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第十一話 二周り目の攻略 御白編 ー後編ー

今回は御白に課されたミッションに挑戦です


果たして嵐蔵は集合写真を撮り御白に渡すことができるのでしょうか 

挿絵(By みてみん)


「起立! 礼! 着席!!」


 星海の声が響き。ロングホームルームを終えたみんなが一斉にしゃべり出した。鞄片手にすぐに教室を出ようとする奴もいる。俺はすぐさま立ち上がって声を張り上げる。


「みんな待ってくれ!! ちょっと提案したいことがあるんだ!!」


 いきなり叫んだ俺にクラスのみんなが注目するのが分かった。怪訝そうな顔をしている。俺は用意しておいた台詞を舌に乗せた。


「なあみんな!! せっかく一緒のクラスになったんだし気心も知れてきたし、この辺で一緒に集合写真を撮らないか?」


 俺は昼休みの間に写真部に頼み込んで借りたデジカメを掲げながら、なるべくイイ感じの笑顔でクラスメイトを見回した。


「はあ? なんで?」


 肩に通学鞄を引っ掛けた男子の一人が明らさまに面倒臭そうな顔で声を上げる。


「そんなの修学旅行のとき撮るじゃん。何故に今そんなことしなきゃいけねえの?」


 やっぱそうきたか。俺は笑顔をキープしつつ、


「いやそういう集合写真ってさ、やっぱ硬くなるじゃねえか! でも教室でみんなで撮ればもっと柔らかい表情になると言うか………」


 やべえ。これも考えていた台詞なんだが、なんか今無理があることに気付いたぞ。


「それはそうかもしれないけど、別に集合写真じゃなくていいのではないかしら? デジカメぐらいみんな持っていると思うし、スマホだってあるわ。それぞれ撮りたければ好きなときに勝手に撮ればいいと思うけれど」


 星海がむしろ不思議そうな顔で反論してくる。


 そうなんだよな。別に集合写真じゃなくていいんだよ。せめてもうちょっとクラスのみんなが納得する理由を考えておくべきだった。甘く見てたな。しまったぜ。


 うーん、なにかないか? 集合写真を撮らなきゃいけない理由。無理の無い理由。御白の名前を出すのも不自然だしな。アイツがなんで集合写真を欲しがってるのか俺も分かってねえんだし。


「つーかあ~!! アタシもう帰りたいんだけどお~?! よくわかんねえけど村田の都合で足止めとか超うぜえし~! アタシ集合写真なんて撮りたくねえし~」


 べったりとした口調の久我(くが)()(すみれ)が俺をごみでも見るような視線で切り裂く。長く伸ばした髪を金髪に染め、ショッキングピンクのデコスマホを弄っている久我谷はギャル丸出しって感じの外見だ。夏休みに海に行って来たとかで肌も真っ黒に焼け、一学期よりギャル度がアップしている。


「つうかあ~、何いきなり張り切っちゃってるわけえ~?『みんな!』とか言っちゃってキモいんですけどお~?」


 くすくすくす………、だって。うわあ。この馬鹿にしきった口調! 舐められてるなあ俺。なんか嫌われてるっぽいし。オタクとギャルは相性悪いからなあ。俺は別に久我谷のこと嫌いじゃねえんだけど。


「だよなあ」「村田うぜえ」「可愛い幼馴染が居るからって調子のんなよ!」「最近女の子のお尻ばっか追いかけてるらしいよ~」「エロ魔人!!」「けだもの!!」


 おお?! いつのまにか俺の評判がえらい事に!! 


 久我谷の言葉に賛同する声が次々上がる。一部やっかみの声も聞こえるが、なかなかのアウェー感だ。


 まずいな。もう帰りかけてる奴がいるぞ。一人でも欠けたらミッション・フェイルドだ。


 まだ修学旅行まで猶予はあるが体育祭もあるし、今日失敗したらこの次頼んでもクラスのみんなが応じてくれるとは思えない。


 つうか、おいおい!! 思ったより全然難易度高えじゃねえか!! 


