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第十六話 修学旅行編ー遭遇ー

神娘に様々な秘密を聞き事件の真相を知った村田君 果たして愛音デッドエンド回避計画は成功するのでしょうか?

挿絵(By みてみん)



 目を覚ますとそこにはこの二日ほどで見慣れた天井があった。


 だが自室の天井ほど見慣れていない天井だ。それも当然だった。今は修学旅行中。見上げた天井は宿泊中のホテルの天井なのだ。


 というわけで現状確認終了。


 今日は修学旅行の実質的最終日。そして俺にとっても勝負の日だ。


 今日ですべてが決まる。愛音の運命が決まってしまうのだ。とにかく俺は愛音を博覧会場から遠ざけねばならない。


 しかし、だ。


 ここに来て爆発事故が爆破テロだと判明した。俺はこのまま愛音の救出だけを考えていていいのだろうか?


 せめて警察に通報したほうがいいか? 俺は悩む。だがすぐに答えは出た。


 事故だろうがテロだろうが警察が俺の話をまともに聞いてくれるとは思えない。せいぜい悪戯扱いされて終わりだろう。


 結局俺が出来るのは自分の周りの人間を災厄から遠ざけることだけなんだ。それすらちゃんと実行できるかどうか怪しいくらいだ。


 ………本当に俺はただの高校生なんだな。


 俺は無力感というには苦すぎる実感を噛み締める。


 ゲームの主人公ようにはいかないし、多分コトが終わったらさらに俺は苦しむことになるだろう。そのことが俺の胃の辺りをグッと重くする。


 だが今はまだ立ちすくんでいるわけにはいかない。たとえ俺が無力だろうと、そんなことは関係ない。愛音をなんとしても救わなくては。


 時間を追うごとに増してくる、なんともいえない緊張感に耐えながら朝飯を腹に入れる。味なんてしない。


 飯を食べたらすぐに田所たちとエントランスに向かう予定だ。


 そこであんな別れ方をしたままの愛音と会うかと思うと手に持つ箸すらも重量を増していくようだ。どんな顔をして会えばいいのか分からない。


 俺はちゃんとできるだろうか。愛音を死地から遠ざけることが出来るだろうか。


 朝食の時間が終わりエントランスで愛音たちを待つ。


 ここは待ち合わせではなく、あくまでたまたま偶然の体だ。


 キャラ的にこいつしかいないだろうということで田所が声を掛けてくれることになっている。女子だけの班をナンパするチャラ男役だな。


 前述の通りすでに愛音班の女子には話をつけてあるので、合流自体に問題はないだろう。あとはどっかで適当に時間を潰して博覧会場見学を回避するのみだ。


「おっ、来たで」


 田所がエントランスに入ってきた女子グループを目ざとく見つけて囁いてきた。体が強張るのを感じながらそちらに目を遣る。するとその女子たちは朗らかな笑顔を浮かべ手を振ってきた。


「?!」


 おいおいおい!! 愛音にはこの計画は秘密だっていったのに、こっちを知ってる風で近づいてくるぞ! 何考えてんだ?! 焦る俺をよそに女子たちはまず結垣に挨拶。


「ヤッホー! 結垣君!! おはよっ!!」


 ヤッホーじゃねえよ!! 妙にテンション高めの女子を前に結垣も困惑気味だ。田所なんかアホのように口をパカッと開けたままになっている。


 それに愛音の姿が見えない。もしかして直前に愛音抜きの打ち合わせをするつもりなのか?


