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第一話 パンと牛乳とプロテイン

今回は主に主人公村田君の生い立ちに迫ります

少々変わった村田君の家族と彼の性質とは?


*イラスト付き小説です 非表示にしたい場合は画面右上の「表示調整」タブをクリックして「挿絵表示中」をさらにクリックすると非表示になります

挿絵(By みてみん)




「………ん兄。らん兄」


俺を呼ぶ聞き慣れた少女の声。俺はゆっくりと目を開けた。

そこにはニコニコと微笑む幼馴染の顔があった。俺を楽しげに覗き込んでいる。


「愛………音?」


 俺が名を呼ぶと彼女は笑みを深くする。陽だまりの猫のように目を細めた。


「うん。朝だよ、らん兄」


 そう囁くと、俺が起き上がるスペースを空けるように、すすっとベッドから遠のく。

 彼女の存在そのものが何処か手の届かない場所に遠のいて行くように思えて、俺の頭から一瞬のうちに血の気が引いた。


「待ってくれ!! 行かないでくれっ!!!」


 慌てて飛び起き彼女の手を掴む。そのまま制服に包まれた体を引き寄せ抱きしめる。


「らっ―――?!」


 思い切り硬直する愛音を俺はさらに強くぎゅうっと抱え込む。愛音の体は柔らかく暖かい。

―――ん? 暖かい?

 ふと頭の片隅を違和感が掠めたが俺が腕の力を緩めることはなかった。

 怖かったのだ。少しでも力を緩めれば、この温もりを離してしまったら、愛音はこのまま消えてしまう。そう、思えて。


「らっらら・らら・らんに・らんに………」


 腕の中で愛音はしばらく、DJにスクラッチされたレコードのような音声を発してバタバタと暴れていたが、俺がどんなにあがいても自分を離さないと見ると、その強張っていた体の力をすうっと抜いた。


 俺の肩口に鼻を埋めるようにしてもたれ掛かり、遠慮がちにその手が俺の背中を撫でる。そっと優しく囁く。


「………大丈夫。わたしは何処にも行ったりしないよ? ここにいるよ? だから大丈夫」


 大丈夫。大丈夫だよ。


 幼馴染の、幼子をあやすような暖かなトーンの声音に、俺の腕から力が抜けていく。少しずつ少しずつ。


 最後にハアッと大きな吐息が漏れた。いつの間にか目尻に溜まっていたらしい涙が、それと同時につうっと頬を滑り落ちていくのが分かった。


「………らん兄大丈夫?」


 心配そうな声。涙を拭いつつ見ると、体を離した愛音が上目遣いで俺を覗き込んでいた。


「怖い夢でも見たの?」


 夢?


 あれは夢だったのか? 修学旅行で得体の知れない事故に巻き込まれ、優奈も利梨花も、・・・愛音も死んでしまって。御白だって何処に行ったか分からなくて。


 あれが全部、夢?

 死に行く愛音を抱く俺が感じていた、そして今もこの腕に残っている、この生々しい命が失われていく感覚も含め、全部夢オチだったってのか?


「―――っ!!!」


 ぼっと頭が沸騰した。行き場のない怒り。とりあえず俺は自分の脳みそにキレてみた。


 ふざっけんな!! 何考えてんだ俺の無意識っ!! あんな生首まで登場させやがって!! ぶっとばすぞ! 

 ………でも、でも愛音はちゃんとここにいる。


「ひゃあっ?!」


 ………よし、裏返してみても背中にガラスなんて刺さってねえぞ。


「らっらん兄! 目が回るよお」


 うん。何処も怪我してねえ。


 俺は愛音をくるくると回転させてその無事を確認すると、その柔らかな頬に両の掌を当てた。


 暖かい。暖かいぞ。よかった。よかったよ。本当に夢だったんだ。手塚治大先生は禁じ手と定めたらしいが、夢オチ、―――いいじゃねえか。最高だよ。夢オチがこんなにあり難い物だなんて今まで知らなかった。 あれは全部最悪の悪夢だったんだ。


「らん兄………」


最後にもう一度愛音を抱きしめようとして、俺ははっと気づいた。彼女の赤い頬と心なしかウルウルと潤んでいるように見える瞳を眺めながら思う。


 いや、ちょっと待てよ。あれが夢だとしたら俺はアレだよな。悪夢に思うさまビビらされて飛び起きて、幼馴染とはいえ嫁入り前の娘さんに熱烈なハグを敢行しちまったわけか。


 うお、お………。なん、て、こった。の、の、


 NOOOOOOOOOOOOーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!


 何してんの俺。何してくれちゃってんのっ!!

