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第十四話 修学旅行編 ー消沈ー

愛音の説得に失敗し落ち込む村田君


そんな彼の前に現れたのは・・・

挿絵(By みてみん)



修学旅行が始まった。


 俺たち王蓮寺高校の二年生はいつもより早起きして校舎からかなり離れた駅の駐車場に集合。そこから観光バスにクラスごとに分乗し目的地へと向かう。


 好き勝手に座った席で菓子を食べカラオケで流行の歌を熱唱するクラスメイト達は全員ブレザー姿だった。十月に入って衣替えしたのだ。


「よっしゃー! 次は田所選手いくでー!!」


似非関西弁がマイクを握ると途端に女子からブーイングが飛んだ。めげずにアニソンを振りつきで歌う友人。楽しそうだ。俺は他人事のようにそれを眺めていた。


 一周り目のときは田所と結垣そして俺で事前に仕込みをし、歌った曲だった。今は田所が一人で熱演して女子の冷たい視線を一身に浴びている。


 一周り目のときは結構受けてたんだがな。一人ではこんなものなのかもしれない。


「隣いいかしら?」


 星海が半身を屈めて聞いてきた。俺は黙って頷く。


 みんな好き勝手座ってはいるが一応決まった席というのはあって、俺の隣のやつはせっかくの修学旅行だというのに風邪で寝込んで欠席している。


 バリバリにネガティブな空気を流している俺に近寄るのは田所ぐらいでそこは空いていた。ちなみにモテ男結垣は女子に完全に囲い込まれてしまっていて、朝から身動き取れない状態だった。


「ふう………」


 星海は席に背を預けた途端ため息をついた。何とはなしにその横顔を眺めていると、


「こういうノリには慣れてなくて疲れちゃったのよ。まだ目的地にも着いてないのにね。お邪魔だったかしら?」


 最後の部分は俺に対する問いだろう。俺は首を横に振った。


 星海は「そう」と呟くとそのまま目を閉じる。別にクラス委員として俺を気遣いに来たとかではなく、ただ単に休みに来ただけらしい。それきり一言も発さない。


 そのほうが有り難い。今は口を開くのも億劫だった。


 途中休憩を入れつつさらにバスは高速を快調に進み、ナントカ資料館を見学するために一度停車しただけで後は一直線に宿に向かう。


 今夜のお宿はいいとも悪いとも評価しかねる中堅どころのホテル。厳に枕投げや女子部屋訪問を禁じられても絶対に守られることが無いのはお約束だろう。俺は風呂に入ったら早々に寝たがな。


 二日目は古都であるところのこの町に点在する神社仏閣めぐりがメイン。皆おのおのに自由にスケジュールを立てて好きなもの同士グループを作り三ヵ所以上の史跡を見学する。


 学習の一環という建前のある修学旅行のこと、当然の如くそこにはレポートが義務付けられてもいるのだが、俺は体調不良を理由に宿で休ませてもらうことにした。今は見知らぬ土地にテンションを高めているクラスメイトについていける気がしなかった。


「………」


 昨日あてがわれた四人部屋に寝転がり黙然と天井を見上げる。


 こんな事をしていていいのか、愛音を説得しなくてもいいのか。焦る気持ちも確かにあるのだが体が動かない。何か身体の中心にあった大きなものがぽっかりと抜けたような虚ろな感覚が俺を支配していた。


 梨璃花、優奈、御白に続いて、愛音までも失ってしまった。そういう実感がある。


 俺は愛音に拒絶されてしまった。それも自分のせいで。


 一番身近な存在だからと愛音をほったらかしにして、後回しにしたツケをこんな形で払うことになろうとは。


 もし愛音をもっと早く、………一番早く説得していればこんなことにはならなかっただろうに。


 いや違うのか? 俺が愛音の気持ちに応えなかったのが悪いのか。そのことがある限り説得の順番をどう入れ替えても結末はこうなったのか。


 そんな今となってはどうにもならない考えばかりがぼんやりした頭に浮かんでは消える。役立たずの思考ばかりが頭の中をグルグルとめぐる。濃い霧が掛かったように思考の道筋が見えない。