「えーと………、菟田野さんはどうしたのかな?」


 俺の内心を代弁する結垣の問いに、女子たちは互いに顔を見合わせた。そして愛想笑いのような笑みを浮かべて、初めて俺のほうに視線を向ける。


「ごめんっ!!」


 バシッ! 女子の一人が俺の前で両手を合わせる。「はあ?」俺は意味不明の行動に眉を寄せる。軽い調子で彼女は告げた。


「愛音に計画がばれちゃった」

「はあっ?!」


 思わず声を裏返らせる俺の前で、別の女子が眉をハの字に下げてテヘへと舌を出した。


「いやあ~、愛音からはちょくちょく村田君の事聞いてたからさあ。あの子修学旅行が始まってからなんだか塞ぎ込んでたし、ついついね。フライング気味に、村田君から合流したいって話が来てるよ~的なことをね」


 なんだそれ。


「喜ぶと思ったんだけどなあ。恥ずかしさが先にたっちゃったらしくて、さっき一人で出ていっちゃった。あはは。ごめんね」


 嘘だろ。誰か嘘だと言ってくれ。


「あのさあー。それで結垣君と一緒に回るって話だけど無かったって事にはな―――って村田君?!」


「おっ、おいむらっちゃん!!」


 思わず卒倒しかけた俺を田所が支えてくれた。「村田君! 大丈夫かい?!」結垣が心配そうに覗き込んでくるが、今の俺には周りの全てがテレビの中の出来事のようだった。


 なんでだよ。なんでこうなるんだ。


 だっておかしいだろ? なんで世界はこうも執拗に愛音を殺そうとするんだ? 


 ………それとも俺が悪いのか? 愛音班の女子たちに詳しい事情を説明しなかったから? でも仕方ないだろ!! 爆発事故が起きるからなんて話して誰が信じるってんだ!! 


 くそくそくそくそくそっ!! ちくしょうっ!!


「村田君っ?!」


 居ても立ってもいられなかった。俺は駆け出していた。がむしゃらに足を動かす。人目が無ければ叫びだしていただろう。どうしようもない焦燥感と行き場の無い怒りが俺を突き動かしていた。


 やけくそのように駅近くのバス停まで駆けて、息を切らして立ち止まり、行き交う人々を前にそこで俺は途方にくれる。愛音が何処に行ったかなんて俺には分からないのだ。


 無駄無意味。俺は空回りばかりしている。もっと冷静になれ。無理にでもなれ。無理矢理にでも心を落ち着かせろ。


 俺は一つ深呼吸してバス停の時刻表に寄りかかり足りない頭を必死に回転させる。


 愛音は俺が一緒に修学旅行を回ろうとしているのを知って、俺を避けるために班から離れ一人で何処かに消えた。


 普通に考えればもはや愛音を捕まえるのは不可能だろう。絶望的状況。あとできるのは愛音が博覧会場に入らないことを祈るだけ。普通ならば。


 だが俺は愛音の幼馴染。下手をすると愛音の両親よりもあいつと多くの時間を過ごした人間だ。


 あいつの性格は知り尽くしている。だからこれから愛音がどう行動するかある程度予測することが出来る。


 修学旅行三日目は自由見学。班員と一緒なら高校生的にまずい場所意外なら基本的に何処を見学してもいい。


 しかしそのためには見学する場所を担任教師に事前報告しておかなければならない。


 要は行動計画表を提出し当日はその通りに行動しなければならないのだ。俺の当初の計画では無視する予定だったがな。


 だがおそらくあいつは事前に班員と立てた行動計画表通りに動く。


 班員と別行動を取るのだから何処に行っても自由なのだが、愛音はその辺融通が利かないというか生真面目なやつだからな。これは多分間違いない。


 それにあいつには散々博覧会場に近づくなといったからな。俺の忠告に逆らって逆に行く可能性も高い。普段は素直なやつなのだが、どうも意固地になっている雰囲気もあったからな。