 恥ずかしいばかりでなく完全に痴漢行為じゃねえかっ。愛音は俺の大事な幼馴染なんだぞ。それを俺ってやつは!!

 見てみろ愛音を! もはや声もなく顔を俯かせてフルフル震えてるじゃねえか! あれ泣いてんじゃねえの?! え?! 俺が泣かしたのっ?! やっべえ。と、とにかくあれだ。ごまかそう!!


「とっ、とり合えず俺着替えるわ。先下りててくれるか?」


 テンパりつつも促すと、愛音は顔を伏せたまま素直にコクリと頷いて部屋を出て行った。


 俺は宣言通り制服に着替えると、少し間を置いてから階段を下りてキッチンに向かう。この間に愛音がさっきの俺の行動を寝ぼけた末のものであって、断じてエロ目的の痴漢行為ではない! と理解してくれればいいが………。




「嵐蔵ぉ―!!」

―――考え事をしながらキッチンの敷居を跨ごうとした俺をいきなり拳が襲った。顎を狙った突き抜けるようなアッパーを、俺は軽くスウェーバックして避ける。

 しかしそれはフェイントでいつもながら驚くほど『伸びて』くる左ストレートが俺を追撃。それも予測していた俺は、グローブも嵌めていない、さながら鋼鉄のような拳を、己の顔の前で立てた両腕で受け止める。


 痛ってえええ!! 


 激痛に内心呻きながら、更なる追撃に備えて相手の目と肩の動きを注視する俺の目に、獰猛な雌豹の笑みが映った。


「ふん! 今日はまあまあね。悪くない動きだわ」

「そりゃどうも」

「トースト焼けてるけどマーマレードとイチゴジャムどっちがいい?」


 朝っぱらから人を拳固で小突いておいて、さらりと朝飯に話題を切り替えるその女に、普段なら突っ込みの一つや二つ入れてやるところなのだが、愛音のことで頭がいっぱいだった俺はそれをスルー。淡々と席に着きながら、


「マーガリンはねえのか? バターでもいいけど」

「ないわ。さっきパパが全部塗っちゃったから」

「親父は塗りすぎなんだよ。ウエイトコントロールはどうした、ウエイトコントロールは」


 俺の隣の席で、てんこ盛り油ギッシュなトーストを食らっていたデカいおっさんに、半眼を向けてやると、そいつは白い歯を見せてガハハと笑った。


「大丈夫だ嵐蔵(らんぞう)! プロテインさえ飲んどけば全て解決だ! 脂肪は燃焼され全て筋肉に変わる!!」

「変わんねえよ!! 何度も言ってるけどプロテインはそんな魔法の薬じゃねえからなっ?!」

「ほれお前も飲め! この牛乳と見せかけて実はプロテインを!!」

「やっぱりか!! なんかガラスコップの底に粉状のモンが溜まってるなと思ったんだよ!! 飲まねえからなそんなもん!!」

「そーれ! ムッキ! ムッキ!」

「その掛け声止めろ?!」


 くそっ! あまりのボケっぷりに前述も忘れてツッコんじまったじゃねえか!! 


 ………ああー。あんたたちには何がなんだか分からんよな。ここらで少し説明しておかねばなるまい。俺の家族について。


 まずキッチンに入ろうとした俺をボクシングスタイルでいきなり強襲してくれたのはお袋だ。


 御歳四十を迎え、俺というでかい息子まで居ながら、『雷拳の雌豹』などと呼ばれ、未だに一部の熱狂的ファンを抱えるというプロボクサー。それが俺の母だった。


 で、そんなお袋がなんで可愛い一人息子を朝っぱらから襲撃してくるのかというと、俺を強い男に育てるためだった。


………うん。分かるぞ。あんたの困惑は。俺だってこんなのおかしいと思うさ。でもこれには訳、というか歴史があるんだよ。


 そう、はじめは可愛らしいお遊びだったんだ。休みの日の公園。麗らかな日差しの中で、


『ほーら、らんぞー。右ストレートよー』

『うん! 避けるー!!』


 ………てなもんだ。まあそれでもちょっとおかしい気はするが。


 しかしそんな愛の特訓は俺が歳を重ねるごとに次第にエスカレートしていったんだ。


 宣言つきのぬるい『ぱんち』だったのが、小学校高学年の頃には宣言つきの本気パンチに変わり、いまでは寝起き頭の息子がキッチンに入ってきたところを、ショートアッパーで狙い打つまでになった。