 これもしかして今失敗したらお仕舞いじゃねえのっ?! やばい、やばいぞ!! 御白が他のミッションに変えてくれる保障もねえし。何やってんだ俺はろくに対策もなしに!!


 くそ! くそっ!! 考えろ嵐蔵!! 何か手は無いかっ?! ああっ?! 帰っちまう!! みんなが帰っちまうぞ?!


 俺が絶望的な気持ちで顔を歪めたその時だった。


「お前ら分かってへんなあ~!!」


 俺を救う似非関西弁の救世主が現れた。田所だ。


 奴はへらへら笑いながらクラスメイトたちに起死回生の言葉をぶっ放した。


「自然な表情で写真に納まれるんやぞ? しかも背の順でも出席番号順でもない、みんなばらばらに並んだ集合写真に」


 幾人かの足が止まった。田所は続ける。


「しかもむらっちゃんが持ってんのはデジカメや。デジタルっちゅうことは後で加工しほうだいちゅうことやないか?」


 教室を出かけていた奴がゆ~っくりと戻ってくる。


「………それ、ほんと?」


 近くに居た女子が何故か頬を赤く染めチラチラと我が友人にしてクラス一のイケメン結垣のほうを見ながら尋ねてくる。


「後で加工してくれるの?! 加工した写真をプリントしてくれるの?!」


 別の女子がやはり結垣のほうを見ながら意気急き込んで聞いてくる。当の結垣は「?」と状況が分かっていないようだが。


「あ~? そっ、そうだな。うん。写真部に頼んで加工してもらってもいいぜ」


 ちなみに俺も分からん。なんでみんな急に目をキラキラさせだしたんだ? でも田所の言葉で風向きが変わったのを感じていた。


「それにむらっちゃんは一枚だけ言うてへん。俺らが望むなら何枚でも並びを変えて撮ってくれるんちゃうか? なあ、そうやなむらっちゃん?」


 田所も含みのある視線で俺に話を振ってくる。あれは話を合わせろって事だな。


「あ、ああ。もちろんだ」


 俺は流れに乗って首肯する。クラスメイトたちは一斉に思案顔になった。


「みんなばらばらの集合写真………」「後で加工した写真を焼いてくれる………」「何枚でも並びを変えて撮ってくれる………」


 その瞬間。



 ボッ!!



 何かの炎が彼ら彼女らの瞳に宿った気がした。


「撮ろう!!」


「ええ!! そうね!!」


「こらてめえ!! よそのクラスに彼女いるからって帰えんじゃねえ!!」


 何故だ?! みんながやる気になったぞ?! 帰ろうとする奴を引き止めてさえいる。なんで?! あんなにやる気なさそうだったのに?!


「田所お前一体何をしたんだ?」


 畏れを含んだ目で似非関西人を見遣ると奴はドヤ顔でパチリ★とウインクをかましやがった(キモい!)。


「わしはガソリンを撒いただけや。このクラスに火種があんのは分かってたさかいな」


「火種?」


「恋の火種や」


「………」


 何言ってんのコノヒト。恥ずかしくないの?


 ―――ともかく恋の火種とやらに火がついたクラスメイトたちは、集合写真を撮る気になってくれたようだ。きゃっきゃうふふと大騒ぎしている。よし、燃え上がった炎が消えないうちに事を済まそう。


「じゃあみんなワリいけど、後ろの机ちょっと前に寄せてくれるか?」


 自分もガタゴトと机を移動しつつ早速指示を飛ばすと、


「おう! まかせとけ!」


 さっき『何故に今そんなことしなきゃいけねえの?』とか言ってた男子生徒が率先して机を運んでくれる。


 なんだろうこの変わり身。なんか釈然としないものを感じる。これが恋の力、………なのか? 