 だとすれば………、


「むらっちゃん!!」「村田君!!」


 考え込む俺の前に息せき切った田所と結垣が走ってきた。田所は開口一番、


「このアホんだら!!」


 俺を罵倒してきた。前髪を汗で額に張り付かせながら、


「いきなり飛び出すやつがおるか!! 心配するやろうがっ!!」


 結垣は「まあまあ田所君」と取り成しながら、乱れた髪を一撫でし、


「ともかく事態は切迫してるみたいだね。村田君。何か僕たちに言いたい事があるんじゃないかな?」


 と俺を促した。俺は真剣な表情の二人を交互に眺めてから、


「頼む!」


 頭を下げる。


「力を貸してくれ!!」


 もはや俺だけではどうにもならないところまで事態は悪化していた。二人の力が必要だった。しかしおそらくそれには、


「今から手伝って欲しいことには危険が伴うと思う。でも!」


 顔を上げた俺を田所と結垣は呆れたように見遣っていた。


「村田君は僕たちを何だと思ってるのかな」


 結垣が苦笑気味に微笑み。田所はもっと端的だった。


「ええかむらっちゃん? そんなんは」


 どしっとおれの胸を拳でド突く。


「当たり前やっちゅうねん!!」


挿絵(By みてみん)


 二人は気負いなく笑っていた。俺は友人たちに事情を話すことを決意した。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 


「おおっ! わりとすげえ!!」「この建物耐震的には大丈夫なの?」「おとうさん!! ろぼっとろぼっとおお~!!」「混んでるねえ」「そろそろプラネタリウム始まるって!!」


 喧騒。人混み。どしどしと体にぶつかる他人の体。足を踏まれる。睨まれる。ぼおっと立ってんじゃねえ! と怒られる。


 それでも俺は立ち続ける。邪魔になろうが関係ない。目を皿のようにして、耳を限界までそばだてて、俺は立ち続ける。


 ここは博覧会場。正式名称を新世紀未来科学技術博覧会という長ったらしい名前の博覧会の会場だ。


多くの人でごった返すその出入り口近くの柱の前に俺は立っていた。


 もちろんただ立っている訳ではない。五感全部を駆使して人混みの中に幼馴染の姿を探している。愛音に見つからないように近くで買ったキャップで顔を隠しているが効果の程は分からないな。


もうこれしかなかった。最悪の水際作戦。入場しようとする愛音を見つけ出して捕まえ、会場から遠ざける。


 我ながら本当に最悪だ。


俺が一周り目のとき会場入りしたのは、昼頃。それから間も無く俺たちは爆破テロに巻き込まれて死亡した。


 だが2周り目の愛音がいつ博覧会に来るかは分からない。そこで俺たちはすぐさま博覧会に向かいこうして水際作戦を展開しているというわけだ。


会場に向かうバス中で事情をまるっと説明して田所と結垣にも協力を頼んだ。


というのも都合の悪いことに、この会場には三つの入り口があるからだ。会場自体が三角の形をしていてその正面にそれぞれ入場ゲートが設置されているという構造。混雑の解消が目的らしいが今の俺は設計者を呪ってやりたい気分だ。


 会場自体も周りに広がる駐車場、もはやこういったイベントに付き物の太陽光発電設備などを含めて東京ドーム三個分はあるらしい。


 しかもそこに蠢くヒトヒトヒト。


 基本的に愛音が必ず通るはずのチケット売り場辺りにだけ注意していればいいとはいえ、この人ごみの中で集中力を切らさずに一人の人間を探し続けるというのは、かなりしんどいことだった。しかも、


 とーるねるねる天災だ~! とーるねるねる守るからねえ~!!


「おう」


 ポケットから聞こえてきた着信音に俺は携帯を取り出して答える。アニメ天災少女とるねるちゃんのオープニングは田所だ。


『すまんむらっちゃん』


 電話の声はいきなり謝ってきた。


『またトイレ行きたなってしもてん』


 これだ。


 完全に盲点だった。三人居れば取りこぼしはないと思っていたのだが、人間には当然の生理現象。


 そりゃ朝から何時間も立っていればトイレぐらい行きたくなる。


 俺はなるべく穏やかな声を心がけて田所に了承の意を伝える。田所は『すぐ戻るさかいな!』といい置くと通話を終えた。


 田所は悪くない。結垣も、俺だってすでに一回トイレに立っている。しかし分かっていてもその間に見落としがあったのではないかという不安感は消えない。


 くそっ! もうすこし人数が居れば。クラスのやつに頼むべきだったか。


 しかし実際のところ爆発がいつ起きるかは分からない。これ以上ほかの人間を巻き込むわけにはいかなかった。


 本当は二人にも会場から離れていて欲しい。なるべく建物から離れて探してくれとは言ってあるが、爆発の範囲が何処まで及ぶのか俺には分からない。今二人が居る場所が安全だなんて保証はどこにもないのだ。


