第六話 二周り目の攻略 利梨花編 ー前編ー
ついに物語が本格的に動き出します
今回は黒髪ロングのお嬢様利梨花をめぐるエピソード。その前編です
どうかお楽しみください
「うーむむ!」
家に帰った俺はノートと、アニメ雑誌についていた付録のカレンダーを机に並べて唸っていた。これからの方針を考えての事だ。そうだなちょっと状況を整理してみようか。
まず今は九月一日。二学期の始業式があった日だ。
これから卒業旅行に行くまでのおよそ一ヶ月ちょっとが俺に許された猶予期間。
もしそれまでに何の手段も講じられなければ、俺と愛音たちは最悪のデッドエンドを迎えることになる。
そこで神娘のヒントも腹に据えつつ、愛音たちを救う具体的な手段について考えてみよう。
一番簡単なのは愛音たちを爆発が起こった会場に近づかせないことだな。そうすれば彼女たちは死なずに済むだろう。しかしここで問題になってくるのが現在の俺と彼女たちの関係だ。
今朝見たように彼女たちは俺のことを忘れている―――いやこれは正しい言い方じゃねえのか。神娘の言ったように俺と彼女たちの関係は、初期状態に戻っていると考えたほうがいいだろう。
ちょうどアレだな、ギャルゲーで一度エンディングを迎えて、クリアデータでゲームを始めからプレイする状態といえば分かりやすいかな。
ヒロインたちの好感度は初期状態に戻っているが、俺は彼女たちの事を知っている、という感じだ。
これは問題だぜ? なにしろ俺のことを知らないやつに「会場に近づくな」なんて警告したところで、言うことを聞いてくれるわけがねえからな。
おまけに『新世紀未来科学技術博覧会』の見学は今回の修学旅行のメインといっていい『外せない』イベントだしな。
だから神娘はこういったのだ。『好感度を上げろ』と。話を聞いてくれるレベルまで。
全てはそこから始めなければならないわけだ。
御白はアレだし愛音は今でも俺の話ぐらい聞いてくれるだろうからいいとして、梨璃花と優奈に関してはまだ、ガール・ミーツ・ボーイすらしていないのだ。かなりの難題だといえる。
しかし勝算が無いわけじゃねえぜ。こういう言い方をするとなんだが、何しろ俺は一度梨璃花と優奈を『攻略』しているわけだからな。
『攻略法』なら分かっている。あいつらの心を弄ぶようでめちゃくちゃ心苦しいが、彼女たちを死の運命から救うためだ。ここはためらわずに使わせてもらうぜ。
「うし!」
俺は気合を入れてカレンダーの明日の日付に丸を書き込む。まずは、
梨璃花からだ。
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さて、ここで梨璃花との馴れ初めについて少し話しておこう。
きっかけは何気ない事だった。
ゆとり教育のしわ寄せか、二学期も二日目から六限授業という鬼のような時間割を強いられた俺は、五限に必要な日本史の教科書をうっかり忘れてしまった。
昼休みにそのことに気付き、授業中に隣のやつに教科書を見せてもらうという羞恥プレイを避けるため、別のクラスにいる友人に教科書を借りに行くことにした。
ところがなんということか、その友人も日本史の教科書を忘れていたのである。俺はしばし途方にくれたのだが、
その時だった。涼やかな声が俺の耳朶を撫でたのだ。
『あの、私の教科書をお貸ししましょうか?』
声を掛けてくれたのが黒髪の超美少女、梨璃花だった。
俺は近隣でも指折りの麗しい少女との予想だにしなかった接触に少々舞い上がりつつ、もちろんコクコク頷いたさ。まるで水飲み鳥の置物のごとく半ば自動的にな。
さて、それだけなら六限の前の中休みにでも教科書を返して、それで話は終わったはずだった。
しかし例によって田所との馬鹿話に興じてしまった俺はうっかりと借り物の返却を忘れてしまったのみならず、そのまま帰途についてしまったのだ。
そして校門で何やらごつい車に乗り込む梨璃花を見て初めて「あっ! 教科書返してねえ!!」と気付いたのである。アホだな。
梨璃花は学年でも上位に名を連ねる成績優秀な生徒だ。
俺とは違って当然予習とか復習もちゃんとやっているに違いない。きっと教科書が無いと困るだろう。
そこまで考えた俺の前で、
ブロロロロ………
黒塗りの車はエンジン音を残して去っていった。そして俺はまあ明日渡せばいいか、―――とは何故か思わなかったんだよな。
俺は走り出していた。全速力で。この辺りは信号が多い。途中で追いつけると思ったんだ。
しかし目論見は甘かった。普段は家路を急ぐ俺(早くギャルゲがしたいので)の前で悉く赤に変わる信号が、まるで梨璃花車の行く手を祝福するかの如く青に切り替わっていくのだ。
なんでやねん! と公共設備に突っ込みを入れつつ、しかし俺は諦めなかった。息を切らし汗みずくになりながらも、とにかく俺は走って走って走り続け、そしてついに追いついたんだ。
長いと評判の電車の踏み切り。カンカンと警告音が鳴り響く中で俺は梨璃花車の窓を軽くノックした。
彼女が窓を開いてくれたのはたぶん僥倖だったろう。
何しろ俺は髪はザンバラ、身に着けた夏服はべったりと肌に張り付き誰得の透け透け状態、ゼヒーゼヒーと死にかけの爺さんのように息を荒げているというそれはそれは酷い状態だったからな。
こんなやつが近づいてきたら普通はシカトだろう。
しかしその点梨璃花という女の子は本当に良くできた娘さんだった。
『ぎょっ、ぎょうがじょ、あじがどう・・・』
喉から貞子の如く這いずり出た感じの感謝の言葉はほとんど異次元語のような判別し難さだったに違いない。
しかし梨璃花はその濁音だらけの音声を正確に理解してくれたらしい。「まあ!」と目を丸くすると、忘れ難い光度の、清く正しく美しく柔らかな笑みを浮かべて、こう返してくれた。
『どういたしまして!』
―――と、まあこれが馴れ初めであり、きっかけだったんだろうな。翌日の放課後。
梨璃花は昇降口で俺を待ってくれていた。そしてその場で請われて携番とメルアドを交換し友達づきあいが始まった、―――という感じだ。
そんなにドラマチックでもないだろう? でも俺にとっては忘れられない、忘れたくない大事な思い出さ。
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時間は二周り目に戻って、九月二日の昼休み。(ややこしいな!)