 だが田所のしたことはなんとなく分かったきたぞ。


 ようはクラス内に好きなやつがいるクラスメイトを焚き付けて集合写真に参加するように仕向けてくれたわけだ。


 たぶん今目の色を変えている奴は好きな奴にそのことを知られないで一緒に写真に写ることを目論んでいるんだろうな。


 しかもデジカメだから隣に写りさえすれば加工のしようでツーショット写真も思いのまま。 


 定期入れや生徒証に好きな人とのツーショット写真を入れたりとか。恋する奴らにとってはたまらん誘惑なんだろう。


 なるほど田所め、なかなかの策士よの。おかげでピンチを切り抜けられそうだぜ。奴の目的は分からんが後で礼を言っておこう。


 文句を言っていた星海や久我谷も積極的ではない様子だが帰る気は無いようだ。あいつらもこのクラスに好きな男子が居るんだろうか。


 ………まあいいか。卒業旅行の前に馬に蹴られて死亡するのも嫌だし、人の恋路を詮索するまい、


 ………と思っていたのだが。


「結垣君!!」


 女子の一人が田所と一緒に机を運んでくれていたイケメンの傍によっていく。


「ん? どうしたの?」


 誰に対しても人当たりのいい結垣は彼女を微笑みを以って迎える。女子はそんな結垣のイケメンスマイルに頬を染めつつ、


「あっ、あのね。わたし結垣君の隣がいいなあ、なんて………」


 結局最後はもごもごと口ごもるようになってしまう。


 あれさっき俺のことをエロ魔人とか呼んでくれてた奴だよな。ほおー。結垣のことが好きだったのか。結垣の前ではえらいしおらしいじゃねえか。


 女の子ってのは想い人の前ではああも変わるもんなのか? 


 結垣はもじもじしている彼女に爽やかな笑顔を見せた。


「うん。別に構わないよ」


 その返答に女生徒は比喩では無しに飛び上がった。「やった!」とか叫んで小躍りしながら友達らしい女子の下へと戻っていく。おお?! ハイタッチしてるぞ。よっぽど嬉しかったんだな。



 それにしても勇気あるなあ。あれじゃあ結垣への気持ちバレバレなんじゃねえの? それともイケメンへのミーハーな憧れから来るものなんだろうか? 女心は良く分からん。


 しかし事態はマッタリとクラス内の恋愛模様を眺めていた俺を慌てさせるほどに、極端な方向へと転がり始めていた。


 なんと最初の女子を皮切りにまるで堰を切ったように女子たちが結垣に殺到したのだ。


 その数なんと十人。うちのクラスの人数が四十人。女子が二十人だから、クラス女子の半分が結垣を憎からず思っていたらしい。


 というかどんだけモテるんだコイツは!! 


 ほとんどハーレム系ギャルゲの主人公、ありえんくらいのモテ方だぞ?! 


 しかも本人は「えーと?」とか困った顔してるだけだし。


 いやいや助けを求めるように俺のほうを見られても知らねえよ?! 自分のモテぐらい自分で何とかしろ。


 ―――それよりこれまずいんじゃねえか? こんなに極端に結垣がモテちまうと………、


「げ?! まじ?! 鈴木ってそうなのっ?! 俺狙ってたんだけど!!」


「うわっ! おれも佐藤のこと狙ってたのに………」


「なんだよ結垣ばっかり!!」


『テンション下がるわあ―――↓↓↓↓』


 ぎゃああ―――!! やっぱり!! 男子どものモチベーションが見るだに下がっていくぞ!! 


 すげえ!! 結垣が形成するモテゾーンと他の生徒の間に日本海溝よりも深い隔たりが生まれつつある!! 


 彼女持ちは最初からやる気なしで空気を読んで付き合ってるだけだし、女子も乗り気なのはモテゾーンの奴らが大半だ。このままだと集合写真撮影プランが危ういぞ!! 


 俺は予期せぬ展開にあたふたとあわてるものの有効な手などすぐには思い浮かばない。


 が、しかし、


「何や尻尾巻いて逃げるんか? 非モテ共」


 今日の田所はとことん頼りになる男だった。


『なんだとお?!』


 彼女いない男子軍が一斉に目を剥いて田所に敵意を向けるが奴はニヒルに笑って、


「尻尾巻いて逃げるんかというたんや」


「てめえ!!」「おまえだって非モテだろうが!!」「むしろ日本代表だろうが!!」「将来の魔法使い候補筆頭のくせしやがって!!」「年齢イコール彼女いない歴が!!」


 散々な罵倒にも田所は余裕の笑みを見せる。


「フッ。それも今日までや」


「なっなんだと?!」「まっまさか?!」


 田所の発言に非モテ男子軍の間に動揺が走る。ざわめく男子軍を横目に田所は余裕たっぷりファッサアーとイラッとする動作で髪を掻き上げつつとある女子生徒の前に足を運ぶと、