 俺の電波話を黙って聞いて「はあ~、信じられへんな。で俺は何をしたらええねん?」と言ってくれた田所。黙って微笑み頷いてくれた結垣。二人とも俺の得がたい友人だ。そして、


 この会場に居る全ての人がおそらく誰かのかけがえのない人間なのだ。


 全ての人が俺にとっての梨璃花や優奈や御白や、愛音なのだ。


 人ごみの中にあってその声を聞き、体温を感じて、今まで頑ななまでに目を逸らそうとしてきたその事実が俺にずっしりと圧し掛かる。


 俺はこの人たちを見捨てようとしている。たった一人を危機から遠ざけるために友人すら危険に晒している。


 本当は救いたい。この人達を救いたい。今すぐ大声を上げて「ここは危険なんです!! テロが起こるんです!! 早く離れてください!」と叫びたい。


 だがそんなことをしてどうなる? せいぜい警備員に捕まるだけだ。ことによると騒乱罪で警察に突き出されるかもしれない。そうなれば愛音は救えない。


 俺はここに居る人達より、そしてもしかしたら友人たちよりもたった一人愛音を救いたいのだ。


 そういう選択を俺はしているのだ。俺がちっぽけな高校生男子だからという言い訳は通用しない。おれ自身がそれを選んでいるのだ。自分の醜い本性を見せ付けられた気分。


「俺はとんでもないエゴイストだったんだな」


 一人呟く。その俺の視界に、


「?!」


 ふっと栗色の影が映った気がした。


 愛音?! 愛音なのか?! まさかもう会場に入っちまったのか? 必死に会場内、ガラスの向こうに目を凝らす。すると、


 居た。居やがった。本当にもう入場してやがる! 


 俯きがちなのと距離のせいで顔は良く分からないが、王蓮寺の制服。それに俺があいつを見間違うわけがない。やはり三人体制では無理があったのだ。


「くそっ!」


 俺は舌打ちしながら慌てて会場内に駆け込む。しかし目の前には人の壁。すぐに愛音の姿は人混みに紛れてしまう。


「愛音っ!」


 思わず叫ぶが当然応えはない。俺は愛音を見失ってしまったのだ。


「くっ」


 耐え難い焦燥感が俺の心臓辺りからせり上がってくる。視界を塞ぐ人の海。俺はこの中から愛音を探し出さなければならないのか? 一体どうやって? 


 そんな俺の耳に、


 ぴんぽんぱんぽーん


 どこか間抜けなチャイムが聞こえてきた。迷子の呼び出し放送。


 これだ! 


 俺は波を掻き分けるようにして駆け出す。案内表示を見て向かうのは迷子センター横の放送室。


 モノも言わずいきなりドアを開けた俺の姿に、マイクの前に座った担当の若い女性が目を丸くするのも構わず、俺は猛然と詰め寄る。


「マイクを貸してくれ!!」


 混乱した様子で「でも」と口走る彼女に、


「人の命に関わることなんだ! 頼む!!」


 とゴリ押し、マイクを奪い取る。俺の剣幕に気圧された感じの制服の女性がコクリと頷いてマイクのスイッチを入れてくれた。


 一瞬の間。


 何を言えばいい? 一体何を愛音に伝えればいい? どうすれば愛音に通じる? 


 迷うが、ここは考えてもしょうがないと思い直す。今まで散々考えてそれでも愛音は聞いてくれなかったのだ。もう包み隠さず俺の気持ちを全て吐き出すしかない!


