幕間 ある男の独白
幕間です。コザの仲間が彼の人となりを語っています
まただ。
俺はうんざりした気分で隣の部屋と俺の部屋を隔てる壁を見た。
安っぽいモルタル仕上げの壁は相当薄いらしく隣室の音がほぼ丸聞こえなのだ。
それはまあいい。こんな犯罪者、違法移民問わず泊めるような、うらぶれた繁華街の路地の片隅にある安宿ならこんなもんだろう。この宿に俺たちがもとめるのは快適性ではなく、まさにそのルーズさだ。
問題は聞こえてくる音の内容だった。
『みんなの勇気が俺たちを強くする~♪ 正義の力あふれる~♪』
………うさんくさい歌が流れてくるのだ。
それは十数年前に放送していた特撮番組の主題歌だった。
なんで俺がそんなことを知ってるかって? 思わず検索しちまったからだよ! あまりにも何べんも何べんも聞かされて気になっちまったんだよ! ったく不愉快極まりねえ。
そう俺は本当に何回もこの歌を聞かされてきた。
任務の前日の夜に、奴は必ずこの歌を聞くからだ。
たとえそれが砂漠のど真ん中だろうと、待機中の船の中だろうと変わらない。
奴にとってこれはある種の儀式なのかもな。任務前に心を落ち着け集中力を高めるための。俺にとっちゃあ迷惑極まりない話だが。
さらにうっとおしいのは奴も一緒に歌うことだ。
詳しい年齢は知らないが、おそらく三十は過ぎた、しかも筋骨隆々の大男が背中を丸めてスマホの画面に向かい、特撮の主題歌をぼそぼそと歌っている姿は組織でも物笑いの種だ。
だが、俺が本当に嫌なのは、もっと別のことだ。
一度だけ俺は文句を言ってやろうと奴の部屋の扉を開けたことがあった。
そこには奴がいて、その時部屋にあったパソコンの画面からは例の特撮の主題歌が流れ、奴は小声でぼそぼそと歌を歌っていた。
そしてちょうど動画が終わったらしく一瞬画面が真っ暗になった。
俺はその時、暗い画面を鏡に映し出された奴の顔が忘れられない。
普通、歌を歌う時ってのは、なにがしかの感情が表情から出るもんだろ?
だが奴の顔には何の感情も籠っていなかった。ただただ虚ろだった。まるで能面だ。
目もまるでぽっかりと空いた穴のように真っ暗だった。俺はその穴に引きずり込まれそうな心地になって、慌てて自分にあてがわれていた部屋に戻った。
それ以来奴の部屋をのぞいたことはない。恐ろしいからだ。あれは人間の目じゃなかった。
そもそも俺はあの気味の悪い男と組むのは嫌なんだ。
だがボスは、俺が奴と同じ日本人だからという理由でずっと同じ部隊に編成し続けている。もう心底うんざりだ。
奴の本名は知らないし知りたくもない。作戦中はコードネームで呼び合うが今はその必要もない。あんなやつは『奴』で十分だ。
奴のやり口も嫌いだ。
奴は女子供見境なく殺す。それはまあいい。俺だって殺す。
銃を持ってるやつ、いやナイフ一つだって急所に刺されれば死ぬ。武器を持ってる人間をためらいなく殺すのは当たり前のことだ。
だが奴はいたぶりながら殺す。わざと急所を外して、ゆっくり時間をかけて殺す。
それは特に何かを守ろうとした者に対して顕著だった。
奴はそいつが守ろうとしたものをまず殺し、次にそいつ自身をじっくりと時間をかけて殺す。いたぶりながら話しかけることも多い。まるで何かを確認するように。
それは俺たち傭兵にとって全く必要のない行為であり、奴の異常性を引き立てている。
奴は世界の様々な部隊からドロップアウトした者たちが集まるうちの組織の中でも指折りの変人だ。
だが確かに腕は立つ、いやそれどころの話じゃない。
奴が指揮した作戦は100パーセント成功する。
嘘みたいだがこれは本当の話だ。奴が組織に入って以来、ほとんどの作戦を共にしてきた俺が言うんだから間違いない。
奴は任務を失敗したことが無い。そのせいでボスの覚えは非常にめでたい。お気に入りと言っていい。
だがボスが甘やかすせいで奴は増長しとんでもないことをやり始めている。
すなわち作戦の私物化だ。
今回の作戦などその最たるものだ。こんなものは作戦じゃない。子供のお遊戯だ。
それでもボスは奴を作戦指揮にあてた。作戦書を見て笑ってさえいた。
もううんざりだ。奴もボスもイカれてやがる。とばっちりを食うのは俺たちバックアップなのだ。もうついていけない。
俺はこの作戦を終えたら組織を抜けるつもりだった。
いままで組織で働いて得た金はかなりの額だ。もう母国である日本には帰れないが、どこか別の国に住み、一生遊んで暮らせるぐらいの金はもうある。
これからは命の心配も、捕まる心配もない国で平穏に暮らすのだ。
だから今日だけは我慢してやる。お前の気色悪い歌もな。次の作戦は誰か別の奴と組むがいいさ。
そう考えると心底清々した気分になり、俺は奴からも組織からも離れて、南の島で悠々自適の暮らしをする自分を想像しながら眠りにつくのだった。
幕間でした