 サッ


 片膝を突いて彼女を見上げた。


「星海ありあさん」


 まるで貴族の令嬢にプロポーズするかのようなうやうやしさで手を伸ばした先には?顔の委員長。


「俺の隣に、居てくれないか?」


 にっこり。意外に整った面立ちに端正な笑みを浮かべて田所は星海を口説く。というか掛け値なしの口説き文句だなこれは。主語が抜けている。たぶんワザとなんだろうが。


 対する星海もにっこりと慈母のような笑みを浮かべて見せた。いつもツンツンした表情が多い彼女にしては珍しい表情だ。


 これはもしかして? 周りの非モテ軍も「まじかまじでか?!」とざわついている。しかし、


「嫌よ」


 ぱっちん!


「………」


 一瞬、場に静寂が満ちた。星海は表情とは裏腹に田所を一太刀の元に切り捨て、なおかつ差し出されていた手を叩き落したのだ。ひでえ!! 


 あっさりとフラれた田所はしばし硬直していたが、ゆっくりと体勢を立て直し、


「星海さん。僕の隣で写真に写ってくれるとうれしいなあ~、なんて?」


 おお?! 再チャレンジしている!! しかも今度は若干どころではなく下手(したて)に出ている!! 


 媚びへつらったような笑みが心底かっこ悪いぞ!! しかし星海はにべも無かった。穏やかな微笑を浮かべたまま。


「嫌よ」


 また一言で拒絶した。そのさい何故かちらりと俺のほうを見てくる。たぶん田所の友人である俺に田所を止めてほしいのだろう。


 でもまだまだ田所に諦めた様子はない。不屈の闘志で星海に挑む。


「まあまあそう言わず」


「嫌よ」


「メルアドを交換するだけでも………」


「嫌よ」


「しつこくしないから」


 いやすでに十分しつこいよ?! もうやめておけよ!! めげねえ男だな?! 星海もなんでそんな笑顔のままなの?! 逆に怖いんですけど?! 


「いーや!!」


 最後にはそっぽを向かれ無視されてしまう田所。能天気な奴も流石に堪えたのか肩を落としてプルプル震えている。丸まった背中がひたすらに哀れだ。


 えーと。これは友人として慰めたほうがいいのか? しかし声を掛けるかどうか迷う俺の前で奴は予想外の行動に出た。


 キッ! と顔を上げ、床に突いた片膝を軸にくるりと反転すると、


「久我谷さん」


 近くで委員長が絡まれている有様を不快そうに眉を顰めながら見ていた金髪ギャルに向き直った。田所の顔には男前な微笑み。おいおい………、まさか?!


「僕の隣で写真に写ってくれませんか?」


 うわっ!! 節操ねえ!! 周りの女子がどん引きしているぞ!! 


 もちろん俺もブラジル辺りまで引いている。精神的には。そんな無節操男子に対する答えはもちろん決まっていた。


「はあ? マジうざいんですけど? 今すぐあたしの前から消えてくんない? つうか今すぐそこの窓から飛び降りてくんない? おら!! はやくしろよこのド(くず)が!!」


 ………。


 決まっていたけど俺の想像以上に酷かった。飛び降りろとかド屑とか。コイツ嫌いな奴にはとことん容赦ねえな。これがギャルってやつの特性なのか。


 それとも女は、眼中に無い男子には何言ってもいいと思ってるのか。田所も悪かったけどそこまで言わなくても………。


 思わず俺は同情の目で友人を見る。田所は、


「―――」


 死んでいた。完全に魂の死を迎えた表情でふらふらと非モテ男子軍の一番片隅に座り込むと膝を抱え、


「………ええんや。もうええんや。わしなんて一生二次元止まりや。三次元で生きてる価値もないねん。わしがんばったのに。めっちゃがんばったのに………」


 ぶつぶつと自虐的な独り言を呟きだす。そしてうっすらと虚ろな笑みを浮かべて虚空を見上げた。


「………ねえパトラッシュ、今日は寒いね。ボクすごく眠いんだ。一緒に虹(二次)の世界に旅立とう?」


 おおい!! 戻ってこおおい!! やべえ。田所のやつショックのあまり何処か別の世界に旅立とうとしてるぞ。そっちに行くんじゃねえ! 戻ってこれなくなっちまうぞ!!