 どうすればいいんだ。どうすれば。


 失って気付くことがあるという。俺は愛音が大切だ。それが身に染みて分かった。


 あいつは俺にとって空気みたいなものだ。水みたいなものだ。生きていくのに必要なんだ。


 だから、そんな存在が欠けてしまったから、俺は今、こうなっている。どうしようもなくなっている。何をしようもなくなっている。


「情けねえ………」


 自嘲の言葉も空気を震わす前に消えてしまいそうなほど弱々しい。


 生ける屍。それは今の俺のような状態を言うのだろう。


 ただただ何も出来ずに無為な時間だけが刻々と過ぎていく。太陽が傾いていく。明日が近づいてくる。明日が来れば、その時がくれば、


 愛音は死ぬ。


「愛音………」


 呟いた俺の目を西日が射た。


 障子が僅かに開いていて、その隙間から鋭い太陽の光が差し込んできているのだ。


 そして、そいつが居た。


「うわっ!!」


 思わず声を上げて飛び起きる。


 障子に大きな影が映っている。今まで気付かなかった。


 多分太陽の角度が変わったせいで今まで映らなかった影が薄い紙の仕切りに投げかけられたのだろう。


 そいつは体育座りのような体勢で膝を抱えているようだった。


 そして頭とおぼしき場所からは太い尻尾のようなものが二本伸びている。


 まるで悪魔のような姿………、などと一瞬厨二的発想が脳裏に浮かんでおおいいにビビるが、実のところそのシルエットには見覚えがあった。


 深いため息を吐きつつ障子およびガラス戸を開けるとそこには、


「御白」


 が居た。エアコンの室外機などが置かれたベランダの狭いスペースにちんまりと収まった、銀色の髪を頭の両端で束ねた北欧風美少女は、目を僅かに見開いて俺を見上げた。


「何故気付いた」


 無表情に前と同じようなことを聞いてくる。


「障子に影が映ってたんだよ」


「馬鹿な。気配は消していたのに」


「だから消すなよ。つうか何してんだこんなところで」


「ストーキングをしています」


 また自分で言っちゃったよ………。ストーカー行為を自己申告するストーカーってなんなんだよ………。


「いつの間に入り込んだんだ? 全然気付かなかったぞ」


「ランが朝ごはんに行ってる間に侵入した。鍵は開いていた」


 俺が最後に部屋を出たんだが、そうか開けたままだったか。ぼうっとしてたからな。いかんな。


 それにしても、こいつ朝からずっとここにいたのか。こんな狭いスペースに。アホか。


「とりあえず中に入れ」


 促してやると御白はコクリと頷いてトテトテと中に入り、無言のまま流れるような動作で俺が枕にしていた座布団に着席すると、懐から小ぶりのマグカップを取り出しちゃぶ台に置かれたポットから茶を注いでずずずと啜る。さらに半分こちらに顔を向けたおすまし顔でパンパン! と二つ手を打ち鳴らし、


「菓子を持て。」

「やかましいわっ!!」


 黙って一連の行動を見守っていた俺もさすがに突っ込んだね! 


 なんなんだこいつ図々しいにも程があるだろ! こいつにはストーカー行為に対する罪悪感など微塵も無いのが良~く分かった。


「御白はお腹が空いている」


 銀色の髪の闖入者は、制服の腹の辺りを摩りながら、素知らぬ顔でひたすら自己主張。もちろん俺は半眼だ。


「そりゃ朝からずっとこんなところに居りゃ腹も減るだろうよ」


「なので御白は菓子を所望する。ハイグレードな菓子を所望する」


「こんなところにハイグレードな菓子なんざねえよ。というか菓子自体………いや、あったかも………」


 答えている途中でふと思い出してその辺に放り出してあった田所の鞄を勝手に開き中を見てみる。


 そこには柿ピーだのするめだのどこかおっさん臭い菓子が山ほど詰め込まれていた。


 たしか奴は勝手に食っていいとか言っていたはずだ。少しばかり頂こう。


「ほらよ」


 柿ピーとするめを差し出してやると御白は迷い無くするめを手に取った。小さな口でフガフガと齧りつくのを見た俺の腹がキュウッと鳴る。


 そういえば俺も昼飯を食ってなかった。朝は朝で食物がほとんど喉を通らなかったしな。ここらで俺もなんか腹に入れておこう。柿ピーでいいや。


 ぺりっと小袋を開封して上を向きアンガ! と開けた口に柿ピーをワイルドに流し込む。柿の種とピーナッツの先端が口内にグサグサくるのを感じながらバリバリ咀嚼しングング飲み下していると、