『愛音。俺だ嵐蔵だ』


 音が割れて女性に少しマイクから離れるように促される。従いつつもう一度。


『俺の話を耳を塞がずに聞いて欲しい』


 一つ息を吸い、


『俺はお前が大事だ。お前はどう思っているか知らないが、俺はお前のことがすごくすごく大事なんだ。これは嘘偽りのない本当の気持ちだ』


 横で「まあ………」と呟く声が聞こえたが無視する。


『だから伝えたいことがある。この会場の北に青いビニールシートが掛かった五階建てのビルがある。その前に来て欲しい。そこで俺の気持ちを伝える』


 少しの打算が働いた。ちくりと胸が痛むが、それも無視する。


『頼む、愛音来てくれ。俺はお前を失いたくない。だから頼む………』


 そこでマイクのスイッチを自分で切った。最期はまた哀願調になっちまったな。ろくなことを言えやしなかった。自分が情けねえよ。


「ありがとうございました………」


 力なく頭を下げて放送室を後にする。これで愛音が本当に会場を出てくれるのか自信がない。


 せめてもう一度場内を見て回ろう。ああ、それより先に田所たちに会場を離れるように言わないとな。もういつ爆発してもおかしくないんだ。


 そんなことを思いながら放送室の扉を閉めた俺の前に、

 

 奴がいた。


「―――っ!!」


 俺は思わず硬直する。筋肉質の体、窮屈そうに着込んだ灰色のジャケット、同色のスラックス、そして今見れば少し装いから浮いて見えるごついブーツ。


 コザだ。


 俺たちを皆殺しにしたテロリストが目の前にいた。


 奴は俺を真っ向から見つめてニヤニヤしている。俺が硬直しているのに気付くと半身をずらして道を譲る素振りを見せた。


「なかなかいい放送だったな」


 どうやら俺が今の館内放送の声の主だと分かっているらしい。


 俺は背筋を冷や汗が流れるのを感じながら無言でやつの前を通り過ぎる。


「シカトかよ………」声が聞こえる。それだけで心臓が引き絞られる心地がした。何とか平静を装って、角を曲がりやつの視界から消える。そしてすぐさま目だけを出して背後のコザを窺った。


 コザは俺が見ていることに気付かず。背中を見せていずこかに立ち去ろうとしているようだ。自然安堵のため息が漏れ、しかしまた緊張感が俺を支配する。


 本当にいやがった。テロリスト。爆破犯。俺の夢じゃなかった。あのツラ。忘れようとしても忘れられねえ。


優奈を、梨璃花を、そして愛音を殺した男。


 今すぐにでも背後から飛び掛って、死ぬまでぶちのめしてやりたい衝動が俺の胸からフツフツ沸いてくるが、あいつは………、多分相当デキる。


体つきを見れば分かる。


 服の上からでも一目瞭然の見せ掛けではない極限まで鍛え抜かれた実用的な筋肉。スムーズな体重移動。銃だけでなく近接格闘もおそらくエキスパートクラスだろう。


 ちょっと齧ったくらいの俺が挑んでどうにかなるとは思えない。逆に取り押さえられて警備員に突き出される可能性もある。そうなったら笑うに笑えない。


 どうする? 警備員に通報するか? だが今の奴が不審物を持ってでもいなければそんなことをしても無意味かもしれない。


 だとしたら愛音の避難を優先するか? だがそのために今俺ができることは会場を当て所無く彷徨う事だけだ。


 できればもう少しだけでもいい。愛音が生き延びる可能性を高めたい。どうする?


 どうすればいい?


 迷う俺の視線の先でコザが廊下の角を曲がろうとしていた。その後ろポケットから伸びたストラップの先。昨夜見た夢で妙に印象に残った何かのフィギュアが揺れた。


「よし」


 呟くと俺は覚悟を決めコザの後を尾け始めた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 人混みの中に紛れ。奴を観察する。