 しかし救いの神というものは居るもので、


「田所」


 非モテ男子の一人がリビングデッド状態の似非関西人の肩を掴んだ。その顔には長年の戦友を見るかのような暖かな笑み。


「おまえはよくやったよ。お前が示してくれた勇気、しかとこの胸に刻んだぜ」


 そいつは男前な言葉を告げるとキッ! と視線をモテゾーンのとある女子に向けた。そして決然とした歩調で歩いていく。さらに田所の前には、


「田所見直したぜ! お前は最低だけど最高だ!! 俺も逝ってくるよ!!」


「お前は真の勇者だ!! 俺はいつまでも先延ばしにしてた自分が恥ずかしいぜ!!」


「俺もだ!」


「俺も!!」


 数々の勇者が訪れ素晴しく良い笑顔を浮かべて戦場に向かっていく。


「お前ら………」


 呆然とその様子を眺める田所に俺は言ってやった。


「お前がみんなを動かしたんだ。お前の無節操が」


「むらっちゃん………」


 田所は心なしか血の気が失せパサパサと乾いて見える唇にうっすらと笑みを浮かべる。


「わしのやったことは無駄やなかったんやな」


「ああ」


 俺は力強くうなずいてやる。


 そう無駄ではなかった。


 すなわち王蓮寺史上最悪の大量(ジェノ)失恋(サイド)、その最初の一人という意味で。



 勇者たちは、全滅した。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 その後極めてスムーズに撮影は進んだ。


 俺は主に女子たちの要望で本来要らんはずのシャッターを何度も切り、付き合いのいい結垣の苦笑気味の笑顔とともに、幾つものはにかみフェイスをマイクロSDに収めた。


 そしてそんな桃色ゾーンから隔てられた灰色ゾーンでは戦死した勇者たちが完全に光を失った瞳で虚ろな笑みを浮かべ立ち尽くしていた。


 出来上がった写真はまるでギャルゲとバイオハザードのコラボ作品のような様相を呈しており、大いに俺の涙を誘った。


 とにもかくにも、これで俺が御白から課されたミッションは成功したわけだ。正直冷や冷やもんだったぜ。


 おまけとして大量の写真データを加工したり、印画紙に焼いたりといった望まぬ宿題も発生したが、御白の命と引き換えと思えば、まあこの程度は易い労働だ。甘んじて引き受けよう。


 想定外の事態だから全部を写真部に投げるわけにもいかんし、写真加工ソフトの使い方を教えてもらって俺が作業するしかないだろうな。


 ともあれ最優先は御白達の命を救うことだ。御白に渡すもの以外の写真データは卒業旅行後に手をつけることになるかもな。


 まあSDカードは俺のだし、これさえあればいつでも取り掛かれる。女子たちはすぐ欲しいと言うかも知れんが後回し後回し。


 クラスの連中には忠告はしておいた。何の忠告かというともちろん例の博覧会場で起こる爆発事故についてだ。


 とはいえ俺が一周り目で体験したことをそのまま伝えるわけにはいかないので、「不吉な夢を見た、正夢かもしれないから出来れば会場には近づかないほうがいい」ぐらいのことしか言えなかった。


 クラスの連中は何だそれみたいな顔をしていたが、今の俺に出来るのはこれくらいだろう。………何とかしたいという気持ちはあるんだが。


 あとこれは少し本筋から離れた話になるが、久我谷は結垣狙いだったようだぜ。


 これがちょっと微笑ましくてな。彼女見た目に反してシャイガールだったらしく、結垣に声を掛けることが出来ず、周りをうろうろしてたんだが、星海が気を利かせて結垣の隣に座らせてやっていた。


