なのだそうだ。
そこで自分にはすでに心に決めた恋人がいてその人と婚約をしているから、両親が決めた婚約者とは結婚できないと、そういうことにしたいらしい。
で、その心に決めた恋人兼婚約者役を俺に演じて欲しいと、そういうわけなのだそうだ。話を聞いた俺の感想はこうだった。
「はあー、現代社会にもそんなギャルゲみたいな設定を抱えた女の子がいるんだなあ」
「ぎゃるげ?」
「ああ、いやなんでもねえ」
小首を傾げた梨璃花を適当に誤魔化す。だがまだ疑問があるぞ。
「それにしたってなんで俺なんだ? お前曰く俺は暴漢なんだろ? 他の男に頼めばいいじゃねえか」
「それが出来たら苦労はしません。わたしに恋人はいませんし、他の殿方だと後々いろいろ面倒が起こりそうじゃないですか。それでは困るのです」
ああ、やっとちょっと合点がいったぜ。
確かに梨璃花に許婚になってくれなんて言われたらそれこそ勘違いしちまうよな。
それが振りだとしても、相手が梨璃花に惚れちまったり、偽装婚約をネタにあれこれ要求されたりということもあるかも知れん。
その点俺なら今しがたの事故で梨璃花に嫌われたことが分かってるし、負い目もある。
さらに言うなら俺程度が考えることなら何とかできると踏まれたんだろうな。村田嵐蔵与し易しってなもんだ。
要は舐められたんだな。なんでもするとか言っちまったし、まあアホ丸出しだわな。
「ともかく何でもするとおっしゃったのですから偽装婚約には必ず協力していただきます。それを約束していただけるなら、話くらいは聞いて差し上げても構いません」
「分かった。約束する」
俺としたら頷くしかないぜ。
ただ梨璃花によるとそれは今すぐというわけではないらしい。修学旅行の後、梨璃花の両親が海外から帰ってきてから決行するということだった。詳しい日時はおって連絡するそうだ。なんとも欝なイベントが予約されちまったもんだよ。
「んっ」
話し終えた梨璃花が目を細めた。いつの間にか視聴覚室の窓からは夕日が差し込んでいる。西陽が彼女の目を射たらしい。
………すっかり遅くなっちまったな。迎えの車の運転手も待ち疲れていることだろう。
これからあのややこしい2周り目と、その先に待ち受けるデッドエンドの話をするのは時間的にも精神的にもキツイな。なので俺はこう提案してみた。
「とにかくメール交換はしとこうぜ。お互い連絡が取れないと不便だろ?」
「嫌です」
「即答かよっ?!」
「あなたからメールが来るなんて御免被ります。どうせ一日に何十通もたわいのない日常を描写したメールを送ってきたり、まるで短編小説のような途方も無く長い文面を送ってきたり、し、下着の色を聞いてきたりするつもりなのでしょう?!」
「いやいやいや!! しねえよそんなこと!! そこまで暇じゃねえよ!! それにお前の下着の色を聞いてなにが楽しいんだよ?!」
「知りません! 何が楽しいんですかこの色魔!!」
「俺が聞いてんだよ!!」
………こうしてさらに無駄な時間を費やしつつ、俺は何とか梨璃花のメルアドをゲットすることに成功した。
全く、向こうから教えてくれた一周り目とはエライ違いだぜ。それに最後の一言も酷かった。
「必要なとき意外はメールしないでくださいね!! 校内でも声を掛けないでください!! 迷惑ですから! では失礼します!」
これだぜ? ホント嫌になっちまうよな。迷惑とか―――、
………………………ほんとにさ。
………だけどこれでなんとか梨璃花とは繋がりが出来た。うん! 今はそれを喜ばないとな。
さあ次は優奈の番だ。ガンガン行くぜ!!
利梨花編の後篇いかがだったでしょうか?
今回は挿絵も描きおろしてみました 楽しんでいただけたなら嬉しいです
次のお話は『二周り目の攻略 優奈編 前編』になります
スポーツ少女の優奈に村田君がどのようにアプローチするのか、お楽しみに~