 奴が会場から出るまでは爆弾が起爆されることも無いだろう。そこは安心だがすでに田所と結垣には携帯で避難指示を出した。


 あいつらに手伝ってもらうのはもう潮時だろう。ここからは間違いなく修羅場になる。気のいい友人たちを間違っても犠牲にするわけにはいかない。


「!」


 コザが立ち止まった。何気ない表情で作業用ロボットを眺めだす。その瞬間、俺には分かった。傍に立っていた浅黒い肌の外国人となにやらアイコンタクトを交わしたのだ。


中東系だろうか。日本人の俺からすると少し濃い目の顔立ちをした男だった。しかし目配せらしきものをしたのはほんの一瞬。コザはすぐにその場を離れ言葉を交わすことも無く歩き去っていく。


残された男は妙に緊張した面持ちで何を見るでもなくその場に立っている。外国人というだけでなく何かその男だけ周囲と浮いて見えた。


 仲間だろうか? だがその割には男の体は一般人に比べても貧弱に見える。俺は内心違和感を覚えながらもコザの姿を追う。


 コザはその後も幾人かの男と接触したようだった。国籍は様々だがみな外国人の男だ。彼らがコザと何らかの関わりがあることは間違いなさそうだった。何かの確認作業のようにも見える。一体なんだ?


 疑問を覚えながらも俺はさらに奴を追う。混雑極まる人混みのおかげか奴が俺に気付く様子はまだ無い。


 奴が次に向かったのはトイレだった。


 そして通るのは人通りが少なく隠れる場所もない見通しのいい廊下。俺の尾行もそろそろ潮時か? 


 迷うがその時俺の脳裏に妙案が浮かんだ。妙案と言うか卑怯な手段と言うか、とにかく状況さえ整えば俺にも出来そうな作戦だ。逡巡したのは束の間だった。


 やろう。奴に一矢報いるんだ。神娘は奴に近づくなと言っていたが、さっきの放送で愛音が会場の外に出てくれたとしても、安全圏に行くまでもうしばらく時間がかかる。


 もちろん愛音が俺の指示に従わない可能性もあるが、その場合でも奴がこの会場にとどまっていれば、爆発は起きない可能性が高い。


 できれば愛音が博覧会を見終わるまで、会場内で奴を引きずり回し、生き延びる可能性を少しでも高くしたい。だがそのためには奴と一緒にトイレに入らねばならない。


 俺はキャップを深く被りなおし、緊張しつつ奴が消えた男性用トイレの入り口をくぐる。


 清掃の行き届いたお手洗い。男が小を足すための便器の前に奴がいた。ちょうどスラックスの前を開けたような雰囲気。ほとんど俺のために用意されたのではないかと思える程の絶好のチャンスだった。


 俺は隣の便器に行くと見せて、素早く奴の後ろポケットから例のストラップを奪う。ぞろりと付いてきたスマートフォンらしきものを確認することもせず反転してそのまま一目散に逃走。


「おっ、おい!!」


 コザは俺の目論み通り、前を開けたままでは俺を追えず慌てている。


 その頃には俺はすでにトイレを出て全速力。会場で最も人気が多い『水で走る車』近くへと向かっている。人混みで奴をまきつつ距離を稼ぐ作戦だ。


 どれぐらい走っただろうか、俺は息を切らして立ち止まり恐る恐る背後を窺う。コザの姿は無い。どうやら追跡を振り切ったようだった。


 後はかえって目印になりそうな今被っているキャップを捨て、目立たないように人混みに紛れて退場ゲートから場外に出るつもりだ。


 だがその前に、俺は一体何を盗んだのだろうか?


 夢でもストラップの先に何が繋がっているかは分からなかったからな。


 もし通信機器を奴の手から離すことが出来たのなら爆弾の起爆を遅らせる事が出来るかも知れない。


 そうじゃなくても俺を追ってくれれば時間が稼げる。その間に愛音が会場を出てくれればいいんだが。


 ともかく体勢をなるべく低くして歩きながら手の中のものを確認してみる。


―――何だこれ? スマートフォンのようだが、違うようにも見える。


 機種名や企業名も無い淡白な感じの携帯端末。真っ暗だった画面に触れてみると、いきなりドクロマークが現れた。


 これは壁紙か? かなりアニメチックなデザインだ。眉を寄せつつさらに画面に触れてみた。今度は小さなウインドウが開いてテンキーが表示され八桁のパスワード入力を求められる。


………こりゃだめだ。こうなると俺にはお手上げだな。


 それにしてもなんだこりゃ? スマートフォンにしては端末のデザインも画面の構成も淡白に過ぎるし、奴らが使う独自の通信手段だろうか? 