「別にそんなんじゃないし!!」とかいいつつうっすらと頬を染めて結垣の隣に納まる彼女は可愛らしい初心な少女そのものだったな。


 星海はたぶん彼女をサポートするために残ったんだろう。あの二人ああ見えて親友といっていい間柄なんだよ。


 俺や田所にはきつく当たることが多いが、友達思いのいいやつだよな星海は。そしていいやつといえば、


「田所ありがとな」


 クラスの連中同様鞄を提げて帰ろうとしている田所に俺は声を掛ける。


「ん? なんのことや?」


「おまえ俺に協力してくれただろ。正直助かったぜ」


 俺が重ねて礼を言うと田所は鼻の頭を掻いた。


「あ~、構へんがなそんなもん。星海とのツーショット欲しかったんもほんまやしな。まああっさりフラれてしもたけど」


 苦笑してちょっと表情を改め、


「それにお前最近ちょっと様子がおかしかったさかいな」


「えっ? 俺がか?」


「ああ。何や切羽つまっとるっちゅうか、女の尻追いかけんのもお前らしゅうないし」


「それは………」


 思わず言葉に詰まる俺。しかし田所はパタパタと手を振ってみせる。


「かまへんかまへん!! なんか言いにくい事情があんねんやろ、お前の最近のツラ見てたらそれは分かる。たぶんこの集合写真もせやねんやろ。けどなあ………」


 そこで田所は真っ直ぐ俺を見据えた。


「お前えろうしんどそうやないか、やっぱそこは気になるやん。せやからちょっと手え貸したくなったちゅうかな、わしら友達やしな」


 ちょっと恥ずかしそうに最後は早口で。


 ………そうか。俺はしんどそうに、キツそうに見えたのか。とにかく最近はいっぱいいっぱいだったからな。


 だから田所は俺を手伝ってくれたわけか。そして結果的にバイオハザード状態になっちまったわけだ。申しわけねえな。


 確かにこいつにしてはえらくアグレッシブだったような気がする。オタクは奥手なんだよ、本来。


「まあ何事も一人で抱え込むのは良くないよ」


 ついさっきまで女子に囲まれていたセレブイケメンが少々疲れた顔で話に参加してくる。


「いろいろ事情はあるんだろうけど、ボクらにだって君のために出来ることはきっとあると思うんだ。だからね、気が向いたらでいい、声を掛けてくれないかい?」


 田所と結垣が顔を見合わせ二つの右拳を俺に差し出してくる。


「いつでも手を貸すよ」「せやでむらっちゃん」


「おまえら………」


 ―――今更気付いたぜ。結垣も手を貸してくれてたんだな。


 そういえばこいつはイケメンのくせに酷く身持ちの固いやつで、女の子にキャーキャー言われるのは苦手だったんだ。


 噂では心に決めた『唯一人』に操を立ててるとか。俺を助けるために付き合ってくれたんだな。


 なんだろな。こいつらのおかげでちょっと気持ちが楽になったような気がするぜ。俺はいい友達を持ったんだな。


「ああ。そのときは頼むぜ」


 俺は二人の拳に己の拳をぶつけ、気恥ずかしくて頬を搔きながらぼそっと告げた。


「ありがとな二人とも」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 その日の下校時に写真データのプリントを頼もうと思っていた店が、運悪く閉店してしまっていたり、翌日、朝から写真部に行けばなにやら展覧会の準備で忙しいとやらでパソコンが空いてなかったり、それならと昼休みにパソコン教室に行けば席が埋まっていたりと、なにやらいろいろと間が悪く、結局写真を撮った翌日の放課後にやっと集合写真をプリントアウトすることが出来た。