「粗茶ですが」


 御白が自分のマグを差し出してくれた。「ふんふー(サンキュー)」と答えてありがたく茶を頂く。



ふう。なんか人心地ついた気分だぜ。ちなみに間接キスだの何だのと今更騒ぐ気は無い。こいつはそういうのに無頓着だからな。俺だけ意識するのも馬鹿らしいだろう。


 ………そういえば愛音は妙に気にしてたな。俺が口を着けた缶ジュースを渡してやったら顔を真っ赤にして拒否したり。


 当時の俺は地味に傷ついたりしていたんだが、思えばあれも好きなやつに対する反応だったのかも知れねえな。


「………」


 思わず無言になる俺。向かいの席の御白は冷たくも見えるアイスブルーの瞳でそんな俺を静かに眺めている。いつも物陰から俺を見ているときもこんな目をしているのだろうか。


「どうした」


 御白が不意に口を開いた。意味が分からず俺がきょとんとすると、


「何か今日のランは元気ない」


 俺を気遣うような言葉が聞こえてくる。まさか空気読まないこいつにまで心配されるとはな。俺は相当くたばって見えるらしい。実際これ以上ないってぐらいに参ってるしな。


―――だからだろう。気付いたとき俺は自身のストーカーを自認するエキセントリックな少女に愛音との間に起こったことを話してしまっていた。


これは俺だけじゃなく愛音のプライベートにも関わることだから、他人に話すのは良くないと分かっていたんだが、―――やっぱり事は人一人の生死を左右しかねない事態だったし、一人では抱えきれなくなってたんだろうな。


あむあむとするめを齧りながら聞き終えた御白はコクリと頷いて見せた。


「分かった」


 ん? 何が分かったんだ? 別にこいつに意見を求めたつもりはないんだが。


「ようするにランは菟田野愛音にフラれたから元気がない。そして菟田野愛音にこれ以上嫌われたくないから動けない」


「!!」


 違う? とでも言うようにするめを咥えたまま小首を傾げてみせる御白。


「そっ、そんなんじゃねえよっ!!」


 俺は慌てて否定する。なんて勘違いをしてやがる。そんな理由じゃねえ。俺が動けないのは、消沈しているのは、そうじゃなくて………。


「じゃあどうしてこんなところで寝転がってる。嫌われてもいいならできることはあるはず」


「簡単に言うんじゃねえよ! 俺は! 俺は………」


 御白を睨みつける視線が次第に揺らいでいく。語尾が小さくフェードアウトしていく。


 ―――そう、なのか? 俺が動けないのはこれ以上愛音に嫌われたくないからなのか?


「ランは菟田野愛音のことを案じているようで、実際は自分の事ばかり考えてる。彼女が死ぬことより菟田野愛音に自分が嫌われることのほうを怖がってる。だから動けない」


「!!」


 御白の口調は俺を責めているわけでもなくいつも通り極めて平坦なものだった。しかし俺は横っ面を張り飛ばされたような衝撃を覚えた。


違う! ふざけんな!! 俺は愛音のことをちゃんと考えてる!! 愛音を大事に思ってる!! そう言い返したいのに言葉が出ない。


 それは御白の言葉がすとんと胸に収まってしまったから。何処かで納得している自分が居るから。


「そう………か」


 唇から零れた声はひび割れていた。髪を掻き上げた指がぐっと皮膚を噛む。俺は何故か半笑いになっていた。


「俺は愛音が死ぬことよりも、自分が愛音に嫌われることのほうが怖かったのか………」


 だから動けなかった。いや動こうとしなかったんだ。


 納得。納得だ。俺ってやつは、本当に俺ってやつは、


「ロクデナシ………だな」


 ハハハと笑う。自己嫌悪ここに極まれりだ。どんだけ自己中なんだ俺は。もう笑うしかない。


「でもだからってどうしろって言うんだよ? どうすれば愛音を救えるっていうんだ?」


 ここにきてさらにどうしようもない弱音を吐き、足元に縋りつかんばかりの俺を非難するでもなく、御白は真冬の湖の底みたいな瞳をしばし虚空に向けて考えた後さらっと言ってのけた。




「拉致監禁しちゃえば?」

挿絵(By みてみん)



「うおおおおおおいいいいいい?!」

 何言っちゃってんのこいつ!! 今さらっと犯罪行為を教唆したよねっ?!