 首をひねりつつ少し猫背気味に体を丸め団体さんに同化して退場ゲートをくぐった。


 こっからがむしろ問題かもな。ここはまだ博覧会場の敷地内、愛音を待たせたビルは会場の程近くだがそこまで見つからずに行けるか。


 真っ直ぐ行けば駐車場。少し遠回りするなら太陽電池や売店が並ぶエリアを通ることになる。どちらに向かうべきだろう? 


 そんなことを一人問答していた俺のポケットがブルルと震えた。


 思わずびくっと体が跳ねる。俺は何となく周囲を警戒しながら近くにあったオブジェの陰で携帯を取り出す。着信は、


「愛音!!」


 思わず声が出た。画面に表示されているのは、およそ半月振りにもなる幼馴染からの着信だった。


 やっと俺に答えてくれたのか! 思わず満面の笑みを浮かべながら俺は通話ボタンを押す。聞こえてきた声は、


『よう』


 聞き慣れた幼馴染の声ではなかった。まさかこれは!


『俺が誰だか分かるよな坊主』


 コザだ! だが何故あいつが愛音の携帯から?!


『お前と待ち合わせしてた嬢ちゃんは、俺が預からせてもらってるぜ。おかげで息が切れたよ』


 あいつ! 俺があの放送の主だと知って先回りしやがったのか?! 時間から考えておそらく俺が端末を奪ってすぐ。なんて奴だ!


『おーい。聞こえてるか?』


「聞こえてるよ………」


『お前がジャスティレッドを盗んだ奴で間違いないよな?』


 ジャスティレッド? このストラップの事か? 


 塗装がはげてて良く分からないが、その名前には聞き覚えがある。十年ほど前の特撮ヒーローの名前だ。未だにコアな人気があると言う戦隊モノのリーダー。


 俺も小さい頃好きだった。そう言われれば見えなくも無い。


「そうだ」


 愛音が奴の手の内にあることは間違いない、しらばっくれるわけにもいかず俺が素直に答えるとコザはふうと安心したように息を吐いた。


『送信履歴が一番多い奴で正解だったみたいだな。じゃあお前が盗ったもんと交換でこの子を返してやる。交換場所はお前らが待ち合わせたビルの四階。五分待ってやる。遅れたらこの子は殺す。一人で来いよ。警察も無しだ。他の誰かに知らせた場合も殺す。急げよ』


「おい!」


 言うだけ言って携帯は切れた。俺はすぐに走り出す。ぼんやりしている暇は無い。五分なら間に合うかどうかギリギリだ。


 だが全速力で走りながらも俺は自分を責めずには居られない。


 俺のせいだ。俺が妙な色気を出してコザのストラップを盗まなければこんな事にはならなかった。


 愛音はちゃんと俺が放送で指示した待ち合わせ場所に行ってくれたのだ。そしてそこで先回りをしたコザに捕まってしまった。


 俺は思っていた『そこで俺の気持ちを伝える』そう告げれば愛音は来るんじゃないかと。


 愛音の気持ちを利用して自分の思い通りに動かそうとした。そういう打算があの放送にはあったのだ。


 愛音の気持ちを弄んだ。その報いがこれなのか? だとしたらなんで俺だけに報いを与えないんだ。どうして愛音までこんな目に合う。


「ちくしょう………」


 全てが悪い方向に向かっている。そんな気がしてならない。俺は一層足を速めた。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





 彼女たちはそんな嵐蔵を見ていた。そして嵐蔵を追って走り出した。一心不乱に走る彼はそのことに気付きもしなかった。


 だがそれがこの後の状況をめまぐるしく変えていくこととなる。

村田君はついにコザと現実でも遭遇してしまいました 


次回は久々のアクションシーンになる予定です 

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