 これも『修正力』のせいか? などと思いながら俺は事前に交換しておいた御白の携番に電話。彼女を人気の無い空き教室に呼び出すことに成功した。


 というかこんなとこに呼び出さんでも良かったかな? 写真を渡すだけなんだし。


いやでもデッドエンドがらみの厨二話もしなきゃいけないのか。


嫌だなあ。絶対妄想だと思われるだろ。梨璃花と優奈にも話さなきゃいけねえんだよなあ。いっそのこと三人には一緒に伝えちまうか。そのほうが逐一話す手間も省けるしな。


 などと今後の予定について考えていると銀髪ツインテールの小柄な人影がカラリと扉を開けて教室に入ってきた。


「おう! 悪かったなわざわざ来てもらって」


 俺が声を掛けると御白は相変わらずの無表情で、


「別にいい」


 と答えた。


 しかしその視線は俺の顔ではなく俺が手に持った写真に固定され、むずむずと小柄な体を左右に小さく揺らしている。トレードマークの銀髪ツインテールもまるで光を編んだカーテンが風に吹かれたみたいにゆらゆらしてるな。どうやらよほど待ちかねていたらしい。


 そんなこいつを見てるとちょっと意地悪したくなってくるな。


「じゃあこれ写真な」


 コクリと頷いて手を伸ばす御白。その手が届く寸前。


 ひょいっ


 俺は写真を御白から遠ざける。御白は「?」と目をぱちぱちさせてからもう一度手を伸ばす。おれはまたひょいっと写真を遠ざける。


「………」

「………」


 声も無く数瞬見つめあう俺たち。そして御白のアイスブルーの瞳に蒼い炎が灯った。


「!」


 御白が無言のままに写真を奪おうとしてくる。俺は素早く反応。手を上に。冷静にその攻撃を避わす。そして御白が体勢を戻す頃、わざわざ彼女の目の前、手の届く位置で、いやらしく写真を左右に揺らしてみせてやる。



 御白の銀色の眉と眉の間に僅かに皺が寄った。


そして突然、「!!」と御白は左にワンフェイク入れ、幻惑的かつ俊敏な動きで写真を奪い取りに掛かる。


しかし小柄な体の強張りからその動きを予測していた俺は、またしても御白の手が届かない上空へと写真を退避させ、御白の手を避わす。


「!! !!! !!!」


 御白はバンバン俺にぶつかりながらなりふり構わぬ連続ジャンプを敢行し、なんとか写真を奪おうとするが、俺の手にある写真にはどうしても届かない。


 御白の背丈は百四十五センチと少し、俺は百八十三センチだから四十センチ近い身長差がある。リーチも違うし残念だが強奪は不可能だろうな。


 ………にしてもぴょいこらぴょいこらと小さな体で必死に挑みかかる御白は、これはもう反則的なまでにキュートだな。なんか小動物的な可愛さがあるぜ。


 家に持って帰って座敷御白(たぶん室内犬みたいな感じ)にしたい。


「ふうふう………」


 やがて息切れした御白は、身長差から来る上目遣いで、無表情ながらも恨みがましく俺を睨んできた。


「何をする」


「何のことだ?」


 俺はそらっとぼける。御白は僅かに口を尖らせむううと唸り声を上げた。


「なんでこんな意地悪する」


「意地悪なんかしてねえよ」


「してる」


「してねえよ。俺がしてるのは………」


 にっと笑って、


「悪戯だ!」


 ドヤ顔で胸を張ってみた。


「!」


 おお。御白が口を三角にして驚いてるぞ。こんな返しをされるとは思ってなかったらしい。これはおもしろいな。


―――まあでもこの辺にしておくか。せっかく話を聞いてくれそうなのに怒らせてポシャッたら元も子もない。そろそろ写真を渡して………


「………された」

「ん?」


 なんか御白が呟いているぞ。顔を俯けて小さな声で。なんかそれにプルプル震えているような。どうしたんだ? 覗き込もうとしたとたん、


「御白は悪戯された」


 じっとりとした半眼で御白は告発した。


「御白はおまえに悪戯されてプライドがいたく傷ついた。ストーカーズ・プライドが傷ついた」


 またそれかい。というかストーカー関係なくね?