今度はアニメ雑誌を一緒に見ようと誘ってくる田所を避わして梨璃花クラス前に到着した俺は、教室のドアから中を窺った。―――よし、いるいる。規定事項だがホッとするな。
もうお分かりかと思うが俺は一周り目を『なぞる』つもりだ。
神娘は積層被膜がどうのと言っていたが、いま俺が体験している現象はいわゆるタイムリープというやつだと思う。
そしていくつか見たことがあるタイムリープもののアニメやラノベにおいて、タイムリーパーである主人公以外の人間は以前の時間軸と同じ行動をとっていた。そして主人公が同じ行動をとる限り、それは変わらないはずなんだ。
つまり俺が考えた攻略法とは一周り目と全く同じイベントをこなし彼女たちの好感度を上げること。一周り目と同じイベントをこなせば当然好感度も同様に上がり、告白はともかく話を聞いてもらえるレベルまでは難なく到達するはずだからな。
そんなわけで俺は内心ほくそ笑みつつ教室のドアをくぐり、友人の机の前まで移動する。そして、
「なあ日義! 日本史の教科書貸してくれねえか?」
日義というのは友人の名字だ。
そしてこれで俺のアクションは終了!! 後は教科書を忘れた日義の代わりに梨璃花が声を上げてくれるのを待つだ
「ああいいぜ。ほらよ」
―――え?
俺は目の前に差し出された教科書をきょとんと見つめる。なんだ? 何が起こった? 日義と奴が手に持った教科書を順繰りに眺め回す。
「おい? いらねえのか?」
日義が怪訝そうな顔をしている。いや、ちょっと待ってくれ。俺は今混乱しているんだ。
ていうか、
「なんでおまえが教科書持ってんだよ!!」
俺は突っ込まずにはいられなかった。そうだこいつは教科書を忘れているはずじゃないか! それがなんで持ってんだ?!
「はあっ?! お前俺に借りに来たんだろ? なに頓珍漢なこといってんだ?」
いっ、いやそうなんだが、そうじゃねえんだよっ!! こんなのはおかしいんだ!! お前から教科書を借りちまったら、梨璃花との接点がなくなっちまうだろうが!
くそっ!! どうなってやがる?! 何処で狂った? 俺は一周り目の通りにやったはずだぞ?
い、いや落ち着け。冷静になれ。俺は我知らず梨璃花を凝視しながら、必死に自分に言い聞かせる。
まだだ。まだ失敗したわけじゃねえぞ!!
えーとあれだ、そう六時限目!! 次の時間に必要な教科書を借りればいいんだ!! えーと俺のクラスの次の教科は………、物理!! もうめんどくせえ!! 手順はすでに狂っちまってんだ、梨璃花に直接借りちまえ!!
「梨璃花っ!!」
いきなり背後から名前を呼ばれた梨璃花の華奢な肩がびくりと跳ねる。
「はっ、はい?!」
整った幼顔がびっくり眼でこちらを向いた。
「悪いが物理の教科書を貸してくれ!! 忘れちまったんだ!!」
ばっ! と手を勢いよく差し出す。流れで押し切るつもりだった。しかし、
「えっ? 今日、物理はありませんけど………」
「なっ、なに?」
思わず聞き返す俺に、梨璃花は半身をこちらに向けきちんと正対してからもう一度言い直した。
「ですから、私、今日は物理の教科書を持っていません」
「がっふうう!!」
「きゃっ?!」
俺は噴水の如く吐血した。イメージだが。それほどのダメージだった。いきなり苦悶の表情で身を仰け反らせた俺に梨璃花が悲鳴を上げて後ずさっている。
引かれてどうする!! これから好感度を上げようってのに!! だが俺はすぐには立ち直れない。もうどうすればいいのか分からない。度重なる予想外の事態に頭が追いつかない。そのうち、
「浮島さあーん!! ランチ一緒しよー!!」
と廊下から呼ばれた梨璃花は「は、はあーい!!」と返事して、鞄から取り出した弁当包みを持って、こちらをちらちら気にしつつも、いそいそと教室を出て行ってしまう。
そして俺は、頭が真っ白になってしまった俺は、
「う、ああ………」
情けない呻き声を喉から漏らし、水を求める砂漠の遭難者のように虚しく、滑るように教室から消えていった黒髪の残像に手を伸ばすだけだった。
今回も挿絵を描いてみました
読まれた方のイメージを膨らませる一助になれば大変うれしいです