 な? 頭おかしいだろ? でも中学に入るまで俺もそのおかしさに気付いてなかったんだよな。自分が恥ずかしいぜ。


 で、次に親父なんだが、まあ有体に言ってゴリラだ。

 あんまりだと思うかもしれないが、本当にそっくりなんだからしょうがない。


 百九十センチに迫る筋肉質を極めた逆三角形の体。(いわお)をノミで彫ったようなごつい造詣の顔。


 元レスリングの選手で結構イイ線いってたというこのおっさんは、今も体育大学のレスリング部コーチを勤めているのだが、元スポーツ選手の性なのか俺を何らかのスポーツ選手にしたかったらしい。


 まあなんらかのというところに押し付けではない親父の愛情みたいなものを感じないでもないんだが、その教育方針はといえば押し付けそのものだった。


 平日毎朝のランニングと、毎夜の筋トレとランニング。土曜の筋トレとランニングと何故かヨガ。日曜の筋トレとランニングとその他フィジカルトレーニングと何故かピラティス。

 遊びといえばレスリングごっこ(あとボクシングごっこ)他各種スポーツ。


 俺は本当に中学に上がるまで家で本を読んだことがなかった。おかげで小五にして俺の腹筋は見事に六つに割れていた。


 それが普通だと思ってたんだよ。ジュースみてえにプロテインを飲むこともな!!


 だがある日俺は知った。それが異常だということを!! 


 中学に上がって初めての体育の授業前。更衣室で級友に「なんでお前、腹筋が六つに割れてねえの? もう中学なのに筋トレ足りてねえんじゃねえの?」と若干上から目線で言ってやったら、「わはは! なんだそれ! じゃあお前は割れてんのかよ!」「たりめえだろ。ほれ」「うわこいつマジで割れてやがる! キモっ!!」とドン引きされたのだ。


 それだけならまだしもまわりの奴らからも「カッチカチやないかい! こいつガチだガチ!!」とか「うわこいつ中学ですでにガチムチとかwww」などとさんざんはやし立てられたのだ。


 あのときの俺のショックたるやいかほどのものだったか、あんたたちには想像もつくめえ。


 それまで両親の教育の影響でキレた筋肉を一種のステータスだと思っていた俺が、それを「キモい」呼ばわりされたのだ。


 まさに驚天動地。天地はひっくり返って俺の培ってきた価値観は一気に崩落した。


 それからの俺はまるで彷徨者だった。キレた筋肉がステータスどころか一部で引かれている事を知った俺は、筋トレの大半をやめた。もうキモいっていわれたくなかったしな。


 そして本を読み始めた。さらに格ゲーなどのゲームをやるようになった。ようは体育会系から脱却して文科系になりたかったんだな。それもこれもキモいと言われたショックのあまりだ。


 だが俺は満たされなかったんだ。さらにアニメなども見るようになったが、それでも満たされなかった。 何か物足りなかったんだ。長年鍛え続けたこの体が乳酸を欲していた。だがそんな時俺は出会ったのだ。


 一本の、ゲームに。


 それは本当に画期的なゲームだった。今まで培ってきた俺のゲーム観を根本から覆すような概念で作られた作品だった。


 そのゲームの中では、現実ではありえないような可愛らしい女の子が主人公の周りに集い、きゃっきゃうふふと、毎日煌くような日々を送っていた。すなわち恋愛漬けの日々を。


 そう俺が出会ったのは恋愛シミュレーション、いわゆるギャルゲーだったのだ!


 これだ! と思ったね。ついに俺は乳酸に代わる成分として萌え成分を手に入れたんだ。


 一度熱中すると、周りが見えなくなるほどのめり込む気がある俺は、運命に導かれたかの如く急速にギャルゲに惹かれどっぷりとハマった。


 その結果、筋トレの量はさらに減り、高校に上がる頃ついに俺の腹筋はシックスパックではなくただの筋肉の塊になった。


 さよならキレキレ筋肉。これから俺はお前の代わりにギャルゲとともに生きるぜ!


 ………まあそれでもこうして愛の特訓は続いているし、親父も隙あらば俺にプロテインを飲ませようとしてくるんだけどな。今この瞬間も!


「だからいらねえっつの!!」


 すすすーと俺が注いだ牛乳を回想の間にプロテインと掏り替えようとしていた親父を怒鳴りつけ、俺は深くため息を吐く。



 ああそうだ。自己紹介が遅れたな。俺の名は村田(むらた)嵐蔵(らんぞう)。雌豹とゴリラの間に生まれたが一応人間だ。元体育会系で、いまやギャルゲオタの高校二年生男子だ。


 よろしくたのむぜ!

村田君のちょっと変わった生い立ちはいかがだったでしょうか?


冒頭のヘッダー風イラストは愛音です これから各話にはそこにかかわるキャラクター(主にヒロイン)のキャラクターヘッダーを張っていこうと思っています


次話は文中にもイラストを入れる予定です 

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