「これはもう性的悪戯をされたといっていい」


「いやいやいやいや!! ちょっと待て!! そいつは聞き捨てならねえぞ!! いい訳ねえだろ!! どんだけ拡大解釈だよ!!」


「御白は写真を盾に取られ悪戯をされてしまいました」


「待てい!! 確かにその通りだがその言い方だとなにかしらの弱みを写した写真を元に俺がお前に卑猥な悪戯をしたみたいに聞こえるだろ!!」


「句読点の無いスムーズな説明感謝する。でもちょっと分かりにくいと思う」


「謂れの無い礼を言われた上に駄目出しだとっ?!」


 ちいっ?! もう本調子に戻ってやがる! 面白かったのに!! ともかく潮時だ。


「………からかって悪かったよ。ほら」


 ちょっと殊勝な顔を作って御白に写真を渡してやる。御白は無言で受け取ると、


「………………………………」


 相変わらずの無表情でしげしげと写真を見つめ始めた。そんな彼女の銀色の頭を眼下におさめながら俺は改めて考える。


 こいつはなんでうちのクラスの集合写真を欲しがったんだろう。


 普通に考えたら………、やっぱりうちのクラスに好きなやつが居るというのが有力かな? 


 でもそれならもっと直接的に「これこれこいつの写真が欲しい!!」と俺に頼めばいい気がする。


 それとも御白もうちのクラスの連中同様本人にバレないように………、ということなんだろうか?


 御白からすれば、俺の口から本人に想いがばれる可能性があると考えるのは当然といえば当然だから納得できなくも無いし。


 ん? なに? 御白はお前のストーカーなんだから目当てはお前の写真じゃないのかって? 


 うーん。不思議なんだが、なんかそんな気はしないんだよなあ。


 あいつから俺に対する好意らしきものは感じるんだが、それが恋愛感情かというと違う気がするというか。


 それにストーカーだっつってもその動機が恋愛感情だとは限らないわけだろ? 


 それを考えるとなおさら『俺の姿が映った写真が欲しいからうちのクラスの集合写真を手に入れたかった』とは思えないんだよな。


 なんつうかストーカーだという割には俺に対する『偏執的執着』みたいなのが感じられねえんだよ。こいつからは。


 俺が御白に最初から嫌悪感を覚えなかったのもその辺が原因かもな。


 などと俺は御白の時おり瞬く長い銀色の睫毛を見るともなしに見ながら考えていたんだが、当の彼女はそんなことはお構いなし。未だに写真を眺め続けていた。


「おーい。そろそろいいかあー?」


 待ちかねて声を掛けると、そこに俺がいるのに今気付いたみたいな仕草ではっと顔を上げ、コクリと頷く。そして、




「―――ラン」




「?!」

 響いた鈴の音のような声に俺の心臓が跳ね上がる。え? 今おまえなんて―――


 思わず見開いた目に飛び込んできたのは、


「ありがとう、ラン」


 ―――ああ。ああ………、なんてこった。本当に初めてだ。思い知る。認めざるを得ない。俺はこいつを知らなかった。今までこいつの何も知らなかった。そう思えるほどの、

挿絵(By みてみん)


 御白の、満面の笑みだった。


 それは今まで硬く閉じていた蕾が一斉に花開いたかのような、劇的とさえいえる変化。


 御白。


 ドキドキと胸が高鳴る。


 御白。


 目を合わせていられない。


 微笑んだ彼女がこれほど魅力的だとは、これがいわゆるギャップ萌えというやつか。いやそれにしても………。


 どぎまぎと目を逸らす俺。そんな俺を間近からおだやかな笑みで見上げる御白。


 そんな俺たちの姿は遠くから、………例えばこの教室のドアの辺りから見ていたら、どう見えただろう?


 ひょっとしたらいわゆる『告白』の場面に見えたのではないだろうか。


 ………そうなんだ。これは後になって分かったことなんだが、居た、らしいんだな。


 この場面を見ていた奴が。本当に。


 そのことがこれから大変な事態を引き起こすことになろうとは、初めて見る御白の笑顔にのぼせ上がっていた俺には、このとき、知る由も無かったんだが………。


二周り目の攻略 御白編 後編 いかがだったでしょうか?


今回の挿絵も頑張って描いたんですがだれおま状態になってしまいました(汗)

まあそのくらい見違えたということで一つ←


次回は嵐蔵が大変な失敗をしてしまい一気に大ピンチに? 逆転の手段はあるのか? 

乞うご期待です!

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