「そんなことできるか馬鹿!! アホか?! お前はアホなのか?!」


 口角泡を飛ばしながらビシビシと指弾してやるが御白は何処吹く風。


「それが駄目なら会場に盗んだバイクで乗り込んで暴走行為を繰り返し営業妨害するとか、夜に忍び込んで窓ガラスを全部割るとかもある」


「ねえよ! 普通に捕まるわっ!!」


 思いっきり突っ込んでやるが御白は「そう?」とかいって真剣に首をかしげている雰囲気だ。


 こっ、こいつ今の本気で言ってやがったな?! 全く俺を一体なんだと思ってやがんだ! 本当に! コイツは………!!


「………」

「………」


 しばし無言で見つめあう俺達。やがて………、


「ぷっ!」


 噴出したのは俺だった。


「ぷっくく………、ハハハっ!! まったくお前ってやつは!!」


 なんだか無性に笑えてくる。今まで自分が悩んでいたことが馬鹿馬鹿しく思えてくる。俺にとって御白の発想はそれぐらいぶっ飛んだものだった。


「そうかそうか!! そんな考え方もあるんだな!! お前すげえよ!!」


 バシバシと御白の小さな背中を叩いてやる。無表情ながらも迷惑そうな御白。


 とはいえ拉致監禁を即座に実行するつもりはもちろんない。それはさすがに短絡的に過ぎるだろう。もっと他に方法があるはずだ。他の案についてもそう。


 だが俺が愛音を説得するということに固執しすぎていたことも確かだ。愛音の意思に関係なく事態を俺の望む方向に向けるという発想は俺には無かった。そのことに気付けたのは御白のおかげだ。


 やっぱり俺みたいなアホが一人で考えていても埒が明かないってこったな。それに拉致監禁案に関しても工夫すれば一考の価値があるかも知れねえ。まあ最終手段には違いないがな。


 ―――よし! よし!! 希望が沸いてきたぞ!!


 一人拳を握り締める俺を淡々と眺めていた御白は、


「帰る」


 唐突に席を立った。片手に食いかけのするめをぶら下げたまま。


「もうすぐ時間イベントが始まる。ミリナたんが御白を待っている」


 ミリナたんというのは多分ギャルゲのヒロインの名前だろう。こいつは筋金入りのギャルゲーマーなのだ。変わらぬマイペースにほとんど感心しつつも、ともかく俺は礼を言う。


「おう。助かったぜ御白。ありがとな」


「気にしなくていい。御白はランの妄想に少し付き合っただけ」


 妄想ね。そうなんだろうな。まあいいさ。御白が俺を心配してくれたのは事実だ。


 そうだ。釘を刺しておかねえと。


「お前、俺の妄想に付き合うっていうなら明日絶対に会場には行くなよ? 付き合うならそこまで付き合え」


 こいつはこんなだからさ、なんか心配なんだよな。ふらっと来ちまいそうで。


「当日はストーキングも禁止な。分かったか?」


 俺は噛んで含めるように御白に言い聞かす。俺をストーキングしてたら最悪あの事故に巻き込まれかねないんだ。うっとうしがられてもしつこいぐらいに繰り返しておかねえと。しかし、


「了解した」


 御白は例の無表情で淡々と首肯するだけだ。うーむ。不安だぜ。


「マジで頼むぞ? 言っておくがこれは『フリ』じゃねえからな? 当日になって『やっぱりきちゃった☆』とかいらねえからな? 絶対! ぜ~ったい!! 来るなよ? いいな?!」


 多分俺は目を血走らせ般若のようなご面相で言い募っていたはずだ。御白の命に関わるのだ。冗談ごとではない。必死にもなる。


「覚えておけよ御白。お前も俺にとっては大切な人間なんだからな」


 ダメ押しをするつもりで恥ずかしい台詞も口にする。自分でも顔が赤くなっているのが分かるぜ。


「………」


 御白はそんな俺をしばらくジーっと眺めた後コクリとしっかり頷いた。


「分かった。ランの言うとおりにする」


 俺は御白のアイスブルーの目を見つめる。御白は目を逸らさず、真っ直ぐ見つめ返してくる。


 ………まあこれなら大丈夫かな。俺はようやく得心して息をついた。


「ランは心配性」


 微かに笑いの気配を含んだ声で御白は呟いた。くるりと細い体を翻す。


「でもそんなランが御白は気に入っている」


 え? 俺が問い返す前に御白は部屋を出て行った。


 俺の脳裏に彗星のような尾を引く銀色の残像だけを残して。


村田君復活! 御白は相変わらずです


次話からは消沈を乗り越えた村田君が愛音のために奮闘します


頑張れ村田君!

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